262 船のダンジョン ⑲
「グォオウ!」
まず暴走したグインが、レフのいる場所へと突っ込んだ。
レフはそれを避けると、別の氷塊の上に移動する。
またレフのいなくなった氷塊の足場は、グインによって簡単に破壊されてしまった。
狂化により、いつも以上のパワーが出ている。
「グルオウ!」
そして回避したレフはお返しに、グインにシャドーランスを叩き込む。
「グォオ!」
冷静ならライトシールドで防いでいたと思われるが、グインはそのまま攻撃を受ける。
ちなみに闇属性魔法は、光属性を持つグインに意外と効いていた。
やはり闇属性と光属性は、互いに弱点になっているのかもしれない。
すると続いてグインが水弾連射を発動して、乱雑にレフへと放つ。
狙いなど碌に定められていないが、数が多かった。
だがレフはそれをシャドーステップを使い、華麗に避けていく。
しかし当然足場となる氷塊が破壊されていくので、俺は追加で足場を生成していった。
また隙を見ては、発動速度に優れたシャドーニードルを撃っていく。
シャドーニードルはシャドーランスよりも威力は低いが、こうした場面では適している。
ふむ。意外とレフの方が押しているな。
以前行ったネームドランキング戦では、グインがレフに勝っている。
それはおそらく、冷静な判断ができたことが大きかったのだろう。
こうして闇雲に行った攻撃を全て避けられ、チクチクとダメージを受けているのを見ると、それを強く感じた。
狂化は強力なスキルだが、使いどころが難しい。
ここ一番でどうしてもパワーが欲しい時や、無差別に多くの敵を排除する時でないと、中々使えそうにないな。
ランクが上がれば上がるほど、本能だけの暴走で勝てるほど、戦いは甘くはないということだろう。
これは今後、グインを使う際に考慮する必要があるな。
狂化は切り札であることは間違いないが、使いどころをミスれば大きな痛手になる。
俺は氷塊で足場を作りつつ、そう分析をしていた。
ちなみにルルリアから受けた俺の状態異常だが、かなり抜けてきている。
デミゴッドは、状態異常の治りも早いみたいだ。
そんなことを思いつつ、俺は両者の戦いを見守る。
「グルオウ!」
「グォオ⁉」
するとレフがちょうど、グインの額に魔力を込めた一撃を叩きこんだところだった。
グインは水中へと大きな飛沫を上げながら、大きく沈む。
またレフはダークネスチェインを発動すると、氷塊へと突き刺した。
そして鎖を引き寄せるように消すことで、高速に移動していく。
何となく脳内に緑色の服を着た青年が、先の尖った鎖の道具を使った光景が脳内に浮かぶ。
加えて、何故かゴマのタレと叫びながら、宝箱を開ける姿……。
俺は戦闘中に、一体何を考えているんだ?
頭を左右に振って、よく分からない妄想をかき消す。
そうしている間に、レフがダークネスチェインで他の氷塊の足場に移動し終えていた。
グインは海中に沈み、中々浮かび上がってこない。
だが海中で、移動はしていた。
当然それは、レフのいる場所にである。
レフもそれに気配感知で気がつき、飛びのいた。
するとその瞬間、グインが滝を登るかの如く、氷塊を破壊して舞い上がる。
大胆な攻撃だが、分かっていれば避けることは可能だ。
レフも、そう思ったのだろう。
しかし暴走していても、逃げられたことに気がついたグインが次の手に出る。
空中に舞い上がったグインが、全方位にライトウェーブを発動させた。
「グオウ!」
「グニャッ!?」
これには流石にレフも回避しきれずに、巻き込まれる。
闇属性のシャドーアーマーが呆気なく破壊され、レフの体は焼かれた。
何とかギリギリのところで脱したが、レフはかなりのダメージを受けてしまう。
どうやら狂化は身体能力だけではなく、魔法の威力にもある程度影響があるみたいだ。
仮にシャドーアーマーがなければ、より多くのダメージを受けていたことだろう。
そしてレフはダメージを負いながらも、空中で無防備なグインにシャドーランスを叩きこむ。
「にゃぁ!?」
「グオオ」
だがその攻撃をライトシールドを使い、ピンポイントで防ぐ。
そうして一撃も被弾することなく、グインは着水して再び潜水を始める。
レフも今の出来事には、流石に驚いたみたいだ。
けれどもその驚きが、一瞬の油断になる。
「ギニャァアア!?」
なんとレフのいる氷塊の真下から、ウォーターブレスが間欠泉のように噴き出したのだ。
それがレフに直撃して、空中へと舞い上げる。
更に追い打ちをかけるように、狙いの定まった水弾連射が、レフを襲う。
「グニャッ――!?」
結果それでレフはやられてしまい、カードに戻って来てしまった。
つまりこの戦いは、グインの勝利である。
「はぁ……グイン。お前、途中から正気に戻っていただろ……」
「グオオ」
俺がため息を吐いてそう言うと、グインが水中から顔を出す。
その顔は、してやったりという感じだった。
俺は途中から何となくそれに気がついていたので、あえてレフのサポートを止めたのである。
暴走していないなら、これは単なる配下同士の練習試合のようなものだ。
実際レフも良いところまで行っていたし、ここで手を貸すのは無粋と判断したのである。
それとおそらくだが、グインはレフに額を攻撃されたとき、正気に戻ったのだろう。
他の状態異常も、多少は治っていたのだと思われる。
だとすれば、これはレフのミスだな。
別の場所であれば、暴走状態が続いていた可能性がある。
それとグインは正気に戻っても、途中まで暴走した振りをして、機会を伺っていたみたいだ。
以前と比べて、グインは知能面で確実に成長している。
その結果、一瞬の隙をついてレフを倒してしまった。
色々と状態異常による負担があったのにもかかわらず、大したものである。
そして戦いに勝利したグインはというと、好きに暴れることができたこともあり、大変満足しているみたいだった。
しかし色々とダメージを負っているのも確かなので、俺はグインをカードへと戻す。
「とりあえず、今は戻ってくれ」
「グオオ」
グインは抵抗することなく、すんなりとカードへと戻った。
ちなみにルルリアとの戦いで、進化の兆しが現れた配下はいない。
唯一レッドアイを倒したことで、アンクには進化の兆しが出ている。
とりあえずアンクの進化は、城に帰ってから考えよう。
それとやはりだが、レッドアイのカードは手に入らなかった。
これは、ルルリアに吸収されたからだろうか?
どちらにしても、レッドアイのカード化は諦めるしかなさそうだ。
それよりも問題なのは、宝珠の行方である。
ダンジョンが崩壊してしまったことで、周囲には海が広がっていた。
またダンジョンの一部だったからか、一緒に落ちていた船の残骸も綺麗に消えている。
流石にこれは、予想外だ。
とりあえず何かないかと、残っているゾンビアリゲーターを召喚して、捜索させる。
当然俺も、空中から何かないかと周囲をうろついた。
すると何やら、いかだのようなものを見つける。
近づいてみるといかだにはマストがあり、帆にはドクロマークがついていた。
加えてそのてっぺんに浮かんでいるのは、なんとダンジョンコアである。
そしていかだには宝箱と一緒に、一体のゾンビがいた。
俺は何となく、そのゾンビを鑑定してみる。
種族:リーヴィングスゾンビ(レッドアイ)
種族特性
【闇属性耐性(小)】
エクストラ
【ダンジョンボス】
【リーヴィングスモンスター】
は? レッドアイ? というか、弱いな……。
あの普通のゾンビにしか見えないモンスターは、どうやらレッドアイらしい。
どうしてこのような姿になっているのかは不明だが、先に気になるエクストラスキルを確認してみよう。
そう思い、【リーヴィングスモンスター】というエクストラスキルの効果を確認した。
名称:リーヴィングスモンスター
効果
・全てを失って僅かに残った滓。
・あらゆる成長効果を受けられない。
・あらゆるスキルの取得が不可能になる。
・あらゆる進化方法ができなくなる。
・あらゆる強化効果を無効化する。
「これはひどい……」
今までに見たことないエクストラスキルに、俺は思わずそう呟く。
「ひぃ!? な、なんだお前は!? こ、殺さないでくれ!」
すると俺の呟きが聞こえたのか、レッドアイが声を上げて許しを乞うてきた。
宝箱の後ろに隠れて、ビクビクしながらこちらの様子をうかがっている。
まあ、今の俺はカオスアーマーを纏っているし、威圧感は半端ないだろう。
しかし何だかこの状態のレッドアイを見ていると、哀れに思えてくるな。
とりあえず、話だけでも訊いてみよう。
俺はそう思い、いかだに近づくのだった。




