282 ゲヘナデモクレスとの会話
「偶然か……だが、これはどうやら偶然じゃない可能性があるんだ。わかるか?」
「わ、わからぬぞ! 我は何も知らぬ! 偶然でないとすれば、きっと何者かの陰謀であろう!」
本当に知らないのだろうか? 吹聴していたという情報は、複数の捕らえた冒険者から聞いているのだが。
とりあえず話を合わせつつ、情報を引き出そう。それに、目的はゲヘナデモクレスを追求することではない。
「なるほど。陰謀だと思っているのか。まあ、間違いではないな。どうやら自称魔王を名乗る赤い煙という存在が、この大陸で悪さをしているらしい」
俺はあえてゲヘナデモクレスが吹聴したことを言わず、赤い煙のことを話す。
すると、その言葉にゲヘナデモクレスが同調するように声を上げた。
「そ、そやつだ! きっと我と汝の仲を引き裂こうと、暗躍をしていたのであろう! 我としたことが、悪辣にも陥れられてしまった! 大変遺憾である!」
言葉の雰囲気からして、ゲヘナデモクレスは赤い煙のことを初めて知ったような口ぶりだった。
だとすれば、吹聴したのは自分の意志なのだろうか? 訳が分からない。
俺はそのことに疑問を抱きつつも、ゲヘナデモクレスを誘導していく。
「俺もそれについては同意だ。その赤い煙についてだが、今度は勇者勢力を唆して、俺たちの決闘日時に合わせてぶつけてきたんだ。許せないだろう?」
「当然である! 許せるはずがない! 我と汝の決闘を汚した罪は重い! 加えて自称魔王に勇者などと、笑わせてくれるわっ!」
どうやら上手く話しに乗ってくれたみたいだ。ゲヘナデモクレスは、赤い煙に対して怒り心頭のようだった。分かりやすい言い訳ができて、ホッとした訳じゃないよな?
「そして赤い煙は俺とゲヘナデモクレス、勇者勢力がぶつかって弱ったところを、狙おうとしているんだ。そんなやつの都合のいいように、動くのはしゃくだとは思わないか?」
「なんともズル賢い小物だ! 我はコソコソと悪さをする者が大嫌いである! そんな小物は、即刻に滅するべきであろう!」
ゲヘナデモクレスはそう言って、赤い煙と敵対することを口にした。ここまで来れば、もうあとは簡単だ。
「なら今回は例外的に、決闘日を別の日にしないか? そしてこうして召喚したからには、俺と共に魔王と勇者勢力、この二つと戦ってほしい。俺が頼れる別勢力は、ゲヘナデモクレス、お前しかいないんだ」
俺は真剣な眼差しを向けて、そう言った。
「――!! わ、我しかいない。つまり我が一番。我だけが主の特別……我の勝利……」
するとゲヘナデモクレスは、聞き取れないような小さな声で何かを呟くと、俺の言葉に返事をする。
「ふはは! よいだろう! 今回ばかりは、汝の願いを聞き入れようではないか! 我も小物煙と勇者勢力は看過できぬ! 共にやつらを滅ぼし、真の魔王がどちらなのか、この世に知らしめようではないか!」
ゲヘナデモクレスは自身の右拳を握りしめると、そう言って笑い声を上げた。
真の魔王とか訳の分からないことを言っているが、味方になってくれるみたいなので、ここは同意しておこう。
「そうか、助かる。それじゃあ、明日はよろしくな」
俺はそうして、右手を出して握手を求める。
「あ、主とあくしゅ……」
ゲヘナデモクレスはまたもや小さな声で何かを言うと、俺の右手を両手で大事そうに包み込んだ。
「ん? なぜ両手?」
「――!? ふ、ふはは、人類の握手とは、こ、こういうものではないのか? 我はそうした人類の真似をしたのだが、何か違うのであるか? た、確かこうして、さ、さすっていた気がするのだが……?」
するとゲヘナデモクレスは何かを思い出したかのように、俺の右手を両手でさすり始める。
「?? いや、それはアイドルの握手会に現れる、ヤバい奴がするやり方だ。正しい握手は、こうだぞ」
俺はゲヘナデモクレスの手を一度どかすと、右手と右手で握手を交わす。
「ふおっ、な、なるほど。これが握手というものなのか! ふ、ふはは、我、覚えた!」
「そ、そうか」
少しテンションがおかしい気がしたが、気にしないでおこう。にしても、握手が長くはないか? なんか力が強いし、俺から離せないのだが。
そう思い、俺はゲヘナデモクレスに離すように声をかける。
「もういいぞ。そろそろ離してくれ。握手というのは、精々数秒だぞ」
「ぬぅ!? す、数秒だと!? だ、だがしかし……むぅ、そ、そうであるか……」
握手が数秒ということになぜか驚いたゲヘナデモクレスは、何かよく分からない葛藤をしつつも、ようやく俺の手を離した。
思えばゲヘナデモクレスは、まだこの世に生まれて長くはない。元になったリビングアーマーたちとは、もはや別の存在だ。
なのでこうした人の習慣に疎くても、仕方がないだろう。いずれ決闘後に仲間に加えるなら、こうしたことも教えておいて損はない。
さて、なにはともあれ、ゲヘナデモクレスがこちらの味方になってくれた。それにより、戦力比や敗北する可能性が大きく変わったのは間違いない。
吹聴していた件については、今は訊かないでおこう。話がこじれて、面倒なことになったら困る。それについては、決闘後に改めて訊くことにしよう。
またゲヘナデモクレスがこちらに加わったことで、現在のおおよその勢力図は、このようになっている。
勢力1.城のダンジョン
・俺+カードの配下たち。
・女王+城のダンジョンの配下たち。
・ゲヘナデモクレス。
勢力2.勇者
・勇者+パーティメンバー。
・Sランク冒険者、無双のゼンベンス。
・A.Bなどの上位冒険者パーティー複数。
・C.Dの中堅冒険者パーティー大量。
・国や非戦闘員たちからの支援。
勢力3.赤い煙
・自称魔王の赤い煙。
・ルルリアのような特殊なモンスター(予想)
・上位ランクのモンスター複数(予想)
・他大量のモンスター(予想)
赤い煙については現状でも分らないことが多いが、勇者勢力については情報収集をしていたので、かなり正確なはずだ。
問題は、勇者勢力と赤い煙が実質タッグを組み、俺たちを集中して攻撃し始めることである。
それか俺たちが勇者勢力を倒した瞬間、赤い煙が襲ってくることだろう。
俺たちは受け身であることに対し、赤い煙はいつでも攻勢に出れる。この点については、向こうの方に分があるだろう。
また勇者勢力については、どれだけ勇者が強いかによって変わる。正直中堅冒険者が大量にいても、こちらは対処が可能だ。Bランクも同様だろう。
しかしAランク冒険者以上になってくると、こちらも強いカードを出さざるを得ない。
特にSランク冒険者である、無双のゼンベンスには注意が必要だ。
故に今回ばかりは俺だけの力ではなく、女王たちの協力も大事になってくる。
もちろん女王が倒されれば、こちらの敗北だ。なので女王には一番安全な女王の間で、待機をしてもらう。
またダンジョンの見た目はほとんど変えていないが、女王の元までに至るルートを変更している。
これがもっとも、女王にとっては大変な作業だったみたいだ。アンデッドでなければ、確実に過労死していただろう。
傍から見ていても、女王の忙しさがよく分かった。故に俺がコスト面で迷惑をかけたことに対しては、それなりに罪悪感を抱いてしまう。
なのでこの戦いが終わったら、女王の頑張りには報いたいと思った。
あとはエンヴァーグやヴラシュ、シャーリーとギルン、それとドヴォールとザグール。それぞれが大きな覚悟を持って、この戦いに望むようだ。
戦闘面では役に立たないヴラシュも、もしもの時はその身を盾にしてでも、女王を守ると口にしていた。
最近ではなぜか俺のことをライバル視しているが、やるときはやる男だと俺は信じている。
ちなみに捕らえた冒険者たちは、既に全員を処分していた。どんなきっかけで解放されてしまうか、わかったものではない。
僅かでも情報が漏れて、それが致命的な状況に繋がるのを避けた感じだ。
それに相手は勇者である。その可能性は、十分にあるだろう。物語でいえば、主人公補正というものが勇者にはある気がした。
故に捕らえた冒険者たちには、ダンジョンのポイントになってもらったのである。
だが最後の晩餐に、一部の冒険者たちはルルリアの聖肉を求めた。俺も鬼ではないので、最後くらいはそれを受け入れる。
結果的にその冒険者たちは、ルルリアの聖肉の過剰摂取による消滅で、この世から消え去った。
その時の彼らの表情が、とても幸せそうだったのを覚えている。ある意味、最高の安楽死ができたのかもしれない。
なおこの方法でも、問題なくダンジョンのポイントになった。ただやはりというべきか、ポイント的にはかなり減少したらしい。
減少分は肉体的な素材としての価値と、魔力総量が減ったことによるものだ。
十代半ばまでは若返りによる減少はほとんど無いが、それ以下になるとかなり減るらしい。これは実験してみて、判明したことだ。
そして消滅するときには素材としての価値はゼロになり、魔力総量も皆無になる。
結果としてダンジョンのポイントに変換されるのは、その者のスキル所持数および、その質に関係して割り出されるようだ。
低ランクの冒険者なら減少はそこまで気にならないが、強者であればその減少分はかなり損をすることになる。
なので女王からは、なるべく強者にはその方法を使わないようにとお願いをされた。
俺としてもこれは最後の切り札で、もしもの時にしか使うつもりはない。故に当然そのお願いについては、同意した。
そういうことがありつつも、他にも色々と準備を整えて、今に至る。
ちなみに昨夜だが、入浴や睡眠時にゲヘナデモクレスが混ざっただけで、まさかここまで疲れることになるとは思わなかった。
決闘後正式に加入した際には、これが日常になるのかと思うと、何だかため息が出そうになる。
『ふはは! 我自身が汝のベッドだ! 遠慮はいらぬぞ!』
とか言って、鎧を開く姿を思い出してしまう。
それに対して、レフたちが怒り心頭で争いに発展してしまい、収めるのには大変苦労をした。
まあ、夜は夜で大変だったが、それについては今は忘れることにしよう。
話が少し脱線したな。そういう訳で色々ありつつも夜が明けた今日この時が、勇者勢力が攻めてくる決行の日である。
アサシンクロウの偵察から見える光景では、城のダンジョンの前に勇者勢力が大集結をしていた。
攻めてくるのも、長くてもあと数時間といったところだろう。
まだ赤い煙の存在は確認できてはいないが、確実に今日仕掛けてくる予感がしている。今日ほど、赤い煙にとって狙いやすい日はないだろう。
対して俺たちの準備も万全だ。この瞬間に進軍されても、十分に対応して動くことができる。
そしてこのもうすぐ大戦が始まる空気感に、流石の俺も緊張が隠せない。
しかし矛盾しているかもしれないが、同時にどこか冷静になっている自分もいた。
言葉では言い表せない、特殊な空気感である。
この大陸に来てから、とても濃い出来事ばかりだった。やって来る前と今では、戦力面でも全く違う。
そんなある意味思い出深いこの大陸での戦いも、いよいよ終盤に差し迫っていることが、何となく分った。
この戦いを無事に乗り切れば、何かが変わる。そんな予感もしていた。
「さて、カード召喚術の本領を、こうして発揮する時がきたな」
「にゃぁん」
俺の横で、レフが同意するように鳴く。
それぞれが既に配置についているので、今ここにいるのは俺とレフだけだ。城で最も高い尖塔の頂上。そこから城下町全体を、俺は見下ろしている。
ここでなら、城下町でのそれぞれの位置が把握しやすい。細かい部分は繋がりから見ればいいが、全体の動きを把握するには、ここがベストなのだ。
「予定通りにいけばいいが、そうなるとは限らない。そのときは、臨機応変に対応していこう」
俺は冷静に自分へと、そう言い聞かせる。そうして今か今かと、その時を待ち続けた。
そしていよいよ。大戦が開始されるその時がやってくる。
「はじまったか」
「にゃん!」
勇者勢力が、城のダンジョンへの侵攻を開始した。




