270 ゲヘナデモクレスにライバル出現!?
ジンのために敵の誘致作業を続ける、ゲヘナデモクレス。
しかしそんな時でも、定期的にジンの監視は怠らない。
「ふむ。主はボロ船のダンジョンに、乗り込んだようだな」
それはちょうど、ジンが船のダンジョンに挑んだ時だった。
沼のダンジョンの時のように、近くで出番を待つべきかと、ゲヘナデモクレスは迷う。
「むむむ。行きたい。とても行きたいが。あの約束をした手前、出るわけにはいかぬ。いかぬのだ……」
だが決闘を約束した手前、助太刀に入るのはなんとも恥ずかしい。
それに沼のダンジョンの時は、偶然で済ますことができた。
しかし船のダンジョンでまたとなれば、流石に怪しまれるだろう。
ゲヘナデモクレスは自身がストーキングしていることを、ジンに知られたくはなかった。
本能的にもしも知られてしまえば、色々と終わってしまうことを理解していたのかもしれない。
故に今回ばかりは、神授スキルで覗き見する程度で我慢することにしたのである。
「ま、まあこのボロ船はザコばかり。我が出るほどでもないだろう! 我は、そこまで安い鎧ではないのだ! 我を呼ぶには、相手の格が足りぬ!」
そう強がってみせるが、正直仮にゴブリンを一匹狩るのに呼ばれたとしても、ゲヘナデモクレスは喜んで戦っただろう。
むしろ自身の力を誇示するために、ゴブリンの背後にある地形すらも破壊するのは間違いない。
それからもゲヘナデモクレスは、推しのゲーム配信に熱中するファンのように、ジンのダンジョン攻略を見守った。
「我ならこのような振り子斧など、全て破壊してくれる!」
「落ちて来る天井など、我一人で十分支えられるぞ!」
「このようなふざけた壁など、我がいればどうにかできたものを!」
「くくく、物理が効かぬ相手だとしても、我であれば関係ない!」
「愚かな海賊ゾンビなど、相手にならぬわ!」
などと、自分なら簡単だと神授スキルの画面越しに、そう言い放つ。
もしこれが実際のゲーム配信でコメントをするファンだとすれば、他の視聴者に白い目で見られていたことだろう。
だが実際ゲヘナデモクレスであれば、これらの言ったことは基本的に実行可能なことであることも事実である。
下手に実力があるだけに、とてもたちの悪い存在だった。
しかしこれは地球のゲーム配信ではなく、異世界のダンジョン攻略である。
また覗き見れているのは、ゲヘナデモクレスの神授スキルである、『全知の追跡者』の効果だった。
なので他に見ている者などおらず、ジン本人にも知られてはいない。
加えてゲヘナデモクレスの許可がなければ、他人にこの光景は見ることができなかった。
なので傍から見れば、ゲヘナデモクレスは虚空に向って叫ぶ、ヤバいやつなのである。
だがそんなことなど、ゲヘナデモクレスにとってはどうでもいいことだ。
それよりも、ジンが何をしているかの方が重要である。
故にゲヘナデモクレスは、一時的に誘致活動も忘れて、ジンのダンジョン攻略に没頭した。
すると状況はレッドアイがやられたところから、吸収したところへと移る。
結果ゲヘナデモクレスとしてはどうでもよかったルルリアが、超進化を遂げた。
「ぬぅ!? この腐れ魚が、我と近い高みに至るとは……くっ、これが分かっていれば、我が颯爽と主の助けに向かったものを!」
細かい事を忘れて、ゲヘナデモクレスは近くにいればよかったと夢想する。
加えてSランクに至ったルルリアと、ゲヘナデモクレスは純粋に戦いたいとも思った。
「ふんっ、まあ腐れ魚が進化したとて、まだまだ我には届かぬ。我にそのような状態異常は効かぬわ!」
また崩壊の歌声を喰らったジンの配下たちを見て、ゲヘナデモクレスは鼻で笑う。
実際ゲヘナデモクレスは画面越しに崩壊の歌声を聞いていたが、全く影響がなかった。
これがたとえ画面越しではなく、目の前で聞いていても変わりなかっただろう。
現状では相性的にも、ゲヘナデモクレスの方が圧倒的に有利だった。
「だがそれ以外の部分には、目を見張るものがある。この腐れ魚が加われば、主の勝率も上がる事だろう」
ゲヘナデモクレスは自分が負ける確率が上がるかもしれないのにもかかわらず、とても嬉しそうである。
戦う以上は手を抜けないが、心情的には負けたいからだった。
しかしまだ、ゲヘナデモクレスの方に分があるのも事実である。
だがそれも、この後の展開で少し変わってしまう。
なんとルルリアがユグドラシルの果実を食べたことで、更に進化をしたのである。
それも水・光・音・癒・聖属性を持つ、神聖なモンスターになってしまった。
また素の力も上昇しており、明らかに強くなっている。
それを見て、ゲヘナデモクレスは思わずこう呟いてしまう。
「ぬぅ? まずい……あやつ、我より強くねー?」
ゲヘナデモクレスは見入るようにルルリアを、右手の指で輪を作り覗き込む。
若干キャラ崩壊したことも否めないが、それだけゲヘナデモクレスは衝撃を受けていた。
「い、いや。まだ我の方が強い。今のは気のせいだ。属性相性は、向こうも悪いはず! 逆にこれはもう、手加減をする必要はなさそうであるな!」
そう言うと、ゲヘナデモクレスの雰囲気が変わる。
先ほどまではどうにかしてジンを勝たせるために、合法的に自分を不利にできないかと、そう考えていた。
しかしルルリアが進化したことで、その必要も無いと判断する。
本当の意味で、本気を出せるかもしれない。
そう考えただけで、ゲヘナデモクレスの中から何かが湧き上がってくる。
「ふ、ふはは! 本当に、主は我を楽しませてくれる。それでこそ、我が主に相応しいというものだ! もっと、もっとだ! 主の凄いところを、我にもっと見せてくれ! 我もそのために、手を尽くそうではないか!」
ゲヘナデモクレスの心は、歓喜に満ち溢れていた。
やはり全力を出した上で叩き潰されたい。征服されたいという、どこか危ない欲望があったからだろう。
故にルルリアの進化はゲヘナデモクレスとしても、思わぬ朗報なのである。
だがそれはそれとして、同格に近い者が現れたことに対し危機感を募らせた。
「腐れ魚、主を神と崇めるのは評価しよう。だが、主の切り札はこの我だ! 絶対にその座は譲らぬぞ!」
ゲヘナデモクレスはルルリアというライバルの出現に、対抗心を燃やして叫ぶ。
「ふはは! 貴様が切り札の座にいられるのも、今この時だけだ! 我が主のものになれば、それは覆るだろう! 腐れ魚よ、結果的に主には負けるとしても、貴様だけは先に葬ってやるぞ!」
そうしてゲヘナデモクレスは、再び侵入者を集める誘致作業へと戻っていくのだった。
「主よ! 我はできる鎧だ! 主のために、大量の贄を集めてみせよう! ふはは!」
そんなゲヘナデモクレスの笑い声が、荒野へと響き渡る。
決戦の日まで、残り約三週間。
果たしてこの先、ジンにどのような試練が待ち受けているのであろうか。
これにて第七章は終了です。
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