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333 ファントムワールド ⑪


 次にアルハイドの話すその内容は、驚くべきものだった。


「過去の記憶の世界については運の要素が大きかったけど、もう一つは違う。僕は赤い煙の思考を、何とか誘導させていたんだ」

「思考の誘導?」


 もしその通りだとしたら、それはかなり凄いことである。


「そう、思考の誘導だよ。この大陸の外へなるべく進出させないようにしたり、城のダンジョンをあえて放置させたりしていたんだ。

 それを、赤い煙自身が自分で判断しているように誘導させていたんだよ」

「それは、凄いな」


 確かに赤い煙が本気を出せば、他の大陸を落すのは可能だろう。だが実際にやっていたのは、国境門から僅かな手勢を送り込むくらいだったのかもしれない。


 エルフの大陸では数こそ多かったものの、現れたのは最大でBランクのガシャドクロだった。まあそれでも、普通は驚異的な軍勢だったことには変わりないけどな。


 しかしこうして赤い煙と戦う状況だと、それが手抜きだということがよく分かる。おそらく赤い煙がその気なら、Sランクモンスターを送り込むことも可能だっただろう。


 だとすればアルハイドのしていたことは、結果的に多くの命を救っていたことになる。


「また最近ではジン君に意識が向かないように、勇者たちへと興味が湧くように誘導していたよ。加えてジン君たちがしっかり準備できた方が楽しいと思わせて、邪魔をさせないようにもした感じかな」


 思えば、こうして勇者たちや赤い煙を迎え撃つために準備をしていたが、邪魔は一切入らなかった。


 それは赤い煙が楽しむためだったり、勇者たちへの興味の方が大きかったからだったらしい。


 他にもアルハイドは、様々な場面で赤い煙の思考を誘導していたのだろう。もしかしたら本来は、かなり危ない場面もあったのだと思われる。


 なのでアルハイドの暗躍(あんやく)には、とても助けられたみたいだ。


 しかし同時に思うのは、やはりどうやって赤い煙の誘導をしていたかである。故に俺は、そのことについて訊いてみることにした。


「それについては助かったが、一つ訊いていいか? どうしてそれほどまでに、赤い煙の思考を誘導できたんだ? 正直赤い煙の力はとてつもない。その赤い煙の思考を誘導するのは、並大抵のことではないと思うのだが」

 

 俺がそう質問をすると、事前にその回答を用意していたのか、アルハイドはすぐさま返答をしてくれる。


「その答えはシンプルだよ。妹がダンジョン関連の天才であったように、僕は幻属性や精神関連の天才なんだ。そもそも赤い煙が僕の体を狙ったのは、相性が良かったからなんだよね。

 それで結局体は奪われたけど、僕もただでは転ばなかったんだ。自分の精神を赤い煙にも気づかれない状態で、毒のように忍びこませたんだよ」


 なるほど。アルハイドは赤い煙が器として執着するレベルで、幻属性の天才だったらしい。


 しかし簡単には言うが、実際はかなり高度なことをしたのは間違いないだろう。自身の精神を忍び込ませるなど、並大抵のことではない。


 それと過去の記憶の世界だと、アルハイドは一度出奔(しゅっぽん)して冒険者になっていたはずだ。もしかしたらそれも、何か理由があったのだろう。


 たとえば赤い煙に気がついて対処するために城を離れたが、結局力及ばずに敗れて、それでも一矢報いるために自身の精神を何とか忍込ませたとか、そんな感じかもしれない。


 そこに至るまでに、様々な物語があったと思われる。赤い煙も、肉体を奪うまでしつこく粘着していたのだろう。


 俺はこの予想が正しいのか気になり、アルハイドに問いかけてみた。するとおおむね予想は当たっており、アルハイドはとても悔しそうな表情をする。


 理由は結局のところ妹は助けられず、城と城下町をダンジョン化され、アンデッドで溢れさせてしまったからだ。


 アルハイドにできたのは、女王のためにシャーリーやエンヴァーグ、そしてドヴォールたちをお供として、用意することだけである。


 赤い煙の思考をなんとか誘導して成功したが、正直四人を巻き込んで申し訳ないと思っているらしい。だがそれでも、あの時は女王を一人にしたくはなかったみたいだ。


 またこのときに過去の記憶の世界の元になるきっかけを埋め込んで、その後に数百年をかけて形にしたらしい。


 それだけでも敗れはしたものの、アルハイドがどれだけ優秀だったかが伺えた。


 けれどもそんなアルハイドの肉体だが、結局赤い煙はもう飽きたと言って、簡単に捨ててしまったのである。


 なぜこうも簡単に、赤い煙はアルハイドの肉体を捨ててしまったのだろうか?


 その事についても気になり、俺はアルハイドに訊いてみる。すると、驚くべき答えが返ってきた。


 どうやら正確には飽きたのではなく、必要が無くなったからだという。そもそも赤い煙が器を用意していたのは、自身の弱点である幻属性への攻撃をやり過ごすためらしい。


 だがこの戦いの途中でも判明した通り、赤い煙はその弱点を既に克服(こくふく)していた。故にアルハイドの体は、赤い煙にとってはもういつ捨てても問題はなかったとのこと。


 そしてここからが重要なのだが、弱点を克服できた理由には、幻属性の極意が関係しているらしい。


 まず前提として幻属性は、幻と精神に関係している属性だ。故に作り出せるものも、当然幻となる。


 だがその極意とやらは技術力と集中力、そして時間をかけることで、望みのものを実在する物として創り出すことができるらしい。


 そして赤い煙は数百年の時間をかけて、幻属性の弱点を克服するアイテムを創り出したようである。


「そもそも幻属性が赤い煙の弱点なのは、幻属性の効果を超極大上昇する代わりに、幻属性に弱くなる代償があるからなんだよね。当然それによって、精神耐性なども取得できないはずなんだけど、それを覆したのが、そのアイテムという訳なんだ」

「なるほど……それはやっかいだな」


 これまで幻属性が卓越(たくえつ)しているのにもかかわらず、逆にその幻属性に弱かったことが疑問だった。しかしそれには、そうした理由があったらしい。


 ちなみにそのアイテムついて(たず)ねてみたが、流石にアルハイドでもどのような物なのか、詳しくは探れないようである。加えてアルハイドがそのアイテムの存在を知ったのも、つい最近らしい。


 結果として過去の記憶の世界ではまだ存在していなかったことは当然だが、それを伝えるために細工をすることも間に合わなかったようである。


 なんとも、やっかいなアイテムだ。しかし逆にそのアイテムをどうにかできれば、幻属性が効くってことだよな。そこに、攻略の鍵があるかもしれない。


 俺がそう考えていると、アルハイドがまたしても驚くべきことを口にする。


「そしてその幻属性の極意だけど、どうやらゲヘナデモクレスが、普通に僕や赤い煙以上に使えているんだよね。あの魔剣は、明らかに極意によるものだよ。気配で分かるんだ。

 僕は数百年かけて過去の記憶の世界に導くためのアイテムと、身体の予備を中途半端な状態で作るのがやっとだったのに……まさか魔剣を作れていたなんて、予想外だよ。もしかしたらスキルとして、現れているのかもしれないね」

「え?」


 あの魔剣、やはりゲヘナデモクレスが作ったものだったのか。加えて幻属性の極意に匹敵するスキルを所持しているらしい。


 だとすれば今俺が装備している紫黒(しこく)の指輪も、同様の方法で作り出したのだろう。


 更にゲヘナデモクレスは、誕生した直後にこれを作り出している。流石に幻属性の天才であるアルハイドが数百年かけて作ったと聞いた後だと、それがどれだけ常識外のことかわかってしまう。


 なんか薄々思っていたが、ゲヘナデモクレスは普通ではない。カード召喚術のオーバーレボリューションで誕生したが、それにしては強すぎだ。


 オーバーレボリューションを使ったのはゲヘナデモクレスの一回だけだが、俺の予想は間違っていない気がする。


 それにあの時俺はなぜ、オーバーレボリューションで実験をしなかったのだろうか。


 ザコモンスター数体で試さなかったことに、今更ながら疑問に思う。


 そしてちょうどアルハイドの会話を聞いていて、ある可能性が脳裏によぎる。


 もしかして俺も、何か思考が誘導されていたのだろうか? だとしたら、いったい誰が?


 そんな疑問が脳内を駆け巡るが、アルハイドの言葉で思考が引き戻された。


「間違いなくそれは、赤い煙にも気づかれてしまったと思うよ。僕もゲヘナデモクレスにはなるべく意識が向かないようにしていたけど、流石に無理だった。

 たぶん赤い煙は、とてつもない興味をゲヘナデモクレスに抱いていると思うよ。なんとしてでも、確保しようとするだろうね」

「それは、不味いな」


 もしゲヘナデモクレスが赤い煙の手に渡れば、俺の勝率は絶望的になるだろう。


 俺の元には魔神剣があるものの、その元になった魔剣はおそらく、ゲヘナデモクレスが作ったものである。赤い煙がより力を引き出して、魔神剣を超える何かを作らせる可能性もあった。


 そう考えるとゲヘナデモクレス、あとはレフの居場所が気になって仕方がない。


 するとアルハイドは俺の不安を読み取ったのか、ゲヘナデモクレスとレフについて教えてくれる。


「どちらも無事だよ。ただ真っ黒な何もない空間に閉じ込められているけどね。解放条件は、ジン君がある一定の場所に辿り着けば、解放されることになっているんだ。

 それはちょうどこの後転移する場所だから、再会については安心してほしい。赤い煙も先に設定した条件を覆すのは、現状だと時間がかかると思うから間に合うと思うよ」


 俺はそれを聞いて安心した。どうやらゲヘナデモクレスとレフは、俺と協力できないように隔離されていただけのようである。


 おそらく俺をどうにかできれば、それで済むと考えていたのかもしれない。 


 そうしてその後もいくつかアルハイドと会話をすると、いよいよ赤い煙のスキルなどについて、話しが進む。


「さて、最後に赤い煙のスキルについてだけど、まず……ぐぅっ」

「お、おい! どうした?」


 すると話の途中で、突然アルハイドが苦しみ始めた。そしてタイミングを合わせたかのように、声が聞こえてくる。


『ひひゃひゃ! それ以上のネタバレは許せないぜぇ! それとアルハイドォ! 俺様に隠れてコソコソやっていたみたいだが、勘違いするなよぉ? 俺様はわざと、わ・ざ・と! 引っ掛かってやってたんだぜぇ!

 そして俺様の準備は、もう整った! だから早く来いよ~。待ってるぜぇ! ひひゃひゃ!』


 そんな赤い煙の声は、笑い声と共に消えていった。


 最悪なことに、アルハイドのやってきたことは、赤い煙に気づかれていた上で、わざと引っ掛かっていたらしい。


 なんか気づかなかったことを誤魔化していたようにも思えるが、真相は不明だ。仮に本当にわざとだったとすれば、赤い煙にとっては、それも遊びだったのだと思われる。


「くっ、ジン君、申し訳ない……。どうやら、僕はとんだ道化だったみたいだ。けど、何としてでも、赤い煙を倒してほしい! この気持ちは、決して嘘じゃない。どうか、どうか頼んだよ!」


 アルハイドは最後にそう言って、幻のように消えてしまう。そして俺の視界も(ゆが)んでいき、気がつけばどこかの廊下に立っていた。


 背後には壁があり、前方には長い廊下が続いている。城の廊下を再現しているのか、石造りで壁には無数のロウソクが並んでいた。


 ちなみに俺の斜め前方には、他にも先行させていたレイスがいる。あの空間では時間がほとんど進んでいなかったようで、特に遅れてきてはいないらしい。


 それと普通に存在を忘れていたが、やはりこのレイスは存在感が普通よりも薄い気がする。


 ステータス的には特に変わったスキルは無く、そもそもダンジョン種には、ユニーク個体は存在していない。


 故にこの存在感の薄さは、このレイスの独自の個性だと思われる。こうして目の前にいれば流石に気がつくが、他のことに意識を集中している状態で視界から抜けていると、存在を忘れてしまう。


 なんかそう考えると可哀(かわい)そうなやつだが、今は気にしても仕方がない。


 それよりも、あの空間にいたアルハイドについてだ。たぶんアレは、本物のアルハイドだと思われる。時間稼ぎで用意した偽物という線は、おそらく薄い。


 実際に俺の移動に時間がかかっていなかったことは、繋がりから得られたレイスの証言で、判明していた。


 逆に赤い煙は、むしろあの光景を楽しんでいた気がする。だからこそ、タイミングよくストップをかけてきたのだろう。


 つまり俺がフレッシュゴーレムと戦っている間に、準備自体は終わっていたのかもしれない。


 それと赤い煙の余裕そうな態度からして、フレッシュゴーレムを失っても問題ない感じだった。


 これは、厳しい戦いになるかもしれないな。それと、ゲヘナデモクレスとレフはどこだろうか? アルハイドは確か、移動した先で再会できるようなことを言っていたが。とりあえずは、先に進むしかないか。


 俺はそう思いながら、とりあえず廊下を進み始めるのだった。



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