337 戦い前の語らい
明らかに余裕そうな赤い煙に対して、俺は探るかのようにまずは問いかける。
「お前にしては、ずいぶんと寂れた場所じゃないか。それに、あの自分語りは何だったんだ? 何がしたいのか、意味が分からない」
するとその質問を待っていたかと言わんばかりに、赤い煙は嬉しそうに語り始めた。
「ひひゃひゃ! この場所はよぉ、俺様が誕生した場所を再現したんだぜぇ。どれだけ記憶が薄れても、この場面だけは忘れなかったんだぁ。
でもよ~。理由は別にあるんだぜぇ。単に一番居心地がよく低コストで再現できるのが、ここだったというだけだからなぁ」
そう言ってどこか懐かしむかのように、赤い煙は笑みを浮かべる。
どうやら赤い煙にとってこの場所の光景は、誕生したダンジョンと関係しているみたいだ。大陸の光景が似ているのも、居心地がよく低コストで再現できるのが理由な気がする。
そして赤い煙は続けて、先ほどの映像についても語り始めた。
「それとあの映像はよぉ。単なる戯れだ。今後誰かに俺様の誕生秘話を語る事は無いだろうと思ったからなぁ。これも、暇つぶしの一環だぜぇ。
でもよ~。思ったよりも、清々しい気持ちになったんだよなぁ。やっぱり新鮮な体験がどれだけ貴重なのか、改めて身に染みたぜぇ~」
何か意味があったのかと思ったが、単なる暇つぶしだったようである。いや、そう思わせて、実は別の目的があったのだろうか?
だがそうだとしても赤い煙がそう言っている以上、他に分かることは無い。だから俺は、再び問いかける。
「アレが嘘か本当かは分からないが、情報の大盤振る舞いだったな? それは余裕だからか? それとも、時間稼ぎだったのか?」
「ひひゃひゃ! 当然余裕があるからに決まっているだろぉ! お前が俺様の傑作を倒している間に、準備なんて完了しているんだからなぁ! もう俺様の勝ちが確定している以上、焦る必要もないってわけだぁ! ひひゃひゃ!」
やはりというべきか、赤い煙の準備は既に整っており、自身の勝利を疑ってはいないようだった。
あのフレッシュゴーレムを失ってもなお、この余裕か。これは、嫌な予感がするな。
おそらく道中他に何もちょっかいを出してこなかったのは、自信と余裕の表れだろう。
魔神剣を持つ俺+ゲヘナデモクレス+レフという状態でも、勝てると踏んでいる訳だ。いったい何を仕出かすのか、とてもではないが目を離す訳にはいかない。
加えて現状隙だらけに見えるが、実のところ直感が常に警戒を示している。攻撃を加えれば、即座に戦いが始まるだろう。
であるならば、少しでも情報を集めた方がいい。俺はゲヘナデモクレスとレフに繋がりから待つように言って、先制攻撃をしないようにさせた。
そして俺は内心冷や汗をかきながらも、赤い煙に対しその準備について問いかけてみる。
「それで、そこまで自信のある準備とは、いったいなんだったんだ? まさか、ここまできて秘密ということはないよな?」
さて、素直に話すか? それとも、戦闘が始まるのだろうか?
俺は何が起きてもいいように、自然体を見せながらも静かに構える。だが対して赤い煙は、簡単にその内容を喋り始めた。
「ひひゃひゃ! いいぜ! 教えてやるよ! 知ったところで、今更どうしようもないからなぁ! なぁに、簡単な事だ! 大陸に存在する全てのダンジョンとモンスターを代償にして、その力を俺様という器に注いだだけだぜぇ! ひひゃひゃ!」
「なっ!?」
大陸に存在する全てのダンジョンとモンスターの力を器、つまり自身に注いだというのか!?
それがどれだけのものか予想もつかないが、普通なら耐えられずに破裂したりしないのか? いや、それを可能にするために、準備が必要だったのか!
加えて全てのダンジョンとモンスターを代償にしたのだとすれば、城のダンジョンはどうなった!?
俺は、そちらの方が気になって仕方がない。だが赤い煙から、そのことについての言及があった。
「あぁ、全てというのには語弊があったぜぇ~。城のダンジョンには、完全に防がれちまったからなぁ! 残念だぁ!
でもよ~。逆に選別なんて出来なかったから、残ってくれて逆によかったぜぇ。オモチャが全部消えるのは、俺様としても寂しいからなぁ! ひひゃひゃ!」
どうやら、城のダンジョンは無事らしい。女王に加えてダンジョンコアと融合したヴラシュが、おそらく耐えてくれたのだろう。
しかし問題はその力を得たことで、赤い煙がどれだけ強化されてしまったかということだ。見た感じの雰囲気では、以前とあまり変わらない。だがそれは当然、偽装しているに過ぎないのだろう。
「そうか。それなら安心して、お前を倒せるという訳か。要するに力の吸収で、基礎能力や魔力などが底上げされただけなんだろ?」
俺は念のため分かりやすいものの、かまをかけてみる。だがそれを聞いた赤い煙は、楽しそうに答えた。
「ひひゃひゃ! よく分かったなぁ! その通りだぜぇ! でもよぉ~。今の俺様とお前らじゃ、ゴブリンとドラゴンくらいの差があるんだぜぇ。この意味、わかるよなぁ?
それによぉ。俺様は貴重な配下や拠点を失う度にだがなぁ、しばらく強くなれるんだぜぇ~。これは勇者とは真逆の、魔王のスキルってわけだぁ! ひひゃひゃ!」
ゴブリンとドラゴンの差か。これは、思ったよりもやばい。ゴブリンはEランクであり、ドラゴンはおよそAランクとされている。
その差は当然大きく、ゴブリンが群れようが簡単に捻り潰されるレベルの差だった。
加えて赤い煙は、貴重な配下や拠点を失う度に、しばらく強くなるらしい。
勇者の称号は、たしかこんな感じだったはずだ。
名称:勇者
効果
・光聖属性に(大)耐性を得る。
・闇冥属性に(小)耐性を得る。
・闇冥属性に与えるダメージが30%上昇する。
・困難に立ち向かう時、自身のあらゆる能力が上昇する。
・仲間がピンチの時、自身のあらゆる能力が上昇する。
・即死が無効になる。
だとすれば俺が予想する魔王の称号は、こうなるだろうか。
名称:魔王
効果
・闇冥属性に(大)耐性を得る。
・光聖属性に(小)耐性を得る。
・光聖属性に与えるダメージが30%上昇する。
・重要拠点を失った時、自身のあらゆる能力が長時間上昇する。
・失った配下が強ければ強いほど、自身のあらゆる能力が長時間上昇する。
・即死が無効になる。
おそらく、こんな感じになると思われる。決戦時に効果が発揮しなければ意味は無いと思われるので、その発動時間はたぶんだが、かなり長くなっている気がする。
またここで問題になってくるのは、赤い煙は単なる魔王ではなく、幻属性の魔王だということだろう。
称号も、単なる『魔王』ではないのかもしれない。だとすれば勇者の方が不利になるのだが、勇者にも上位互換があるのだろうか? いや、今そんなことを気にしている場合ではない。
とにかく今のところ判明したことは、大陸のおよそ全てのダンジョンとモンスター、加えてそれを失ったことによるバフがかかった状態ということだ。
なるほど。赤い煙がフレッシュゴーレムを単体で出してくるわけだ。
赤い煙としては勝てば良し、負けても時間稼ぎとバフに変わるから良し。ということだったのだろう。
「く……」
「ぬぅ」
「にゃぁ……」
流石に状況が悪いと理解したことで、俺は当然のこと、ゲヘナデモクレスとレフも思わずうなってしまう。
それを見て面白そうにするのは、やはり赤い煙だった。
「ひひゃひゃ! ようやく理解したみたいだなぁ? そういうわけだぜぇ! お前らに、勝ち目はねぇってわけだぁ! ひひゃひゃ!
スキルが如何に優れていようともよぉ! 圧倒的な力の前では、無意味ってことだぁ! それによぉ~。俺様自身のスキルは変わらねぇから、その分出力が上がったってことだぁ!
どうだぁ? 絶望したかぁ? 今泣いて謝るなら、アンデッド化した上で配下に加えてやってもいいぜぇ~。ひひゃひゃ!」
まさに、言いたい放題である。だが、赤い煙の言うことも事実だった。
このまま戦っても、勝ち目は薄い。スキルや技術でどうにかできると考えるのは、甘いだろう。
であれば残された手段は、あまり多くはない。それに下手な小細工は、失敗する気がした。故にチャンスは赤い煙が最も油断している、今この瞬間しかない。
だから俺は、ここで覚悟を決める。
一番やったときのリスクが計り知れないアレを、するしかなさそうだ。結果がどうなるかは、全くの未知の領域となる。
けれども、やるしかない。
俺はゲヘナデモクレスとレフに視線を送ると、繋がりから合図を出す。
これまでの赤い煙の行動を鑑みれば、絶対に成功するはずだ。それに、賭けるしかない。
『行くぞ、融合だ!』
『ふはははは! とうとうこの時が来たのであるな! いいだろう! 我の全てを持っていくがよい!』
『にゃふふん! にゃにゃん!』
そしてその瞬間、ゲヘナデモクレスとレフがカードに戻り、俺の体へと吸い込まれていった。
「ひひゃひゃ! なんだなんだぁ? 最後に何を見せてくれるんだぁ? いいぜぇ~。その瞬間が終わるまで、待ってやるからよぉ! 俺様を楽しませろぉ! ひひゃひゃ!」
赤い煙の言葉で、俺は賭けに勝ったことを知る。
だがそれは、一つ目の勝ちに過ぎない。重要なのは、この融合を無事に成功させること。加えて赤い煙に勝つことができる存在になるという、最も困難な賭けに勝つことだった。
俺の器、精神、あらゆる全て、どうか耐えてくれよ!
そして俺は既にアンクと融合した状態で、更にゲヘナデモクレスとレフとも、融合を始めるのだった。
 




