425 VSハンス+親衛隊 ④
※少し長いです。
試合は終わりへと近づき、俺の配下はサンのみとなっている。
対してハンス側もオークミリオネアのキングと、その側近雇用で使役されているシールドタートルの二体だけだった。
ライトレーザーと銭投げのぶつかり合いは凄まじく、観客たちは熱狂している。
しかし当のハンスはというと、かなり追い詰められているような雰囲気だ。
小聖貨を消費したのにもかかわらず、俺のサンを倒せなかったからである。
流石に成り上がって儲けたとしても、小聖貨は痛かったようだ。
物価や世界の構造自体が違うので正確ではないが、日本円にすると、小聖貨一枚はおよそ五百万円~一千万円である。
なので金貨は、一枚五十万円~百万円という感じだ。金貨でも、庶民には大金である。
そう考えると、小聖貨の十倍の価値のある聖貨は投げないかもしれない。
単純に計算すると、聖貨は五千万円~一億円の価値になる。
あれ、今更だが、俺は女王に聖貨を大量に渡されたのだが……城の財政は大丈夫だろうか……。
ふとそんなことを思ってしまうが、今は気にしないことにした。
それよりもハンスは小聖貨で倒せなかったことに対しては、かなりの予想外だったみたいだ。
距離的に心の声は聞こえないが、その表情からよく分かる。
だが、それでも自分が負けるとは全く思っていないようだ。
現にハンスは、このような言葉を口にする。
「いい気になるなよ! ギリギリ耐えたみたいだが、何度も耐えられるはずがねえ! 対してこっちは資金は潤沢だ! キングにはもしもに備えて、大金を持たせてあるんだよ!」
サンが仮に普通のサーヴァントであれば、ハンスの言葉は最もだったかもしれない。
だが俺のサンは、カード召喚術による配下である。魔力の供給は俺から可能なので、ほぼ魔力が尽きることは無い。
むしろ俺の魔力回復力の方が消費よりも上回るので、実質無限である。
対してハンスがキングに持たせた金銭は、有限だ。つまりハンスの言葉は、そのまま跳ね返る。持久戦では、こちらの方が明らかに有利だった。
しかしそれを教える気はないので、俺は適当に返事をしておく。
「そうか。ならどちらが先に力尽きるのか、試してみよう」
「くっ、調子に乗りやがって! どうせ強がりだろ! キング、金貨を投げながら、雷鳴の杖で攻撃だ! それとシールドタートルも攻撃しろ!」
すると小聖貨を使うのは惜しいのか、ハンスが金貨を投げるように命じた。
「ぶふぇっふぇ!!」
「ガメェ!」
命じられたキングとシールドタートルが、サンに向けて攻撃を仕掛ける。
左手に持った雷鳴の杖からは、チェインライトニング。右手からは、金貨を使った銭投げが放たれた。
加えてキングを背に乗せているシールドタートルは、水属性魔法のウォータショットを口から発射している。
「サン。ライトバリアで防ぎつつ、回避。そして隙を見ながら、敵のシールドシェルを破壊するんだ」
「ギギッ!」
繋がりからでも命令はできるが、演出のために声に出す。
そうしてサンは相手の攻撃をやり過ごしながら、ウィンドカッターを放ち続ける。
シールドタートルは図体がでかく、動きが鈍い。結果として攻撃を回避することなどは、ほぼ不可能だ。
キングと自身を守っているシールドシェルに対して、何度もウィンドカッターが命中していく。
初めはその攻撃を見事に弾いていくが、次第に亀裂のようなものが浮かび上がった。
「っ!! シールドシェルを破壊されるな! 攻撃はいい、修復しろ!」
「ガ、ガメェ!」
シールドタートルはハンスの命令を受けて、魔力を消費して亀裂を修復していく。だがそれを、サンが許すはずがなかった。
畳み掛けるようにウィンドカッターが命中していき、とうとうシールドシェルが決壊する。
ガラスが割れたような音が周囲に響くと、シールドシェルが解除されたのだ。
「今だ。仕留めろ」
「ギギッ!」
そしてサンは聖剣アルフィオンから、斬撃を飛ばすショットスラッシュのスキルを放つ。
聖剣アルフィオンに内包されている、剣系中級であるそのスキルは、ウィンドカッターよりも速く鋭い。
「なっ! よ、避けろ!!」
「ガ、ガメッ!?」
「ぶふぇ!?」
ハンスが反射的にそう叫ぶが、鈍足のシールドタートルが回避できるはずもなかった。
故にできたのは、自身の甲羅に首と手足をを引っ込めることだけだ。するとその衝撃で、キングは無様にその背から転げ落ちていった。
そして元々シールドタートル狙いの斬撃は、横一文字に甲羅ごとシールドタートルを両断したのである。
当然シールドタートルはやられて、血しぶきを辺りにぶちまけた。サーヴァントではないため、死体が残ったのである。
「嘘だろ……」
防御力ではBランク相当のシールドタートルが、こうもあっさりやられるとは思ってもいなかったのか、ハンスがそう口にした。
しかし俺からすれば、まあ妥当な結果だと判断する。
サン自体がBランクであり、なにより使用したのは聖剣アルフィオンだ。
剣系スキルの効果は、使用する剣の質によっても、大きく効果が変わるのである。
故にそこらの剣とは場違いな威力が、シールドタートルを襲ったのだ。Bランク相当では、見た通り耐えられない威力だったのだろう。
そうして闘技場には、サンとキングだけが残される。
キングはシールドタートルから転げ落ちた状態から、ようやく立ち上がったところだ。
その動きは、どう見てもBランクとは思えない。Dランクのオークといい勝負か、もしかしたらそれ以下だろう。
魔力系以外は、本当に基礎能力が低いみたいだ。Bランクのモンスターだが、かなり特殊過ぎるモンスターである。
運と側近雇用、そして銭投げが優秀なかわりに、魔力系以外が劣っているのだろう。
なのでそれを魔道具と側近で補うことで、なんとか成り立っているような感じだ。
また今回の移動と守りに関しては、完全にシールドタートル任せだったのだろう。
故にそれを失ったことで、キングは自身の死が近いことを自覚したのかもしれない。
キングの表情からは、サンに向けられた恐れのようなものが見受けられる。
冷や汗をかき、立ち姿もどこかぎこちない。完全に腰が引けていた。
その様子から分かる通り、キングには完全に個が確立されている。でなければ、そこまで表情豊かにはなりにくいだろう。
そもそもサーヴァントはカード召喚術とは違い、初期から個が芽生えていることが多いのだ。
これはアルハイドと会話を通して、知っていたことである。
俺としては個の芽生えは、進化に必要な事なのでメリットが大きい。
だがサーヴァントの場合、実はそうでない場合があるのだ。
「クソが! キング! そいつをぶったおせ! お前ならできる! やれ!」
「ぶふぇ……」
ハンスはそう叫ぶが、キングは動こうとしない。完全に蛇に睨まれた蛙のように、動きを止めていた。
そう。個が芽生えると恐怖による命令無視が、このようにして、起きる可能性があるのだ。
またサーヴァントは、扱いが悪すぎると自らの意志で命令無視をして、更には主人を攻撃することすらあるらしい。
城下町の信者にはあまり見られなかったが、少しはそうした者がいたようだ。
それとカード召喚術の配下は最初こそ個が無いが、絶対服従というメリットもある。
加えて個が目覚める配下は、大概俺と友好的に過ごした個体がほとんどなのだ。
なのでゲヘナデモクレスという例外はあるが、配下から反逆される可能性はかなり低い。
しかし最初から個が芽生えており、好感度が0からのスタートであるサーヴァントの場合、そうとは限らなかった。
扱いが悪ければ、主人に反逆をする可能性があるのである。
そしてなぜ今それを考えたのかというと、目の前の光景が原因だった。
「動けよのろま! 誰が面倒を見ていると思っているんだ! これまで俺がどれだけお前のために、褒美をやったと思っている!
それに金だって、俺の金だ! なんで仕留められないんだよ! 手を抜いてんじゃねえぞ!」
「ブギギ……」
ハンスの言葉に、キングが屈辱なのか顔を歪めている。
だがハンスからは、その表情を見ることは叶わない。キングはハンスに対して、戦闘中故に背を向けている状態だからだ。
「早く倒せよ! 俺を怒らせたいのか! 黙ってるんじゃねえ! 動け! 動けよこのブタ野郎!」
動かないキングに対して、ハンスは焦りもあるのか、そう言葉をまくし立てる。
故に自分がサーヴァントに暴言を吐いているという認識は、本人にはほとんど無いのかもしれない。
またキングも、ハンスの言葉にイラついているようだ。
動きたくても動けないのに、言いたい放題の主人に文句を言いたいのだろう。
俺はその状況を観察するために、あえてサンに直接の攻撃を待たせた。そして代わりに、風竜牙兵に内包されている威圧のスキルを命じておく。
「ピギィ!」
するとその効果は、絶大だった。
元々追い詰められたことにより、恐怖を感じていたキング。そこへ威圧の効果も加わり、情けない声を上げてしまう。
加えて更には、手に持っていた雷鳴の杖を恐ろしさのあまり、地面へと落としてしまったのである。
ふむ。このキングというサーヴァント。メンタルに難があるな。
精神耐性のスキルを、習得していないのだろうか? それとも、習得していてこれなのかもしれない。
だとしたらこれまでは、メンタルに負荷がかかるようなことは少なかったのだろう。
元が低ければ、スキルで強化されていてもたかが知れている。
ハンスの成り上がりエピソードを思えば、この世に誕生してから、ほとんど甘やかされてきたのかもしれない。
これはある意味、反面教師にするべきか。個の芽生えた配下への教育は、ある程度はちゃんとするべきだろう。
まあそういう教育については、するのは俺も苦手なんだがな。
そんなことを思っていると、サンが空中に光属性魔法のライトアローを作り出すと、キングが落した雷鳴の杖を弾き飛ばす。
光属性は属性魔法の中でも速く、それを怯えたキングが対処することはできなかった。
結果として、後方へと吹っ飛ぶ雷鳴の杖。威力は抑えさせたが、少し壊れてしまったかもしれない。
そのあまりの情けない状況に、観客たちからもブーイングの嵐が巻き起こる。
当然その対象は、怯えて魔道具も失ったキングに向けてである。
「ふざけんな! 戦え!」
「これがBランクとか、嘘だろ」
「かっこわる。というか元から見た目が無理」
「あのオーク、町の女にいやらしい目を向けてるんだよな」
「気持ち悪い」
「金返せ!」
そうした様々な暴言が、飛び交っていた。
加えて耳が良いのか、キングにもその声が届いてしまう。その豚のような耳が、ぴくぴくと反応を示していた。
なおかつキングは、その言葉の内容を理解しているみたいである。怒りが恐怖を上回ってきたのか、目が吊り上がり始めた。
また観客の暴言は、ハンスの耳にも届いていた。中には直接主人である、ハンスに向けてのものも存在している。
それほどまでに、一連の出来事は情けなさすぎたのだ。
故にもしここで、ハンスがキングを守るように観客に声を上げれば、よかったのかもしれない。
しかし流石はハンス。ここでもやることが違った。
「チッ、俺もこんなサーヴァントじゃなくて、あのかっこいい骨のモンスターがよかったぜ。だがそんなサーヴァントでも、ここまで成り上がったのは俺の実力だ。俺は優秀なんだ!
だからこれは、俺のせいじゃねえ! 情けなくも怯えたコイツの責任だ! おらっ! わかったらさっさと動け! 主人のために、命をかけろ! どうせ生き返るんだから、何を怯えてるんだよ! このカスがッ!!」
それは主人の代わりに戦っているサーヴァントに向けるには、あまりにも酷い言葉である。
なぜそのような思考になり、言葉を発することができたのか、俺には全く理解ができなかった。
全てが都合よく進むと、ハンスはそう信じているのだろうか。けれどもその言葉は結果として、キングの堪忍袋の緒が切れるきっかけとなる。
「ブギャアアアアッ!!」
するとキングが怒りにより、サンの威圧を打ち破ったのだ。そして手に持った金貨を、力強く振り上げる。
「よし、銭投げだ! ゴミに目にものを見せてやれ!」
ハンスはやっと動いたキングに対して、嬉しそうにそう命じた。
こちらも一応銭投げが放たれた場合に備えて、サンに身構えさせる。
だがキングの動きは、ハンスにとって青天の霹靂になった。キングはそこで、驚きの行動に出たのである。
「なっ!? こっちじゃねえ! ふざけるなぁあ!」
「ブルギャァア!!」
そう。キングは背後にいるハンスに向けて、銭投げを発動したのだ。




