358 ジンアレクVS赤い煙 ⑥
気がつけば俺は、元の場所にいた。手には魔神剣を持っており、前の幻の魔王や赤い煙もいる。
見た限りだと、あれから時間は全く経ってはいないようだった。また俺の融合も解かれていないようであり、ジンアレクのままのようである。
すると俺の変化に気がついたのか、前の幻の魔王が口を開く。
「ふむ。どうやら本当に“カギ”を手に入れたようだな。幾分かこれは賭けだったのだが、上手くいったようでなによりだ。君はカギを手に入れるための欠片を多く持っていたらしい」
俺が封印されていた記憶を取り戻すのと同時に、神授スキルの真の効果を手に入れたことを喜んでいるようだった。そんな印象を受ける。
賭けと言っていることからして、欠片、おそらく記憶を取り戻す条件をいくつか満たしている必要があったのだろう。
「なんだなんだぁ? 何をしたんだ~? というか罰ってなんなんだよぉ。俺様の力で生み出されたのに、反抗的だなぁ~?」
この状況に対して、赤い煙がそんなことを口にした。俺にとってはだいぶ前のような気がするが、赤い煙にとっては今起きた出来事である。
前の幻の魔王は確か、俺が記憶を取り戻すことが、同時に赤い煙への罰だと言っていた。また自身は既に退場しており、加えて本物が目覚めてしまったことが理由らしい。
そのことは前の幻の魔王にとっては、かなり不本意なことだったのだろう。
しかし、赤い煙の言いたいこともわかる。目の前に存在している前の幻の魔王は、確かに赤い煙によって生み出されたのだ。それなのに、何故か最初から完全に自我を持っている気がする。
するとそれについて、ちょうど前の幻の魔王が語り始めた。
「幻の魔王なのにもかかわらず、分からないのか。何とも嘆かわしい。作り出す対象が幻属性に優れていれば、幻だとしても自我を持つ。更に私ほどになってしまえば、こうして本物と繋がってしまうのだ。
故に幻属性に優れている者を安易に幻で生み出すことは、愚かだとしか言いようがない」
なるほど。だとすれば過去の赤い煙があのような行動をしていたのは、幻とはいえ自我を持っていたからだったのか。確かに赤い煙は、幻属性に優れているのは言うまでもない。
だが本体に情報が行かなかった感じからして、本物と繋がるほどの技量ではなかったようである。
また作り出す側の技量が低くても、これは成立しないような気がした。自我を持つほど再現度の高い幻を作り出せなければ、そもそもこのような事は起きないと思われる。
「お前、生意気だなぁ。幻でできた前任者のくせによぉ~。それに本物が目覚めたとか言ってるけどよぉ。なんで死んでないんだぁ? 生きるのに飽きたとか言っていたのに、直前になって怖くなったのかぁ~? ひひゃひゃ!」
すると前の幻の魔王の言葉に怒りを覚えたのか、赤い煙がそう言って逆に煽り始めた。
しかし前の幻の魔王は、それに対してどこ吹く風である。
「確かに私に生への執着は無い。だが、そのまま死亡すれば魂が神に利用されるだけだ。故に私の本体は、眠りについた。しかしそれを、お前が目覚めさせたのだ」
死んだ後の魂は、神が利用するのか……確かに、その通りだろう。実際地球で死亡した俺を含めた者たちは、こうして転移者になっている訳だしな。
それが前の幻の魔王にとっては、許せない事なのだろう。何となく、強い者の方が魂としての質が高い気もするしな。
続けて前の幻の魔王は、俺に向けてこう口にした。
「故に君がカギを手にしたことで、神滅属性を手に入れる可能性への道が開かれたことに意味がある。神滅属性であれば私ほどの存在でも、魂ごと屠れるのだ。
なのでもし君が神滅属性を手に入れて十分に扱えるようになったら、本物の私の元へ来てほしい」
どうやら前の幻の魔王は神に魂を利用されないために、神滅属性で魂ごと消し飛ばして欲しいようである。
神滅属性か。おそらく神授スキルの真の効果に目覚めると同時に、神力を生み出せるようになることを知っていたのだろう。
つまり道が開かれるというのは、神力を手にしたのを切っ掛けにして、神滅属性を手にする方法があるのだと思われる。
だがそうだとして、なぜそのことを知っているのだろうか。俺はそれが気になり、訊いてみることにした。
「理由は理解した。だがどうしてそこまで詳しい? 過去に俺と似たような存在がいたのか?」
「ああ、いたとも。私が誕生する以前から定期的に存在していた。そして文明が一定基準に達するたびに、世界は破壊される。その後また君たちのような転移者が現れるのだ。そう、この世界は、神による牧場なのだよ」
「……そうなのか」
完全に信用するという訳ではないが、前の幻の魔王が魂を使われたくない理由がよく分かった。おそらく世界を破壊したり、転移者を呼ぶための何かに魂が使われるのかもしれない。
またそれが本当だとすれば、神がやっていることは地球にいるらしい全属性の魔王と同じだ。いや、全属性の魔王が、神のまねごとをしているんだったか。
だとすれば、余計に前の幻の魔王の内容に説得力が出てしまう。
「そして私が詳しいのは、幻の魔王だった故に戦う機会が多かったからだ。転移者は大抵持つ力の割に、精神が未熟な者が多い。訊き出すのは容易であった」
なるほど。それなら納得かもしれない。つまり神は定期的に神候補を生み出すために、転移者をこの世界に連れてきていたということになる。
それを定期的に行っているのであれば、神候補がその代で0人でも別に構わないわけだ。次回、次々回で現れればいいくらいの感覚なのかもしれない。
「むかつくけどよぉ。お前の言いたいことは理解したぜぇ~。それに転移者について、俺様が知らないこともあるみたいだなぁ。気になるぜぇ~。
でもよ~。結局のところ、お前は俺様の味方なのか? そろそろはっきりさせたいところだがぁ?」
すると赤い煙は前の幻の魔王を警戒しながらも、そう口にする。もし仮に俺の味方になった場合、流石に分が悪いと感じているのかもしれない。
「私はどちらの味方でもない。それに未熟な今代の幻の魔王程度を倒せぬようでは、神滅属性を持つなど夢のまた夢だろう。であれば、改めて見込みのある他の転移者を探すことにする。
前回気がついたときには、神滅属性を持つ者は既にいなくなっていたのでな。故に今回はその機会を逃さぬように心がけよう」
どうやら前の幻の魔王は、立場としては中立のようだ。俺としても、それはありがたい。敵に回られたら、流石に危ないだろう。
そして前の幻の魔王は、俺に向けてある物を投げ渡してくる。不意の出来事だったので少々驚いたが、無事にそれを受け止めた。
これは、指輪か。
見ればそれは、紫色の指輪だった。紫黒の指輪とはまた違う禍々しさがある。
効果内容は気になるが、今は少しも気が抜けない。中立とはいえ、前の幻の魔王もいるわけだしな。とりあえずは、ストレージに入れておいた。
「それを使えば、本物の私の元に辿り着くことが出来るだろう。神滅属性を手に入れて使い熟せるようになったとき、使ってみるがよい。
だが君の力が私の耳に届いていながら使わなかった場合は、逆に本物の私から接触することもあるだろう。では、私の用件はこれで以上だ。君の今後の成長に期待する。さらばだ」
前の幻の魔王は一方的に言いたいことだけを言うと、幻のように消えてしまった。
俺としては消えてホッとしたが、逆に赤い煙はそうではなかったみたいである。
「ふ、ふざけんなぁ! 俺様があいつを作り出すために、どれだけの魂と魔力を使ったと思ってやがる!! 前任者だからって、許されると思うなよぉ!! 絶対に後悔させてやるからな!! そしてその魂を、俺様が使い潰してやる!」
前の幻の魔王が消えたことに一瞬呆気にとられた赤い煙だが、使用したコストを思い出して絶叫した。
あれはアルハイドの魂を囮に使ってまで発動した、奥の手だったのだろう。それが不発どころか俺に力を与える結果になったのだから、叫びたくなるのも仕方がないのかもしれない。
また赤い煙は、怒りから消えた前の幻の魔王に対して暴言を吐き続けている。現状こちらには、あまり意識が向いていなかった。
そのことからして、赤い煙にはまだまだ余裕があるのかもしれない。
よし、であれば今うちに、神授スキルの真の効果を確認しておくか。前の幻の魔王がいなくなったのなら、思考加速を使えば確認くらいはできるはずだろう。チャンスであることには、変わりないからな。
そう考えた俺は、封印が解かれた事で手に入れた力を意識するのであった。