332 ファントムワールド ⑩
どう考えても、怪しすぎる。この状況で出てきたことに対して、何か罠ではないかと勘ぐってしまう。
何か話があるみたいだが、聞くべきかどうか……。
俺は悩みながらも、突然現れたアルハイドに対して警戒を解くことはしない。
だが同時に先ほど勇者パーティの件で、もう少し対話をしてみればよかったと、思ったばかりでもある。
加えて俺の直感も、話を聞くべきだと訴えかけている気がした。
故に俺は何が起きてもいいように神経を研ぎ澄ませながら、アルハイドの話を聞くことにする。
「わかった。話してみてくれ。だが何か怪しい動きをしたら、即座に対応させてもらう」
「うん。それでいいよ。話を聞いてくれるだけで、こちらとしてはとてもありがたいからね」
アルハイドは俺の言葉にホッとしたようで、笑みを浮かべた。
「それで、何が言いたいんだ? 時間もあまりかけたくないから、手短に頼む」
このアルハイドが以前の幻の世界にいた存在と同様だとしても、実際赤い煙の目的が時間稼ぎであることには変わりない。
なのであまり長くなるような話は、聞きたくはなかった。
しかしそれに対して、アルハイドは落ち着いたように口を開く。
「ああ、それなら大丈夫だよ。この部屋にいる限り、全く時間は進まないからね」
「それはいったい、どういうことだ?」
「なに、簡単な事さ。ここは、いわゆる精神世界みたいなものでね、実際のジン君はまだ魔法陣の移動途中なんだ。ジン君が魔法陣で移動する時に介入して、この場所に呼んだんだよ」
「……なるほど」
ヤミカと話していた時の空間と、同じような感じだろうか? だとしたら、ここは本当に精神世界に近いのかもしれない。
それと普通に名前を呼ばれているが、俺はアルハイドに名乗ったことがあっただろうか? まあ色々知っていそうだし、俺の名前くらいは知っていてもおかしくはないか。
とりあえず嘘を言っている感じはしないし、時間が経過しないのであれば、このまま話を聞いても問題は無いだろう。
アルハイドに防ぐつもりは無いからか、精神の表層から嘘かどうかが判断できた。また直感でも、嘘を言っている感じがしなかったというのもある。
そうして俺は、アルハイドの話を聞くことにした。
「さて、それじゃあ最初に、これだけは言っておこう。僕は君の言う赤い煙、”ファントムギアシュピーレン”によって、肉体と精神を奪われていた。だけどそれは、完全ではない。
特に精神は赤い煙ですらも気がつかない毒になって、こっそり暗躍可能なくらいには、活動ができていたんだよ」
なるほど。この話が本当だとしたら、過去の世界を再現していたあの幻の世界を用意したのは、やはりアルハイドだったのだろう。
ちなみに赤い煙の正式名は、ファントムギアシュピーレンというらしい。まあ今後も呼び方は、赤い煙のままでいいだろう。アルハイドも自然に使い始めているしな。
「じゃあ貴方は本物のアルハイドであり、これまでは裏で赤い煙を打倒するために、動いていたと考えてもいいのか? この場に現れた理由も含めて、どのようなものか話してほしんだが」
とりあえず俺は、アルハイドの精神がどうして無事だったのかということは置いておき、まずはこの場に現れた理由と暗躍内容について問いかける。
「うん、その通り。その認識で間違いないよ。それと理由などについても、もちろん話すつもりだ。まずは、この場に現れた理由から話そう。
といっても、簡単なことさ。ここまで強引な介入は、流石にこの後に赤い煙も気がつくだろう。それでも現れたのは、これが最後の戦いになると思ったからだよ。おそらくこの先、これ以上のチャンスはない気がするからね」
「なるほど。最後のチャンスか」
実際に残っているのは、もはや赤い煙との戦いだけである。俺以外にここまで来られる者は、おそらく皆無に近いだろう。
仮に俺が負けて新たなチャンスを掴むにしても、その時は赤い煙は今よりも強くなっている気がする。
であればアルハイドが赤い煙に気がつくリスクを冒してまで、目の前に現れたことにも納得ができた。
アルハイドとしても、ここで最後の賭けに出たのだろう。少しでも、俺が勝利する確率を高めるために。
だとすればこれからアルハイドが話す内容については、よく聞いた方がいいだろう。
俺はそう思いながら、アルハイドの話の続きを聞く。
「次に暗躍についてだけど、まず一つ目はジン君が体験した、過去の記憶を再現したものだ。発動条件は、僕の妹の味方であること、そして個人でSランク以上の力を持っていることになる。
それでも過去の記憶とはいえ、赤い煙を倒すのは難しいと考えていたけど、前提として妹の味方になってくれる人自体が皆無だったからね。多少は妥協するしかなかったんだ」
確かに、女王の味方をする者は少ないだろう。自我があって、ダンジョンボスに手を貸してくれるSランク以上の存在。妥協したとはいえ、この時点でもかなり厳しい気がする。
「妥協したと言っても、俺以外に条件を満たした者はいたのか?」
「いや、ジン君が初めてだったよ。ヴラシュ君は妹の味方になってくれたけど、強くはなかったからね。彼はポテンシャル自体は高かったんだけど、戦闘センスが絶望的だったから……」
「まあ、そうだろうな」
ヴラシュは弱点を無くしたヴァンパイアであり、神授スキルもアンデットと仲良くなることで様々な恩恵を得られるものだったはずだ。
これは時間があるときに訊いたことなのだが、本来ヴァンパイアは弱点込みで通常Bランク相当らしい。だが弱点を克服すれば、それだけでAランク相当なようだ。
なので神授スキルを上手く使えば、十分にSランクレベルにはなれるだろう。
けれどもそれに対してヴラシュの場合は、そこで絶望的な戦闘センスが足を引っ張っていた。
種族的な優位と神授スキルを持ちながら、Cランクレベルの戦いしかできなかったのである。元々性格も戦闘に向かないこともあり、アルハイドの言う条件を満たせなかったのだろう。
おそらくヴラシュが過去の記憶の世界に行っても、赤い煙には勝てなかったことは間違いない。
まあ一応あの場所は時間制限があったはずなので、本来は赤い煙を倒す必要はなかったのだろう。
それまでの間に、可能な限り赤い煙の情報を引き出せるかが鍵になっていたと思われる。だとすればそうした意味でも、ヴラシュでは厳しかっただろう。
加えてあの場所で死亡した場合、どうなるかは全くの未知である。なのでそれについて試しに訊いてみれば、その場合は強制的に現実世界へと戻ってこられるらしい。そのまま死ぬとかではなかったみたいだ。
なら戦力的に厳しくても、ヴラシュも行かせればよかったのではと思ってしまう。だがあの空間に招待するのは、簡単なことでは無いらしい。
少なくとも一度送り込んだら、数十年間は調整のために待つ必要があるみたいだ。また何度も行うと、赤い煙に気がつかれるリスクもあったようである。
他にも細々とした設定があるみたいだが、結局のところ最初の一回目が一番バレずに行える大事な場面だったとのこと。
故に俺に対して行う時にも、正直かなり迷ったらしい。だがこれ以上の好条件は見込めないと考えて、思い切って決断を下したみたいである。
まあ過去の記憶を再現した世界については、ある程度は理解できた。どちらにしても赤い煙の情報を得られるということを考えれば、あの世界はとても有益だったということになる。
しかしそこで、俺はふとあることを思い出した。
そういえばあの世界で、アルハイドの肉体をストレージに収納していたんだよな。今でも、ストレージの中には入っている。このまま持っていても仕方がないし、アルハイドにどうするか訊いてみよう。
俺はそう思い、アルハイドの肉体の扱いについて尋ねてみた。
「実はあの過去の記憶の世界で、アルハイドの肉体を収納できたんだが、これはどうすればいい?」
「ああ、それについてだけど、どうかそのまま持っていてほしい。もしも赤い煙を倒して僕の魂が無事だったのであれば、それは僕の新しい肉体になるかもしれないからね。
元々回収されるとは思ってもいないほどに、か細い可能性に賭けたものだったんだけど、まさか本当に回収されるとは……。こんなこともあるんだね」
どうやらあの肉体を使えば、アルハイドが復活できる可能性があるらしい。実際赤い煙を倒してどうなるかは分からないが、女王も喜ぶだろうし、このまま持っておくことにしよう。
「わかった。そのまま持っておくことにする」
「うん。お願いするよ。でも赤い煙を倒しても無理だった場合は、自由に使ってくれて構わない。ただ何もせずに普通にその肉体を外に出すと、数十秒で消えちゃうと思うけどね」
そうして肉体についての扱いが決まると、アルハイドは次の暗躍していたことについて、話し始めるのであった。




