327 ファントムワールド ⑥
あれから数分ほど戦って、分かったことがある。それはフレッシュゴーレムが、自分のスキルを使いこなせていないということだ。
見た限りだと直感的に、その場その場でスキルを使っている気がする。
またあまり知能は高くないのか、一度使ったコンボを繰り返すことが多い。
特にライトアローからの突撃に味を占めたのか、連発している。
だがその度に、俺も先ほどと同様の回避方法を繰り返していた。
加えてフレッシュゴーレムは、俺とドッペルシャドーの区別がついていないのかもしれない。
分身を倒す度に、嬉しそうに雄叫びを上げていた。故にドッペルシャドーを囮にすれば、回避や誘導はしやすいことが判明したのである。
それを駆使して隙を作り出し、鎌系スキルで属性の無いマジックシックルで斬りつけたりもした。
マジックシックルは本来空中に浮遊して相手を攻撃するが、その時は直接両手にそれぞれ持って斬りつけている。
結果盗賊の極意が発動して、何度か聖剣を奪うことができた。
しかし聖剣は勇者ブレイブ専用なので、俺が持つと鈍らのようになり、効果も発動することは無い。またストレージに入れようとしても、拒絶された。
そして聖剣は、即座にフレッシュゴーレムの手元に戻ってしまう。残念だが聖剣を奪っても、俺が活用できることは無さそうである。
ちなみにマジックシックルによる攻撃は、爪による攻撃よりは効いたものの、与えられたダメージは軽傷程度だった。これで倒すには、時間がかかりそうである。
あとは時間経過によるフレッシュゴーレムのダメージだが、これはあまり期待できない。
自己崩壊による継続ダメージだけで倒す場合、おそらく一週間以上は必要そうだった。
最初に体内の魂片が多かったのは、ゲヘナデモクレスとの戦闘によって負ったダメージがあったからだろう。
この数分でこれらを理解したことで、時間さえかければ、何とか勝てる可能性は出てきた。
しかしそれはある意味、赤い煙の思い通りになってしまう。赤い煙がこの世界に俺たちを飲み込んだとき、時間稼ぎという雰囲気が強かった。
だとすればフレッシュゴーレムを倒せても、それが長時間による結果では意味がないのである。
幸い自己崩壊で再生や回復系のスキルの効果を、フレッシュゴーレムは自身に発揮できない。回復によって、戦闘時間が伸びることはないだろう。
だがそれがあったとしても、高すぎる耐性系のスキルが厄介過ぎる。闇冥属性を主体に戦う俺としては、相性が悪かった。
しかもそうした場合に備えて習得したセイントカノンも、フレッシュゴーレムには無効化されてしまう。
故に唯一使えそうなのは、死鎌霊鳥に内包されているマジックシックルだけなのである。
もちろん他の鎌系スキルもマジックシックルを介することで、使用できた。ワイドサイス、ファストシックル、デスシックルの三つである。
ただワイドサイスは範囲攻撃で威力が低く、発動速度も若干落ちていた。またデスシックルに至っては即死効果がメインであり、こちらも威力は期待できない。
当然ボスモンスターのエクストラを持つフレッシュゴーレムには、即死が効くはずもなかった。そもそもアンデッド系なので、最初から効果も見込めない。
そしてファストシックルは連続攻撃に適した素早い攻撃だが、威力がかなり低下してしまう。肌感覚としては、0.7倍くらいになる感じだろうか。
盗賊の極意による盗みを発動させるのには適しているが、ダメージを稼ぐならそのままマジックシックルで攻撃した方がマシだった。
それにただでさえダメージが通りにくいので、ファストシックルでは僅かな引っかき傷程度になってしまう。
故に俺がフレッシュゴーレムに与えられる有効な攻撃手段は、現状ではかなり限られていた。
結果としてどのみちこのままでは、戦闘時間が伸びることは避けられそうにはない。
ただ一応いくつか考えがあるものの、それが有効なのかもまだ未知数だった。安易に試すのではなく、チャンスを見極めたい。
なのでその間はふとしたミスで、致命的なダメージを負わないようにする必要がある。
だがそれについては、そこまで心配はしていない。フレッシュゴーレムの知能が低いこともあるが、空属性のバリアーとテレポートステップが優秀だったからだ。
また戦闘中に気がついたのだが、俺にはアンクの死魂霊鳥に内包されている、物理無効があった。
名称:死魂霊鳥
効果
・このスキルは、以下のスキルを内包している。
【物理無効】【物理干渉】【魂奪】
【魂庫】【魂喰い】【魂看破】
【精神耐性(中)】【高速飛行】
どうやら俺はここまで無意識に、この物理干渉を発動していたようである。その効果は単純で、一時的に物理無効を停止する代わりに、物体に触れることが可能になるものだった。
本来は元々透明なレイス系などが、文字通り一時的に物理干渉するためのスキルなのだろう。
また俺が無意識に使っていたのは、おそらく物理干渉できるのが当たり前の肉体で、これまで過ごしていたからだと思われる。
そして逆に意識してみると、無事に切り替えることができた。加えて物理無効を発動すると、それにより体が半透明になってしまう。何だか不思議な気分だ。
しかしこの状態であれば、フレッシュゴーレムの物理攻撃が俺に届くことはない。だがその場合当然、俺の物理攻撃も相手には効かなくなる。
ただマジックシックルは半分魔法的なところもあるからか、問題なく握れるし、直接の攻撃も可能だった。
これは思わぬところで、死魂霊鳥と死鎌霊鳥によるコンボを見つけてしまったことになる。普通の敵であれば、これだけで完封できるだろう。
しかし物理無効は素晴らしいが、一つ弱点も存在していた。それは魔法攻撃に対して、少しばかり弱くなってしまうことだろう。
少しかすったライトアローが、物理干渉で実体化している時よりも数割増で痛かった。
また聖属性を纏う聖剣の攻撃も、無効化できなかったのである。おそらく属性を纏っていると、半分魔法扱いになるのかもしれない。
故に物理無効と物理干渉を上手く使い分けて、戦う必要があった。
そうして俺は戦いの中で、この融合した姿の理解を深めていったのである。
ちなみにドッペルシャドーの分身は、物理無効と物理干渉を使うことができなかった。
高位のスキルほど制限を受けるので、それは仕方がないだろう。
また死魂霊鳥自体が高位のスキルでも、内包されている高速飛行などのスキルは使用できた。そうした部分は、やはりエクストラに分類されていることだけはある。
ただ能力はそれでもかなり低くなっているので、フレッシュゴーレムと直接戦わせるのには向いてはいない。
一度試したが、ダメージをほとんど与えられなかったことに加えて、回避も間に合わずにそのまま倒されてしまった。
なのでやはりドッペルシャドーは、俺の身代わりか隙を作る時に使った方が有効だと思われる。
するとそんな時、フレッシュゴーレムが新たなスキルを繰り出してきた。
「ラ゛イ゛ト゛ウ゛ェ゛ーフ゛!」
「!!」
それはグインも使うライトウェーブであり、フレッシュゴーレムを中心にして半円状の光の波動が周囲へと解き放たれる。
しかし俺は、ライトウェーブの弱点を理解していた。ライトウェーブの安全地帯は、発動者のすぐ近くなのである。
俺はテレポートステップでフレッシュゴーレムの目の前に移動することで、ライトウェーブをやり過ごす。
「喰らえ」
「!?」
またその隙を見逃さずに、魔力ではなく神力をできる限り込めたマジックシックルで、フレッシュゴーレムの腹部を斬り裂いた。
やったか?
するとフレッシュゴーレムの腹部が大きく斬り裂かれたことにより、大量の血液が溢れ出す。普通の人族であれば、これは致命傷に間違いなかった。
しかし相手は人族ではなく、フレッシュゴーレムである。それで倒せると考えるのは、早計だろう。
「コ゛カ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
結果として俺がそう思うのと同時に、フレッシュゴーレムが無差別に大量の攻撃魔法を解き放つ。そこに規則性はなく、体のいたるところから発動している。
これは不味い。
俺は即座にバリアーとテレポートステップで回避しながら、距離をとる。物理干渉で物理無効も解除して、魔法へのダメージに備えた。
また魔法はどれも威力と速度がとても優れており、数も異常なほどに多い。故にこの限られた空間では、回避するのにも限界があった。
「ぐぅっ」
そしてバリアーも打ち破られ、テレポートステップの回避も間に合わず、攻撃が被弾する。
更に一度攻撃を受ければ、他の攻撃を避ける余裕も無くなってしまう。
余りの数の暴力と威力に、種族特性や称号などで耐性があったとしても、大ダメージは避けられない。
故に攻撃が止まった時には、俺はかなりのダメージを受けてしまっていた。
それでも一度しか使えない身代わり人形は、あえて使わなかったのである。この攻撃の中で発動しても、無駄に終わると考えたからだった。
また一度攻撃をやり過ごしても、再度被弾するのは時間の問題だったと思われる。攻撃は部屋全体に対して行われていた。
加えてこのスキルは、赤い煙戦まで温存したかったというのもあったのである。
くっ、まさか魔力の消費量を考えずに、数と威力の力技で来るとは……。
更にフレッシュゴーレムを見れば、いつの間にか純白の全身鎧を身に着けている。おそらくライトアーマーを発動したのだろう。
俺は超級生活魔法の治療で自身を癒しながらも、なんとか立ち上がる。
グインやリーフェを召喚しなかったのは、やはり正解だったな。召喚していたら早々にやられていただろうし、そもそも今の攻撃を防げなかった可能性が高い。
あとはフレッシュゴーレムの魔力をかなり使わせたのはよかったが、まだまだ魔力には余裕がありそうだ。魔力感知の効果で、それがよく分かる。
聖女の慈愛の神授スキルと聖女の称号によって、消費魔力が抑えられたからだろうな。あれだけ馬鹿な使い方をしていたのに、なんてでたらめなやつだ。
普通は一瞬で枯渇するレベルの、無駄な使い方だった。正常な判断ができる者なら、まず取らない選択だろう。
ちなみに俺がこれを真似しても、おそらく即座に魔力が尽きるほどである。
それにライトアーマーによって、通常のマジックシックルでは、もはやダメージを与えるのは困難な可能性があった。
加えて神力による攻撃についても、流石にフレッシュゴーレムも警戒心を露わにしている。
先ほどのような隙は、早々に訪れることは無さそうだ。これは以前よりも、倒すのが難しくなったかもしれない。
正直これはあまり言いたくはないが、かなりピンチだった。
神力の消費を考えずに戦えばまだ可能性はあるが、赤い煙との戦いを思えば無駄にはできない。
俺はこの状況に対して、どうしたものかと頭を悩ませる。
何か、何か有効打になる方法を、新たに模索しなければ……。
すると、俺がそう思ったときだった。
『主よ! これを使うがよい!』
「!?」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思えば、目の前に突如として丸い穴のような空間が発生して、同時に広がっていく。
そして俺の目の前に現れたのは、魔王が持っていてもおかしくないような、紫黒の武器。一振りの禍々しい大剣だった。




