296 城のダンジョン ⑭
※勇者ブレイブ視点です。
消えたアネスのいた場所へ、俺は急いで駆け寄る。そして残っていた装備や衣服をどかした。
「そ、そんな……」
しかしそこにあったのは僅かな染みだけであり、アネスはどこにもいない。あまりの出来事に、頭が一瞬真っ白になる。
これまで多くの仲間たちの死を見てきたが、パーティメンバーでは初めてのことだった。
するとそんな俺を見かねて、ゼンベンスさんが声を上げる。
「勇者の小僧! 何をしている! 今は戦いの最中だぞ! 仲間の死を悲しむのは後だ! でなければ、次に死ぬのはお前になるぞ! だから戦うんだ!」
その言葉を聞いて、俺は我に返った。立ち上がり、涙をぬぐう。
そうだ。まだ戦いの最中だった。それにパーティメンバーにはまだ使ったことがないけど、セーラなら一日に一度だけ蘇生できる!
聖女であるセーラの神授スキルは、死後三日以内であれば、人を生き返らせることができた。
これまで、この力はほとんど使ったことがない。だがそれは当然だ。人を生き返らせることができるなんて知られたら、セーラは様々な人たちに狙われることになる。
ここにいるのはゼンベンスさんくらいだし、他の冒険者が来る前に蘇生できれば、問題はない。
しかしそのためには、セーラが集中して蘇生を行える場所を作らなければならなかった。
それに蘇生させるには、その者が亡くなった場所である必要がある。
であれば先にルルリアさんを倒さなければ、アネスの蘇生はできないだろう。
突然の出来事に一時は頭が真っ白になったが、まだ希望はある。
これくらいの困難を乗り越えられなければ、勇者なんて名乗れない。
だから聖剣アルフィオンよ。俺の想いに答えてくれ。いつだってピンチの時は、答えてくれていただろう? お前の力が必要なんだ。
それに現状だと、ルルリアさんを倒すのは難しい。これまでプラスに働いていた光と聖属性の付与が、マイナスになっている。
加えて先ほどアネスが与えたダメージも、見れば既に再生していた。まったく反則過ぎる。
このままの状態だと、相性不利な上に再生されてしまい、長期戦へと突入してしまう。
アネスを復活させられる猶予は三日だが、一刻も早くアネスとまた会いたかった。
故に俺は不安と焦り、そして怒りを抑えながら、聖剣アルフィオンへと祈りを捧げる。
するといつものように、聖剣アルフィオンは一瞬だけ淡く光ると、俺の想いに答えてくれた。
「これだ。これなら、俺も十分に戦える」
結果として聖剣アルフィオンは成長し、既存効果の変更と、新たなスキルを獲得する。
これまでは全ての攻撃が光と聖属性が付与されていたが、それが任意へと変更された。
更に新たなスキルとして、【再生妨害】を獲得している。これは文字通り、相手の再生を妨害するスキルだ。
つまりこれにより、俺はルルリアさんに有効打を与えられるようになった上で、与えたダメージも再生されなくなる。
そう。これが勇者。これこそが勇者なんだ。ピンチになれば、こうして奇跡が起きる。
また困難に立ち向かう時や、仲間がピンチの時、俺はより強くなるんだ。
アネスを蘇生させるために戦うという状況が、同時にそれを満たしていた。
これは勇者の称号により、得られた力である。
名称:勇者
効果
・光聖属性に(大)耐性を得る。
・闇冥属性に(小)耐性を得る。
・闇冥属性に与えるダメージが30%上昇する。
・困難に立ち向かう時、自身のあらゆる能力が上昇する。
・仲間がピンチの時、自身のあらゆる能力が上昇する。
・即死が無効になる。
しかし、これでもまだ足りない。
だから俺は出し惜しみをせずに、奥の手の一つを発動する。
「ライトアーマー!」
すると俺の体を、純白の全身鎧が包んでいく。そんな純白の鎧の所々には、青い線が走っていた。またフルフェイスの兜であるが、不思議と視界は遮られてはいない。
ついでにアイテムボックスから真っ赤なマントを出して取り付ければ、城に飾られている美術品のような美しさである。
聖剣アルフィオンもあるので、これこそ真の勇者にふさわしい姿だろう。
ちなみにこのライトアーマーは、光属性の希少スキルである。俺以外に所持している者を、今のところ見たことがない。
そしてライトアーマーのおかげで、圧倒的な力が全身に駆け巡った。これなら、確実に勝てる。
「待たせたな。もう大丈夫だ。ここからは、本気で戦う」
俺はゼンベンスさんにそう声をかけると、ルルリアさんに視線を向けた。
分かっている。アネスは自滅しただけだ。ルルリアさんは悪くない。
だけど、ルルリアさんの肉が原因なのも確かだ。だから、少しは痛い目をみてもらう。ちょっとは、反省してもらわないとな。
それにルルリアさんも、流石にアネスが死んだことに動揺しているのか、攻撃の手を止めてくれていた。
であればまだ、更生の余地はあるだろう。ならやはりルルリアさんは、悪くない。その罪は全て、魔王にある。
だからルルリアさんを魔王の支配から、早く解き放つ必要があった。故に俺は、先手必勝を行う。
「ショットスラッシュ! そしてもう一度、ショットスラッシュだ!」
「ッ!?」
不意を突く形で行った高速発動により、俺は斬撃を二度放つ。ショットスラッシュは、いわゆる斬撃を飛ばすスキルだ。
加えて放ったショットスラッシュは、威力を三倍にしていた。一日に三回しか行えないそれを、二回も発動している。だが、それについて悔いはない。
威力が三倍に強化されたショットスラッシュは、俺の目にも追えない速度でルルリアさんへと襲い掛かった。
狙ったのは、巨大な剣を持つ二本の腕。それを一寸の狂いもなく、根元から斬り飛ばした。
それにより落下した腕と剣が、建物や石畳の床を破壊して、土煙を巻き上げる。
ルルリアさんは当然再生を試みるが、俺の再生妨害によって生えてくることがない。そのことに、どうやら驚愕をしているみたいだ。
「無駄だ。もう再生はしないぞ!」
「くっ、再生を妨害したみたいですね」
「ああ、その通りだ! 今の俺なら、この程度は造作もない!」
口ではそう言うが、威力三倍はあと一回しかできない。心臓を狙えば勝てたかもしれないが、ルルリアさんを解き放つには、生きてもらう必要がある。
蘇生する予定はアネスで埋まっているし、それに蘇生してまた暴れられたら困るというのもあった。何より死亡状態だと、支配の宝珠の効果が出ない。
なのでルルリアさんを弱らせるために、まずは巨大な剣を持つ腕を対処したのである。
「おおっ! すげえじゃねえか! これなら勝てるぞ!」
俺の活躍を見て、ゼンベンスさんが興奮したように声を上げた。
やれやれ。ゼンベンスさんも戦闘に集中して欲しいものだ。しかし今の俺を見れば、興奮してしまうのも無理はないだろう。
このライトアーマーを身に着けている姿は、自分でも見惚れるくらいにかっこいい。
さて、こちらは強くなり、相手は腕と剣を失って弱体化した。もはや、負ける要素はないだろう。
すると、俺がそう思った時だった。
「――♪」
突然ルルリアさんが、歌を口にし始める。それはとても美しい音色であったが、どうにも体から力が抜けていく。
それにこんな美しい人を傷つけることへの、罪悪感も思い浮かんできた。
まずいっ。これは注意しなければいけなかったスキルの一つ、【救いの歌声】の効果だ。このままだと、他のデバフも発症してしまう。
けれども俺がそう思った直後、セーラから魔法が飛んでくる。それを受けた俺は、途端に精神状態が落ち着いていった。
ゼンベンスさんもこれにより、何とか気持ちを奮い立たせている。
助かった。流石はセーラだ。このために、事前に身構えていたのだろう。これでデバフの効果を無効化できた。
だがデバフを無効化できたとしても、次なる問題が目に入ってくる。
「くそっ、そういうことか」
見れば再生妨害をしていたはずの腕が、何事もなかったように元通りになっている。つまりルルリアさんは、今の歌で再生妨害を打ち破ったのだ。
なんだよそれ! 一日に三回しかできない奥の手を使ったんだぞ!? まるでこれじゃあ、俺が無駄撃ちをしたみたいじゃないか!!
余りの出来事に、俺は苛立ちを募らせる。故に俺は、ルルリアさんへの手心を加えることを止めることにした。
これはもう、再生が追いつかないほどに痛めつけるしかないな。
「もう、優しくしてやるのはお終いだ!」
俺はそう声に出すと、一気に駆け出した。そして接近すると、ルルリアさんを剣スキルで斬り裂こうとする。
「なにっ!?」
だがその瞬間、ルルリアさんが全身にウォーターシールドとセイントシールドを展開した。
けれどもそんなのは関係ないと、俺は攻撃を叩き込む。
「バーストスラッシュ!」
三倍を使用していないとはいえ、Aランクモンスターでもたたでは済まない威力だ。それはもちろん、Sランクモンスターでも同様だろう。それだけの自信が、俺にはあった。
「嘘だろ!?」
しかし、結果は惨敗。見事に俺の攻撃は、防がれてしまった。
くそっ、いったいどれだけの魔力を込めているんだよ! まさかこの守りに、ほぼ全ての魔力を使用しているのか!?
俺がそう思うくらいに、ルルリアさんのシールドは硬かった。
だがこんな燃費の悪い使い方をして、長く持つはずがない。単なる時間稼ぎにしかならないはずだ。
もしかしてこのままだと俺に敵わないと判断して、デバフがかかるのを期待しているのか?
今もルルリアさんは歌っており、不思議と脳内に直接届いてくるかのように聞こえてくる。
けれどもその歌は、セーラの魔法によってデバフを防がれていた。
つまり俺にとっては、素晴らしい歌を聞いているだけの状態だ。
これは、勝ったな。
俺はそう確信をすると、攻撃を加え続ける。もちろんゼンベンスさんやヤミカ、セーラも戦闘に加わった。
そしてルルリアさんは数十分ほど耐えたが、とうとう魔力が枯渇したのか、歌を止めると同時にシールドを解いた。
ははっ、やったぞ。これであとは良い感じに弱らせるだけで、ルルリアさんはもう俺の物だ。
故に俺は自然とライトアーマーのフルフェイスの中で、笑みを浮かべてしまう。
だがそれなのにルルリアさんは、澄ました顔でこう言った。
「あなたが間抜けで助かりました。では、これにてごきげんよう」
「は?」
するとその直後、ルルリアさんが忽然と姿を消す。周囲を見れば、落ちていたはずの大剣や腕も無くなっていた。
一瞬呆気にとられた俺は、何が起きたのか理解できない。だが、すぐに再起動すると、思わず大声で叫んだ。
「……ふざ、ふざけるなぁああああ!!!」
ここまでやって、何の成果も得られないとか、あってはならない。
アネスも死に、威力三倍を二回も発動したんだぞ! それなのに、最後の最後にどこへ消えた!!
しかも、何がごきげんようだ! 皮肉で言ったつもりかよ! それに俺のことを間抜けだと!! 敵わないから逃げただけだろうが!!
見た目は美人なのに、心は最悪だったのかよ! 騙された!! 俺のことをバカにしやがって!
卑怯だ。卑怯だぞ! どう考えても、これは魔王が逃がしたに違いない! 自分の支配している者が負けそうだからって、これはあんまりだろ!!
絶対に許さねぇ! 魔王、ぶっ殺してやる! そしてルルリアさん、いやルルリアは俺の手元に置いて、その根性を叩き直してやる!
仮に魔王によって性格を捻じ曲げられていたのなら、なおさらその方がルルリアのためだ!
この借りは、絶対に返すからな! 魔王、待っていろ!
俺は怒りと共に、強くそう決意をしたのだった。




