289 城のダンジョン ⑦
「は? なんで人族が?」
「まさか、先を越されたのか!?」
「いや待て、宝箱もないし、周りにはアンデッド系のモンスターがいるぞ!」
「つまりこいつらは、人族に擬態しているに違いない! 俺の鑑定で……人族にデミヒューマン!?」
やってきた冒険者たちは、ワーシたちのことを見てそんなことを言う。
ジンさんはパパとママはスワンプマンであり、人族の種族の横に鑑定で表示されていると言っていた。
しかしどうやら、その正体を冒険者で見抜ける者はいなかったみたいだ。やはりジンさんは、鑑定の腕も超一流なのだろう。
けど、流石にワーシの種族は見破られてしまった。でも、それは最初から分っていたことでもある。ワーシは慌てることなく、背中から大剣を右手で抜いた。
ちなみに今のワーシは、騎士のような防具を身に着けており、手には抜いた大剣がある。
これはどちらもエンヴァーグさんにもらった物で、目立った効果こそないけど、とても丈夫らしい。
ワーシはまだ自分のスキルすら完全には扱えないので、こうした武器や防具の方が向いている。
そして最初の挨拶として、ワーシは空いている左手から魔法を放つ。
「サンダー!」
するとワーシの手の平から、これまでにないほどの威力で攻撃魔法が放たれる。
「な!?」
「ぎゃぁあ!?」
「な、なんだと!? せ、戦士じゃないのか!?」
「こ、この威力……上級雷属性魔法のサンダーブレイクに間違いない! 気をつけろ!」
見ればサンダーを喰らった冒険者たちは、仲間を失いながらも冷静に分析をしていた。けど、これはサンダーブレイクという魔法じゃない。ただのサンダーだ。
そう言いたくなったけど、ワーシは無駄な口は開かない。今のうちに攻撃を開始するべきだ。
ワーシがそう思うのと同時に、パパとママも攻撃を仕掛ける。
「息子だけを戦わせる訳にはいかない。サークルスラッシュ!」
「ふふ、私も戦えるところを見せなきゃね。ウォーターランス!」
その威力はやっぱり高く、冒険者が面白いように倒れていく。しかも適当に放ったワーシとは違って、パパとママはちゃんと上級冒険者という者たちを倒していた。
ジンさんには事前に、上級冒険者についての特徴を教えてもらっている。けどワーシはやはりバカだったからか、瞬時に見分けることができなかった。
パパとママはカードの繋がりとやらで情報を受け取ったことで、完全にその姿を把握しているらしい。
だからワーシはパパとママに一歩遅れながらも、見つけたAランク冒険者へと斬りかかった。
「くっ!? なんだこの力は!? まるでSランク冒険者と模擬戦した時以上の力だ……ぐあっ!?」
するとその冒険者は最初こそワーシの攻撃を受け止めたけれど、湧き上がる力をそのまま込めたところ、難なく盾ごと真っ二つにできてしまった。
「な、なんだこの化け物は!?」
「ひぃ!? 『白亜の盾』のトフ―さんが!?」
「嘘だろ!? あの人の防御は鉄壁のはずじゃ!?」
どうやらワーシの倒した冒険者は、防御については有名な人物だったらしい。なら、他の冒険者はもっと簡単に倒せるはずだ。
そう思ったワーシは、襲い掛かってくる冒険者を倒しながら、上級冒険者を狙っていく。
またパパとママも次々に相手を倒していき、ジンさんの配下であるアンデッドモンスターたちも活躍をした。
ワーシも戦える。戦えるんだ! もっともっと倒して、ジンさんやみんなの役に立ちたい!
この城に来てから、ワーシは最弱だった。ドヴォールさんとザグールさんにも、技術差で負けていたほどである。
唯一勝てそうなヴラシュさんは、戦いをしない人物だったので、勘定にはいれなかった。
ジンさんとも手合わせをしたけど、もちろん瞬殺だ。ちなみにジンさんの配下であるサンさんとトーンさんとは、良い勝負ができた。
少しハンデをもらったけど、あれは良い経験になったと思う。その経験が、この戦いで活きている。
けどやっぱり、技術力は相手の方が断然上だった。身体能力がいくら高くなっても、次第に攻撃は読まれて、当たらなくなっていく。
更にはワーシの注意を引く者と、攻撃する者、それをサポートする者など、連携ができてきている。
これは想定していた通り、上手く行くのは最初の時だけだったみたいだ。
パパとママはまだまだ大丈夫そうだけど、ワーシは次第に傷が増えていった。幸い再生のスキルのおかげで、傷は即座に治っていく。
でもそれを見て、冒険者たちは状態異常系の攻撃をし始めた。
ワーシには精神耐性(小)はあっても、他の耐性がまったく無い。つまり、それが弱点だった。
もちろんいくつか状態異常に耐性のある装飾品などを、女王様やヴラシュさんに支給されている。
けれども当然だけど、それで完全に防ぐことはできない。できて発症までの時間を稼ぐことくらいだろう。
もしワーシにより高度な戦闘技術があれば、そうした状態異常の攻撃を見極めて、避けられたかもしれない。けれども未熟なワーシには、それができなかった。
「グッ……」
そうしてワーシは麻痺を喰らったのか、体が動かずに倒れてしまう。
ま、不味い。早く立たないと……!
そう思って立ち上がろうとするが、冒険者たちがそれを見逃すはずがなかった。
「今だ! 総攻撃をかけろ!」
「くらいやがれ!」
「ハイスラッシュ!」
「ペネトレーションスピア!」
「クリティカルスタブ!」
一斉に近くにいた近接戦闘タイプの冒険者たちが、ワーシに攻撃を仕掛けてくる。パパとママは離れており、こちらに気がついてもそれは遅かった。
なるべく多くの上位冒険者を各個撃破するために距離をとっていたことが、結果として仇になってしまう。
グッ、ごめん。ワーシ、失敗しちまった。
ワーシは思わず目を閉じながら、心の中でそう謝罪を口にする。
これで終わってしまう。何とも情けない。そんな感情が脳裏によぎった。
そして体に衝撃がやってくる時に備えて、ワーシは少しでもダメージを減らすために、守りの大勢に入る。
けれども意外なことに、その衝撃はやってこない。それどころか、何者かがそれを防いだ衝撃音が耳に届いていた。
ワーシは一体何が起きたのか分からず、ゆっくりと瞳を開く。するとそこには、驚きの光景が広がっていた。
「ギャギャギャ!」
そんな特徴的な鳴き声が聞こえたかと思えば、ワーシへの攻撃は、巨大な二つの盾で防がれたのである。
また倒れているワーシの上には、木の根が守るかのように体を包み込んでいた。そこはまるで、木の中のうろのようである。
「な、なんだこの黒いトレントは!?」
「トレントの亜種か!? けどトレントは所詮、Dランクくらいのモンスターだろ!? なんで俺たちの攻撃が防げるんだ!!」
「あ、ありえねぇ……」
冒険者たちも驚きの声を上げ、そのモンスターに注目する。
そう、ワーシを守ってくれたのは、ネクロトレントのトーンさんだった。
ワーシと同じように、トーンさんも強化されているみたいだ。この闘技場は戦いが始まっても自由に出入りができる。それが、今回ワーシを助けることになったのだろう。
本来それはこの仕掛けを発動するために施された、デメリットだったはず。けれどもそれは、場合によってはこうしたメリットへと変わるみたいだった。
そして現れたのは、トーンさんだけではない。
「ギギギ!」
上空から無数のウィンドカッターが降り注ぎ、冒険者たちを攻撃していく。
「ぎゃぁあ!?」
「上からくるぞ! 気をつけろ!」
「こ、今度は白いデビルズサーヴァントだと!? いったい何が起きている!?」
「デビルズサーヴァントって、確かEランクのザコだろ!? なんであんな攻撃ができるんだ!!」
冒険者たちを上空から襲っては、高速で飛行して移動を続けるモンスター。それはもちろん、サン・デビルズサーヴァントのサンさんだった。
サンさんも強化されており、本来以上の力を出せている。
「きゅいきゅい」
「あ、アロマちゃんもきてくれたのか」
「きゅぃ」
するといつの間にかいたアロマちゃんが、ワーシの怪我や状態異常を治してくれた。
でも不思議なのは、アロマちゃんがなんの装備も付けていなかったことである。もしかして、忘れてきてしまったのだろうか?
「お、おい! あそこに緑色で角の無いホーンラビットがいるぞ!?」
「あの黒いトレントと白いデビルズサーヴァントはまだ理解できるが、なんであんな場違いなモンスターが?」
「ま、待て、あのホーンラビット、ヒールを使ったぞ! あいつは希少種だ! 早く仕留めろ!」
ワーシがそう思っていると、冒険者たちがアロマちゃんを狙い始めた。
「きゅぃい!」
するとアロマちゃんは反射的になのか、ものすごい速さで空へと逃げるように駆けていく。
「な、なんだあの速さは!? それに空中を駆けているぞ!?」
「いや、だが他と比べれば全然遅い!」
「俺に任せろ! ホーミングアロー!」
それで逃げ切れるかと思いきや、冒険者の一人が放った矢がアロマちゃんを貫く。トーンさんが守るには、アロマちゃんの場所は遠すぎた。
「きゅっ」
「アロマちゃん!!」
ワーシは思わずそう叫んだ。けど、アロマちゃんは貫かれた瞬間、煙のように消えてしまう。
あ、あれはいったい……そ、そうだ。そういえばアロマちゃんも、確か進化をしたんだった。アロマちゃんは今回の進化で、面白いスキルを覚えたとジンさんが言っていた気がする。
たぶん、それが関係しているのだろう。見た感じ、アロマちゃんは強化されている感じではなかった。そしてやられた時の消え方からして、何か仕掛けがありそうだ。
ワーシはその答えに辿り着くと、落ち着きを取り戻す。そして今のうちにトーンさんにどいてもらい、立ち上がる。
これは間違いなく、ジンさんが助けてくれたんだろうな。ありがたいけど、ちょっと悔しい。
ワーシは嬉しさと同時に、悔しさが込み上げてくる。できることなら助けられることなく、自分に与えられた役割を全うしたかった。
ワーシはまだまだ弱い。今は特別な強化がされているだけだ。強いなんて勘違いしたら、このように足元をすくわれる。
だけどもう、大丈夫だ。ワーシは、自分の本当の実力を思い出した。強化された力を、もうただ振り回すだけじゃない。
それに他にも、トーンさんとサンさんがいる。これ以上ジンさんの負担を増やさないためにも、ワーシはワーシの役割を確実に熟さなければならない。
集中するんだ。ワーシならできる! 限界を超えろ!
ワーシは自分にそう鼓舞をしながら、冒険者たちへと斬りかかる。
ジンさん、女王様、そしてシャーリーさん。ワーシの戦いを、どうか見ていてくれ!
そうしてワーシは倒れることなく闘技場で戦い続け、最後は制限時間を迎えて灰になった。
ワーシに与えられた役割を、見事に達成した瞬間である。そう、ワーシはやりきったのだ。
なので復活するその時は、きっとジンさんも褒めてくれるにちがいない。
だからジンさん、ワーシたちの居場所を、どうか守ってくれ。
そうしてワーシの意識は、ゆっくりと消えていった。




