404 ある意味強くてニューゲーム
気がつくと俺は、見知らぬ草むらにいた。横にはレフがおり、辺りにはまばらに木が生えている。
どうやら大陸間の召喚転移に成功したみたいだが、しかしそこで、一つだけ気になることがあった。
あれ? 目印にしたはずのベックに渡したカードと、だいぶ距離が離れているな。
そう。実際に転移してきた場所は、目印にした場所と違ったのである。
もしかしたら、大陸間の召喚転移を初めて行ったことにより、多少のズレが出たのかもしれない。
おそらく何度か経験すれば、このズレも修正されていくような気がする。ある意味こうした大きなズレは、今回だけかもしれない。
何となく直感で、そんなことを思った。たぶんそこまで、間違ってはいないはずだ。
だとすれば、こうしたズレも楽しむことにしよう。別に急いでいるわけではないし、このまま旅をして向かうのも楽しい気がする。
そういう訳でここから更に召喚転移をすることはせずに、俺はゆっくりと旅をしながら向かうことにした。
しかし、そんなときである。
「ごぶ!」
あ、野生のゴブリンが草むらから飛び出してきた。
突然現れた、一匹のゴブリン。
「いけ、レフ!」
「うにゃぁ!」
それに対して俺は、横にいたレフを繰り出した。
「ごっぶっぶ!」
ゴブリンはレフを見て、馬鹿にしたかのように笑い声を上げる。
だが悲しいことに、ゴブリンはEランクモンスターであり、対するレフはSランクモンスターだった。
故に結果は分かり切ってしまうが、それはまあ仕方がない。
「レフ、ダークサンダーだ!」
「うにゃぁ!」
そして俺が命令を出すと、レフの口から黒色の雷が放たれる。
「ごびゃッ――!?」
ゴブリンは避けることもできずに、見事に命中。その場には、黒い何かが残された。一応これでも、レフは手加減をしたみたいである。
「まあ形が残っているだけでも、マシなほうか」
「にゃふふんっ!」
俺はそう言いながらも、生活魔法の飲水で焼け焦げた草むらを消火しておく。ここから火事になっても、面倒だからな。
さて、問題はカード化するかだが、正直ゴブリンは別に欲しくはない。
ザコモンスターは、基本的に十枚あれば十分だと思っている。
しかしゴブリン系は、一応ホブンのランクアップにも使えるし、念のためカード化しておくか。
そうして俺は、転移後初となるカード化を行った。
ゴブリンだった物は形が残っていたため、カード化に必要な条件は満たしていたようである。光の粒子になり、俺の手元にやってきた。
「ゴブリン、ゲットだ」
「にゃんにゃにゃん!」
そう言って、俺はゴブリンのカードを異空間へと収納しておく。
さて、周囲には他に気配は無いし、適当に歩くか。一応ベックたちのいる方向は分かっているし、問題はないだろう。
「レフ、行くぞ。新しい旅の始まりだ」
「にゃにゃん!」
そうしてレフに声をかけると、俺はその場から歩き出す。
久々の旅に、俺はどこか気持ちが高揚するのだった。
◆
草むらを進むことしばらく、俺たちは無事に街道に出ることに成功する。
ちなみにモンスターとの遭遇は、特に無かった。
いや実際のところは、元帥に内包されている領域感知には引っ掛かっていたが、遭遇を回避した感じである。
別に今更ザコモンスターと戦っても、得るものは限りなく少なかったからだ。進んで遭遇するつもりは無かった。
それに今後旅を続けていれば、嫌でもザコモンスターとは遭遇する機会があるだろう。
故に無駄な戦闘は避けて、移動の方に集中した感じである。
ふむ。ベックのいる方向は、あっちか。
真っすぐに伸びる街道の真横に出てきた俺たちは、そのまま俺から見て左の方向へと進むことを決める。
「なんだか街道をこうして歩くのも、久々だな」
「にゃん!」
「ああそういえば、レフもあの頃はグレイウルフの状態で、俺の横を歩いていたんだったな」
「にゃんにゃ!」
赤い布を首に巻いていた当時のレフの姿を、俺は思い出す。
まさかあの時のグレイウルフが、今では黒猫の姿をしたSランクモンスターになっているとは、当時は全く考えてもいなかった。
それに俺自身も神候補になり、様々な力を得ている。
「あの時と比べたら、俺たちは強くなったな」
「にゃふふんっ!」
もはや大抵の相手は、俺たちの敵ではないだろう。むしろこれからは逆に、力加減を知らないと不味いかもしれない。
先ほどのゴブリンに対してレフは、かなり手加減をしていた。だがそれでも黒い何かを残す程度には、オーバーキルだったのである。
それはまるでゲームのクリア後に、初期の場所付近で敵を倒したような力の差だった。
ふむ。やはりネームドを何体か置いてきたのは、正解だったかもしれない。この分だと、しばらくは持て余したことだろう。
ネームドは一番下のランクでも、現在はBランクである。本来Bランクモンスターとは、かなり恐ろしい存在だ。
だとしたら多少の出来事はネームドではなく、他のザコモンスターなどで対処した方がいいかもしれない。
場合によっては目立つことも必要だが、そうでない場合は、無駄に目立つことは控えた方がいいだろう。
幸いレフは見た目は単なる黒猫だし、仮に鑑定をされても俺が繋がりから弾き返すことができる。なので横に連れていても、問題はないはずだ。
ちなみに現在の俺の姿は、ブラックヴァイパーシリーズを装備している。その内訳は、軽鎧・シャツ・ズボン・グローブ・ブーツ・ローブという感じだ。
死竜の鎧などは大変目立つため、着慣れていたこともあり、こちらを採用した感じである。
また腰にはどこにである鉄の剣に見える、パンドラソードを佩いていた。
他は基本手ぶらだが、そのときは収納系スキルを所持していることにするつもりだ。
収納系スキルは珍しいものの、別にいないわけではないので、特に問題はないだろう。
なので今の俺の姿は、それなりの冒険者に見えるかもしれない。それに一応冒険者ランクは、以前と変わらずDランクである。故にそれを考えれば、相応の姿だろう。
ちなみに冒険者証は、十年放置していなければ大丈夫らしい。十年何もせずに放置すると、冒険者記録から抹消されるようだ。
なので五年ほど眠っていた俺は、まだセーフである。
ただし次のランクに上がるための貢献度は、一年間何もしないと、そのランクで稼いだ貢献度は無くなってしまうらしい。
これについては仕方がないと諦めて、また少しずつ貢献度を稼いでいこうと思う。
またこれらは、Bランク以上の上位冒険者には当てはまらないようだ。やはりBランク以上だと、そうした特別な待遇になるらしい。
そんな訳で俺は基本的に、冒険者ランクDのジンとして旅をしていく予定だ。
これはある意味、強くてニューゲームという感覚に近いかもしれない。
以前冒険者として活動していた頃と比べると、天と地ほども力の差があるからな。
なので俺自身も、手加減を覚える必要があるだろう。
そういえば、そんなスキルもあったような気がする。もし街やダンジョンで見つけたら、使うことにしよう。
日常生活では問題ないが、戦闘になればレフ以上に、オーバーキルをしてしまうかもしれない。
俺はそう思いながら、レフと共に街道を歩く。
するとしばらくして前方に、何かが見えてきた。
「ん? あれは……馬車か? 襲われているように見えるな」
「にゃんにゃ」
少し距離が離れているものの、馬車が武器を持った集団に襲われているように見える。小汚い姿なので、たぶん盗賊かもしれない。
一応護衛もいるみたいだが、戦いは少々膠着気味のようだ。盗賊の数が多いのが原因だろう。
これは、助けた方がいいだろうか? しかし状況が分からないし、もしかしたら襲っている集団の方に正義があるかもしれない。
十中八九盗賊のような気もするが、まだ余裕がありそうなので、俺は冷静に対処することを決める。
ならまずは近づいて様子を確かめてみようと、そう思ったときだった。
「ん?」
すると突然馬車を守るようにして、二体のオークが召喚される。片方はハイオークであり、もう片方は茶色のローブ姿をした、杖を持つオークだった。
二体のオークは訓練されているのか、次々に敵を倒していく。ハイオークはCランクモンスターであり、一般的には強いモンスターだ。
襲撃者側が普通の盗賊であるならば、数がいても勝つのは難しいだろう。
またもう片方のオークも火属性魔法を使っており、ランクもハイオークと同等のCに見える。
ふむ。これは、俺が行く必要はなさそうだな。
にしてもCランクモンスターを二体も召喚できる存在が、あの場所にいるみたいだ。そちらの方が、気になってしまう。
そんなことを思っていると、こちらに襲撃者側の一人が逃げてきた。
なるほど。これはある意味、チャンスかもしれないな。捕まえれば、オークの召喚者と話くらいはできるかもしれない。
だが俺が攻撃すると、おそらく殺してしまう可能性が高かった。それならここは、配下に任せることにしよう。
俺はそう判断すると、三匹のグレイウルフを召喚した。
懐かしのグレイウルフである。レフと話していたことで、久々に召喚したくなったのだ。
「いけ、あいつを捕まえてこい」
「「「ウォン!」」」
「!?」
そうしてグレイウルフ三匹を嗾けると、逃げてきた襲撃者を簡単に捕まえることができた。
グレイウルフはEランクのモンスターなんだが、盗賊レベルだと対処は難しいようである。なんともあっけない。
そして捕まえた男をグレイウルフに抑えつけさせていると、馬車から護衛の一人なのか、冒険者風の男がこちらにやってくる。
「申し訳ない。そいつはこちらの馬車を襲ってきた盗賊だ。しかしその所有権は君にある。街に連れていくか、この場で始末するかは君の自由だ。それでは、失礼する」
冒険者風の男はそれだけ言うと、馬車の方へと即座に戻っていった。何か会話をする余地もないほどに、あっさりとしている。
ふむ。無駄のない会話だ。しかしこれでは、オークの召喚者と会えそうにはないな。まあ、こんなこともあるか。
それと別に盗賊の報奨金とかはどうでもいいし、街に運ばずにこの場で始末しておこう。
俺はグレイウルフたちに命じて、盗賊の男を始末させる。
「やれ」
「「「ウォン!」」」
「た、助け――ぐぎゃっ」
結果として意外にも盗賊の男はしぶとく、グレイウルフたちが倒すまでに、少し時間がかかった。
なるほど。ランクが低いと、息の根を止めるのにも手間がかかるみたいだな。
まあ、グレイウルフに便利な攻撃系のスキルは無いし、そんなものか。
そうして盗賊の男が死亡すると、その死体を俺はストレージへと収納しておく。
この死体は、トーンへのおみやげにしよう。骸木人生成のスキルで、手駒にできるはずだからな。
するとそうしている間に、なぜか先ほど一方的に会話を終わらせた冒険者風の男が、こちらへと戻ってきた。
「すまない。君の名前はジンであっているか?」
「ん? そうだが、なぜ知っている?」
突然名前を呼ばれたことを疑問に思っていると、次に名前を知っている理由を聞いて、俺は驚くことになる。
「知っているもなにも、護衛の依頼主であるハプンさんと、その奥さんであるサマンサさんが、君であれば連れてくるようにと、そのように言っていたのだ」
「なに?」
ここにきて俺はハプンとサマンサという、思いもよらなかった人物の名前を、冒険者風の男から聞かされたのだった。
第十二章開始と同時に、以下の新作も投稿しています。
↓
『キメラフォックス ~デスゲームでクリーチャーに異能【吸収融合】を使い、人外となっていく狐顔~』
現代デスゲームの異能バトルものです。よろしければご覧ください。
<m(__)m>