379 ジンジフレ大聖堂 ②
ジンジフレ大聖堂の奥は、一般立ち入り禁止の区画になっており、そこではシスターや神父などが暮らしているらしい。
当初はここにアルハイドも住む予定だったようだが、それでは他の者が休まらないということで却下されたとのこと。
確かに教皇が一緒に暮らしているとなれば、緊張してしまう事だろう。
なのでアルハイドは別の場所に家を建てることになったらしい。しかしそこでも、アルハイドは質素な家を所望したようだ。
けれども教皇が質素な家に住むのは、周囲の者が大反対したのだという。
だがアルハイドとしては、器だったとはいえ赤い煙が好き勝手したことを気にしており、豪華な暮らしをすることに忌諱感があったらしい。
しかし周囲の者としても、教皇にそのような質素な家に住んでほしくはなかった。故に何度か説得が繰り返され、最終的に庶民から見たら豪邸だが、教皇が住むには控えめな家になったとのこと。
今はその家で、アルハイドは暮らしているらしい。ただ一応、この大聖堂にもアルハイドの部屋は用意されているらしく、基本はそこでジンジフレ教に関連する事柄を処理しているようだ。
そんなことをアルハイドから聞きながら、一つの厳重に守られた部屋に入る。部屋は広々としており、中央には台座があった。その上には、ガラスのようなケースが置かれている。
あれは、何だ?
よく見れば、そのガラスのようなケースの中には、銀色の毛の束のようなものがあった。
すると俺が疑問に思っているからか、アルハイドが教えてくれる。
「あれは、我がジンジフレ教の聖物、【ジンジフレの毛髪】だよ」
「……つまり、俺の髪の毛か」
「そうだね」
おそらく俺が眠っている間に、伸びた髪の毛などを切って集めたものだろう。
それと聖遺物ではなく聖物なのは、俺がまだ存命しており、遺品や遺骸とは違うからかもしれない。
けど俺に関連した物なら、一応聖遺物になる可能性もある。魔神剣とかは、聖遺物に含まれるのだろうか? まあそのあたりは、俺が考える必要はないか。
「それで、これを俺に見せた理由は? 別にこれくらいなら、特に気にしないが」
ジンジフレ教を布教する上で、こうした聖物は必要だろう。なので寝ている間に髪の毛を切られたくらい、別に気にすることはなかった。
「それはよかったよ。一つは、この毛髪をこのまま管理させてほしいことだったからね。一年に一度一般公開をするのだけど、一種のお祭りになるほど盛況なんだ」
「なるほど。俺からしたら単なる自分の髪の毛に過ぎないから、なんだかそれは奇妙な気分だな」
俺の髪の毛の束を見るだけで、祭りのようになるのか。神の毛髪ならば、そうなっても仕方がないのかもしれない。
けど正直神という自覚はないし、内容だけ聞くと困惑しそうになる。
「本当は切った爪や排泄物も聖物にするべきという話しもあったのだけど、流石にそれは止めた方がいいと、却下しておいたよ」
「……本当に、それは助かった。爪はとにかく、排泄物が祀られて祭りが起きていたら、俺はそれを破壊していたかもしれない」
流石に排泄物でそれが起きていたら、嫌すぎるからな。もしそうなっていたら、心に深い傷を負っていたことだろう。
「なら、僕の判断は間違っていなかったみたいだね。破壊されなくてよかったよ。中には神の聖水として、洗礼の儀式に用いるのはどうかという話しもあったんだよ。当然、速攻で却下したけどね」
「……そうか。もしそうだったなら、俺自らが邪教と認定して、葬り去っていたところだ」
これは祀られる以上に、理解に苦しむ。つまりジンジフレ教に入信する者に、俺が排泄したアレをかけるってことだよな?
量的に一滴とか、もしかしたら名称だけで別の物で代用するかもしれないが、それでも嫌すぎる。
もしアルハイドが教皇じゃなければ、実行されていたのかもしれない。だとすれば、その点においてアルハイドには感謝しかない。
しかし俺自身がジンジフレ教の神だけど、この宗教は色んな意味で大丈夫だろうか? ジフレの件といい、排泄物の件といい、結構狂っている気がする。
「この件は結構賛成する者が多かったけど、反対しておいて本当によかったよ。どうやらかなり、ジンジフレ教存続の危機だったようだね。
これはジンジフレ教の聖書にも、しっかりと記載しておこう。神の排泄物を用いることは、神の怒りに触れることになるだろうとね」
「そうしてくれ……」
少々複雑な気分だが、もし遥か未来までジンジフレ教が残っていても、これで間違いは起こらないだろう……起こらないよな? 内容を曲解して、排泄物を神聖な物として崇めたりしないよな?
そんな不安な気持ちになりながらも、一旦その話は終わる。どうやらその事よりも、ここに連れてきたのには他に理由があったようだ。
なので俺はアルハイドから、その内容について話を聞く。
「それでここに連れてきたのは、ジン君にお願いがあったからなんだ。聞いてもらってもいいかな?」
「ん? とりあえず、内容は聞こう」
いったいお願いとは、なんだろうか? 無理のないことなら、叶えるのもやぶさかではない。
「助かるよ。実はジン君から、なにか聖物になるようなものを、ジンジフレ教に授けてほしいんだよね。なんならずっと使っていたスプーンとかでもいいんだけど、お願いできないかな?」
なるほど。この毛髪以外にも、なにか聖物が欲しかったらしい。
確かにジンジフレ教の総本山であるなら、いくつか聖物があった方が良いのだろう。
渡すのは別に構わないが、何か良い物があっただろうか?
すると俺は一つだけ脳裏に過った物があり、それを取り出す。それは、勇者の聖剣によって破壊された、死犬の双骨牙である。
刀身が途中から砕け散っており、剣としての役割は完全に失われている。
一見俺の生活魔法の修理で直せそうに思えるが、実際にこの手に出したことで気がついた。
この双剣は、もう死んでいる。
試しにあの時回収した破片を床に出して修理を試みたが、一瞬光るだけで何も起きなかった。
「ジン君、これは?」
「ああ、勇者の聖剣に破壊された双剣なんだが、完全に死んでいるのか直せそうにないみたいだ」
「なるほど。確か状況にもよるけど、限界を超えたダメージを受けて破壊された物は、スキルでも直せない事があると聞いたことがあるよ。たぶん、それだと思う」
どうやら俺が感じ取った通り、双骨牙はもうダメなようだ。そんな事象があることを、初めて知った。
元々双骨牙は、Bランクのネクロオルトロスを倒した時に手に入れた武器だ。
ランクにしては強力な成長武器だったので、逆に耐久面が低かったのかもしれない。だとすれば聖剣の一撃がオーバーキルになったのは、仕方がないのだろう。
結構気に入っていたのだが、双骨牙とはここまでのようだ。
俺は一度破片をストレージに戻すと、適当な袋を出して、その中に破片を改めて入れた。
そして双骨牙と合わせて、アルハイドに差し出す。
「聖物になるかは不明だが、これは俺がこの大陸で手に入れて、勇者戦まで重宝した双剣だ。性能的には魔神剣や聖剣の足元にも及ばないが、それでも気に入っていた物になる。よかったら使ってくれ」
「ありがとう。なら、ジンジフレ教で、大事に扱わせていただくよ」
そう言ってアルハイドは俺から双骨牙を受け取ると、収納系のスキルでそれを収納した。
またその後俺は双骨牙以外にも、普段使っていたスプーンやフォーク、タオルなどの小物も渡す。
アルハイドは聖物がたくさん増えて、とても嬉しそうだった。
そんなアルハイドに俺はある事を思い出して、同時に任せようと考えてそれを差し出す。
「そういえば、これも渡しておく。女王たちとも協力して、上手く使ってくれ」
「これは?」
「ああ、この壺は魔力を消費することで、無限に良質な泥が生成される無限の泥壺で、この種がユグドラシルの種だ。上手く育てれば、いつかユグドラシルの大木に成長するかもしれない」
「……え? ユグドラシルの種!?」
すると俺の出したそれに、アルハイドが驚愕を露わにするのだった。




