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346 転移前の世界 ③

 過去の俺と文香は、それからあばら家が並ぶスラム街のような街を進む。


 トタンと木材、それから布などで作られた簡易的な家が多い。


 この辺には荒廃前に建てられた建物は少なく、元々は開けた場所だったのだろう。それか、人々が切り開いたかのどちらかだと思われる。


 崩れかけのビルなどに住まないのは、やはり倒壊の危険があるからだろう。


 そうして過去の俺たちは、市場のようなところへとやってくる。そこには多くの人々がおり、探索者に加えて、一般人らしき人たちもいた。


 俺はその中で、周囲の話し声に少し耳を傾けてみる。


「北のルートが支配されたらしい。やっぱりダンジョン災害が二か所で起きたのが、痛かったみたいだ」

「なに!? じゃあ、北との流通が遮断されたということじゃないか! おいおい、勘弁してくれよ……」

「だな。これでこの街に残された外部とのルートはあと一つしかない……上位の探索者たちが奪還してくれることを祈るしかないな」


 ふむ。ダンジョン災害か。北のルートが支配されているという会話からして、もしかしたらモンスターがそこへ大勢押し寄せたのかもしれない。


 それに残された外部とのルートがあと一つということは、周囲は危険地帯なのだろう。過去の世界は想像以上に、人類にとっては厳しい世界のようだ。


 するとその会話が過去の俺たちにも聞こえたのか、二人は歩きながらそのことについて話し始める。


「北のルートが支配されたのか。俺たちにとっては、朗報だな」

「そうね。いるかは分からないけど、これで追手が簡単にはこれないわね」

「ああ、けど念のため、当初の予定通り金を貯めたらこの街から出よう」

「うん。わかったわ」


 なるほど。確か二人は施設から逃げ出したんだったな。おそらくそれが、北のルートの先にあるのだろう。


 また確実な安全を手に入れるために、いずれはこの街を出る予定のようだった。


 しかしダンジョンでの慣れている感じから、この街にはそこそこ長くいるのだろう。だとしたら、この街を出る日は意外と近いのかもしれない。


 そうして過去の俺と文香は、市場の中にある列の一つに並んだ。見た感じ探索者らしき人が多いので、ダンジョンで手に入れた物を売買しに来たのかもしれない。


 結果俺の予想は当たっていたようで、過去の俺たちの番になると、リュックサックから魔石などのドロップアイテムを取り出した。


 すると担当してる中年男性が、大きさの違う二種類の銅貨を何枚かトレーに乗せる。


「860円ってところだ」

「ああ、それでいい」


 ん? 異世界の通貨と似ているな。模様は違うが、これは明らかに小銅貨と銅貨だろう。


 たぶん小銅貨が一枚十円で、銅貨が一枚百円といったところだった。過去の世界では、異世界のような硬貨が流通しているらしい。


 しかしそれでも、呼び名は『円』だった。何だか不思議な感じがする。まあ、それについてはどうでもいいか。それよりもあの量で860円は、少な過ぎはしないだろうか?


 いや、異世界の冒険者ギルドと違って、討伐依頼的なものが無く、素材の売買だけだからかもしれない。ここまで来るまでに、そうした依頼に関する内容や張り紙を一切見ていなかった。


 それに過去の俺と文香は何も文句を言わずに受け取っているので、もしかしたらこれが普通なのかもしれない。加えておそらくだが、異世界よりもこちらの方が物価の価値が低いのだろう。


 そうして無事に売買が終わると、続いて市場の近くにある建物へと二人はやってくる。そこの入り口には警備員がおり、少々厳重だった。


 だが何かを提示することもなく、二人は普通に入る。警備員も、ちらりと視線を向けるだけだ。


「とりあえず、一時間で頼む」

「二人組か。よし、34番だ」


 そして次に受付の人物にそう言って金銭を払うと、なにやら過去の俺が鍵を受け取った。


 んん? この施設は、何なのだろうか? たくさんの個室がある感じで、清潔感がある。当然浮浪者のような人物はいない。たぶんそうした者は、警備員に追い返されるのだろう。


 そんなことを思いながら、俺は二人が個室に入っていくのについていく。


 なんだ、これは?


 すると個室にあるのは謎の画面付きの機械であり、椅子が二脚置かれていた。それ以外には、特に気になるようなものは無い。


「さて、データの中身を見てみるか」

「高く売れるデータだといいね」


 二人はそう言ってまずは小銅貨を一枚入れたあと、ダンジョンで手に入れたデータチップを機械へと差し込んだ。


 なるほど。ここの施設は、データチップの内容を確認するための施設だったのか。それと受付で金銭を払った後に、機械にも別に支払う必要があるらしい。


「おっ、また漫画みたいだぞ。北天の拳って作品のようだ」

「え~。また漫画ぁ?」


 どうやらデータチップの中身は、北天の拳という漫画作品だったようだ。


「とりあえず、読んでみよう」

「うん。わかったわ。文香も見る」


 そうして二人は椅子に座りながら、漫画を読み始めた。俺も二人の後ろから、読ませてもらう。


 なるほど。核の炎に焼かれた世紀末の世界で、一子相伝の技を受け継いだ男が、愛する女を助けに行く話らしい。序盤の内容としては、そんな感じだった。


「なんだか、文香たちの世界と少し似ているね。もしかしてこの漫画、予言書なのかも?」

「いや、それは無いだろう。でも、面白い内容だ」

「えぇ~。文香はもっとほのぼのとした漫画がよかったなぁ~」


 二人はそんな会話をしつつ、一時間漫画を読んでから建物を出た。


「このデータチップは、全巻読み終わってから売ることにしよう」

「それはいいけど、なるべく早く読んでね。高くないとはいえ、お金もかかるし」

「ああ、わかっている」


 とある施設から逃げたという事実があるとはいえ、二人には落ち着きがある。もはや追手に関しては、そこまで気にしてはいないのかもしれない。


 それでも念のため、いずれはもっと遠くへと向かうことにしているのだろう。少なくとも、娯楽を楽しむ余裕はあるようだった。


 にしても、データチップか。過去の情報が詰まったチップのようだが、なぜそれがダンジョンから出てくるのだろうか? 


 異世界のダンジョンとは、またルールが違うのかもしれない。それかダンジョンを支配している者に、何か考えがある可能性もあるな。


 俺は新たな疑問を抱きつつも、二人の次に向かう場所へとついていくのだった。


 そうして辿り着いたのは、木製の壁に囲まれた大きな建物である。作りも道中のあばら家と比べると、かなり立派だった。


 当然のように門番がおり、入るのに何か札のような物を見せて通してもらっている。


 ふむ。見た限り、ここは集合住宅のようだ。共有の食堂やトイレなどもあるようで、探索者風の人物たちもそれなりに見受けられた。


 二人は迷わず二階へと上がると、ある一室の前で止まる。そして取り出した鍵を使って、部屋の中へと入った。


「ただいまぁ~!」

「それ、毎回言う必要あるか?」

「あるよぉ! 言った方が、帰ってきたって感じがするじゃん!」

「そうか」


 二人が住んでいる部屋は、そこまで広くはない。家具も最低限の物であり、価値のある物はあまり置いていない感じだった。


 そして二人は防具などを外してラフな格好に着替えると、今日手に入れたホーンラビットの肉と調味料、食器類などを持って食堂へと移動する。


 共有の食堂のキッチンでは、各々(おのおの)が好きに作るスタイルのようだ。中には料理を売っている者もいる。そういった自由度も、かなり高いようだ。


 二人はそのまま空いているコンロらしき物の前に来ると、硬貨投入口に小銅貨を入れた。


 ふむ。ここでも硬貨を使うのか。


 そんなことを俺が思っている側で、二人は慣れた手つきでホーンラビットの肉を焼くと、過去の俺が出来上がった物を食堂のテーブルへと運ぶ。


 文香はその間にパンとスープを売っている者からそれぞれ買い、それを運んできた。


 意外と旨そうだな。だが当然、俺は見ていることしかできない。残念だが、これは仕方がないな。


 けれどもこの背後霊の状態だと腹が減らないので、見ているだけでも別に苦ではなかった。


 そうして二人は食事を終えると、キッチンで食器類を洗い、撤収する。ちなみに水道も、硬貨を支払う必要があった。


 この荒廃した世界で、普通に水道が使えたのが驚きだな。それに、この建物には明かりがある。この明かりのエネルギー源は、いったいどこから来ているのだろうか? まあ、その答えは一つしかないよな。


 それについて、実のところ心当たりがあった。ダンジョン探索中にも、それらしきエネルギー原を見ていたのである。


「こんなものね。どっちが先に体を拭く?」

「文香からでいいぞ」

「わかったわ」


 すると文香が急須(きゅうす)のような物に魔石を入れると、急須からその容量以上のお湯を出した。


 どう見ても、魔道具だよな。たぶんダンジョンで見つけたのだろう。


 そう、エネルギー原とは、魔石のことである。この建物の明かりなどは、おそらく魔石が使われているのだろう。


 また水道の水も、魔道具によるものだと思われる。キッチンで急須を使わなかったのは、あまり周囲に見られたくなかったからだろうか?


 それか急須には赤と緑色のボタンがあり、赤はお湯、緑はお茶が出るからという理由もあるのだろう。ダンジョン探索中は、お茶を出して水分補給をしていた。


 水などを運ぶ必要が無いのだとすれば、この急須は思っていたよりも貴重品なのかもしれない。


 そうして文香が体を先に拭くので、過去の俺は席を外す。またその後は入れ替わりで、過去の俺も全身を拭いた。


 流石に、風呂は簡単には入れないのかもしれないな。俺は異世界で清潔の生活魔法があったからよかったが、過去の俺はその点では苦労していそうである。


 俺はしみじみとそう思いながら、二人が体を拭くのに使ったお湯の入った桶の中身を、窓から投げ捨てた。


 ふむ。そういう部分は、異世界スタイル。いや、中世スタイルのようである。一応先に窓の周囲を確認してから捨てているので、誰かにかかるということはなさそうだった。


 また桶の中身を捨てることに関しては、特に問題は無いようである。これで何かバレるという雰囲気もなさそうだ。


 後は外も暗くなっているからか、小さな(あか)りの魔道具をつける。そして二人は夜の支度を早々に終えると、最後に僅かながら会話を交わして眠りにつくのだった。


 ちなみに寝床は普通にベッドが二台あり、当然だが別々に寝ている。


 こうした何気ない平和な日々を、過去の俺は送っていたというわけか。だがそれも、いずれは失うことになるのだろう。


 それは俺が異世界に転移していることから、確実である。

 

 だとしたら、この文香という少女はどうなったのだろうか? もしかして、俺と同じように記憶を無くした状態で、異世界に転移しているのかもしれない。


 しかしそれだと、俺にカード召喚術があるのが腑に落ちないんだよな。二重取りを過去の俺が所持していることからして、神授スキルの元になったのは間違いなくそれだろう。


 う~む。わからないことだらけだ。


 そんなことを思いながら、俺は眠っている文香の顔を眺める。なお俺は過去の俺の側を離れることが出来ないので、少々距離があった。しかしそれでも、顔の確認くらいはできたのである。


 やはり、見覚えがあるんだよな。


 俺は文香の顔について、何となくどこかで見たことがあったような気がした。俺はそのことを思い出そうとして、頭を悩ませる。そしてしばらくすると、俺はそれについてようやく思い出すことができた。


 ……そうか。そういうことか。どこかで見たことがあったと思ってはいたが、文香の顔はジフレと似ているんだ。


 ジフレの姿は、俺自身融合してすぐの一度しか確認をしていない。それに猫耳と尻尾は当然だが無く、加えてジフレはメイド服を着ていた。結果としてそれにより、思い出すことが中々出来なかったのである。


 ジフレは俺とレフの融合した姿だよな? ということは、レフと文香に何か関係が? いや、流石にそれは考えすぎか。


 レフは異世界でカード化したグレイウルフが元になっているし、それが文香だったということは無いだろう。


 もし文香がキャラクターメイキングでグレイウルフになっていたとしても、倒したのならば転移者を倒したアナウンスが入っていたはずだ。


 それに、当時のレフに神授スキルやエクストラは無かった。レフと文香が同一存在という線は、かなり薄いだろう。


 だとすれば、ジフレと文香の容姿が似ているのは何故だろうか? やはりそれは、カード召喚術と何か関係があるのだろうか?


 そんな新たな謎に頭を悩ませ、俺は目を閉じて思考を巡らせる。だが再び目を開いたとき、目の前の光景が別のものへと変わっていたのだった。


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