306 城のダンジョン ㉔
「来たか勇者たちよ。俺は魔将ジルニクス。ここを通りたければ、この俺を倒していけ」
やってきた勇者たちにそう声をかけると、さっそく反応が返ってくる。
「俺は勇者ブレイブだ! そしてお前が魔将ジルニクスでないことは、もう知っているぞ!」
すると赤い煙から既に教えられでもしたのか、俺の正体はとうにバレているらしい。
であればやはり、魔将ジルニクスの振りをする必要もなさそうだ。
しかし、俺がそう思ったときだった。勇者ブレイブから、思いもよらない言葉が飛び出す。
「それに、お前が転移者であるということもな! これまで何人もの転移者と出会ってきたが、魔王に与するお前が一番の悪党だ! 恥ずかしくないのかよ!」
真剣な表情でそう言う勇者に対して、俺はため息が出そうになる。どの口が、それを言うのだろうかと。
俺が転移者だと知られたことについては、別に構わない。戦闘になれば、いずれ気がつくことだろう。
そして仮に赤い煙のことを教えても、こういうタイプは信じることがない気がする。元々説得する気もないので、別に何を言われてもどうでもいい。
そのように俺個人は思っていたのだが、黙っていられない者がいた。そう、ゲヘナデモクレスである。
「こやつ、もう消し飛ばしてもよいか? あまりにも滑稽な上に、愚かにも程がある」
すると今にも飛び出しそうなゲヘナデモクレスの言動に、俺は待ったをかける。
「待て、その必要はない。それに、事前に話した通りに頼む」
「むぅ。仕方がない」
少々不満がありそうだが、ゲヘナデモクレスは俺の言葉に従ってくれた。ここで飛び出されては、色々と台無しになってしまう。
「何をコソコソ話している! 言い返せもしないのか! それに俺には時間が無いんだ! 転移者の裏切り者であるお前は、ここで倒させてもらう!」
時間が無いというのは、いったい何のことだろうか? 赤い煙に、何か唆されているのかもしれない。
もしかして、消滅した女戦士を生き返らせる方法でも、教えられたのだろうか?
俺がそう思っていると、勇者とその仲間たちが武器を抜く。それに合わせて、俺も双骨牙を抜いた。
勇者は俺のことを前座か何かと考えているのかもしれないが、ある意味俺こそが、このダンジョンのボスのようなものである。
また根本的には、語り合う言葉に意味などはない。状況を把握するための、ちょっとした時間稼ぎだった。
結果としてこのわずかな間に、俺は相手の戦力構成を確かめている。
まず敵は勇者を筆頭に、聖女、斥候、ゼンベンスが最前列にいた。
その後ろには、真っ黒なローブ姿をした三人の人物。うち一人は、赤い煙だろう。
最後にその後ろに広がっているのは、冒険者たち約100人~200人。おそらくその三割くらいが、Aランクの精鋭たちの可能性が高い。
事前の情報収集で、Aランク冒険者についてはできる限り情報を集めていたので、たぶん間違いはなかった。
それと数が多いので勘違いしそうになるが、Aランク冒険者は一人でも十分に強敵だ。相性もあるが、Bランクモンスターを一対一で倒せてもおかしくはない力量なのである。
そんな勇者側を大雑把に合計200人ほどだとすれば、こちらは現在俺、レフ、ゲヘナデモクレスだけだった。この数の差だけを見れば、かなりの劣勢である。
けれども、それで負けるとは限らない。俺には召喚していない配下たちが、まだいるのだ。
どのタイミングでカードを使うかが、戦いの鍵になって来るだろう。
またこれでも、冒険者の数はかなり少なくなっている。ジョンたちの活躍もあるが、ルルリアの歌で戦意を喪失した者も多かったようだ。
あのとき冒険者の数は約1,000人ほどだったので、城内に乗り込んできた冒険者の数はそう考えると、かなり少ないのである。
しかし当然ではあるが、油断はできない。この冒険者たちはそれらを乗り越えてもなお、こうしてやって来るだけの気力を持っていたということに他ならない。
これは勇者と赤い煙を倒したあとに、生き残りの冒険者に倒される可能性も、真剣に考慮したほうがいいだろう。
だが最初にこのダンジョンに侵入してきた時がおよそ7,000人くらいだったので、それを約200人まで減らせたことを考えれば、大成功である。
いくつか手札は失ったが、俺やレフ、ゲヘナデモクレスの消耗は皆無だ。十分に、戦えるだろう。
そんなことを考えながら、俺と勇者たちは互いに睨み合い、辺りには一瞬の静寂が訪れる。誰が最初に動くのか、俺は意識を集中させた。
そうして時が再び動き出すと、俺に対してまずは鑑定が飛んでくる。発動したのは、勇者パーティの斥候、ヤミカという少女からだった。
「!? 弾かれた……」
しかし俺は何もせずとも、鑑定を無効化する。これは事前にゲヘナデモクレスが、俺に何か障壁のようなものを、体にぴったりと纏わらせていたからだった。
「ふはは! 無駄だ! 貴様程度の覗き見など、我の力の前では無意味である! 主のステータスを覗きたければ、まずはこの我を倒すのだな!」
勇者パーティの手前か、ゲヘナデモクレスは俺のことを主と言ってくれる。だが、無駄に情報を与えたのはいただけない。
この障壁については感謝するが、俺は咎めるようにゲヘナデモクレスへと視線を向けた。
「……というのは嘘である! 我を倒しても、主のステータスは覗けぬぞ!」
するとゲヘナデモクレスはそう否定するが、それが逆に先ほどのことが真実だと思わせてしまったかもしれない。
見れば赤い煙だと思わしきローブ姿の者が、笑いをこらえているのか震えている。
ゲヘナデモクレスは失言をしてしまったが、三人いるローブの中で、赤い煙を特定できたので良しとしておこう。
そして先ほどの鑑定で、戦いが始まったと考えてもいいはずだ。なのでこちらも、お返しに鑑定を飛ばす。
まあ、そうなるだろうな。
しかし俺の鑑定は、勇者パーティや赤い煙たちから簡単に弾かれてしまった。
上級鑑定妨害とは、また違った感触である。おそらく向こうも、他に鑑定を防ぐ手段を持っているのだろう。
「無駄。こっちにだって、鑑定は効かない」
勇者パーティの斥候ヤミカが、感情の無いような声色でそう呟いた。
ふむ。勇者パーティに鑑定が効かないのは、あの斥候が関係していそうだな。思っていた通り、地味にやっかいな相手だ。
しかしだからこそ、城下町でルルリアを使い、勇者たちの戦闘を観察した甲斐があったというものだった。
そうしてお互いの鑑定の飛ばし合いが終わり、ここからは直接的な戦いがようやく始まる……そう思われていたのだが、思いもよらない事態が発生する。
「流石にこのまま戦うのは、こちらが不利そうだね。だから、とっておきの力を使わせてもらうよ」
すると突然そう言葉を口にしたのは、赤い煙が操るアルハイドである。
そしてその瞬間、赤い煙の横にいた二名の配下の姿が消えた。
「なっ!?」
だが消えたのは、その二名だけではない。なんとそれと同時に、レフとゲヘナデモクレスの姿も消えたのである。
「あの二体のモンスターは、僕の側近たちとそれぞれ別の場所で戦ってもらうよ。これで、かなり戦いやすくなったんじゃないのかな?
でもさ、だからって、油断はしちゃだめだよ? あの転移者は、単体でもSランク以上の実力はあるだろうし、他にも配下を隠し持っていそうだからね」
そう言ってローブから見える口元が、不気味な弧を描く。
赤い煙が動くことは想定していたが、まさかレフとゲヘナデモクレスを別の場所に飛ばすとは……。
それに、何故か繋がりが希薄になっている。何かに邪魔をされて、カードに戻すことが出来そうにはない。
なるほど。俺が勇者パーティの情報を得ているように、赤い煙もまた、俺の情報を得ていたという訳か。まあ、当然だな。
一応俺に何かする可能性を考えて、女王が事前に対策を講じていてくれたが、レフとゲヘナデモクレスまでには流石に手が回らなかった。
これが偶然なのか、それともそれを理解した上での行動なのかは分からないが、面倒なことになったのには変わりない。
「おお! 流石はアルハイド殿下! 助かります! これで魔王に与したあの悪の転移者を倒せます!」
そしてこの出来事に勇者は、安易にアルハイドの名前を口にしながらも、歓喜の声を上げた。
俺はあのローブ姿の中身がアルハイドの体を操る赤い煙だと知っているが、本来それは口にしてはいけない内容だろう。
案の定勇者の横にたゼンベンスが、若干顔を引きつらせている。けれどもそんな中で、動く者もまた存在していた。
斥候の少女ヤミカが冷静に、俺へと再び鑑定を飛ばしてきたのである。
俺はそれに対して当然抵抗したが、神授スキルが関係しているのか、これまでには無い強引さで突破を許してしまう。
これはゲヘナデモクレスがいなくなったことで、あの障壁が無くなってしまったことも影響していた。
しかしここで咄嗟に神力も使ってみたところ、全てを読み取られる前に、なんとか弾き返すことに成功する。
どうやら神聖なる存在の称号効果には書かれていなかったが、神力が多少なりとも扱いやすくなるようだった。思わぬところで、この称号が役に立つ。
また同時に、これを普通のスキルで無効化していたゲヘナデモクレスが、改めて凄かったことを俺は理解した。
「ん。鑑定はできたけど、途中で弾かれた。半分くらいは、文字化けしていて見れない……。けど、おかしな部分がある。
この人、たぶん神授スキルが二つもあった。それに、称号が三つ。あと、名称と種族の間に、文字化けしてよく分からない項目がある……」
何とか名称と効果内容は知られずには済んだが、神授スキルが二つあることや称号が三つあること、そして通常は存在しない、神名の項目について、何かあることは知られてしまった。
どれも文字化けして読めないみたいだが、相手には脅威に見えたことには間違いない。
「なっ!? 神授スキルが二つ!? それはいったい、どういうことだ!? 神授スキルは転移者一人につき、普通は一つまでだったはずだ!」
「そうね。称号が三つあるみたいだし、私たちにはない項目もあるって、意味がわからないわ!」
勇者と聖女はそう言って、俺を睨む。先ほどとは打って変わり、強い警戒心をあらわにした。
これは、少々不味いかもしれない。頼れる相棒とゲヘナデモクレスがいなくなり、ステータス内容もいくつか知られてしまった。
幸い全てを知られた訳ではなさそうだが、相手から油断が消えている。序盤からこの戦いは、俺の劣勢から始まることになりそうだ。
そしていなくなったレフとゲヘナデモクレスは、別の場所で戦いを繰り広げているらしい。
向こうでの戦いが終われば、こちらに戻ってこられる可能性がある。
だがそれがいつになるか分からないし、戻ってこない前提で戦うしかない。
これは久々に、ピンチかもしれないな。だが、最悪な状況ではない。
俺はそう思いながら、事前に考えていた別の作戦へと切り替える。
元々レフとゲヘナデモクレスが、赤い煙の側近二体との戦いで、こちらに手を回せないことも考えていた。
それを思えば、焦る必要はない。ステータスについても、見られる可能性については考慮していた。
であれば鑑定を神力で弾き返せただけでも、十分の成果である。
だから俺は慌てることなく、こう口に出した。
「カオスアーマー。そして現れろ。俺の配下たち」
そうして俺は漆黒の全身鎧に身を包むと、複数体の配下を召喚する。
さて、今度こそ、戦いの始まりだ。




