305 城のダンジョン ㉓
第九章を開始します。
よろしくお願いいたします。
レフと共に召喚転移で移動した場所は、とても広い石造り神殿のような大部屋である。
ルルリアが戦うには狭いが、ボーンドラゴンやグインくらいのサイズなら問題はない。
また壁にはいくつもの窓があり、光が差し込んでいる。そのためこの部屋は、意外と明るい。
加えて戦闘の邪魔になる柱なども無く、出入口も存在してはいなかった。
なので通常この場所へやって来るには、専用の魔法陣を使う必要があるのだ。そしてこの部屋の主である俺を倒すことで、先に進むための魔法陣が現れるという仕掛けである。
ちなみにこの部屋はとにかく頑丈というだけで、他に変わった効果などはない。
だがその代わりに、この部屋では俺への制限がかなり緩和されている。
これまではコストの問題で、俺が本気を出すには色々と制限がかかっていたのだ。
もちろん別の場所であっても、制限はある程度軽減されている。けれどもこの部屋では、よりそれがなされている感じである。
配下と共に戦うことも可能だし、全力を出すまでに必要な俺へのダメージ量や、必要経過時間が少なくなっていた。
ある意味これが、この部屋での特殊効果と言っても過言ではない。全力を出せるようになった時に満身創痍では、流石にシャレにならないだろう。
なので特殊な効果を部屋に付与するよりも、この制限緩和の方が重要なのである。
そしてまたこの部屋にいるのは、俺とレフだけではない。召喚転移の目印になった、とある存在がいた。
「ふむ。ようやく我の出番か?」
そう、ゲヘナデモクレスである。
一応俺のカード召喚術によって誕生しているので、ゲヘナデモクレスが許可を出せば繋がりを意識できた。
やはりこれまで繋がりを感じなかったのは、ゲヘナデモクレスがそれを遮断していたからだろう。
レフも勝手にカードから出てくることが可能なので、自我が強すぎるとそうしたことができるのかもしれない。
そのうち他の配下たちも勝手に出てくるようになってしまわないか、少々心配である。
俺はそんなことを考えつつ、ゲヘナデモクレスの問いかけに答えた。
「ああ、勇者一行と冒険者たち、そして赤い煙にその配下らしき存在が二体ほどやってくる」
「ふはは。なるほど。それは実に楽しみだ。やってきた暁には、我がこの手で蹴散らしてくれよう!」
どうやらゲヘナデモクレスはやる気が十分なようで、そんな風に笑い声を上げる。
正直ここまで暴走せずにいてくれたので、助かった。もしかしたら城下町で暴れるかもしれないと思っていただけに、ほっとしている。
それにこの場所は何もないので、かなり暇だっただろう。召喚転移で戻ってきた時に機嫌が悪いことも考えていたが、それが杞憂に終わって、本当によかった。
どうやらゲヘナデモクレスは何もない場所で一人でも、あまり苦痛には感じないタイプなのだろう。あとは真剣にお願いをしたのが、効いたのかもしれない。
仮にゲヘナデモクレスが予期せぬ行動をしただけで、作戦がダメになる可能性があった。なので俺も、必死だったのである。
結果ゲヘナデモクレスに対して、俺はとある約束をしていた。それはこの戦いが無事に終わったら、可能な限りではあるものの、願いを一つ聞くというものである。
その時のゲヘナデモクレスは相当嬉しそうというか、驚いているようにも見えた。だが最終的には頷き、こうしておとなしくしてくれたのである。
何を願うかは不明だが、一応保険として、常識の範囲で俺にできることとは言っておいた。
ゲヘナデモクレスも流石に無茶振りはしてこないと思うし、願うとすれば、やはり決闘についてだろうか? まあ、それについては終わった後に分かることだし、今は考えなくてもいいだろう。
それよりも今は、これからやってくる勇者たちについて考える必要がある。おそらく遅くても、1~2時間ほどでやってくるはずだ。
理由はこの城内には、道中モンスターがほぼ配置されておらず、罠すらも無いからである。
なのでもし他の部屋を全部無視して駆け足で進めば、三十分もかからずにやってこれるだろう。故に勇者たちからしたら、この城内は拍子抜けに違いない。
だがこれには、ちゃんとした理由があった。それはダンジョンポイントの節約と、今更ザコモンスターを配置しても旨味が少ないからである。
敵戦力を削ることと情報収集は、既に城下町で済んでいた。なので今更ここでやっても、たかが知れている。
なによりこの城内にやってくる者は、冒険者の一人だとしても、強者であることには間違いない。故にモンスターを仮に配置したとしても、時間稼ぎが精々になってしまう。
結果としてそれならば、逆にモンスターをゼロにして、その分のポイントを他に回した方が効率的だった。
実際城下町では思う存分ポイントを消費して、女王がギミックを仕込むことができたのである。闘技場など、その代表例だろう。
ちなみにトラップについても、同様の理由で設置は最低限にしている。そういう訳で、勇者たちがここに来るのも時間の問題だった。
また城内にいる他の面々であるが、それぞれが既に配置についている。
女王はヴラシュと共に、ダンジョンコアのある部屋で、今も色々と頑張っていることだろう。
それと女王は今かなり集中しているはずなので、俺から無駄に語りかけることはしない。最低限の報告をすれば、十分である。
加えてヴラシュも女王の手伝いをしており、権限の一部を与えられたことで、単純な作業を熟しているみたいだった。
それでもかなりの難易度らしく、ヴラシュはヴラシュで頑張っているみたいだ。
そしてエンヴァーグとシャーリーだが、俺にもしものことがあった際の最終兵器という役割がある。
だが当然、ランクBの二人が戦うには敵が強すぎるし、条件や費用を考えれば、闘技場のような強化をすることも難しい。
なのでもし二人が勇者たちと戦うことになれば、その存在を全てかけるしかなかった。
これは大幅な強化を得る代償に、その魂すら燃やし尽くして、復活不可能な状態になるということである。
当然短時間だけの強化であり、戦闘後には消滅は免れない。
またとても複雑な条件が無ければ実現できず、この二人だからこそ可能な奥の手だった。
ちなみにその条件とは、確固たる個を持ち、長年この城に仕え、強い忠誠心が必要なのである。
更には一定以上の強さも無ければ肉体が耐えられない関係から、ドヴォールとザグールには不可能なことだった。
しかしそれだけの条件と犠牲を払うことで、二人はかなりの力を一時的に得られるらしい。
もしも俺を倒した後の傷ついた勇者たちであれば、勝てる可能性もあるだろう。
けれども、当然それは使わせてはならない。なにより、俺も負ける訳にはいかなかった。
加えてそもそもだが、二人の本来の役割はそれではない。俺が全力を出し尽くして勝利した後に、俺を回収してもらうのが役割だ。
勇者と魔王を倒して満身創痍の時に、偶然生き残った冒険者にやられたのでは、どうしようもない。
それにこの戦いが終わっても、ダンジョンを守る者が必要である。
なので俺が安心して全力を出すという意味でも、二人には後ろで控えてほしいのだ。
これに対してエンヴァーグはかなり不服そうだったが、最終的には納得してくれた。
物語のように、勝って終わりではないのだ。勝った後のことも、考えなければいけない。
俺も勇者パーティと赤い煙を相手にして、戦闘後の余力が残っているとは思えなかった。それに冒険者の実力者たちや、赤い煙の配下二体も存在している。
後の余力を考えて戦うなど、それこそ足をすくわれると思った。特に魔王である赤い煙は、何を仕出かすのか分かったものではない。
だが勇者パーティと俺が戦うのを楽しみにしていることを考えれば、それを台無しにするようなことをしなければ、しばらくは動かずに観戦に集中するだろう。
だとすれば過剰に強い配下たちを召喚して、来たと同時に一斉に襲い掛かるのは、容認しない可能性がある。
勇者はルルリアとの戦いを見た限り、ピンチになるほど強くなっている気がした。他にも、あの女戦士が消滅した瞬間は、ものすごい力を発揮していたのである。
なのでその力を発揮する前に瞬殺するのが、正解に近いはずだ。しかし、それを赤い煙が許すとは思えない。これは、かなり面倒な戦いになりそうだ。
ベストなのは赤い煙を楽しませつつ、隙を見て大技による一撃を、ゲヘナデモクレスなどが放って倒すのがいいだろう。
そして周囲が驚愕している隙に、勇者パーティの聖女と斥候を俺とレフで倒す。
また他の冒険者たちは、他のネームドたちを少しずつ召喚して任せていこう。これなら、赤い煙も介入しない気がする。
そして最後はそのまま、赤い煙とその配下二体との戦いに移りたいところだ。
正直これは机上の空論だが、何とか可能な限り、実現するしかないだろう。
結局のところ、勇者や赤い煙たちをどうにかできるのは、俺たちしかいない。
女王には重要な役割があるし、エンヴァーグとシャーリーにも頼るわけにはいかなかった。
元々分かってはいたが、一番重要な場面を任されている。俺はその緊張からか、軽く息を吐いた。
そうして色々と作戦を脳内で描きながら待つこと数十分、魔法陣のある通路に配置していたモンスターが倒されて、俺の手元に戻ってくる。
これは勇者たちがもうすぐ来ることを伝えるためだけに、配置した配下だった。
「とうとう、やってくるのか。レフ、そしてゲヘナデモクレス。頼むぞ」
「にゃぁん!」
「ふはは! 我だけで倒してしまっても、怒るでないぞ!」
レフとゲヘナデモクレスはそう返事をして、やる気を漲らせた。実に、頼もしい限りである。
俺はそんなことを思いながら、続けてローブのフードをかぶり、偽装で顔面を少しだけ厳つい骸骨へと変えた。
さて、ここからはダンジョンの守護者、魔将ジルニクスとして相手をしよう。
一応このダンジョンでは、そういうことになっている。たぶん意味は無いかもしれないが、念のため変装をしておく。
また最初は、俺、レフ、ゲヘナデモクレスで出迎えることにした。他の配下は、状況を見て臨機応変に出していこうと思う。
そうして、俺たちが準備を終えたときだった。床の一部が光り出し、大きな魔法陣を作り出す。そしてそこに現れたのは、当然勇者たちである。
また赤い煙が寄生するアルハイドと、二体の配下らしきローブ姿の者が三人。それと冒険者たちが、数十人ほど現れた。
かなりの大所帯であるが、この部屋はとても広い。戦うスペースには、おそらく困らないだろう。
それに対して俺は待っていたとばかりに、ここへ来た勇者たちにまずは、一声かけるのだった。




