295 城のダンジョン ⑬
※勇者ブレイブ視点です。
仲間たちと共に一歩踏み出したとき、巨大な剣をルルリアさんが取り出す。
その大きさと迫力に、俺も少したじろいだ。しかし勇者として、引くわけにはいかない。
仲間を鼓舞して、立ち向かおうとした。けれどもそれと同時に、その巨大な剣が振り下ろされる。
俺は本能で危険だと即座に判断して、咄嗟にこう叫ぶ。
「避けろ!」
そして俺の言葉に仲間たちは即座に反応して、回避行動をとった。するとそれと同時に、巨大な剣が石畳の上へと叩きつけられる。
無数の石片と砂埃などを巻き上げ、地面を揺らす。直撃を受ければ、勇者である俺でも、ただでは済まない威力に見えた。
「ぐぁ!? な、なんつう威力だ!? 勇者の小僧、これは余力を残すとか、そういうことを言えるレベルじゃねえぞ!」
あまりの威力に、ゼンベンスさんがそう叫んだ。俺もそれには同意見なので、頷いておく。
「ああ、これは本気を出さないと危険だ! みんな、出し惜しみは無しだ!」
俺はそう口にするが、正直なところ、ルルリアさんとの相性が良いとは言えなかった。
念話を通じて少しずつ、ヤミカからルルリアさんの所持スキルの効果を教えてもらっている。
その結果、ルルリアさんは光と聖属性に強い耐性を持っていることを知っていた。
なので全ての攻撃に光と聖属性が付与される俺の攻撃は、ルルリアさんには効きづらい。
まさかこのダンジョンで光と聖属性が逆効果になるなんて、まったく考えてもいなかった。
それはもちろん、聖女であるセーラも同様だ。つまりこの戦いでは、アネスとヤミカ、それとゼンベンスさんに頑張ってもらう必要がある。
すると俺の考えが通じたのか、アネスが真っ先に飛び出した。
「よっしゃぁ! あたしが前に出るよ! 喰らいなっ! ブーメランアックス!」
そう言ってアネスが、両手斧を投擲する。それは高速回転をしながら、猛スピードで進んでいく。
ルルリアさんもそれに対してウォーターシールドを展開するが、アネスの攻撃が難なくそれを打ち破った。
そして蛇のような胴体を深く斬り裂いた後、そのまま戻ってくる両手斧をアネスが難なくキャッチする。
通常ならこの攻撃で、致命傷になるのは間違いない。だが見れば、ルルリアさんの傷は即座に再生していた。
おそらく種族特性にあった、超再生の効果だろう。とてもやっかいなスキルだ。
「チッ、やっぱり硬いねぇ。あたしは両断するつもりだったのに。それに、もう再生しているときた。これは、中々厳しそうだよ」
アネスは口ではそう言うが、口元は三日月のような弧を描いていた。アネスは戦闘狂であり、強敵を前にするといつもこうなるのである。
「なら再生が間に合わないくらい、直接ぶった斬れば解決だ! ブレイブ、あたしを止めるなよ!」
「もちろんだ。存分にやってくれ!」
俺はサムズアップしながら、キメ顔でそう言った。
「アネス! 回復と守りなら私にまかせて! 攻撃の相性が悪い分、私はこっちに専念するわ!」
「僕も決定打に欠けるから、サポートするね」
セーラとヤミカは今の再生を見て、自分にできることを即座に判断したみたいだ。
俺も属性の相性こそ悪いが、攻撃に参加する。この聖剣アルフィオンの斬れ味は、その相性の悪さも凌駕するはずだ。
「すげえな。流石勇者パーティだ! あの一撃からの再生速度を見ても、全く引いていねえ。この無双のゼンベンスも、負けちゃいられねえな! 俺も戦うぞ!」
するとゼンベンスさんもやる気をみなぎらせて、ルルリアさんの元へと駆ける。そして同時に、俺たちへと無属性魔法のオールアップを付与してくれた。
オールアップは様々な基礎能力が上昇する、希少な無属性魔法だ。体に力が溢れてくる。
そうして俺たちは、自然と役割が出来上がった。
メインアタッカーは戦士のアネス。続いてサブアタッカーに勇者の俺と、戦士のゼンベンスさん。
遊撃兼サポーターには、斥候のヤミカ。最後にヒーラー兼サポーターに、聖女のセーラだ。バランスの取れた、良い配置である。
そうしてアネスを先頭にして、俺たちはルルリアさんのところへと駆けた。
当然巨大な二振りの剣や、その下にある二本の手から魔法が飛んでくる。
それを俺たちは回避したり、防御系魔法で防いでいく。
正直巨大な剣だけでもやっかいなのに、魔法まで同時に使うのは反則だと思った。
けど巨大な剣については、扱いが少々稚拙な印象を受ける。
何となくだけど、スキルに頼っただけの剣技に見えた。多くの剣士と戦い、俺自身も剣を使うからそれがよく分かる。
なので数々の困難を乗り越えてきた俺たちからすれば、避けるのは思ったよりも簡単だった。それは当然、ゼンベンスさんも同じである。
最初はその印象から驚いたが、慣れればどうということはない。どちらかと言うと、魔法の方がやっかいだった。
こちらはかなり使い慣れており、稚拙な剣技を十分に補っている。
加えて放ってくるのが聖属性魔法ではなく、水属性のウォーターランスやレインニードルというのも、影響していた。
俺は光と聖属性ほどではないが、あらゆる耐性を(大)で持っている。
だがルルリアさんの魔法の威力は、その俺であっても受ければダメージは免れない。
つまりSランクモンスターの中でも、ルルリアさんは別格の存在なのだろう。
もしかしたら、まだ見ぬ魔王とも近い実力を持っているかもしれない。それくらいの強さを垣間見た。
けれどもその攻撃も、困難を乗り越えてきた俺たちなら対処できる。
避け切れない攻撃が来ても、セーラがライトシールドで的確に防いでくれた。
加えてヤミカもシャドーランスを飛ばしながら、空間魔法のバリアーでサポートしてくれている。
なので仲間たちとの連携もあり、少し危険なアスレチックという感じだ。
そしてとうとう、俺たちはルルリアさんの目の前に辿り着く。するとそれと同時に、アネスが跳躍した。
行うのはもちろん攻撃であり、両手斧からスキルを繰り出す。
「連撃×2だ!」
「!?」
その攻撃は、下級スキルの連撃。だけど、普通の連撃ではない。通常の連撃は二発だが、アネスの場合は四発になる。
これはスキルの連続発動ではなく、文字通りの同時発動だ。アネスは神授スキルによって魔力と体力の両方を使い、武器系スキルを発動できる。
本来は魔力の代わりに、体力を使い発動できると神授スキルの効果には記載されていた。けれどもアネスはそれを、同時発動できるまでに昇華させたのだ。
通常だとスキルは魔力で発動するのが常識だが、戦士であるアネスには魔力が少ない。
それを補うための効果だったが、同時発動させることで、連続発動させる以上の効果を生み出している。これはアネスにしか再現できない、特別な力だ。
なのでこうした神授スキルの効果に記載されていない効果を発動することを、俺たちは昇華スキルと呼んでいた。
それにより同時発動された連撃が、ルルリアさんを斬り裂く。
威力も下級スキルとは思えないものであり、一撃一撃が上級スキルに匹敵しそうな威力だった。
結果ルルリアさんの血肉が飛び散り、アネスの肌を赤く染める。見れば僅かであるが、アネスが顔に付着した血肉を少し舐めた。
おそらくアネスも、ヤミカから神覚の聖肉についての情報を共有されていたのだろう。
聞けば様々なバフ効果に加えて、老化速度の低下や寿命も伸びるらしい。更に驚くことに、若返りの効果まであるようだ。
なのでそれは正に、物語に出てくるような伝説の秘薬と呼べるものだった。
これでルルリアさんが仲間になれば、俺たちはいつまでも若いまま、永遠に生きられる。まったくもう、最高じゃないか!
美しい仲間たちが老けるのは、正直見たくはない。だからルルリアさんとの出会いは、まさしく運命に違いなかった。
そんな風に、俺はこれからのことに思いを膨らます。だがそれとアネスが驚きの行動に出るのは、同時だった。
「うひゃぁ! これ、すげえ旨い! 一舐めでこれなら、一口食べたら凄そうだ!」
そう言ってアネスが地面に着地すると、落ちていた大きな肉片を拾う。その大きさは、リンゴくらいのサイズだった。
俺はとてつもない嫌な予感がして、咄嗟に声を上げようとする。だがその時には、既にアネスはその肉片を大きく齧っていた。
落ちた物でも数秒なら平気で拾って食べるアネスの悪い癖が、ここにきて裏目に出てしまう。
「旨い! やっぱりすげえうまっ――」
そう言葉を途中まで口にしていたアネスが、ものすごい勢いで小さくなり、気がつけば消えていた。残された装備が、音を立てて倒れる。
「う、嘘……だろ……!? ア、アネスうううう!!!」
俺は唐突な仲間の喪失に、思わず叫び声を上げるのだった。




