318 城のダンジョン ㉚
「俺様はよぉ、完成品をぶっ壊されるのは別にいいんだ。逆に面白れぇと感じる。でもよ~。途中で台無しにされるのは、我慢ならねぇ。
こいつを完成させるために、俺様がどれだけ楽しみにしていて、また苦労したかわかるはずねぇよなぁ?」
そう言ってこれまでの飄々とした態度を一変させて、赤い煙はそのイラつきを隠そうともしない。
「外側の魂と内側の魂を分離させないために、俺様は何百年と研究を続けてきた。
その集大成が、神授スキル持ちの転移者の魂を使ったコイツなのによぉ。俺様の元へ自動で回収される前に、奪うのはあんまりだぜぇ」
そして赤い煙は犯人が誰かを確信しているのか、アンクへと視線を移す。だがその瞬間、俺は直感的に嫌な予感がして、アンクをカードへと戻した。
すると同時に、アンクのいた周辺が円形に消失してしまう。一瞬紫色の靄のようなものが見えたが、明らかに危険なのは間違いない。
「はぁ? お前のそれ、マジでイラつくぜぇ。たぶん倒したモンスターをカード化する神授スキルだろぉ?
それに、配下モンスターをどういう訳か進化もできるみたいじゃねえか。ダンジョンマスターでもある俺様からしたら、最悪な力だぜぇ」
どうやら俺のカード召喚術について、ある程度の情報を持っているみたいだ。それとダンジョンマスター? そんな肩書も、コイツは持っていたのか。
「でもよ~。勇者共と比べたら、戦闘向きじゃないよなぁ。お前自身の強さは、それ以外の部分にありそうだぁ。
スゲェ気になるけどよぉ。どういう訳か転移者のステータスは、簡単には覗けないんだよなぁ? おかしいよなぁ? まるで魔王である俺様だけに効くような、そんな守りだぜぇ」
幻の世界と同様に、今の赤い煙でも俺のステータスを簡単には覗けないみたいだ。
おそらく言い方からして、覗く方法があるのかもしれないが、この場で即座に行うのは難しいのだろう。
それと確かにカード召喚術や二重取りは、直接俺の戦闘能力を上昇させるものではない。
けれどもこの二つのおかげで、俺は成長を加速させ、奥の手だって使えるようになっている。
加えて俺の纏っているカオスアーマーは、下手な神授スキルよりも十分実用的だろう。
それについては、赤い煙も理解していると思われる。口ではそう言っても、その視線は鋭かった。
また同時に赤い煙からは、もう遊びを終わらせたような雰囲気を感じる。
あのフレッシュゴーレムと同時に襲い掛かってきたら、流石に不味いだろう。故にここらへんで、そろそろ奥の手を使うべきかもしれない。
しかし俺がそう思った時だった。赤い煙が先に動きを見せる。
「それとよぉ~。台無しにされたことで、冷めちまったじゃねぇかぁ。だからよ~。遊びはもうお終いだぁ。このダンジョンは、もう支配させてもらうぜぇ!」
「!?」
赤い煙の発言に、俺は警戒心を露わにした。
やはり、その手段を使ってきたか。かねてより、その可能性は考えていた。
元々赤い煙はこの大陸を支配しており、各ダンジョンも赤い煙の影響下にある。
つまり赤い煙がその気なら、この城のダンジョンをどうにかできることは、可能だろう。
そんなことは、最初から分かり切っていた。故に女王は、その部分に対して最も力を割いていたのだ。この城内にやって来てからは、その力の大部分を支配に対する抵抗に集中している。
正直それでも、抵抗できるかは未知数だ。この戦いにおいて、重要な場面に直面している。
この結果により、俺の今後の行動は大きく変わってくるだろう。しかしこの守りについては、女王に頑張ってもらうしかない。
「ひひゃひゃ。ルミナちゃんは確かに天才で技術力に関しては、俺様以上なのは確かだぁ。
でもよ~。根本的に出力の差が段違いなんだぜぇ。例えるなら、ゴブリンとドラゴンくらいだぁ。ゴブリンがどれだけ頑張ろうとも、ドラゴンの力の前では無力なのと一緒だぜぇ!」
その言葉に、俺は息をのむ。確かに出力という面で考えれば、赤い煙の方に分があるだろう。
故にこのままでは不味いと考え、俺は赤い煙の妨害へと動く。けれどもそこへ、フレッシュゴーレムが立ちふさがった。
しかしゲヘナデモクレスが邪魔をさせまいと、俺とフレッシュゴーレムの間に入る。
「主よ! 我に構わず先に行け!」
「ああ」
「魔゛王゛コ゛ロ゛ス゛!」
「貴様の相手は、この我だ!」
そうしてゲヘナデモクレスのおかげで、俺は赤い煙の元へと突き進む。加えて同時にセイントカノンも放つが、その攻撃は謎の暗黒に打ち消されてしまった。
聖属性への対策は、できているという訳か。現状俺のスキルだと、直接叩くしかなさそうだな。
「にゃぁん!」
「ウォーターランス!」
するとレフがダークサンダーブレイクを放ち、ルルリアもウォーターランスを発動させた。
しかしそれに対して、無数のフレッシュゴーレムが突然現れる。そして赤い煙の盾となって、攻撃を防いだ。
けれども勇者たちを主軸にした個体よりも弱いのか、レフとルルリアの攻撃で簡単に消し飛ぶ。だが赤い煙を守ることには、成功してしまった。
「ああもう、うぜぇなぁ! 特にお前はいい加減に退場しやがれ! ターンセイント!」
「!?」
赤い煙がルルリアに対して、何かスキルを発動させた。俺はそれと同時に、ルルリアをカードに戻そうと試みる。
「なっ?」
しかしどういう訳か、カードに戻すことができない。感覚からして、妨害されたみたいだった。
結果としてルルリアに謎の暗黒が纏わりついたかと思えば、その身をあっという間に腐らせて、ドロドロとした黒い何かに変えてしまった。
当然ルルリアはやられてしまい、カードへと戻ってきてしまう。名称からして、聖属性持ちに対して致命的な攻撃だったようである。
それか神聖な存在に対して、効果があるのかもしれない。だとしたら俺に対しても、危険な攻撃だと思われる。
「何度も同じ手が通じると思うなぁ! 結局のところ、お前はテイマー系に他ならねぇ。それが分かっていれば、妨害も訳はないんだぜぇ!」
赤い煙はそう言うが、逆にこちらの妨害も効果があったことには変わりない。事実赤い煙の集中は乱れ、俺が間に合う形になった。
そしてカオスアーマーからシャドーネイルを生やすと、俺はその爪を赤い煙へと振り下ろす。
「喰らえ!」
「は? ぎぎゃぁあ!?」
結果として俺の攻撃により、赤い煙が乗り移っていたアルハイドの体を両断することに成功した。
「ん?」
しかし同時に、何とも言えないその感触に対して、俺は違和感を抱く。だがその意味を、俺はすぐに知ることになった。
「ひひゃひゃ! うっそぴょーん! そんな抜け殻はもういらねぇぜ! ちょうど飽きてきたところだしなぁ!」
そう言って、アルハイドの肉体から赤い煙が飛び出してくる。その姿は、以前見た時と同じであり、文字通り赤い煙だった。
レイス系のように足は無く、黄色く光る吊り上がった単色の瞳、ギザギザの歯が並んだ大きな口。そして鋭い爪の生えた三本指の腕があった。
こちらを馬鹿にするように、真っ赤な長い舌を一度出して笑い声を上げる。
アルハイドの肉体を捨てることで、ダメージを完全に防いだようだった。
しかし本体を現したことは、こちらにとっても重要なことでもある。
幻の世界と同じであれば、あの系統のスキルが効くはずだ。
「オーラオブフィアー!」
そしてその瞬間、ゲヘナデモクレスがスキルを発動させる。それは幻属性系で、精神に影響を及ぼすものだった。
これは事前の打ち合わせで、決めていたことである。もし赤い煙の本体が現れたら、発動する手はずになっていたのだ。
故にアルハイドの肉体から脱出直後と同時に、俺をおちょくっていたことが大きな隙になる。
結果として赤い煙は、その攻撃をもろに受けることになった。
「ひぎゃぁあああ!!!??? 怖い怖い怖い!? 寒いぃいい!!」
とち狂ったかのように、赤い煙は声を上げて藻掻き始める。効果は、抜群だったようだ。
よし! このまま一気に畳みかけよう。
しかし俺が、そう思ったときだった。
「うっそぴょ~ん! 弱点なんて、とうの昔に対策済みだぜぇ! ひひゃひゃ! どうして俺様の弱点を知っていたかは不明だが、残念だったなぁ~!
そしてお前らの妨害は、根本からして無意味だぁ! 俺様はずっと、ダンジョンへの干渉を続けていたんだぜぇ!」
「な!?」
それはつまり、赤い煙への攻略方法が一つ失われたことを意味している。更には最悪なことに、ダンジョンを支配するための干渉が続けられていた。
赤い煙があっさりアルハイドの肉体から飛び出たのは、既に対策ができていたこともあったのだろう。
また妨害されたことにより一度反撃に出たのも、演技だったみたいだ。あの瞬間にも、城のダンジョンは侵食されていたのである。
状況は、明らかに不味い。ルルリアも失い、弱点も克服されていた。そして何よりこのままでは、ダンジョンの支配がなされてしまう。
何か手はないか? この事態を一変させる方法を考えろ。奥の手を発動するのには、時間が足りない。魔力玉も、使ったばかりで再発動はまだ無理だ。
光聖属性、幻属性、闇冥属性も効かないだろう。ゲヘナデモクレスはオーラオブフィアーを発動したことが隙になり、フレッシュゴーレムに押されている。
だとすれば、残すはレフのゴッドネイルしかない。
俺はそう判断を下すと、レフに命じてゴッドネイルを発動させた。
「うにゃぁ! ――!?」
しかしその攻撃が届く瞬間、レフの姿が消えてしまう。これは、戦闘の初めに起きた現象と同じである。
だが以前とは違い、レフは即座に戻ってくることができた。
けれどもその時間的ロスは、致命的となる。
「ひひゃひゃ。無駄な努力、お疲れさん。これでもう、最後だぜぇ! このダンジョンは、もう完全に俺様のものだぁ! ひひゃひゃ!」
全てを出し抜かれ、赤い煙の支配が城のダンジョンへと伸びていく。
くそ、ここまでやっても、守り切れないのか?
俺の心に、味わったことのない焦りが生じる。もはやここまでかと、そう思ってしまったのだ。
チームとしての敗北を、俺は強く感じてしまったのである。
しかし俺はこのとき、あることを失念していた。
チームである以上、戦っているのは俺一人ではない。そして、誰よりも覚悟を決めている者がいたことに、俺は気がついていなかったのだ。
「は? は? なんでだよ? 意味わかんねえ!!」
結果として赤い煙が、そんな怒声を上げる。そして俺はその理由をすぐに、知ることになるのだった。




