330 勇者パーティの最後
「まさか、本当に叶えてくれるとは思わなかった」
ヤミカの第一声はそんな言葉であり、俺が勇者たちの魂を回収できるかは、かなり賭けの部類だったのかもしれない。
「とりあえずはこれで、完遂ということでいいか?」
俺は背後の三人が気になることもあり、先にそう問いかける。
「ん。約束は約束。お兄ちゃんたちの魂を解放したら、僕はこのままおとなしく消える」
よかった。どうやらヤミカも、約束は守ってくれるみたいだ。
しかし俺がそう思った時、やはり危惧していたことが起きる。
「待ってくれ。ヤミカの魂も解放してくれないか?」
するとこれまで黙っていた勇者が、そう割り込んで言ってきた。その言葉の端々には、どこか抑え込んでいるであろう怒気が漏れ出ている。
勇者の言いたいことは理解できるが、それは到底受け入れられることではない。
「無理だ。こちらは既に願いを叶えている。報酬の踏み倒しは認められない」
俺がそう言うと、勇者は納得できないのか反論をしてくる。
「くっ、だがヤミカの力が無ければ、そもそも倒せなかっただろ! それだけでメリットがあったはずだ! それに、お前は俺たちを殺しただろ! それを飲み込んで、こっちは譲歩をしているんだ!」
こいつ、本気でそう思っているのだろうか? まあだからこそ、面と向かって言えたのか……。だとしたらこういうタイプは、非常に面倒くさい。
「許すも何も、俺たちは最初から敵同士だろ。恨むのは勝手だが、お前に許されることに意味などはない。
それにお前たちだって、俺の力が無ければ永遠にあのままだったことを、全く理解していないのか? たとえ俺がお前たちを殺さなくても、いずれはフレッシュゴーレムになっていたと思うぞ?」
俺の言葉に対して、勇者が射殺すように睨みつけてくる。
つい言い返してしまったが、このままだと不味いな。最悪報酬を踏み倒された上で、全力でこちらの妨害をしてきそうだ。
幸い俺の協力がなければ、勇者たちの魂を解放することはできない。なので、逃げられることはないだろう。
するとそこで、聖女が会話に加わってきた。
「ねえ、私の魂をあげるから、ブレイブを復活させてくれない? もちろん邪魔なんてしないし、おとなしくしているわ。それならそっちも神授スキルが手に入るし、十分得するでしょ?」
「セーラ!?」
勇者は聖女の言葉に驚きの声を上げるが、俺としてはとても魅力的な提案だった。しかしそれは、実のところ現実的ではない。
なぜなら聖女の魂を喰らったところで、おそらく神授スキルを取得できないからだ。
その理由は、魂を喰らう者の称号に答えがある。
名称:魂を喰らう者
効果
・この一度に限り、喰らった主の神授スキルを得る。
・〇〇〇〇資格を得る。
・魂捕食系統のスキル効果が大幅に上昇する。
・魂捕食、吸収、干渉系統のスキルに対して、耐性(大)を得る。
・魂捕食によるデメリットを緩和する。
この通り神授スキルを手に入れられるのは、ヤミカの魂を喰らった時の一回だけなのだ。
その事を、俺は聖女に伝えた。
「残念だが、そういう訳でお前の魂を喰らっても、神授スキルを得られることはない。こいつの復活は不可能だ」
「……そう」
この空間では、お互いに嘘をついているかどうかが分かる。故に聖女は酷く落ち込みながら、静かに引き下がった。
聖女の神授スキルが手に入るなら欲しかったが、これについてはどうしようもない。
またそれを聞いた勇者は、どこかホッとしたような表情と、残念そうな表情が入り混じった顔をしていた。
おそらく聖女が犠牲になるのを避けられたが、代わりに自分が生き返る可能性が潰えたからだろう。
するとそんな中、次に提案してきたのは女戦士だった。
「じゃあいつでも好きなときに、あたしがあんたにサービスするっているのはどうだい?
あんたがムラムラした時、この場所で色々と相手をするよ。だから、ヤミカも解放してほしいんだけど、だめかい?」
「なっ!? そ、それだけは許さないぞ!!」
勇者は反対すると同時に、俺に怒りの表情を向けてくる。だが勇者の怒りは、杞憂にほかならない。
正直俺としては、全くもって迷惑な提案だったからだ。それに神授スキルと比べたら、全然それは釣り合ってはいない。
一応女戦士は褐色で長身の美人だが、正直興味は無かった。性癖がどうとかではなく、俺はこの世界に来てから、そういった欲求がそもそも薄いのである。
「悪いが、その提案は受け入れられない。ヤミカの神授スキルの方が、正直価値が高いからな」
「そうかい。まあ無理だとは分かっていたよ。あんたはどうやら、鳥に欲情するみたいだからね」
「は?」
女戦士の言葉に、俺はついそんな声を出してしまう。
「アンクって名前だっけ、そいつから色々と聞いているよ。ダーリンはあーしにメロメロで、いつも一緒に寝てるって言っていたはず。
噓じゃないことはこの場所だと分かるから、あたしもそれには流石に驚いたよ」
続けて言われた女戦士の言葉に、俺は頭が痛くなる。
な、なんてことを言いふらしているんだ。アンクの思い込みと、抱き枕にしていることが変な風に誤解されているじゃないか。
というか、アンクは何でこの場所に出てこないんだ?
すると脳内に、『あーしがこの空間を維持しているの! だからダーリンの近くにはいけない!』という返事がきた。
魂関連のスキルは元々アンクのものだと考えれば、納得はできる。ただあいつらに変なことを吹き込んだことについては、後で叱る必要がありそうだ。
ちなみに勇者たちは、俺に対してどこか変態を見るような視線を向けてきていた。
なので一応俺は弁明をして、誤解を解いておく。幸い嘘をつけない空間なので、どうにか信じてもらえた。
そうして話は振り出しに戻り、勇者によるヤミカの魂を解放しろという要求が、再び出てくる。
しかしそこで、ようやくヤミカが待ったをかけた。
「お兄ちゃん、もういいよ」
「だ、だが」
「約束は約束。それに要求を求め過ぎたら、向こうがお兄ちゃんたちの魂を消しちゃうかもしれない。僕は、それだけは絶対に嫌だ」
「ヤミカ……」
ここまで勇者たちの言葉を見守っていたヤミカだが、流石に自分の魂の解放は無理だと悟ったのだろう。
逆に俺が怒って勇者たちの魂を消すかもしれないという、そんな不安を抱いたのかもしれない。
「それに来世か来来世、その更に先で、またきっと会えるはず。だから先に行って、僕を待ってて」
ヤミカの言葉に、勇者は唇をかみしめる。少しの間口を開こうとしては閉じて、葛藤をしていた。
「ブレイブ……ヤミカを信じましょう」
「あたしも、セーラと同じ気持ちだ」
するとそんな勇者に、聖女と女戦士が落ち着かせるように触れて、慰める。
勇者は二人にそれぞれ視線を向けた後、一度大きく息を吐いてから、ようやく覚悟を決めたように口を開いた。
「……ああっ、わかった。俺たちは、この先で待っている。絶対、絶対ヤミカをまた見つけてみせるからな!」
「うん。お願い」
そう言ってヤミカは、勇者たちに優しく微笑んだ。
俺はそんな感動的な場面に遭遇しながらも、同時にあることを思う。
たぶん勇者は、ヤミカがこのままアンクの中で溶けるようにして消滅することを、全く知らないのだろう。
でなければ、その提案に乗るはずがない。なんとしてでも、ヤミカの魂を解放させるために動いたはずだろう。そうなれば、俺との対立は避けられない。
故にこれは予想なのだが、ヤミカはそれを危惧したからこそ、あえて教えなかったのだと思われる。アンクもその情報を、渡さなかったみたいだ。
それにたとえ来世があるとしても、そこにヤミカが加わる可能性は低い。その魂自体が、この後アンクの中で消滅してしまうのだから。
なんだかこの場面だけ見ていると、俺が凄く悪者に思えてしまうな。
あとは勇者たちがここまで落ち着いていたのは、きっと来世があると信じていたからだろう。
この世界に来たこと自体が転生みたいなものだし、魂の存在もこうして証明されている。
それに本来人が死を怖がるのは、全くの未知だからだ。記憶をこのまま保持できるかは不明だが、何かしらの次があることについて、勇者たちは確信をしているのかもしれない。
まあそう思わなければ、精神的にどうにかなってしまうというのもあるだろう。
俺はそんなことを思いながら、四人の感動的な場面を眺めるのだった。
そうして四人が落ち着きを取り戻すと、本来の約束通り、勇者たちの魂を解放することが決まる。
またその代わりにヤミカの魂は、この後アンクの中で溶けて、そのまま消えてしまうことになる。だがそれについて、俺とヤミカが口に出すことはない。
すると最後だからか、勇者が俺に声をかけてきた。
「正直お前のことは絶対に許せないが、これだけは言っておく。本物の魔王を、どうか倒してくれ。お前以上に、あいつだけは許せないからな」
勇者は赤い煙が本当の魔王だとここで知ったのか、俺に託すようにそう言ってくる。
「ああ、元から倒すつもりだから、言われなくてもそうするつもりだ」
すると堂々と言う俺に対して、どこか悔しそうな表情をしながら、勇者はポツリポツリと何かを呟く。
「やっぱり俺は、この世界の主人公じゃなかったのかもしれないな。だとしたら、この世界の本当の主人公はお前だったのだろう。流石にチートすぎて、疑いようもない」
「?」
よく聞き取れなかったが、主人公やチートがどうとか言っていた。勇者の中では、この世界は物語かゲームの中のような感じだったのかもしれない。
そうしてその後、最後に四人がそれぞれ別れの挨拶を交わす。涙を流し、抱き合いながら別れを惜しんでいた。
けれどもそんな時間もあっという間に過ぎ去り、いよいよその時が来る。
「ん。じゃあ、お願い」
「ああ、わかった」
準備が整ったので、俺はヤミカに合図を出されると、意識を集中していく。
そして勇者ブレイブ、聖女セーラ、女戦士アネスの三人の魂を、それぞれ解放していった。
「ヤミカ、来世で待っているからな!」
「絶対にまた会いましょうね!」
「あたしたちの代わりに、魔王を倒してくれよ!」
三人は最後にそう言うと、光に包まれて消えていく。
「ん。また会おうね」
ヤミカも三人に向けて、再会を約束する言葉を送った。しかしそれと同時に、一筋の涙が零れ落ちる。
おそらくその約束がヤミカ自身、叶わぬものだと分かっているからだろう。
そうして勇者たちの魂は天に帰り、この場には俺とヤミカの二人だけが残る。
静寂の時が流れる空間で、俺は気がつけば、こんな言葉を放っていた。
「邪魔をしないのであれば、消滅しなくても構わない」
「え?」
「それといつか必要無くなったときか、あるいは神授スキルと魂を引きはがせるようになれば、ヤミカの魂も解放しよう」
俺の言葉に、ヤミカは唖然とする。まさかそんな提案をされるとは、思いもよらなかったみたいだ。
しかし俺としても、今の光景を見てヤミカを消すほど非情にはなれない。このままヤミカを消すのは、俺も気分がいいものではなかった。
それに先ほどからアンクが脳内で、ヤミカの魂を消滅させることに対して強く反対をしていた。
アンクとしても、色々と思うところがあったのだろう。
加えて元々魂の消滅云々は、ヤミカが自ら申し出たことだ。
故に俺としてもおとなしくしてくれるのなら、別に魂の消滅まで求めることはしない。
「あ、ありがとう……」
するとやはり魂の消滅は怖かったのか、ヤミカがポロポロと涙を流し始める。
「別に、礼を言われるほどのことではない。俺たちの邪魔をしなければ、それでいい」
ヤミカは俺の言葉を黙って聞いてから、小さく頷いた。
これなら今後邪魔することは、おそらくなさそうだ。とりあえずはこれで、勇者関連のことは決着したと考えてもいいだろう。
そうして役目を終えたからなのか、この空間が揺らいでいく。終わりの時が来たみたいだ。
「あなたとは、もっと別の出会い方がしたかった。そうすれば、この結果も変わったのに……」
すると最後に、ヤミカのそんな言葉が耳に届く。
その悲しそうな声色を聞いて、俺はあることを思った。
もし塔のダンジョンで普通に出会っていれば、共闘していた未来も、訪れていたかもしれないな。
けれどもその代わりに、女王やヴラシュと敵対していた未来に辿り着く可能性もある。
全てが都合よく行くことなど、簡単には実現しない。現実とは、とても非情なものだ。
しかし同時に、ふと思う。勇者パーティと共闘して、女王たちとも手を取り合う。そんな未来も、実はあったのかもしれないと。
選択の一つ一つで、大きく変わってしまうものだな。今後はもう少し、人と対話することも考えた方がいいのかもしれない。
そうして俺はどこか歯がゆさを覚えながらも、その意識が現実へと戻っていくのであった。




