415 ハンスの屋敷で一夜
ハンスの屋敷に戻ってきたが、特に変わったことは無い。
夕食は普通に出されたし、風呂も用意してもらった。
ちなみにハンスはサマンサとハプンを連れて、どこかへ食事に向かったみたいだ。
サマンサとハプンがやって来たときは、家族だけで外食に行くのが決まりらしい。
この時ばかりは、ハンスのハーレムは連れて行かないみたいだ。
するとハンスがいないからか、ハンスのハーレムの中で俺に話しかけてくる者もいた。
中には露骨に誘ってくる奴もいたが、当然断って距離をおいている。
またハンスのハーレムたちと会話してわかったことは、彼女らはハンスの権力や金銭目的で集まった者が、大半かもしれないということだ。
もしかしたら中には、半ば無理やり連れてこられている者もいるかもしれないが、それについては本人が口にするはずもなかった。
ちなみに親衛隊の元副隊長と関係を持った女性については、ハーレムから姿を消しているらしい。どうやら、ハンスによって追放されたみたいだ。
他にも色々と情報収集をしてみたが、有益なものは特に無かった。あまり貴重な情報は、与えられていないようだ。
そうしてハンスたちが屋敷に帰って来たのは、俺が食事と入浴を終えた後のことである。
「おい。明日の朝食の後、話す時間を用意したから寝坊するなよ?」
「……ああ、わかった」
ハンスは俺と顔を合わせるとそう言って、ハーレムたちの元へ消えていった。完全に酔っぱらった顔である。
ん? ハーレムの中に、サマンサがいないか?
ハンスが腰を抱いているのは、どうみてもサマンサだった。
誰もそのことを、気にしている様子はない。むしろハーレムメンバーは、一歩引いたような立ち位置である。
まるでサマンサが、ハンスのハーレムで序列が一位のような雰囲気だった。
……まあ、俺が気にすることではないか。
しかしそうは思いつつも、一応ハプンの様子を確認しておく。
初老の執事にハプンがどこにいるか尋ねると、帰りの馬車の中でハプンは泥酔した状態で、眠っていたらしい。
なので今は寝室で、一人で眠っているみたいだ。
見かけないと思ったら、既に眠ってたのか。息子との久々の再会で、おそらくはめを外し過ぎたのだろう。あるいは、一服盛られたかのどちらかかもしれない。
すると初老の執事が、俺に今見たことは他言無用と言いつつ、金貨を俺に握らせる。
これを断っても面倒なので、俺は適当に受け取って頷いておく。その方が相手も、安心するだろう。
この短時間で複雑なアレコレが見えてきたが、他人の家庭事情に口を出すつもりはない。
ただ少しハプンが哀れに思えてしまったが、これについても気にしないことにしよう。
今思えば初めて会ったときから、ハンスはサマンサの言うことだけはよく聞いていたな。
もしかしてハンスのハーレムでサマンサにどこか似た熟女が多いのは、それが理由かもしれない。
ただハンスが現在アプローチしているプリミナは、サマンサと顔はそこまで似ていない気がする。なので一応、例外はあるのだろう。
そんなことを思いながら、俺も特にやることは無いので部屋へと戻り、その日は眠りにつくのだった。
ちなみにいつも通り、枕は縮小を緩めたレフと変わっている。
もはやレフが枕になるのが、当たり前になってしまった。
そして翌日起きて用意された朝食を食べ終えたのだが、ハンスが現れない。
どうやら、まだ眠っているらしい。一応三日間休みとなっているらしいので、無理をして起きるということはしなかったみたいだ。
人には寝坊するなと言っていたのに、自分は寝坊しているのか……。
そんなことを思ったが、別に急いでいるわけではないので、しばらく待つことにした。
下手に動いて機嫌を損ない、話し合いの場が消える方が面倒だ。
ちなみにハプンとサマンサは、普通に起きている。ただサマンサは、少し眠そうな印象だった。
そんな二人は他にやることがあるらしく、朝食後はどこかへ行ってしまう。
なるほど。二人に用があるから、その空いた時間に俺と話し合いをする予定だったのか。
どうにかその間に、ハンスが起きればいいのだが。
俺は少々不安になってくる。だがその一時間後、ハンスはなんとか起床したようで、準備を整えたようだ。
部屋で時間を潰していた俺の元に、初老の執事がやってきてそれを教えてくれる。
既にハンスは別の部屋で待っているようなので、俺はそこへと移動することになった。
だが初老の執事に、レフは置いていくように言われる。話し合いにレフを連れて行くのは、ダメらしい。
これは脅威だからという訳ではなく、マナーの問題のようだった。
向こうはレフをモンスターではなく、普通の猫だと思っているようである。
ここで反論しても面倒なことになるので、俺は素直にレフを置いていくことにした。
「はぁ、待っていてくれ」
「にゃぁん……」
レフは少し悲しそうに鳴いたが、言う事を聞いてくれるみたいだ。
そうしてレフを置いて、俺は初老の執事にその部屋へと案内してもらう。
そして部屋に入ると、ハンスが一人ソファに座っていた。
「おお。やっと来たか。俺を待たせやがって。まあいい。座れよ」
「……ああ」
色々と言いたくなったが、俺がグッと堪えて席につく。
するとハンスがローテーブルに置かれている、ハンドベルのような物を鳴らす。
その瞬間ハンドベルを中心にして、部屋の中に何かが付与されたような紫色の波が広がっていく。
「これは遮音のベルという魔道具だ。鳴らせば再度鳴らすまで、部屋の中の音を外に漏らさなくなる」
「なるほど」
どうやら、盗聴防止の魔道具らしい。そんな便利な魔道具を、ハンスは持っていたようだ。
加えて同時にそれは、盗聴を防止するほどの事を、ハンスがこの場で話そうとしていることも意味していた。
ハンスは元々俺のことを探していたみたいだし、他人に聞かれたくないことがあるのだろう。
これはどうにも、面倒なことが起きそうな予感がするな。
俺はそう思いつつ、事前に準備しておいた心技体同一を発動しておく。
名称:心技体同一
効果
・対象と全感覚を共有することができる。
・対象と心と心で通じ合うことができる。
・対象の心を一方的に読むことができる。
・合意した対象の肉体を、完全に自身の肉体として遠隔で操作することが可能となる。その際自身のスキルの多くが制限され、使用可能なスキルは操作対象依存となる。
この心技体同一のスキルにより、俺はハンスの心を一方的に、読むことができるようになったはずだ。
実はガマッセとの後半の会話の際に、事前に心技体同一のテストをしていたのである。
事前準備には時間がかかるが、エゴチ屋でしばらく共に滞在していたこともあり、条件を満たすことができたのだ。
まあ条件といっても対象と近い場所で移動することなく、しばらく心技体同一で繋がりを構築するというだけなんだけどな。
ちなみに相手が強者や優れた精神耐性を所持していた場合、一方的に心を読むのは難しくなるか、そもそも効果が通らないだろう。
加えて無理に通そうとすれば、相手に気づかれる可能性も出てくる。
なので心技体同一で心を一方的に読めるのは、弱い相手かバレても問題ない状況だけだろう。
なおハンスについては、特に問題なく発動することができた。気づかれた様子もない。
「だから何も心配することなく、話しができるってわけだ」
(この話しを誰かに、聞かれる訳にはいかないからな)
「そうか」
よし。ハンスの心の声が、俺へと問題なく聞こえてきている。
これでハンスが何を考えているか、俺には筒抜けの状態だ。一度これが発動してしまえば、後は聞き放題である。
さて、ここからハンスはいったい、何を話すのだろうか。
俺は何が起きても大丈夫なように、警戒しながらも話しを聞き始めるのだった。




