414 ジンという共通点からの関わり
「!? こ、幸運の蝶になにか?」
俺が声を上げたことで、ガマッセが戸惑いを見せる。
「……突然声を上げて悪い。少々その幸運の蝶というのと関わりがあってな。思わず声に出してしまっただけだ。それで、その幸運の蝶について教えてくれないか?」
まさか、幸運の蝶の名前が出てくるとは思わなかった。
幸運の蝶といえば、この世界に来て間もなかったころ、色々と世話になったパーティの名前だ。
しかし幸運の蝶のリーダーであるゲゾルグと、斥候のサンザがタヌゥカに殺されたのは、記憶に強く残っている。
残されたプリミナとジェイクがどうなっていたのか、実はとても気になっていた。
幸運の蝶という名称と、マッドクラブの料理という情報から、二人が関わっている可能性は非常に高い。
そう思いながら、俺はガマッセの言葉を聞く。
「へ、へい。まず幸運の蝶という料理屋兼宿屋を共同経営しているのが、ジェイクという男とプリミナという女性になりやす。
またジェイクという男は、店員の若い女と結婚しており、現在は子供もいるみたいですぜ」
「なるほど」
やはりプリミナとジェイクの二人が関わっているどころか、共同で経営しているらしい。
またジェイクは他の女性と既に結婚しており、子供もいるみたいだ。
しかしだとすれば、プリミナは現在独身ということになる。あれから六年近く経っているとすれば、プリミナもたぶん三十近いはずだが。
そんな疑問を抱いていると、ガマッセがそのことについて触れ始める。
「プリミナという女性については、あと五年もすれば良い感じに熟すはずだと、実はハンス様が目をつけているんですよ。
そもそもハンス様はあなた様を探すために、少し前にその店に辿り着いたんですぜ」
「は? それはどういうことだ?」
ここでまさかの、ハンスが関わってくるらしい。それにハンスは、プリミナに目をつけているようだった。
「元々ハンス様はあなた様、ジン様を探すようにと、配下の者たちに命じていたのです。詳しいことは秘密だったようですが、何やらとても重要な方だと聞いていました」
「俺を探していた……?」
どうやらハンスは、元々俺のことを探していたらしい。だからガマッセは、ここまで下手に出ていたのか。
俺が客人であることと、ブラウンとグリンが俺の名前を呼んだことで、そのことに気がついたのだろう。
また容姿についてもある程度は聞いていたと思われるので、ハンスが探していた人物が俺だと確信するのも、まあ当然のことか。
「へい。それで情報を収集した結果、目撃されたのがシルダートの街と国境門付近だということまでは掴めたんです。
それで幸運の蝶というパーティに加入していたことを知り、同じ名前で共同経営している元パーティメンバーのいる店に辿りついた感じです」
「なるほど」
だとすればハンスとプリミナが遭遇するのは、必然だったことになる。
「しかし後からジン様が国境門を渡った事を知り、捜索は解かれました。既に国境門は何度か開閉をしており、当時の他大陸に渡る手段は失われていたので」
「それは確かに、捜索が解かれるのも仕方がないな」
国境門が同じ場所と繋がる確率は、おそらくかなり低い。それに別の大陸に行ったとすれば、たとえ繋がっていたとしても、捜索は困難を極めるだろう。
「へい。ですがその報告を聞いた当時のハンス様は、かなり荒れておられました。なのでハンス様の好みの女がいることを当時の副隊長が話し、怒りの矛先が向かないように仕向けたのです」
「なに? それでどうなった? まさか、プリミナに手を出したのか?」
「ひぃ!?」
もしそうだとしたら、それだけで滅ぼす理由になるが?
世話になった人物が不当な目に遭っているのであれば、許すことはできない。
すると俺から少し殺気が漏れたのか、ガマッセが怯えた声を出す。その声を聞いて、俺は正気に戻った。
「すまない。話しを続けてくれ」
「……へ、へい。それでハンス様が足を運び、そのプリミナという女性を気に入ったのです。ですがその店には運悪くも、あの忌々しい『守狼の剣友』がいたのです」
「守狼の剣友?」
その名称にどこかデジャヴがしたことで、俺はそう訊き返す。
「へい。守狼の剣友です。ハンス様が以前加入していたパーティである『狼の友』と、この町のダンジョン騒動で活躍した『守りの剣』が、合わさってできたパーティです」
「なるほど。そういうことか」
この二つのパーティ名には、聞き覚えがあった。前者がエーゲルとランジのパーティで、後者がベックたちのパーティである。
そうか。この二つは、合併したのか。
俺がカードを渡した二つのパーティということを考えれば、仲良くなりそういうことに繋がってもおかしくはない。
「へい。それでどうやら守狼の剣友は幸運の蝶の店を定宿にしているようでして、ハンス様に突っかかってきたのです。おそらく、成功したハンス様を妬んでいたのでしょう」
「……ふむ」
ハンスに有利な証言だが、実際はエーゲルたちが、嫌がっていたプリミナを助けようとしただけかもな。
「それで結局以前加入していたパーティリーダーの顔を立てて、ハンス様はその場を譲ったんですぜ。けど恋愛は自由だ。なので定期的に、プリミナという女性にハンス様はアプローチしているんです」
「……ほう」
本人から聞いた訳ではないので詳細は不明だが、なんとなくプリミナはこれに迷惑しているような気がする。
ハンスは権力がそれなりにあるようだし、対処するのはプリミナでは大変だろう。
しかしそこにエーゲルたちがいたことで、この程度で済んでいるのかもしれない。
にしても、俺の会いたい人たちが同じ場所にそろっているとはな。なんとも、運命的なものを感じてしまう。
これはある意味、幸運の蝶の導きかもしれないな。
そんな風に思いながらも、他にもハンスについての情報をガマッセから聞く。
だがそんなとき、この部屋にとある人物が唐突に現れる。
といっても、俺の知っている人物ではない。豪華な服を着た、商人風の太った老人である。
「これはこれはアクダカーンさん。いったいどうなされたので?」
「ほっほっほ。いやいや。実は我がエゴチ屋の新商品がございまして、是非ハンス様にもご賞味していただきたく思いましてな。もちろん、ここでガマッセ殿が召し上がっていただく分もご用意していますぞ」
そう言ってアクダカーンという老人は、長方形の木箱のような物を、ガマッセに手渡す。
ガマッセがその木箱を確認のためか開けると、そこには山吹色をした、薄い小判のような形をした菓子が詰まっていた。
またそのときガマッセは何かに気がついたのか、ニヤリと笑みを浮かべると、このようなことを口にする。
「アクダカーン。お主も悪よのう」
するとアクダカーンは、俺のことをなぜかチラリと見ると、一瞬下品な表情をしたあとに言葉を返す。
「ほっほっほ。いえいえ、あなた様ほどではございませんよ」
「???」
それに対してガマッセは、一瞬意味を理解できなかったみたいだ。しかし他で悪事を働いたことがあるのか、そのことだろうと納得したような表情をする。
またどうやらこのアクダカーンという老人は、権力を持つハンスとの繋がりを、どうにかして強化しようとしているのだろう。
目の前の光景は、まさに賄賂の瞬間である。本当にお菓子を渡しただけとは、到底思えなかった。
それと俺がいても構わず行ったのは、この場所に呼ばれるほどの存在だと、そう認識されているからかもしれない。
あとはあのアクダーカンという老人に向けられた下品な表情から、ガマッセの愛人か何かかと思われたのだろう。身の毛がよだつ。
まあガマッセがたとえ賄賂を受け取ろうが、俺としてはどうでもいいことだけどな。それよりも今は、ハンスについての方が重要だ。
そうしてアクダカーンという老人は、用が済んだのか静かに去っていく。また新商品というお菓子については、他の店員が改めて持ってきてくれた。
見た目については、山吹色をした薄い小判のような焼き菓子である。それを実際に食べてみると、先ほど食べた焼き芋と似たような風味を感じた。
なるほど。あの芋から作られた菓子なのか。これは普通に旨いな。
アクダカーンという老人は信用できそうにはないが、エゴチ屋の焼き芋と焼き菓子は気に入った。
そうしてガマッセから訊きたいこともある程度済んだので、俺は帰りにエゴチ屋でおみやげ用の焼き芋と焼き菓子を購入して収納すると、店を出る。
またその際にはガマッセが、おみやげ代を払ってくれた。
ついでに先ほど渡された山吹色の焼き菓子の入った木箱を、俺に渡そうとしてくる。だがそれについては、流石に遠慮しておく。
ガマッセが受け取った賄賂を、更に俺が受け取る訳にはいかない。ガマッセが賄賂を受け取るのはどうでもいいが、俺をそれに巻き込まないでほしい。
そしてガマッセたちとは、ここでお別れだ。また最後に、副隊長の件についても懇願された。
俺は相手が誰であろうとも、約束は守る。俺からガマッセを罷免するように言うことは、おそらくないだろう。
ただ状況によっては、その親衛隊自体を維持できなくなるかもしれないがな。それについては、俺の知るところではない。
そうして時間も良い感じに過ぎたので、俺はハンスの屋敷へと帰ることにするのだった。
事前の情報収集は、バッチリである。




