432 セマカの町の代官
俺のことを待っていたと思われる人物は、長身で細身の男であり、年齢は四十代くらいである。
碧眼の下にはクマがあり、どこかやつれた雰囲気があった。茶色い髪は、その将来性が絶望的な後退をしている。
また服装は黒色のフォーマルなものであり、仕立てが良さそうだった。
そんな男性の後ろには馬車があり、御者も見える。馬車の中にも人の気配を感じるが、降りてくる様子はない。
おそらくその気配からして、本来は護衛の者かもしれなかった。つまりこの男性は、護衛を連れずに一人で待っていたのだ。
すると男性は俺と目が合うと、笑みを浮かべて声をかけてくる。
「お初にお目にかかります。このセマカの町で代官をしております。ブッチと申します。ジンジフレ様の異端審問官たるジン様へのご挨拶が遅れたこと、誠に申し訳ございません。
そしてもしお時間がよろしければ、私めに僅かばかりのお慈悲を頂戴したくございます」
セマカの代官を名乗るブッチという男性は、とても低姿勢にそう言った。
この様子からして、おそらくあの闘技場にいたのだろう。
ただ繋がりは一切感じないので、俺の信者という訳ではなさそうだ。
しかしあの光景を見れば、信者でなくても信じざるを得なかったのだろう。
またもし信者であれば、何となくハンスから神父の位でも与えられているような名前である。
ブッチ神父か。とても強そうな雰囲気がする。まあ実際そうはなっていないので、関係はないが。
そんなことを何故か思いつつ、俺はブッチ神父、いやブッチ代官に返事をする。
「そこまで下手に出る必要はない。俺は別に貴族でもなんでもないからな。ただジンジフレ教より、特別な役割を与えられ、ジンジフレ様よりそれを認められているだけに過ぎない。
それで、俺に何か用があるのか? 内容次第では、考えてもいい」
自分で言っておいてアレだが、下手な貴族よりもある意味地位が高いかもしれない。
神に認められているというのは、貴族になるよりも難しいと思われる。
案の定、ブッチ代官は顔を引きつらせながら、こう口にした。
「いえいえ、ジン様に失礼な態度を取れるはずがございません。要件についてですが、あのハンスに関することを少々お尋ねしたく。また代官として、ゴートレール辺境伯にもご報告する必要がございまして……」
ブッチ代官はそう言いつつ、額から滝のような汗を流している。もしかしたら胃に穴が開きそうなほどに、緊張しているかもしれない。
まあ、ハンスについてはカードが与えられた以上、俺にも一応原因があるわけだし、いずれはシルダートの街に行く予定だ。
であれば先に色々話しておき、ゴートレール辺境伯に話を通してもらった方がいいかもしれない。
闘技場での出来事を考えれば、ゴートレール辺境伯と何かしらの関わりができる可能性は高いだろう。
そもそもハンスはこの町の代官の座を手に入れるために、ゴートレール辺境伯にも話をしていたみたいだしな。
なのでそのハンスを消し飛ばす原因となった俺のことを、スルーすることは難しいと思われる。
そう考えた俺は、ブッチ代官と話をすることを決めた。
「いいだろう。全てとはいかないかもしれないが、訊きたいことに答えよう」
「――ッ! あ、ありがとうございます!!」
俺がこのまま去ることも考えていたのか、ブッチ代官はとても嬉しそうに声を上げる。
そうして話し合いをすることになったが、俺もそこまで時間をかけたくはない。
なので丁度いいとばかりに、ハンスの屋敷で話し合いをすることにした。
なのでここまでついてきていた初老の執事に命じて、準備をさせておく。俺の命令には即座に反応して、実行に移してくれた。
そして俺はハンスの屋敷にて、ブッチ代官と話し合いをしたのである。
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「ここが、セマカのダンジョンか」
「にゃぁん!」
あれから無事にブッチ代官との話し合いは終わり、俺とレフはセマカのダンジョンの前に来ていた。故にこうして、移動してきたのである。
またブッチ代官との話し合いは、中々に意味のある話し合いになった。
俺は歩きながら、ブッチ代官とした話し合いの内容を思い浮かべる。
まずどうやらブッチ代官は、ゴートレール辺境伯よりハンスに代官の座を譲らないようにと、そう言われていたようだった。
しかしハンスの悪運と影響力、様々な手回しなどにより、少しずつ追い詰められていたらしい。
下手にサーヴァントカードという奇跡もあったことで、ハンスには説得力もあったことが影響していた。
また衰退していた町もダンジョンが発生して景気か良くなっていたことも、まるでハンスの手柄のように噂され、これまで緩やかな衰退を継続していた代官を支持する声が低下していたのも拍車をかけたのである。
だが代官の指名権がゴートレール辺境伯にあったことで、これまで引きずり降ろされることがなかったようだ。
なのでハンスは色々手を回しつつ、ブッチ代官に直接代官を辞めるように迫っていたのである。
そうなればハンスは、自身が次の代官に指名されると信じていたようである。
加えて仮に俺が現れなければ、ハンスの影響力と周囲への手回しが進み、ゴートレール辺境伯も無視するのが難しくなっていたらしい。
ハンス自体の人間性に問題があっても、実際成果を出しており、セマカの町が再び発展していたのも事実である。
故にこのままでは、いずれハンスに代官の座が移っていた可能性が高かったようだ。
ブッチ代官は無能ではないが、有能でもなかっため、成す術がなかったようである。
まるでイレギュラーモンスターのように現れたハンスに対して、耐え忍ぶことが限界だったらしい。
なのでブッチ代官は、俺にとても感謝しているようだ。俺が現れたことで、それがひっくり返ったからである。
それもあってハンスが消えたことにより、改めてジンジフレ教の信者になることも決めたようだ。
これまでジンジフレ教はハンスが率いていたこともあり、信者になる気は無かったらしい。
だがその悩みの種であるハンスが消えたことに加えて、あのような奇跡を目の当たりにしたことで、考えがガラリと変わったようである。
実際俺と話している途中で、ブッチ代官は俺の信者になっていた。
それもあり、俺は旅に出る前にアルハイドから渡されていたジンジフレ教の聖書や、シンボルネックレスなどをいくつか渡しておいたのである。
またこれからはこの町で、神父も兼任してはどうかとも話しておいた。
なぜかブッチ代官が神父になるのは、違和感がなかったのである。とても強いサーヴァントが生まれそうだ。
するとブッチ代官はそれに感動して、神父についても引き受けてくれることを了承してくれた。これからは町のために頑張って、いずれは大往生して天国に行くことを目指すらしい。
ちなみに天国という概念は、この世界にもあったようだ。
この世界の者は死亡するとその魂は創造神の元へと導かれ、無数の新たな魂へと生まれ変わると信じられている。
なので天国や地獄という概念は、聞いたことがなかった。
一応悪い魂は創造神によって罰を受けたり、生まれ変わることなく、存在そのものを消されるという言い伝えもある。
これらは創造神を信仰する教会などで、知ることができる感じだ。ちなみに創造神関連の教会や神殿などは、冒険者ギルドのように気がつくとできている。
おそらく創造神が、直接関わっている施設なのだろう。
まあそれについては今はいいとして、問題は天国という言葉がブッチ代官から出てきたことである。なぜ天国という言葉を知っているのだろうか?
するとそう思っていたところ、思わぬ答えが返ってきた。どうやら天国という概念は、この国にいる転移者から伝わってきたらしい。
そう。ここにきて、新たな転移者の情報が出てきたのだ。
※念のためですがお伝えしておきます。代官の名前は【プッチ】ではなく、【ブッチ】です。ここ重要!




