313 城のダンジョン ㉕
「カオスアーマー。そして現れろ。俺の配下たち」
勇者パーティと赤い煙を前に、俺はカオスアーマーを纏うと、配下たちを召喚した。
召喚した配下たちは、ジョン、ホブン、アンク、ボーンドラゴン、そしてルルリアである。
あとはついでに、残っているザコモンスターたちも召喚しておく。
ちなみにリーフェは赤い煙と戦うときのために待機させており、グインも以前の事があるので、赤い煙の前に召喚するのは避けることにした。
そしてルルリアはこの部屋だと狭いので、外側を一周するような感じで召喚している。
自由に戦うことはできないが、バフや攻撃魔法を行うことは可能だろう。またあの大剣は流石に邪魔なので、収納させている。
現状だと、これが今出せる最大戦力だ。城下町での消耗が完全に癒えているわけではないが、頑張ってくれることだろう。
するとそんな召喚された配下たち、特にルルリアを見て、勇者が声を上げる。
「っ! みんな気をつけろ! あの巨大な女性、ルルリアの血肉を食べ過ぎると、若返って消滅するぞ! そのせいで、アネスがやられたんだ!」
その言葉を聞いて、冒険者たちはそれぞれ反応を示す。
まず言葉通り、危険だと判断する者。次に若返るという言葉に、強く反応する者である。
特に一定以上の年齢を重ねた者や、女性は目の色を変えた。
「勇者様! あの女性や他のモンスターたちは、我々にお任せあれ! 勇者様はどうか、魔王との戦いに集中してください!」
「では、私はあの蛇女と戦いましょう!」
「儂もあの美女と戦うぞよ!」
「お、俺もあの女性モンスターと戦うぞ!」
結果として欲に目がくらんだ者が、ルルリアへと集まっていく。
「じゃあ俺のパーティは、あの獣人をやるか」
「僕らの方はあのボーンドラゴンを、今度こそ倒してみせます。幸いこの部屋では、空を飛ぶことはできなさそうですからね」
「あたい達はあのゴブリンと戦うよ。ゴブリンは昔から大嫌いなんだ!」
「それでは私どもは、あの鳥系モンスターを相手にしましょう」
しかし中にはちゃんと状況を見て、自分たちの役割を決める者たちもいる。
正直ルルリアのバフがあっても、アンク以外は厳しい戦いになるかもしれない。
できる限りは生存を優先させつつ、慎重に戦ってもらおう。
そして向こうが状況を整えている隙に、俺はレフに神託を送ってみる。
【こっちは大丈夫だから、慌てずに状況を見定めて、戻ってこい】
すると神託については上手く送れたようだが、レフからの返事はない。
おそらく、戦闘中なのだろう。神託の返事をする際には、祈る必要がある。それには最低でも数秒ほどかかるので、安全を確保しなければ難しい。
しかし一応は神託を送れたので、今はそれで十分だろう。神命も同時に発動できたし、レフの助けになったはずだ。
そうしてこちらもある程度の準備が整ったので、勇者たちとの戦いがいよいよ始まる。
まずはルルリアが救いの歌声でバフと同時に、相手にデバフを発動させた。
だがそれを、勇者パーティの聖女がスキルで相殺する。聖なるオーラが部屋中に広がり、デバフを解除した。
しかも敵味方の判別ができるみたいであり、なおかつ200人ほどに対して一度に行っている。
聖女と名乗るだけあって、やはりそうしたスキルには優れているようだ。
しかしデバフは消せても、こちらのバフまでは無効にすることはできないみたいである。
そう思っていたところ、赤い煙が介入してきた。
「バフデリート。流石にその人魚を多用し過ぎだよ。飽き飽きだ」
「!?」
するとその瞬間、漆黒のオーラが部屋中に広がると、的確に俺たちのバフだけを打ち消してしまう。
加えて発動し続けることで、ルルリアの歌を見事に相殺していた。これでは、救いの歌声を発動するだけ無駄になる。
また赤い煙は、ルルリアが元々人魚であったことを認識していた。
もしかしたらルルリアがレッドアイに捕まったのも偶然ではなく、赤い煙が関係しているのかもしれない。
そんなことを思いながらも、俺は状況が厳しいことに対して苦虫を嚙み潰したような気持ちになる。
ルルリアのバフが無くなった以上、Bランクのホブンとジョンでは、Aランク冒険者の相手をするのは難しい。
特にジョンは、遠距離型に重きを置いている。接近戦も可能だが、遠距離と比べると劣っていた。
「ありがとうございます! これで勝てる!」
すると勇者が赤い煙に対して、そう感謝の言葉を述べる。ルルリアと実際に戦ったことがあるだけに、救いの歌声がどれだけ面倒なスキルかを理解しているからだろう。
「構わないよ。これも、魔王に勝つためだからね。でもさ。流石にバフを打ち消すだけで精一杯だから、あとは君たちに任せるよ。僕はこのスキルの維持に、できるだけ専念させてもらうね」
「わかりました!」
赤い煙の実力を予想するに、精一杯なのは嘘だろう。おそらくだが、俺と勇者の戦いを見るのが楽しみなだけかもしれない。
だとしたらこれ以上、邪魔をしてくることはあまり無い可能性がある。それについては、ありがたい限りだ。
しかし同時に、それだけ赤い煙には余裕があるということでもある。ある程度こちらの実力を把握した上でそれならば、油断はできない。
俺にも切り札はいくつかあるが、万が一に備えて、覚悟だけはしておこう。
それよりも、バフが消えた状況をどうするかだ。流石に戦力的に厳しそうだし、グインを召喚するべきか? それとも、温存していたリーフェを出すべきだろうか?
まさかここにきて、配下の不足を実感するとは思わなかった。
ジョンたちがやられて冒険者達が勇者に加勢し始めれば、流石に俺も厳しいかもしれない。
くそ、せめてここにレフがいてくれれば……。
いつも隣にいるはずの相棒がいないことに対して、俺は初めてその大きさを感じていた。
「よし、セーラ、ヤミカ、あとゼンベンスさん、行くぞ!」
「ええ、デバフを解除しながらでも、サポートしてみせるわ!」
「お兄ちゃんのために、全力で戦う」
「前衛は任せてくれ! 魔王の攻撃でも、俺が受け止めよう!」
そうして勇者パーティ+Sランク冒険者である無双のゼンベンスが、やる気を漲らせる。
状況は、向こうの有利に進んでいた。加えて勇者パーティに、俺を侮る気配はない。
それは鑑定によって、多少なりとも見られたことが関係している。
また観戦に集中しているとはいえ、状況が悪化すれば赤い煙がまた動くかもしれないし、これはかなり厳しい戦いになりそうだ。
俺が、そう思った時だった。
「にゃぁん!」
「レフ!」
「「「!?」」」
なんとレフのカードが戻ってきたかと思えば、自らの意思でカードから現れる。ちなみにその大きさは、いつもの猫サイズだった。
飛ばされてからあまり時間が経っていない中で、こんなにも早く戻って来てくれたのは、嬉しい誤算である。
「え? 嘘でしょ? 俺様の傑作が敗れたのか? まさか、あのスキルを発動する前に倒されたのか?」
すると赤い煙は驚きを隠せないのか、人称がアルハイドのものではなく、素の状態でうっかり呟いていた。
しかしそれを気にする者は、俺以外にはいなかったみたいである。
勇者パーティは突然現れたレフに対して、強い警戒感を示して様子を伺っていた。
これでゲヘナデモクレスが戻ってくれば完璧なのだが、まだ戻って来る気配はない。
だがレフが戻ってこれたので、ゲヘナデモクレスが戻って来る可能性も十分にある。
ゲヘナデモクレスが現れれば、状況は一変するだろう。
「レフ、周りの配下たちを助けてやってくれ」
「にゃぁん!」
レフは任せて! という感じにひと鳴きすると、すぐさま行動に移った。
「速い!」
「何よあの猫……」
「かわいい」
「見た目に惑わされるな! あれはヤバイ! 俺の本能が、そう告げているぞ!」
「……」
勇者パーティはそんな反応をしていたが、対して赤い煙はだんまりである。
しかしレフが登場しても、赤い煙が動き出す気配はなかった。
どのような基準があるのかは不明だが、現状では様子見を続けるようである。
さて、レフが戻って来てくれたことで、かなり余裕ができた。
他の冒険者たちを気にすることなく、勇者パーティと戦えるだろう。
そうして俺は軽く息を吐くと、双骨牙を握りしめる。
ここからが、本番だ。
俺は意識を集中させると、勇者パーティとの直接対決を始めるのだった。




