345 転移前の世界 ②
過去の俺たちのダンジョン探索は、まだ続いている。その間に俺は、配下との連絡をどうにかしてできないかと模索していた。
しかし全てのスキルが使用できないうえに、繋がりも感じない。神託も不可能な状況だった。
結果として配下はおろか、レフとの連絡もつかない感じである。
だとすればあの謎の存在の正体が、自ずと見えてきた。これほどまでの事が出来るのは、限られてくる。
あれはたぶん、一代前の幻の魔王なのだろう。つまり、赤い煙に魔王の座を譲った人物になる。
赤い煙も過去の幻の中で独自に動けていたし、前任者も同じように動けていてもおかしくはない。それがたとえ、赤い煙が生み出した偽物であってもだ。
もしかしたら幻属性の魔王や元幻属性の魔王ほどの実力があれば、相手の作り出した幻でも独立した別の個体? といった感じで動けるのかもしれない。
俺がそんな風に考えていると、過去の俺が見つけた宝箱を開いていた。
「おっ、データチップだ。何が入っているのか、これは楽しみだな」
「え~。またデータチップ? 前のやつはチンパンジーがジャングルで軍人に渡された銃を撃ちまくる動画だったし、その前は狂戦士とかいう巨大な剣を使う男の漫画だったじゃん。なんかハズレ多くない?」
「少なくとも俺としては、狂戦士は当たりだったんだがな……」
「ええっ、あれ読むのツライよ。文香は無理だったわ」
「まあ、あれは人を選ぶかもな」
銃を撃つチンパンジーの動画に、狂戦士の漫画か……。以前そんな記憶の断片が、脳内に思い浮かんできたことがあったな。ルルリアに渡した巨大な剣も、それを参考にしたような気がする。
もしかしてあれは、封印されていた記憶の一部が漏れ出ていたのかもしれない。
にしても、データチップか。一見指でつまめるサイズの緑色をした長方形の板という感じだ。機械のパーツのようにも見える。
おそらくこのチップ内のデータを、読み込む機械かなにかがあるのだろう。いったい、何が入っているのだろうか?
それからしばらく過去の俺たちが探索をしたあと、探索を終えて元来た道を迷いなく戻っていく。地図が無くても大丈夫ということは、そうとうこのダンジョンに慣れているのだと思われる。
文香がゴブリンに道を訊いている感じもしないし、ルートを暗記しているのだろう。まあ俺のカード召喚術とは違い、ダンジョンでカード化したモンスターが道を知らない可能性もあるが。
また攻略という雰囲気も無く、毎日のルーティンという感じがするな。冒険をするよりも、安定した生活を重視しているのかもしれない。
するとそんな道中で、とある集団と遭遇する。もちろん道中では他にも遭遇していたが、この集団は初めて過去の俺たちへと声をかけてきたのだ。
「あっ! 誰かと思えば、文香と顔だけ腰巾着野郎じゃないか! 今日も文香に寄生しているのかよ!」
そう言ってきたのは、黒髪黒目をした、芋っぽい顔をした少年だった。
こいつはまさか……。
俺が少年に既視感を覚えるのと同時に、その名前が文香によって呼ばれる。
「なによ田中! しつこいわね! 文香に振られたからって、仁にちょっかいを出さないでよ! 仁はあんたよりも、凄いんだからっ!」
「なっ!? ふ、振られてねえし! 勘違いするなよ! このブス!」
田中? いや、こいつはどう見ても、タヌゥカだよな? 俺の知っているタヌゥカと、見た目に全く違いがない。
まさか俺とタヌゥカに、こんな縁があったとは……。
異世界でのタヌゥカ。赤い煙によって創られた偽物のタヌゥカ。そして過去の世界のタヌゥカ。まさかの、三度目の登場である。
「言ったわね! ぶっころ――もがっ!」
すると暴れ出そうとした文香を、過去の俺が後ろから押さえた。
「あまり文香を刺激しないでくれ。文香も、田中の挑発に乗らなくていい」
「むぅ。わ、わかっているわよ」
「ちっ、命拾いしたな! でも文香が俺様のパーティに入りたかったら、いつでも言ってこい! もちろん、入るにはそれ相応の誠意をみせてもらうけどな! せいぜい死ぬ前に後悔するなよ!」
そう言って、タヌゥカとその仲間たちがダンジョンの奥へと消えていった。
「あいつ、ちょっと斬撃を飛ばせるからって、偉そうに! 技量は仁の方が上だもん! それに、仁のエクストラスキルは凄いんだからっ! 知ったら上位探索者からのスカウトも間違いなしなのよ!」
「文香、そのくらいで抑えてくれ。誰かに聞かれると面倒だ」
「わ、わかっているわよ! さっさと帰りましょ!」
「ああ」
エクストラスキルに、探索者か。もしかして普通にエクストラスキルはそのままエクストラで、探索者とは冒険者と似たような存在なのかもしれない。
それと確かに、二重取りの恩恵は計り知れないだろう。強敵を倒した時のドロップアイテムの数も、二倍になると思われる。
またどうやら現状では、過去の俺は二重取りについて周囲には隠しているような感じだった。
なんだか一歩踏み間違えば、安定から外れてしまうような気がするな。タヌゥカという面倒な相手に加えて、俺の二重取りの希少性。どうにも、嫌な予感がした。
どの道俺は異世界に転移するだろうし、文香のカード召喚術はどういう訳か俺の神授スキルになっている。
そもそもカード召喚術は、二重取りの効果でおそらく手に入れたはずだ。若干あのとき不意に聞こえてきたので聞き逃した感があるが、間違いない。
だがよくよく考えると、これはおかしいんだよな。二重取りでもう一つ貰えるのであれば、それはカード召喚術ではなく、二重取り自体のはずだ。
あの時は状況が状況だったし、その後も異世界に降り立ったばかりで、そんなことを考える余裕はなかった。
加えて旅が進むにつれて、そんなことなど全く頭には無かったのである。これは何か、重要な謎が隠されている気がするな。
その多くの謎が、この過去の記憶の中で判明するのかもしれない。そしてそれを知った時、俺はどのような答えに辿り着くのだろうか。
好奇心と不安を胸に、俺は過去の俺たちを見守る。何ができる訳でもない。ただ流れに身を任せるしかなかった。
◆
文香がゴブリンたちをカードに戻して、過去の俺と共にダンジョンを出ると、そこには荒廃した街が広がっていた。まるでそれは、世紀末の世界である。
ビルは倒壊していて、道路は穴だらけ。信号は折れ曲がり、車の残骸が数多く放置されていた。
なるほど。文明は既に、崩壊している感じなのか……。
また周囲には冒険者、いや過去の世界だと探索者たちが無数におり、パーティ単位で集まっている。他にも屋台やゴザを敷いた商人たちがおり、まるで闇市のようになっていた。
そこにスラム街の孤児のような見た目の少年少女たちが、探索者に対して荷物持ちを申し出たりしている。当然中には花売りや物乞いも混じっている感じだ。年齢も、一桁から十代半ばまでと幅広い。
もちろん子供よりは少ないが、大人の姿も見受けられる。その中には足を引きずっていたり、舌が麻痺しているように発音がおかしな者たちが、不思議と多かった。
似たような症状の者が多数いるので、生まれつきというよりも、後天的な障害に思える。なにかこの世界では、そうした原因を引き起こす何かがあるのかもしれない。
ちなみに過去の俺や文香の元にも来たが、難なく追い返していた。何となく文香は施しなどをするかとも思ったが、しないみたいである。
おそらく施しをすることで、結果的に面倒に巻き込まれる事や、それによる責任を取れないと判断したのだろう。
俺が思っている以上に、この世界は余裕が無いのかもしれない。
そうしてしばらく過去の俺たちが歩いていくと、人が住む街のようなものが見えてくる。どうやら人々は、基本ダンジョンから少し離れた場所に住んでいるみたいだった。
ちなみに過去の俺たちがいたダンジョンは、道路の中央に空いていた大穴である。そこに階段があり、地下へと潜っていく感じになっていた。
状況からして、ある日突然発生したような印象を受ける。この世界が荒廃した理由に、大きく関係していることだろう。
「やっぱりわかっていても、可哀そうだったわね」
「仕方がないだろ。覚醒者とそうでない者の違いだ。安定して暮らしたいなら、三割に賭けて魔石を喰えばいい。その覚悟がないのなら、貧しく暮らすしかない」
覚醒者? 魔石を喰う? もしかしてエクストラ、この世界でのエクストラスキルとは、それによって得られたのであろうか?
「でも、外した時が致命的よ。そのうちの三割は何も起きないけど、残りの三割は何かしらの障害が出てきちゃうし、最後の一割は苦しんだ末に死亡しちゃうじゃない……」
なるほど。魔石を喰って覚醒者になるのには、そうしたリスクを負う可能性があるのか。聞いた通りだと、こんな感じだろう。
・30% 覚醒
・30% 何も無し
・30% 何かしらの障害
・10% 死亡
う~む。たとえ外しても何も無ければいいが、残りの四割を引いたら致命的だな。こんな荒廃した世界では、障害によっては生きるのが難しいだろう。
おそらく先ほどの障害を持つ大人たちは、覚醒に失敗した者たちだと思われる。
また覚醒の失敗によって障害を持った者たちは、比較的若者が多い印象だった。高齢になるほど、覚醒失敗後の生存率が低いのだろう。
残酷だがその者たちを助けられないくらいには、この世界は安定していないのだと思われる。もちろん中には助けようとする者もいるだろうが、全員に行き渡ることはおそらくない。
だとすれば安易に覚醒者になるために、魔石を喰うという賭けに出られない者が多くても、仕方がないだろう。
逆に過去の俺と文香は、それを実行して賭けに勝ったということになる。よくそれを実行する気になったものだ。
ついでにあのタヌゥカも、よく賭けに出たものである。いや、タヌゥカなら、自分は選ばれた存在に違いないと思い込んで、挑戦していてもおかしくはないか。それで運よく、覚醒したのだろう。
「だが俺たちがそうだったように、それを承知の上で賭けに出るしかない。実際俺たちは覚醒しなければ、生きていくのは難しかっただろう。あの時は、それしか方法を思いつかなかったわけだしな」
「そうね。でなければ今頃文香は、施設から娼館に売られていたもの……。だから、仁がついて来てくれたことには、感謝しているわ」
何やら過去の俺と文香には、暗い過去があるようだった。会話内容からして、暮らしていた施設から文香が売られそうになり、過去の俺と共に逃げ出したのだろう。
そして逃げ出しても生きるすべを知らなかった二人は、何かしらの方法で魔石を入手すると、覚醒者になる賭けに出たのだと思われる。
「今更、気にしなくてもいい」
「でも、ありがとう」
「ああ」
なるほど。二人の関係が気楽で家族のような雰囲気があるのは、それがあったからなのか。
だとすれば俺にとって文香とは、とても大切な人物だったのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は仲良く歩く二人を見つめるのであった。




