370 眠っている間に??
「どうやら目が覚めたようであるな!」
「がぁ、ダーリン! おは~!」
「ごしゅおはよ~!」
「きゅいきゅぃ!」
ゲヘナデモクレス、アンク、リーフェ、アロマがそう言って、俺の周りに集まってくる。
五年経過したみたいだが、変わりなく元気なようだった。またここにいるということは、やられずに生き残ったということでもある。
だが眠る前に召喚していたネームドの中で、一体だけいない存在がいた。
「あれ、グインはどうした?」
そう、グインがいないのである。縮小のスキルがあるはずなので、部屋に入ってくることは可能なはずだ。
しかしもしかしたら、グインの性格的に来なかっただけという可能性もある。
俺はそう思ったのだが、どうやらそれは違うみたいだった。
「えっとね~。グインは旅に出ちゃったんだよ~」
「は? 旅?」
リーフェのその発言に、俺は驚きを隠せない。それが本当だとしたら、グインはいったいどこへ行ってしまったのだろうか。
繋がりを意識してみると、何となくこの大陸にはいない気がした。
どうやらグインが旅に出たのは、本当のようだな……。しかし、旅に出た理由はなんだ? 意味もなく実行したとは思えないが……。
するとそんな時だった。この部屋に、女王たちが現れる。女王の横には、エンヴァーグとシャーリーもいた。
「ジン君、目が覚めたみたいね。色々と気になることが多いと思うけど、後で全部説明するから安心して。それよりも先に、体に何か異常が無いか確認しましょう」
「ああ、わかった」
そう言われたので抱きかかえていたレフを下ろすと、俺は自分の体を確認し始める。
腕を軽く回しても、特に違和感は無い。思考もはっきりしている。続いて立ち上がろうとすれば、こちらも特に異常は無くすんなりと立ち上がれた。
五年も眠っていた割に、俺の体は全く衰えている様子はない。おそらく普通の人族なら、こうはいかないだろう。
もしかしたらデミゴットであることが、関係しているのかもしれない。一応多少の違和感はあるが、それもある程度運動などをすれば戻る気がする。
またシャーリーが思考能力の確認のために、いくつか質問をしてきたが、受け答えについても特に問題はなかった。
「問題なさそうですね。ジン様のお体に異常が無いことに、私もホッといたしました。またそれと同時に、この五年間のお世話が終わってしまったことに、どこか寂しさも感じてしまいますね」
「ん? 寂しさ?」
シャーリーの言葉に、俺はそんな疑問を覚える。だがその理由は、すぐに判明することになった。
「はい。この五年間。私がジン様のお体をお世話させて頂きました。当初は、誰がお世話をするかで諍いが起きたのです。
その結果といたしまして、最も中立でそうしたことに慣れていそうな私が選ばれたしだいです」
「なるほど。それは手間をかけたたな」
どうやら眠っているだけだとしても、何かしらのお世話は必要だったみたいだ。もしかしたら俺の体に異常が無いのは、シャーリーのおかげだったのかもしれない。
これは、シャーリーには感謝しないといけないな。
しかし、俺がそう思ったときだった。
「いえいえ。ジン様は眠っていても簡単なものなら口に近づければ食べてくださいましたし、刺激を与えれば決まった時間に排泄もしてくださいました。
また毎日お体を拭かせて頂いたり、週に一度の入浴、一日三時間のマッサージなど、もはやそれは私にとって、欠かせないルーティンになっていました。
それが無くなってしまったのは寂しく、まったく手間ではありません。ですので、ジン様が私を気にする必要は無いのです」
「……」
介護レベルで世話をしてくれたことには、感謝しかない。だが、正直聞かなければよかったくらいは、恥ずかしい事この上なかった。
特に排泄時の刺激とは、いったい何をされたのだろうか……。また入浴ということは、全部見られた上で洗われたのだろう。
あまりのことに、俺は言葉を失った。
この中で唯一、エンヴァーグだけが同情的な気配を醸し出している。同じ男として、思うところがあるのだろう。
だがここへ、ゲヘナデモクレスたちから更なる追い打ちがかかる。
「主よ! 大丈夫だ! そこのメイドが中心的に主の世話をしていたのは事実であるが、我や駄猫、他の下僕共も主の世話をしているのだ。
そこのメイドだけが主の世話をした訳ではない!」
「ガァ、あーしもアワアワになって、ダーリンを洗ってあげたしー」
「にゃぁあん!」
「きゅいきゅぃ!」
「みんなでアワアワになって、ごしゅの体を洗ってあげたの! たのしかった~」
「……」
まあ、ここら辺は気にしないことにしよう。配下たちも俺のために、世話をしてくれたことには違いない。
「え、えっと、私もジン君のお世話をしたのよ? も、もちろん私はアワアワになって、直接体で洗うようなことはしていないんだからね! そ、そこはタオルで洗ってあげたから、あ、安心して!」
「……」
体に異常は無かったはずだが、何だか頭が痛くなってきた気がする……。
するとそれを察したのか、エンヴァーグが申し訳なさそうにこう言ってきた。
「ジ、ジン殿、儂やギルンが世話をするのが最善だったのだが、それはなぜか真っ先に却下されてしまったのだ。も、申し訳ない」
「そうか……」
エンヴァーグは力弱く、そう口にして頭を下げた。どうやらこれについては、どうにもできなかったみたいである。
ちなみにアルハイドは、蘇ったその日のうちに目が覚めたらしく、世話をする必要は無かったみたいだ。
今はこの場所にはいないが、重要な役職についているとのこと。それについては、追々説明してくれるらしい。
そうして何はともあれ、こうして俺は無事に目が覚めたのだった。眠っている間の世話については、もう考えるのを止めた。
しかし今後もしアルティメットフュージョンを再び使う場合には、世話をされる事も代償の一つとして、考えることになりそうである。
またその期間まったく目覚めなかったことから、俺が無防備だったことは間違いない。
おそらく攻撃を受けても、目覚めることは無いだろう。事前の下準備が無ければ、使うことは止めた方がいいかもしれない。
だとすれば今回は、ある意味とても運が良かった。元々城のダンジョンでの防衛戦だったこともあり、眠りについた俺の面倒を見てくれる下地が既にあったのが大きい。
加えて五年という期間も、かなりの問題だ。数百年目覚めないよりかはマシだが、それでも長く感じてしまう。
この五年の間に、いったいどれだけのことが変わってしまったのだろうか。
城のダンジョンにも変化はあっただろうし、まだ出会っていない転移者の中には、大きく成長した者たちもいることだろう。
赤い煙を倒したとはいえ、油断はしない方がいい。俺自身が特殊だったとはいえ、一年も経たずにここまで成長したのだ。
五年もあれば俺を超えるものが現れても、何ら不思議はない。故にこの目覚めから、心機一転で行こうと思う。
そんなことを考えながらも、何気ない会話に花を咲かす。俺の目覚めを、仲間たちは本当に喜んでくれていた。
大きな戦いを終えたからか、この城のダンジョンを、俺はかけがえのない場所に感じてしまう。
これまで旅を続けてきたが、これは初めてのことだった。
故にそんな事を考えるのと同時に、浦島太郎という名称が脳裏に浮かんでくる。だとすれば仲間たちが変わりなく存在しているだけで、俺は恵まれているのだろう。
五年ほどで目覚めることができて、本当によかった。目覚めたときに誰もいなかったら、俺はおそらく後悔をしていたことだろう。
そんなことを思いながらも、俺は仲間たちとの会話を楽しむのであった。