236 城の大浴場
城の大浴場は、とても広い。
一度に数十人は詰めれば入れそうだ。ここまでくると、まるでプールである。
また大浴場にはいくつもの柱が建っており、竜の石像の口からは絶え間なくお湯が溢れていた。
「これは凄いな」
俺は美しい大浴場を見て、思わずそう呟く。
これは早く入りたくなるが、まずはかけ湯をしよう。
この大浴場もダンジョン内ということもあり、お湯は時間経過で綺麗になる。
また湯の中に落ちた抜け毛やゴミなどは、ダンジョンに吸収されるらしい。
しかしだからといって、このまま入るのは憚られる。
俺はそう思いながら、大浴場で使う桶やタオルなどを出していく。
「順番に洗ってやるから、まだ入るなよ」
「にゃぁん!」
「きゅぃ!」
「おけまるー」
「えぇ、早く入りたいよ~」
「ギギ」
そう言って、俺はレフたちを集めた。
ちなみに当然だが、全員装備を外している。
順番は即席のくじを作り、公平に決めた。
そして最初に洗うことになったのは、アンクである。
「あーしが一番!」
だがここで、ふと手が止まった。
鳥って、お湯で洗ってもいいのだろうか? ましてや、石鹸を使っても大丈夫か?
なんか鳥は羽に油分があるから、水で軽く拭く程度が限界だと、どこかで聞いたことがある気がする。
そう思いアンクに訊いてみると、「ダーリン。あーしのこと詳しすぎ♡」と返ってきた。
モンスターなので普通の鳥と違い、ある程度は大丈夫のようだが、やはりお湯でしっかり洗われるのはあまり好きでは無いらしい。
どうやら俺が洗うことになったので、少し無理をしたようだ。
なのでアンクには桶に飲水の生活魔法で水を溜めると、それを使い手でやさしく撫でる程度にしておく。
「ダーリン、気持ち良い♡」
これにはアンクも満足したようで、とても喜んでいた。
そして次に洗うのは、サンである。
「ギギ!」
サンは骨の体なので、ブラシに石鹸水を馴染ませて軽くこすっていく。
また背の翼はコウモリの羽のような皮膜であるため、こちらはアンクのように手で直接洗ってやった。
続いて三番目に洗うのは、アロマである。
「きゅぃ!」
アロマも石鹸水を手に馴染ませてから、全身を洗ってやった。
泡立ちがよく、アンクやサンと比べると、アロマはとても洗いやすい。
また最後は、お湯で一気に流す。
だがアロマは泡を流してやると全身を振るわせたので、周囲に水飛沫が飛んできた。
飛んできた飛沫は少し冷たく感じたが、全身が毛に覆われたモンスターであれば仕方のないことなので、気にすることはない。
そして四番目は、レフである。
「にゃぁん!」
ようやく自分の番が回ってきたと、鳴き声を上げた。
しかも少しでも長く洗ってもらうために、縮小を解除している。
レフの本来の大きさは、大人二人が余裕で乗れるほどに大きい。
これは流石に面倒なので、サンに手伝ってもらうことにした。
するとレフは抗議の声を上げるが、嫌なら縮小するように命じる。
だがレフは、三番目にネームド入りしたサンを何かと気に入っているのだ。
ホブンは同期という感じなので、サンが初の後輩なのである。
故にそんなサンに洗ってもらうことを、レフは嫌だと言えなかった。
そういう訳で、俺はサンと二人がかりでレフを洗ってやる。
手で洗うのは大変なので、ブラシを用意して撫でるようにこするのだった。
これで残す最後は、リーフェになる。
リーフェは他の配下と違い、元々妖精らしい緑色の服を着ていた。
つまりこの場にいるリーフェは、全裸である。
体つきは、幼さから脱しつつある少女といった印象だ。
俺はそう感じるだけで、他に何か思うことはない。
「ごしゅ~。洗って洗って~!」
「ああ、分かったからおとなしくしてくれ」
俺はそう言うと、タオルを取り出して石鹼水を馴染ませていく。
だがこれを見て、リーフェは不満を口にした。
「私もごしゅの手で洗ってほしい!」
「まあ、いいだろう」
リーフェの要望通り、俺は直接手で洗ってやる。
「きゃっ、ごしゅくすぐった~い!」
「少しは我慢してくれ」
「え~! もう、少しだけだよ?」
そうして、リーフェもバッチリ洗ってやった。
ちなみにトンボのような羽は、あれでかなり丈夫らしい。
ちょっとの事では破けず、また仮にクシャクシャになってもすぐ戻るようだ。
加えてもし破けたとしても、時間が経てば治るらしい。
これは全てのフェアリーが、そうであるみたいだ。
これはその種族が元々もっている、スキル外スキルというやつだろう。
スケルトンに様々な状態異常が効かないのと、同じである。
なので種族特性には、羽の再生は表記されていない。
さて、全員洗ってやったし、俺も自分の体を洗おう。
そう思ったのだが、配下たちが代わりに洗ってくれるらしい。
だがそこで直感スキルが働き、絶対にやめた方がいい気がした。
なので何とか説得して、俺は自分で体を洗い始める。
レフたちからは不満の視線が向けられるが、俺はあえてそれを無視するのであった。
そして体も洗い終わり、いよいよ湯に浸かる。
だが当然、大きさ的に入るのが難しい配下もいた。
なので木の桶にお湯を入れて、簡易的な湯船を作る。
湯船を用意してやるのは、アロマとリーフェ、それとアンクだ。
しかしアンクはお湯が苦手なので、代わりに水を僅かに張る。
これを使い、水浴びをすることだろう。
またレフは縮小を解いて、湯に浸かった。
サンも座りはできないものの、湯に入ることができる。
そして俺もゆっくりと浸かりながら、一息ついた。
良い湯だ。こうした豪華な大浴場で入浴するのも、たまには良いだろう。
それと次回は、男湯の方に行こうと思う。
オスの配下たちも、洗ってやりたい。
そんな風に思いながら、俺は心を落ち着かせる。
だがそんな時、俺の直感スキルが警報を鳴らす。
なんだ? 少し嫌な予感がする。
もしかして、侵入者か? いや、それなら先に知らせが来るはず。
じゃあ、この胸騒ぎはいったい……? とにかく、少し早いがもう出よう。
俺がそう思い、立ち上がって湯から出たときだった。
「ジ……ジン君!? な、何で女湯に!?」
そう言って驚くのは、女王である。
身には当然、何も纏ってはいなかった。
しかし言い方は悪いが、ぱっと見は髪の生えたスケルトンにしか見えない。
またその隣には、シャーリーもいる。
こちらは直接物に触れられない幽霊系故か、変わらずメイド服だった。
そして二人の視線は、俺の下腹部に向けられる。
「へ!? きゃぁああ!?」
「……ご立派ですね」
女王は叫び声を上げると、両手で顔を隠す。
だが指の隙間がスカスカであり、意味をなしていない。
対してシャーリーといえば右手を口元に当てながら、恍惚な笑みを浮かべるとそう口にした。
「申し訳ない……」
俺はそう言うと、ストレージからタオルを出して腰に巻く。
これは、予想外過ぎる。まさか、この日に限って大浴場に来るとは思わなかった。
俺は謝罪を口にしながらも、どうして女湯にいるのかを説明し始める。
その結果二人には許してもらったものの、ある意味大きな貸しを作ってしまった。
「もう! 私はまだ正式に配下になった訳じゃないんだからね! でも、わざとじゃないから許してあげるわ!」
「ふふっ、私は最初から気にしていませんよ。逆にお礼を言いたいくらいです。それと脱いでいなくて、何だかこっちが申し訳ない気持ちです」
二人の反応は全く違うが、俺は何も言わずその言葉を受け止める。
今度からもし女湯に入ることがあるようなら、先に言っておこう。
いや、そもそも普通に女湯に入ること自体が、おかしいんだけどな……。
まさかレフたちが女湯に入るようにひと悶着起こした結果、こうなるとは予想できなかった。
女王は大浴場をほぼ使わないと聞いていたし、シャーリーはそもそも湯に浸かれない。
なので、正直大丈夫だと高を括っていた。
しかし訊けば女王は精神的な疲れを癒すために、少し休憩がてら大浴場に来たらしい。
シャーリーは、その付き添いだ。
ちなみに女王だが、今では体にバスタオルを巻いている。
骨の体だとしても、見られるのは恥ずかしいみたいだ。
むしろ若い男に体を見られたのは、初めてとのこと。
そう聞くと、何だか無性に申し訳なく感じる。
しかし今更どうしようもないので、俺は謝ると早々に女湯から退散した。
なおレフたちは残していき、代わりに俺は男湯にやってくる。
そこで俺は、オスの配下たちの体を洗ってやるのだった。
やはり、男湯でゆっくりするのが正解だな。
俺はそう思いながら、その後は湯に浸かって精神的な疲れを癒す。
すると俺の隣にやってきたジョンが、こんなことを訊いてくる。
「それでボス、女湯はどうだったッスか? オイラに詳しく教えてほしいッス!」
「ジョン、お前そういうとこだぞ」
「えっ?」
なんだかジョンがメスの配下たちに混浴を拒否された理由が、少し分かった気がした。