309 ゲヘナデモクレスの戦い ③
ジルニクスの発動したアンデッドフェスティバルにより、古戦場にあったおびただしい数の亡骸に変化が訪れる。
亡骸の一つ一つが宙に浮遊すると、各部位が修復され、繋ぎ合わさった。また消失している部分には、新たな骨が生成される。
そして所持していたであろう鎧や剣などを身に着けると、その背後には生前の姿だと思われる背後霊のようなものが現れた。
加えて全て別人なのか、背後霊の姿は個体ごとに個性が見受けられる。それは、亡骸の見た目や装備にも同じことが言えた。
また乾燥した場所故か、まるでミイラのようなゾンビである。ちなみに個体によっては、ところどころに肉が無く、骨がむき出しの箇所があった。
そうして亡骸たちは、地面へとゆっくり降り立つ。一見数合わせのアンデッドだが、中には並々ならぬ威圧を放つ個体もいた。
だが逆に、弱々しい個体も存在している。そう、この亡骸たちには、大きく個体差があった。
だがそんなことは、些細な事である。ゲヘナデモクレスの周囲には数百、いや数千のアンデッド化した亡骸たちに、囲まれていたからだ。
弱い個体がいくらいようとも、強い個体も多いため、あまり個体差を意識する必要はない。弱い個体は、戦いの余波で散る事だろう。
実際にAランク以上の個体が、数百体以上は存在していた。
また如何にゲヘナデモクレスだとしても、ジルニクスに加えてこの数のAランクは骨が折れる。
しかしこの状況に対して、ゲヘナデモクレスは余裕の態度を崩さない。
「ふはは! 一対一で勝てぬと理解して、数をそろえたのか! だが笑止である! ザコを幾ら集めたところで、この我には勝てぬ!」
そう言った直後、ゲヘナデモクレスはダークデストラクションを発動させた。それにより、数多くの亡骸が巻き込まれ、消失する。
いくらAランクモンスターの力量があっても、これに耐えるのは難しい。けれども目を疑う事態が、次の瞬間発生する。
まるで時間が巻き戻るように、亡骸たちが再び姿を現したのだ。その背には、当然背後霊のような青い存在もいる。
攻撃が効かなかったことに対して、ゲヘナデモクレスは頭を悩ませた。
「むぅ。これは面倒な。いったいどのような絡繰りだ? しかしそれならば、次はこれを喰らってみよ!」
そう言ってゲヘナデモクレスは近場の一体に高速で近づくと、その頭部を掴んでスキルを発動させる。
「命魔魂奪! ……むぅ? なんだこれは……?」
すると今度は背後霊のような存在ごと砂のように消えて、再生することは無かった。しかしその感触に、ゲヘナデモクレスは違和感を抱く。
亡骸から吸収した魂の状態が、とても歪だったのだ。
まるで抜け殻のようであり、廃人にも似ていた。それでいて、全くの無抵抗なのである。
ゲヘナデモクレスはそんなことを思いながら、まるでブドウの種を吐くかのように、魂を解放した。
吸収したのは生命力に似たアンデッド系のエネルギーと、魔力だけである。またなぜ魂を解放したかには、ちゃんと理由があった。
それは以前自称ハイエルフの一人であるカルトスの魂を吸収した時に、自身の魂に悪影響が多く出そうになったからである。
実際スキルと魂には密接な関係があり、他人のスキルを手にするということは、大変危険な行為だった。
その魂に根付いた除去しきれない人格や本能のようなものを、受け入れてしまう事に繋がる。
中でも神授スキルは特別であり、本来であればゲヘナデモクレスの精神は、かなりカルトスの影響を受けるはずだった。
しかしゲヘナデモクレスの中には、元となった千体のリビングアーマーが存在している。
如何に神授スキルを持つカルトスの魂が強大でも、この数の力には及ばなかった。
それによりカルトスの魂は無事に抑えられ、ゲヘナデモクレスに、少々のストーカー気質を足す程度になったのである。
故にそれを本能で感じ取ったか、或いはリビングアーマーたちがそれを知らせたのか、ゲヘナデモクレスはそれ以降、命魔魂奪を使っても、その魂は解放することにしたのである。
例えそれで強くなったとしても、ジンを想う気持ちが揺らぐことを恐れたということもあった。
そういう理由もあり、安易に他人の魂を取り込むことはしないのである。
だがゲヘナデモクレスが魂を解放した瞬間、その魂は吸い込まれるようにして、ジルニクスへと取り込まれた。
「ぐぉお……」
するとこれまで最初の自己紹介以外では無言を貫いていたジルニクスが、苦痛に満ちた唸り声を上げる。そしてそれと同時に、ジルニクスの威圧感が増した。
「ふむ。どうやら、魂を取り込んで力を増したようであるな……」
ゲヘナデモクレスが指摘した通り、ジルニクスにはスキルこそ増えていないものの、生命力に似たエネルギーや魔力、身体能力が僅かに上昇している。
つまりこれが指し示す答えは、アンデッド化した亡骸を普通に倒しても即座に復活し、魂を解放すればジルニクスが強化されてしまうということだった。
これについてはゲヘナデモクレスも気がつき、同時に様々なことを理解する。
「なるほど。そういうことであるか。この怪しげな空間に、何か小細工を仕掛けているのであろう?」
「……」
その問いかけに、ジルニクスは答えない。だがゲヘナデモクレスの予想は、的を射ていた。
本来アンデッドフェスティバルの効果に、これほどまでの効果は無い。実際にその効果は、以下の通りになっている。
名称:アンデッドフェスティバル
効果
・発動中は周囲の亡骸を、自身の配下としてアンデッド化する。
・アンデッドの強さは、亡骸の質に依存する。
・発動中は配下アンデッドのあらゆる能力を大強化、持続再生する。
・効果を解除した瞬間亡骸は灰になり、以降はこのスキルの効果を受け付けなくなる。
・このスキルを発動した場合、三十日間は発動ができなくなる。
前提として眷属召喚系のスキルにも言えることだが、こうしたスキルで生み出された配下に魂は存在してはいない。例外を除き、固定された能力値とスキルだけを持つのだ。
これについてゲヘナデモクレスは、以前ゲシュタルトズンプフのマッドウォーリアーに対して、こっそり命魔魂奪をしていたことで確認済みである。
けれどもそれに対して、この空間にいる亡骸たちは魂を持ち、また多種多様なスキルを所持していた。
実際今この時も、ゲヘナデモクレスへ向けて多種多様な攻撃系スキルが飛んでくる。
「ファイアボール」
「ウィンドカッター」
「ストーンバレット」
「パワーアロー」
「ウィップストレート」
「スローイングスピア」
一般的な上位冒険者でも、致命傷を受けるのは間違いない威力のものが、数多く混じっていた。
だがそれをゲヘナデモクレスは避けずに受けて、そのまま無傷で乗り切ってしまう。
そして現状について様々な思考を巡らせながらも、強気にこう発言をした。
「ふはは! そのような児戯に等しい攻撃など、我の魔断壁の前では無意味である!」
「……」
そう言うゲヘナデモクレスであるが、魔断壁に攻撃を無効化する効果は、実は存在していない。
だがゲヘナデモクレスはそう言うことで、相手の行動を多少なりとも制限させる狙いがあった。
実際ジルニクスや亡骸たちに効果があるかは不明だが、言うだけはただである。
ちなみに攻撃を受けた瞬間、魔断壁をわざと光らせる徹底ぷりだった。
また以前ゲシュタルトズンプフとの戦いの時にもそう言って、ジンに偽りの情報を与えている。
これについて後々後悔したりしなかったりするが、ゲヘナデモクレスは開き直って、それもまた主への試練だと考えるようにしていた。
そしてゲヘナデモクレスは次に、追加で数体ほど強さの違う亡骸に対して、命魔魂奪を発動させる。だが結果は、先ほどと同様の結果となった。
けれども今回は、その魂の内部に少しだけ触れている。それにより断片ではあるが、魂の記憶を垣間見ることができた。
故にこれでゲヘナデモクレスは、あることを確信する。
「ふむ。一体だけが、特別という訳でもないようであるな……。であれば、答えは決まっている。何とも、何とも悪辣なことであろうか!」
「……」
ゲヘナデモクレスは、その答えに辿り着く。そして怒気を含ませながら、続けてこう言った。
「この亡骸たちの魂は、無抵抗になるまで痛めつけられ、この古戦場に囚われていたのであろう? そして貴様のスキルに何らかの形で干渉させ、融合していたのだな!」
「……」
ゲヘナデモクレスの言った通りであれば、個体によって使えるスキルが全く違うことに対して、理屈が通る。
スキルは、魂に関係しているのだ。魂が宿るということは、その魂が生前所持していたスキルが使えるようになっても、なんら不思議はない。
そして衰弱して無抵抗の魂と、記憶の断片からその境遇を知ったことで、ゲヘナデモクレスの心を突き動かす。
いつもはジン以外に対してはあまり興味を示さないゲヘナデモクレスであるが、実は一つだけ、許せないことがあった。
それは自身の元になったリビングアーマーの境遇と同じく、強制的に従属させられた上で、意に沿わない行動や、酷い扱いを受けることについてである。
もちろんその者にそれをされるだけの理由があれば、問題はない。だが記憶の断片を見た限り、そうではなかった。
彼らは突然闇討ちをされて、その魂を亡骸ごとこの古戦場に、囚われていたのである。
そして魂が衰弱して無抵抗になるまで、痛めつけるように悪夢を見せられ続けていたのだ。
それを楽しそうに覗き込んでいる赤い煙の姿が、ゲヘナデモクレスにも見えたのである。
ジンも実験などをすることがあるが、そこには多少なりとも申し訳ない気持ちや、モンスター自体が了承をしていた。
この差はゲヘナデモクレスにとって、大きな違いである。
主のためなら実験でも何でも受け入れるという気持ちと、主でない者に無理やり従わせられ、酷い目に遭わされるという違いだった。
他にも敵対している相手には関係ないことや、それ以外にも細かい基準も存在しているが、ゲヘナデモクレスにとって目の前の光景は、許せない事なのである。
故にゲヘナデモクレスは、ここで奥の手を使うことを決めた。
「また貴様も……ジルニクスも似たような境遇なのであろう? 諸悪の根源を、我は許せぬ。故に、我が今ここで、この忌まわしき呪縛を破壊しようではないか!」
「……」
ゲヘナデモクレスはそう言うと、自身の正面へと右手を伸ばす。そしてあるスキルを使用すると、それを呼び出した。
「現れよ! 無限の混沌たる大剣、【カオスインフィニティ】!」
すると途端に空間へと亀裂が入ったかと思えば、ガラスのように割れる。そして漆黒の空間から、それは姿を現す。
地獄を思わせるような、禍々しい紫黒の大剣。物語に出てくるような魔王が持っていると言われても、全くもって違和感は無いだろう。
そうしてゲヘナデモクレスは、現れたその大剣を、右手で掴み取った。
「ふはは、この大剣の力を、今この場で見せてやろうではないか!」