表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

391/469

349 転移前の世界 ⑥

 今回少し長いです。


 あれからしばらくの時間が経った。正確には俺の見ている場面が急に何度か変わったので、詳しい日数は不明である。


 しかしそれなりの日数が経っているのか、二人の衣服は薄汚れており、疲労しているのが見て取れた。


 いつ襲われるかもわからないダンジョンの中では、まあ当然だろう。


 また気がつけば階層も、三階層目に移動しているらしい。二人の会話を聞いたところ、なんと覚醒者が一気に増えたようだ。


 それにより、二階層目に人がやって来る頻度が増えたとのこと。


 どうやらこのままでは息絶えると考えた者たちが、一か八かで魔石を喰らったらしい。その結果として三割が覚醒者になって、エクストラスキルを手に入れたようだ。


 ちなみにスライムやホーンラビットであれば、武器を持った大人なら倒せると思われるので、魔石の入手も可能だろう。中には、人から魔石をもらった人もいるかもしれない。


 だが一番の問題は、魔石の入手方法ではなく、残りの七割だろう。その中の三割は何も起きないのでまだいいが、もう三割は何かしらの障害を抱えることになったはずだ。この状況では、まず生き残るのは難しい。


 逆に一割を引いて死亡した方が、ある意味楽だったのだろうか? いや、ものすごく苦しんだ上で死亡するらしいので、普通に地獄だったか。


 そういう訳で、この間に多くの死者が出たと思われる。また水をエクストラスキルで出せたり、そうした魔道具を持っていると、安泰(あんたい)らしい。


 水を差し出す代わりに金銭や魔石に加えて、食料や価値のあるものを手に入れることが出来ているようだ。


 その点二人も急須(きゅうす)の魔道具を持っているが、面倒になることが目に見えているので、お湯とお茶の販売はしないようである。


 盗まれたり破壊される可能性もあるので、判断としては悪くはない。販売すれば利益はあるが、その分リスクも(ともな)うからだ。


 そういう訳で他人とは極力関わらないようにしつつ、二人は現在三階層目にいるのである。


 当然モンスターはその分強くなるが、倒せないレベルではない。またこの階層はゴブリンやコボルトがメインであり、稀にオークが単体で現れる。


 最初はオークに苦戦していたが、ドロップアイテムを集めて文香がカード化してからは、一気に楽になったようだ。


 更にもう一体のオークと、コボルトも二体ほどカード化したことで、少なくともモンスター相手ではかなりの安全を確保できるようになっている。


 ちなみにゴブリンスライムについては、容量確保のために削除していた。他にも使わないザコモンスターの大部分も、同様に文香は消している。


 それにより俺の確認できている範囲では、文香の所持しているカードはこのようになっていた。



 ・ノワール(黒猫)1枚 ランクE~D?

 ・ゴブリン 3枚 ランクE

 ・コボルト 2枚 ランクE

 ・オーク 2枚 ランクD

 合計8枚



 この中でノワールだけが何のモンスターかは不明だが、隠密系の特殊なスキルを使える便利な存在だ。加えて意外と素早く力もあるみたいなので、ゴブリンよりは強いかもしれない。


 文香にとってノワールとは、俺にとってのレフのようなものだろう。文香とノワールを見ていると、レフのことを思い出す。


 そういえば今頃、レフはどうしているのだろうか? いや、何となく元の世界の時間は経過していない気がするし、何も変わっていないだろう。そんな風に信じるしかない。


 でなければ、最悪な事態になってしまうことになる。故に考えるだけ無駄なので、この考えは止めることにしよう。どの道今の俺は、この二人のことを見続けるしかないのだから。


 俺は自分にそう言い聞かせて落ち着きを取り戻すと、次にカード召喚術について考え始める。


 そういえばカード化についてだが、やはりドロップアイテムからそのモンスターの肉体の一部をある程度集めることで、カード化する際に必要な肉体の役割を果たすようだ。


 だいたい七割くらい集まっていれば、可能な感じである。なのでオークをカード化する時は、かなり大変そうだった。


 ドロップしたオークの肉体の一部を配下に担がせて、移動していたのである。その間は当然肉のにおいにつられて、コボルトが度々現れたのだ。


 嗅覚に優れるコボルトの前には、ノワールの隠密能力も見破られてしまったようである。


 加えてオークの重量は肉体の一部でも数十キロはありそうなので、移動はかなり遅くなっていた。


 それもありかなり危なかったのだが、一斉に地面に肉を捨てて対処したことで、何とか倒したのである。食料ではなくカード化用と割り切っていたことで、行動が早かった。


 またコボルトについては事前に予想していたようであり、二人に(あせ)りが無かったのもよかったのだろう。


 あとは肉の移動についてだが、ゴブリンも地面に引きずることを前提にすれば、問題なく運べたようである。


 それと過去の俺と文香も、見た目以上に力があった。おそらく覚醒者になっていることで、超人化しているのだろう。大荷物を抱えた上で、オークの肉体の一部を運んでも余裕そうだったのである。


 ただ見ている俺からすれば移動が遅くゴブリンは地面に引きずっていたので、他の探索者に見つからないかとヒヤヒヤした。


 だが結果的には誰にも気づかれなかったので、運が良かったのだろう。成功したからよかったものの、危険な賭けに出たものだ。


 二人もそれは理解していたのか、移動中はかなり緊張していた。しかしこの先を考えれば、オークをカード化するのは必要だったと考えたようである。


 ちなみに過去の俺は、一対一でなんとかオークを倒せるレベルだった。また文香は荷物持ちと警戒、配下への指示出しがメインである。


 二人の息はピッタリであり、オークを倒す際に怪我などはほとんど負ってはいない。一体目をカード化してからは、その危険も無くなったのである。


 正直このままモンスターを順調に増やせれば最高なのだが、それは文香の魔力と容量の問題で無理なようだった。なので現状では、この8枚が限界なのだろう。


 だがこのダンジョンに入る前と比べたら、戦力はかなり上昇したはずだ。少なくとも、この階層に留まるだけなら余裕で数ヶ月は持ちそうである。


 食料もオークを狩ればどうにかなることも、大きいだろう。加えて街を出る前提の荷物を持っていたことも、プラスに働いている。


 そういう訳で衣服の汚れと疲労はあるものの、三階層目でも二人は十分にやっていけていた。


 また二人は定期的に情報収集も行っているようで、何度か二階層目に行っては探索者に見つからないようにしつつ、会話を盗み聞きなどもしている。


 するとその時、ある会話を耳にした。それはちょうど、ダンジョンが発生してから三十年目が間近だということである。


 そしてダンジョンでは十年ごとに、謎の失踪事件が多発しているらしかった。


 最初の十年目は単なる都市伝説であったが、その十年後、つまり二十年目にも同様の事件が起きている。


 故に今回の三十年目にも、同じような失踪事件が起きるかもしれないと、そんな噂をあちこちで耳にしたのだった。


 加えてそれは必ずダンジョン内で起きており、十年ごとにダンジョンが人間をまとめて喰っているのではないかと、そう恐れられていたのである。


 なので多くの探索者がダンジョンからの脱出を考えていたようだが、外はモンスターであふれかえっているらしい。


 また下手に飛び出すと一斉に襲われるので、並の実力では命はないようだ。更には手に負えない強さのモンスターもいるようであり、逃げ出すのは困難を極めていた。


 そして何より頼みの綱の高ランク探索者たちは、自分たちだけで徒党を組んでダンジョンを出て行ってしまったらしい。


 一応助けを呼んでくると言っていたらしいが、実際はどうかわからないようだ。それにより一時は人々がパニックになり、その騒がしさでダンジョン内からモンスターが集まってきたとのこと。


 それにより多くの死人が出て、まるで地獄絵図のような光景が広がったらしい。


 故に二人がさっさと下の階に下りた選択は、正解だったことになる。もし留まっていたら、命の危機が訪れていたかもしれない。


 二人の情報収集で得られた内容は、おおむねこんな感じだった。


 ふむ。上の階はかなり悲惨な状況に(おちい)っているらしいな。力の無い者は、今後もどんどん脱落していくことだろう。


 いったい何時までこの状況が続くかは不明だが、幸いイレギュラーが起きない限り、二人は大丈夫だろう。


 すると俺がそう思った直後、またしても視界が切り替わり、時間が飛ぶ。ちょうどそれは、二人が会話をしているところだった。


「三十年目って、ちょうど今日だよな?」

「そうだね。失踪事件、本当に起きるのかな……?」


 どうやら飛んだ時間の先が、ちょうど噂の三十年目のようである。


 なんだか、嫌な予感がしてならない。


 直感のスキルが現状使えなくても、それくらいは感じることができた。何か起きるには、条件がそろい過ぎている。


「それはわからない。だが、嫌な予感がするな。普通ならダンジョンから出るべきなんだろうが、それは難しいだろう」

「うん。文香もそう思う。助けも来そうにないし、外が落ち着くまでここにいるしかなさそうね」

「ああ。だから何が起きてもいいように、準備だけはしておこう」

「うん……」


 過去の俺も、嫌な予感がしているようだ。やはり、十年ごとの失踪がこの後に起きるのかもしれない。この過去の世界を見せられていることからして、何も関係ないとは思えなかった。


 俺はそんな予感をしつつも、この失踪事件について考える。


 まず十年ごとにダンジョンで、人々が謎の失踪を遂げるんだよな。これはおそらく、ダンジョンを支配している者が、人々を強制的に転移させているのだろう。その理由は不明だが、何かの儀式だろうか?


 女王のような存在を知っている俺は、それについて予想が出来る。しかし過去の俺には、その情報が無い。ダンジョンの何かが人々を(さら)っていると考えても、根拠のない予想しかできないのだ。


 もちろん過去の世界のダンジョンと、異世界のダンジョンは違うかもしれない、だがそう考えると、腑に落ちるのである。


 また普通ならば、分からないことは怖い。それが自身の命を(おびや)かすとなれば、なおさらだろう。人であれば、当たり前の感覚である。


 同じ自分自身のことだからか、過去の俺がそれに恐怖しているのがよくわかった。しかしそれを表情には出さないように、我慢しているようだ。


 対して文香などは、表情にまで恐怖がにじみ出ている。もしかしたらここで、命が尽きるのかもしれない。そんな何かを感じているのだろうか。


 しかし時間が刻一刻と過ぎていく中で、次第に二人の精神状況も安定してくる。


 噂は噂だった。何も起きない。この状況に不安になっていたから、余計に恐怖しただけだ。


 二人はそんな風に、話し合っていたのである。


 だが結果として悪辣(あくらつ)にも、そうした油断した時に、それは起きてしまう。二人が突然、その場から転移をした。当然それを見ている、俺自身もである。


「なっ!?」

「こ、ここは!?」


 気がつけば広々とした明るい空間に、俺と二人はやってきていた。地面や壁はダンジョンと変わらないが、そんなことはどうでもいい。


「嘘だろ?」

「どこだここは!!」

「うわーん!」

「噂は本当だったのか!!」

「し、死にたくない!」

「俺を今すぐ帰してくれ!」


 そして二人以外にも、大勢の人々がこの場所に転移していたのである。探索者はもちろんのこと、一般人や老人子供に至るまで、見境がない。


「文香、とりあえず隠れよう!」

「う、うん! ノワール、お願い!」

「にゃぁん!」


 過去の俺がそう言ったことで、二人はノワールの力で姿を消す。


 また召喚していた他のモンスターたちを、急いでカードに戻した。既に少し見られて騒ぎになっていたが、その事については気にしてはいない。


 それよりも隠れる時は人数が少ない方が効果が高く、必要コストも下がる。それを重視したのだろう。この後に何が出てくるとすれば、見つからないに越したことはない。


 そうしてちょうど、二人が姿を隠した時だった。


「ぎげぇ!?」

「いやぁあああ!!!」

「に、にげろおお!!」

「ひぃいいい!」

「ぎゃあああ!!」

「くるなくるなくるなくるなあああ!!」


 この空間の中央付近から、人々の悲痛な叫び声が聞こえてきたのである。


 加えて何かヤバいと周囲の人々も感じ取ったのか、急いで逃げ出す。二人も姿を隠しながら、人とぶつからないように注意しつつ走り出した。


 降ろしていた荷物は共に転移してこなかったこともあり、人々の中でも身軽に移動できたのは、不幸中の幸いだろう。


 その代わりに装備に関しては準備していたこともあり、問題は無さそうだった。戦闘になっても、即座に身構えることができるだろう。


 また俺は二人が走っている中で、何が起きたのか発生源の方を見つめる。過去の俺を少し高い位置から見下ろしているという関係上、遠くがよく見えた。


 嘘だろ……あいつはどう見ても……。


 そして視界に入った存在に対して、俺は思わず驚愕(きょうがく)する。黒い大剣を振り回している存在が、中央付近で暴れていた。


 その見た目は全身を黒い鎧に覆われた、怪しく光る赤い瞳をしたモンスターである。


 見た目に多少の違いはあれど、どう見てもそれは、ゲヘナデモクレス(・・・・・・・・)そのものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ