300 城のダンジョン ⑱
※モブメッツ視点です。
冒険者の中には増血薬や、毒消し薬を持っている者、それを治す魔法を使える者がいる。だけど彼には、そのどれもが使用できない。
効果の高い希少な物や、上級以上の治癒系魔法なら何とかなるらしいが、都合よく所持している物や使える者がいなかった。
もちろん隠し持っている者はいるかもしれないけど、それを死にかけの他人に差し出すのは難しいのかもしれない。
せっかく救出したのに、なんということだろうか……。
衰弱具合から見て、彼が助かるにはもう、神に祈るしかない。
「モブメッツ、残念だが……」
オラが考え込んでいるのを見て、スカムが若干足を引きずりながら近づいてくる。
スカムも膝が痛むのに、他の冒険者の邪魔にならないため無理をして走っていた。そのつけが、痛みとして今現れているのだろう。
だがそれでも、オラの事を気にして肩に手を置いてくれた。
「ああ、分かっている。けど、できる限りのことはしたい」
「そうだな」
オラはそう言うと、今横になっている彼に近づいて、こう問いかける。
「オラの名前はモブメッツ。君の名前を教えてくれ」
「……クリ……ントン……」
「そうか。クリントンというのか。状況は、理解しているか?」
「あ、ああ……」
心が痛む気持ちを抑えながらそう言うと、クリントンは涙を流してそう呟いた。
クリントンも、もう自分が助からないことを悟ったのだろう。
「何か言い残すことがあれば、聞こう」
するとクリントンは、最後の力を振り絞って、言葉を紡ぎ始める。
「……わ、私は……愚か者だ。自分の才能に驕って、他者を顧みなかった……。
ブランダルさんの忠告は、聞くべきだった……。こんな最後で、申し訳ありません……」
ブランダルという人物は知らないが、おそらくクリントンにとっては大事な人なのだろう。
そしてクリントンは言い終わると、口を閉ざす。もう、言葉を呟くだけの力も残っていないみたいだ。
瞳には光が消え、その命が尽きるのも目前に迫っていた。
戦いで多くの冒険者たちの死を目の当たりにしてきたが、これにはどうもクルものがある。
だからこそ改めて、オラたちのこの冒険には、意味があったのかと疑問に思ってしまう。
本当に、勇者様の助けになったのだろうか?
スカムには励ますために、酒の席で自慢話になると言った。でもオラはそれ以上に、何の成果もあげられずに散っていった冒険者たちの事を考えてしまう。
勇者様の戦いに参加した、その他の名もなき冒険者たち。この結果だけが、彼らには残る。
それを誇りに思う人もいるだろうけど、死んだらそこでお終いだ。
オラたちは、勇者様という熱に感化され過ぎたのかもしれない。冷めれば、一気に現実へと戻される。
正直もう、勇者様と魔王の戦いなんて、どうでもよかった。
ただ、生きて帰りたい。それだけが、今の望みだった。
そう思ったからこそ、クリントンのことを他人事だと、簡単には片付けられない。
オラがこうして生きているのは、運が良かったからだ。あの時大穴に落ちていたら、こうなっていたのはオラかもしれない。
いや、オラは治癒系魔法は使えないし、ポーション類もそこまで潤沢にある訳でもない。だとしたら、こうして誰かに言葉を残すこともなく、死んでいたことだろう。
それを考えるだけで、正直ゾッとする。生き残れたのは、本当に運が良かった。
だからこそ自己満足かもしれないが、オラはクリントンの死を見届けようと思う。
幸い周囲の冒険者たちも思うところがあったみたいで、ここで休憩することになった。
そして死が間近のクリントンを見て、オラの脳裏にはあることがよぎる。それは、神様はこの戦いを見て、いったい何を思うのだろうか? ということだった。
一般的に神様と言えば、この世界を創った創造神様のことだ。勇者様も、元々は創造神様によって魔王を倒すために、誕生した経緯があるらしい。
だからこの戦いを、創造神様が見ている可能性は十分にあった。
正直オラは信心深い方じゃないから、創造神様関連の話はあまり分からない。
けどこうして勇者様のために戦った者たちに対して、何かないのだろうか? やっぱり、ただ見守っているだけなのだろうか?
オラはその点が、どうにも納得ができなかった。
何も成果を残せずに、死んでいった者たち。そして後悔と絶望を募らせながら、何とか生きて帰ろうともがく者たち。
もちろん、参加した彼らの自己責任だ。オラだってそう。勇者様の英雄譚に、オラも加わりたかった。
だけど、それでも救いを求めてしまうのは、人としての弱さなのかもしれない。だからもう、オラたちは祈るしかないのだ。
どうかこの場所から、生きて帰れますように。そして僅かばかりでも構わないので、その力を貸してくださいと。
けど、本当は分かっている。奇跡は起きない。起きないから奇跡なんだ。
実力と経験、そして知識と運によって、生き残るしかない。
だからこそオラはもう、神様を信じない。信じちゃいけないんだ。でなければ、ちょっとした油断でオラは死んでしまう。
神頼みは、諦めの象徴なんだ。生きてここを出たいなら、助けてくれない神様を信じちゃいけない。
もし信じてほしかったら、それこそ奇跡を今、今ここで起こしてくれ。
実際にこの身に起きた奇跡しか、信じない。オラは、死にたくないんだ……!!
そう、心の中で叫んだ時だった。
『――♪』
「え?」
脳内に直接、誰かの美しい歌声が聞こえてくる。
けどそれと同時に、全身の力が抜けていく。加えて、理解不能な恐怖が脳内を駆け巡った。
またそれは俺だけではなく、周囲の冒険者全員にも、聞こえているようである。
頭を抱えてうずくまり、涙を流す者。助けと共に、謝罪を叫ぶ者で溢れかえった。
オラは一瞬何が起きたのか理解できないまま、助けられそうにないクリントンへの罪悪感に、突然胸が締め付けられる。
まるで罪悪感が肥大化されていくように、どんどん大きくなっていく。
なので必然的に、クリントンへと視線を向けた。けれどもそこで、オラは驚くべき光景を目の当たりにする。
「なっ!?」
見ればクリントンの衰弱状態が治り始め、顔色がどんどん良くなっていた。そして目を開き、平然と起き上がる。
「モブメッツさん。この歌を受け入れてください! そして、自身の全てを捧げるのです!」
するとクリントンは真剣な眼差しで、オラにそう言った。
本来なら意味不明で怪しいことこの上ないが、目の前で回復する姿を見せられれば、信用するしかない。それに元より、オラに戦意などはもう残されていなかった。
結果として、オラはすんなりとクリントンの言葉を受け入れる。
「え?」
そしてこの歌を受け入れ、全てを差し出すと心から意識出来た瞬間、劇的な変化が現れた。
体の傷や精神状態、魔力まで回復し始める。それに体が何だか軽く、気持ちが少しずつ高揚していったのが分かる。
な、なんだこれは!? い、一体何が……!?
あまりの変化に、オラは驚きを隠せない。けど今は周囲の冒険者たちにも、このことを伝える必要があった。
なのでオラはクリントンにも手伝ってもらい、周囲の冒険者たちも説得をしていく。
中にはそれを拒絶する者もいたが、おおむねはこの歌を受け入れてくれた。
スカムも受け入れたことで後遺症の残っていた膝が治り、感激している。
そうして周囲が次第に落ち着いてくると、次にこの歌の発信源が、どうしても気になってしまう。
故にオラは近くにある一番高い建物をよじ登ると、遠くのものを見ることができる鷹の目のスキルを発動させた。
するとそれにより、オラは女神を目撃することになる。
「そうか……神様って、他にもいたんだな……」
気がつけばオラは、涙を流していた。
そしてこのことを全員に伝えると、やはりみんな女神様を見たがる。
なので気になる者たちで移動して、女神様が見える場所に移った。
ちなみにこの歌を受け入れられない者たちは、そのまま置いていっている。不思議にも、その事について誰も反対しなかった。
そうしてオラたちは、女神様をこの目で見ることができたのだ。その姿に、オラたちは感動する。
また女神様は、勇者様たちとおそらく戦っていた。勇者様たちは小さくて見えないけど、その戦いの激しさは、遠くからでもよく見える。
それを見てオラは、様々な気持ちが浮かび上がっては消えていく。頭では勇者様が勝つべきだと思っても、心では女神様に負けないでほしかった。
なので結局どちらかを応援するとかではなく、ただ純粋に、女神様に自然と祈りを捧げていた。
またそれと同時に、あることを考えてしまう。それは、女神様と戦っているのが勇者様だとすれば、あの女神様は魔王の仲間なのだろうか? ということである。
しかしだとしても、もう関係なかった。オラたちは既に、この祈りと共に全てを女神様へと捧げているのだ。
なのでオラたちは遠くから、その戦いをただ眺め続けている。
するとそんな時、女神様はオラたちに気がついてくれた。そしてオラたちに、こんなお言葉をくれたのだ。
『祈りを捧げる者たちよ。私の名前はルルリア。我が神に仕える存在です。私を信仰してくれたことに、まずは深い感謝を。
そして私を信仰するということは、我が神も信仰するということです。我が神ジ……え? あ、はい……ジンジフレ様は、信仰する者には寛容です。信じることで、その力の一端を貸し与えてくれることでしょう』
そしてその言葉を最後に、女神ルルリア様は突然姿を消し、いなくなってしまわれた。
しかしそれと同時に、オラたちにある力が備わる。
『信仰スキル【サーヴァントカード】を獲得しました』
それは信仰スキルという、誰も聞いたことのないスキルだった。