407 ハンスとの再会
屋敷のエントランスは広々としており、高そうな花瓶や絵画が飾られている。
その正面奥には大きな階段があり、俺たちが入ってくるのに合わせて、ゆっくりと階段を下りてくる者たちがいた。
複数の女性を連れており、その中央には二十代の青年が一人。そう、ハンスである。
月日が経って多少は大人びて見えたが、その少し吊り上がった目元と、茶色のツンツンとした髪は変わらない。
何と言うか、性格の悪さがにじみ出ているような気がした。
服装も成金のような貴族風の衣服であり、様々な宝石の指輪を両手に複数つけている。
その姿からこの屋敷も含めて、なにかしら成功したのは間違いなさそうだった。
するとハンスはゆっくりと階段を下りてくると、俺たちの前までやってくる。
「母さんと親父、よく来たな。それと先ぶれから聞いたときには驚いたが、本当にお前だとは。久しぶりだな」
ニヤリと笑みを浮かべると、ハンスは自身の成功を見せびらかすように、左右の女性を引き寄せた。
他にも何人か女性がおり、ハンスの後ろに控えている。そのどれもが三十代後半から四十代ほどであり、年齢層が高い。
また何となくだが、サマンサに似ている雰囲気の者が多い気がした。
「久しぶりだな。どうやらあれから、かなりの成功をしたと聞いたぞ」
俺は以前と変わらない態度でそう言うと、ハンスの女たちが物凄い形相で睨んでくる。
だがそれをハンスが手を上げて抑えると、落ち着いた感じで口を開いた。
「今の俺があるのは、ある意味お前のおかげだ。だから特別に、その失礼な態度を許してやるよ。
けど勘違いするなよ? 俺とお前は対等ではない。なんたって俺は、ジンジフレ様に選ばれた使徒だからな!」
「は?」
俺の使徒は現状ネームドたちだけだが? なに勝手に使徒を名乗っているんだこいつ。
ハンスが更生していることに賭けたが、やはりハンスはハンスだったようである。全く成長した感じが見受けられない。
「まあお前が驚くのも無理はないか! けど残念だったな。俺の方がジンジフレ様に、より優れた者だと評価されたわけだ。
しかし俺には及ばないが、お前も特別ということは知っている。だから一応、俺も目をかけてやるよ。俺の邪魔をしない限り、客人待遇で置いてやってもいいぞ?」
恐ろしいことにコイツは悪意が無く、素の感情でそう言っているようだった。
心技体同一のスキルを発動して、バレないように表層から少しずつ侵食を始めている。その過程で気がついたのだが、俺への悪意が全くなかったのだ。
しかしそれは、ハンスの余裕から生まれているようである。何があっても大丈夫という、絶対的な自信があるようだった。
それと心技体同一は心を一方的に読むことが可能だが、それには少し時間がかかるみたいだ。
また完全に警戒されると途端に難易度が上がり、争いに発展すれば完全に心を閉ざされるだろう。
一応魔力と神力のゴリ押しをすれば、即座に心の声を聞くことはできる気がするが、それは最終手段だった。
それにもう少しハンスと接していれば、その心の声まで届く気がする。
なのでどんなにハンスの発言が気に食わなくとも、今は我慢するべきだ。
俺は自分にそう言い聞かせながら、呆れを表に出さないようにしつつ、返事をする。
「そうか。なら少しの間やっかいになる。ここに来たのは、ハンスの活躍を直接聞きたかったというのもあるからな」
「ははっ! いいぞ! 俺もお前とは、色々話しがしたかったんだ! 今日は流石に無理だが、元々母さんのために明日から三日間休暇にしていたんだ。その合間に、話しをしようぜ!」
ハンスは俺の言葉に気分を良くしたのか、俺の滞在と話し合いの場を設ける約束をしてくれた。
「わかった。そのときを楽しみにしている」
どのようにして成り上がったのか、それは俺としても気になるところである。
なので話しを聞くまでは、俺の方もおとなしくすることにしよう。
そうしてハンスはこれからやることがあるらしく、女性たちを連れて屋敷を出て行った。
どうやらここで遭遇したのは、偶然も重なっていたらしい。到着することを知って、少し予定をずらしたみたいだった。
ちなみにハンスが気分を良くした瞬間、一気に心技体同一の侵食が進んだ。おそらく俺に対する油断やどれだけ心を許しているかどうかで、難易度や成功率が変化するようである。
結果として心の声を聞くためのパスを通すことに成功したので、次回からは敵対して心を閉ざさない限り、即座に心の声を聞くことができるだろう。
なので話し合いの場が来たときに、それを楽しみに取っておくことにする。
心技体同一の発動はバレないとは思うが、念のため重要な時だけに使用することにした。
そうして無事に客人扱いになった俺は、屋敷にある客室を与えられる。執事のような初老の男性が、案内をしてくれた。
またハプンとサマンサは、この町の商人などと約束があるらしく、俺とはその場で別れることになった感じだ。
そちらの商人にも、先ぶれを出していたらしい。すぐに対応してもらえるくらいには、やはり特別な扱いを受けているのだろう。
なので残された俺は、ここからしばらくの間暇になった形である。だからこの機会に、俺はレフと共に町の様子を見に行くことにした。
すると初老の執事が、俺に手の平サイズで金色をしたメダルを手渡してくる。
よく見ればその中央には、渦巻のような形をした、紫黒のそれが描かれていた。間違いなくこれは、ジンジフレ教のシンボルマークである。
だがこのマークは、サーヴァントカードの裏面にも描かれていた。おそらくそれを見て、知ったのだろう。
初老の執事が言うには、このメダルの模様は家紋のようなものであり、セマカの町では特別な意味を持つという。
もし無断で使用する者がいたら、ただでは済まないらしい。
客人扱いである間は、このメダルを貸し出してくれるそうだ。ただし悪用するようなら、客人でも罰則があるとのこと。
無断使用に悪用か。そっくりそのまま、返させてもらうぞ。俺はお前らに、この模様の使用許可を出した覚えはないからな。
俺はつい受け取った際に力を込めすぎてしまい、メダルを歪ませてしまった。
一応即座に超級生活魔法の修理で直しておいたので、問題は無い。
落ち着け。まだ慌てるような時間ではないはずだ。
俺は荒ぶる心をなんとか鎮めると、若干顔を引きつらせながらもお礼を言って、レフと共に屋敷の外に出るのだった。
ちなみにメダルはその際に、ストレージへと収納している。
にしても俺は、ここまで怒りっぽかっただろうか?
屋敷を出て少し歩くと、ふとそんなことを考える。だがジンジフレ関連になると、少々怒りに対する基準ラインが、下がっているような気もした。
う~む。俺だけのことではなく、もはやジンジフレ教としてのメンツが関係してるからだろうか? それとも神候補になったことにより、神関連に対する何かが変わったのかもしれない。
そうしたことについては、金目と銀目もだんまりである。逆に超直感を通じて言ってくれないので、後者の可能性の方が高いかもしれない。
これについては、少しずつ確信を得ていくことになるだろう。これからジンジフレ関連では、嫌でも色々と関わっていくだろうしな。
俺はそう考えると、一旦そのことを頭の隅に追いやることにして、町の観光に集中することにした。
ちなみに屋敷を出る際に馬車と案内を出すと言われたが、それを断って徒歩にしている。
またここら辺は裕福な住宅が建ち並んでおり、石畳も綺麗な作りだった。
だが貴族街という訳ではないので、警備はそこまで厳重ではない。そもそも、この町に貴族街は無い気がする。そこまで貴族が集まるような、規模の町ではないだろう。
そしてハンスは現状裕福だが、おそらく平民のはずである。だがもしも貴族になるようなことがあれば、このメダルにあるジンジフレ教のシンボルマークを、家紋にするつもりなのだろう。
何だかそれが、どうにも癪にさわる。生理的に受け付けないような、そんな感覚もあった。
まあどちらにしても、動くのは話し合いの後になるだろう。そのときの内容次第で、ハンスへの対応を決めることになるはずだ。
ある意味期待通りに動いてくれた方が、俺としても嬉しいかもしれない。
先ほど会った感じからして、以前のハンスの性格から大きく変わってはいない気がする。
多少寛容に見えたのは、力を持ったからこその余裕だろう。本質的にはおそらく、以前のままだ。だからこそある意味、信頼できるかもしれない。
俺はそう思うと、一度軽く深呼吸してから心を落ち着かせる。
「まあ今はそのことを忘れて、町の様子を楽しむことにしよう。訪れた町を楽しむのも、旅の醍醐味だしな」
「にゃぁん!」
何となく発した独り言に、レフが反応を返してくれた。
今更だが、レフもよく屋敷ではおとなしくしてくれたと思う。
ハンスの発言は実際の使徒であるレフにとっても、耐えがたいものだったはずだ。
しかし俺が動かなかったことで、それを汲み取って抑えてくれたようである。良くできた相棒だ。
これがもし横にいるのがゲヘナデモクレスだったら、ハンスは屋敷ごと消滅していたことだろう。
そんなことをふと思いながら、俺はレフと共にセマカの町を歩くのだった。




