264 船のダンジョン ㉑
宝箱の中には、どういう訳か青い宝珠が一つだけしかない。
そう、他には何も入っていないのだ。
これはいったい、どういうことだ?
俺は宝珠を取り出しながら、唖然とする。
もしかして、ダンジョンがここまでショボくなったことと、関係しているのか?
ダンジョンの最終報酬は、そのダンジョンの規模やモンスターの強さなど、難易度が高いほど良い物になる。
であればSランクのルルリアを倒したのなら、当然その報酬も増えるはずだ。
少なくとも必ず手に入る宝珠一つというのは、ありえない。
俺がそう思っていると、ぐるぐる巻きにされているレッドアイが、嫌な笑みを浮かべていた。
口は塞がっているが、その目元だけでよく分かる。
また何か言いたそうな視線を向けてくるので、仕方なくクモドクロに口を塞いでいる糸を解かせた。
するとレッドアイは俺の報酬を見て、嬉しそうに言葉を吐き始める。
「がはは! 残念だったな! 報酬をダンジョンが作ろうにも、ポイントも魔力もすっからかんだ! ポーション一つも作り出せねえぜ! 残り僅かのポイントも、お前があの人魚を倒す前に使わせてもらったからな!」
「そういうことか……」
おそらくこの宝箱に付けられていたあの罠、アレでダンジョンポイントなどを使い切ったのだろう。
綺麗に使い切るために、無駄にコストがかかるような方法で作り出したのかもしれない。
何とも嫌な奴だ。こういう事には、悪知恵がよく働く。
「ほらっ! それを持ってさっさと失せやがれ! そしてあのお方に無惨に殺されろ! 貴様ごときが、あのお方に勝てるはずがねえ――ぎゃぁ!?」
気がつけば俺は、セイントカノンを発動していた。
それにより、レッドアイは一瞬で塵も残さず消え去ってしまう。
「イラっとして、ついやってしまった。まあ、殺さない約束はしていないし、問題ないだろう」
すると開封済みの宝箱が光り、再び再設置される。
そうか、一応ダンジョンボスを倒したことになったのか。
Fランクのザコになったとはいえ、レッドアイはダンジョンボスである。
まあ、中身にはあまり期待はしてないけどな。
そう思いながらクモドクロに開けさせると、やはり中には宝珠だけが置いてあった。
二つもいらないのだが、まあストレージに入れておこう。
俺は先ほどの物と、今手に入れた物をストレージへとしまった。
にしても、退化する前のレッドアイを倒した報酬は、発生しなかったということだろうか?
ルルリアとレッドアイを両方倒すことで、最終報酬の宝箱が現れのかもしれない。
そう考えていると、あることを思い出す。
なるほど。レッドアイはあの時、船にある財宝と宝珠をやると言っていた。
それに嘘はなかったが、最終報酬の宝箱が手に入るとは、一言も口には出していない。
つまり嘘はついていないが、本当のことも言わなかったということだろう。
あいつ、詐欺師の才能もありそうな気がする。
宝珠はヴラシュから貰った件があるし、宝箱以外にも作り出す方法があるのだろう。
だがそれで事が進んだとき、俺ともめるとは思わなかったのだろうか?
いや、それについても、何か言いくるめる手段や自信があったのかもしれない。
まあ、最早済んだことなので、どうでもいいことだがな。
俺がそんなことを思っていると、いかだに何かが現れる。
「な、なんてことをしやがる! この嘘つき野郎が!」
「は? 何で復活したんだ?」
なんと現れたのは、レッドアイだった。
「そんなこと知るか! ふざけたことをしやがって!」
復活した理由を、レッドアイも把握していないみたいだ。
しかしレッドアイが復活したということは、ダンジョンが魔力やポイントを使用したということである。
けれども前提として、このダンジョンにはポーション一つ作る余力もない。
ポイントや魔力を使い切ったことは、レッドアイ自身が言っていた。
だが俺がこうして侵入している以上、僅かだが収入があるのかもしれない。
と言っても、本当に極僅かだと思われる。
それなのに、レッドアイが復活した。
つまりそれが示すことは、一つしかない。
「お前、復活コストもカスなんだな……」
残りカスだけに、コストも激安なのだろう。デメリットのエクストラがあるだけに、ほぼ0に近いコストなのかもしれない。
復活に必要な時間も、今の感じからしてほとんどないみたいだ。
「貴様ぁ!! ――ぐぼべぇ!?」
俺の言葉にレッドアイが怒り狂い、襲ってくる。
それを反射的に、双骨牙で斬り裂いてしまった。
「つい、やってしまったな」
そう思いながら、双骨牙にレッドアイの骨を吸収させる。
最近あまり吸収させていなかったので、ちょうどいい。
まあ、全く足しになる気はしないが。
そして残りの残骸は、生活魔法の微風で海へと落とした。
魔石も含めて、持つほどの価値もない。
加えて何となく、城のダンジョンに素材として渡したくなかった。
ポイントに変換したとしても少なそうだし、なによりも何かバグになりそうな予感がする。
というよりも、これは生理的に嫌な感じに近い。
そう考えると、双骨牙に吸収させたのも間違いだっただろうか?
「てめぇ! またやりやがったなぁ!」
するとまたしても数秒後、レッドアイが復活する。
これ、無限に倒せるのでは?
ちなみに宝箱も復活しているが、クモドクロに確認させると中身は同じだった。
流石に三個目はいらないので、放置している。
「ふむ。お前、あと何回連続で復活できるんだ?」
「は? い、いや、ちょっと待て! たとえゾンビでも、痛みは多少なりともあるんだ――ぐヴヴぇ!?」
俺はそれが気になり、レッドアイを何度か倒すことにした。
「やめ」
「ひぃ!?」
「ゆるしっ」
「ぎゃ!?」
「ふざけっ」
「うわらばっ!?」
「たすけっ」
「もう死にたくなっ」
そして先ほどの二回と足して、合計十回レッドアイを倒す。
途中、命刈りの鎌も使ったりもした。
刈り取った命の数と質で成長するらしいが、やはりレッドアイ程度ではだめなようだ。
ちなみにレッドアイの残骸は、その都度海へと破棄している。
海洋汚染になっているかもしれないが、そもそもこの大陸の海は紫色だ。
汚染以前に、末期状態である。
「こ、コアを、破壊して、くだ……さい……」
すると復活したレッドアイが、情けなくもそんなことを言ってきた。
十回、いや退化前も含めると十一回殺されると、流石に精神的に参るみたいだ。
しかしダンジョンのモンスターは、ボスも含めて精神が一定を保たれる。
これは女王が言っていたので、間違いない。
つまりレッドアイは、殺され続けても元の状態に戻る精神に対して、逆に恐怖しているみたいだ。
狂うことができないのが、逆に地獄を体現しているのだろう。
毎回新鮮な気持ちで殺されると考えると、確かに地獄かもしれない。
人は慣れることで、ある意味自己防衛をしている。
それが閉ざされれば、狂えないことにある意味狂ってしまうという、矛盾が生まれるのだろう。
「何を言っている。お前はこのまま海を彷徨っていろと言っただろ? つまり、コアは破壊しない」
「うぅう……」
俺がそう言ってやると、レッドアイが涙を流し始める。
ゾンビでも、泣けるんだな。
けれども同情することはない。おそらく数百年にわたって、ルルリアは地獄を見続けてきたからだ。
この程度で根を上げるのは、許されない。
しかし俺としても、永遠にこいつに付き合っている暇はなかった。
なので、代わりを用意する。
俺は気配を感じたのでクモドクロをカードに戻すと、空へと浮かび上がった。
「どうやらお前に、客が来たみたいだぞ?」
「は? ひぃいい!?」
すると周囲に現れたのは、特徴的な背びれを持つ海洋生物。
B級映画には、ある種欠かせない存在だ。
俺はそいつらの一体に、鑑定を飛ばす。
種族:ゾンビシャーク
種族特性
【生命探知】【闇水属性適性】【闇水属性耐性(小)】
【血液探知】【シャドーファング】【悪食】
【咢強化(中)】【身体能力上昇(中)】
それは、ホオジロザメのような姿をしたゾンビ。ゾンビシャークである。