234 勇者ブレイブは辿り着く
場面は変わり、視点は勇者ブレイブへと移る。
ゲヘナデモクレスの登場により、辺りはハチの巣を突いたかのように騒がしい。
圧倒的な存在感と威圧感に、絶望する者が多かった。
アレを見て倒そうなどと考える者は、ごく少数になってしまう。
だがその少数の中には、勇者ブレイブ率いる勇者パーティがいた。
またゲヘナデモクレスの主である、魔将ジルニクスを倒すこともブレイブたちは決めている。
しかしその時ふと、ブレイブはあることに気がついた。
それは魔将というからには、それを従える王がいるのではないかと。
加えてブレイブは、この大陸に来てからというもの、何とも言えない威圧のようなものを絶え間なく感じていた。
故にブレイブは、この答えに辿り着く。
「間違いない。この大陸には魔王がいる。そうか、俺たちがここにいるのは、魔王を倒すためだったのか。教会でも、勇者と魔王は出会う運命にあると言っていた。
ならこれは、必然の巡りあわせだったのだろう。しかしだとすれば、このままだとまずいな……」
それに気がついたブレイブは、今のままでは勝てないのではと、つい思ってしまう。
遭遇したゲヘナデモクレスでも、正直激戦は免れないと考えていた。
その主である魔将ジルニクスは、当然それよりも強いはずである。
であれば、その魔将ジルニクスを従える魔王ともなれば、一体どうなるのか。
全くもって、ブレイブには想像もできなかった。
「くっ、力が、力が足りないっ」
思わずそう、ブレイブは言葉を漏らしてしまう。
するとそれを聞きつけ、ブレイブの仲間たちが集まってくる。
「どうしたんだブレイブ? 力の事ならあたしにまかせな! あたしは力だけが取り柄だからな!」
「なによブレイブらしくもない。仕方がないわね。わ、私が相談に乗ってあげるわ!」
「お兄ちゃん、大丈夫? 力がダメだなら、搦め手もあるよ。僕、そういうの得意」
褐色姉御肌の戦士アネス、ツンデレお嬢様風の聖女セーラ、僕っ娘ロリの斥候ヤミカが心配そうに声をかける。
三人の仲間に囲まれて、ブレイブは自身の弱さを恥じた。
「ごめん、少し弱気になってた。そうだよな。俺には、最高の仲間たちがいる。一人じゃない! それに、俺のことを信頼してくれる人も大勢いるんだ!
そしてなによりも、少数で何でも解決する必要はない。俺たちだけでダメなら、もっと仲間を集めればいいだけだ!」
その答えに辿り着いたブレイブは、早速仲間を集め始める。
当初はゲヘナデモクレスの強さを見て絶望していた者たちも、勇者ブレイブの説得に希望の光を見出す。
いや、正確には絶望などといった、マイナス感情を打ち消す能力を持っているのだ。
これを勇者ブレイブは、無意識に発動させている。
故にゲヘナデモクレスの与えた恐怖は、徐々に消えていった。
またカリスマ系能力も内包しており、根拠のない言葉も受ける者には、『こいつならやってくれるかもしれない』そう思わせるのである。
更にこれは、絶望から希望へと感情が移り変わった者ほど、効果が高い。
結果として同じ国の者たちはもちろんのこと、この大陸にいる他国の者たちにまでその輪は広がった。
ブレイブも当初は難航することを覚悟していたが、想像以上にスムーズと事は進む。
加えてブレイブの能力以外にも、人々が立ち上がったのには理由があった。
まず勇者という存在は、この世界では影響力がとても高かったのだ。
創造神が頂点であるこの世界では、宗教も統一されている。
そして勇者の伝説は、ほぼ全ての教会に伝わっていた。
また勇者認定というものは、そもそも簡単にはできるものではない。
私欲で行えば当然、創造神より天罰が下る。
加えて勇者になるには、様々な条件や試練があった。
その全ての試練と条件を乗り越えて、正式に教会から認定された勇者は長い歴史上でも、かなり数が少ない。
故にゲヘナデモクレスが如何に強敵であり、その上に魔将ジルニクスや魔王の存在までいる可能性があったとしても、人々は立ち上がった。
いや、逆に勇者伝説を知っているだけに、人々は熱狂したのだ。
自分たちが、新たな伝説に関われることに歓喜したのである。
そして魔王という人類共通の敵が現れたことで、一致団結を果たす。
ここに勇者ブレイブを頂点にした、勇者軍が発足された。
それは次第に数を増し、勇者の元居た大陸の国も動かしていく。
アンデッドの大陸攻略に消極的だった国の重鎮も、手の平を返して支援を始める。
更にはこの情報を聞きつけて、続々と強者たちもやってきた。
中には何と、世界的に数の少ないSランク冒険者もいる。
ブレイブもこれほど増えた仲間たちを前に、勝利を確信した。
けれども一つ誤算があるとすれば、人が増えたことで行動が鈍化したことだろうか。
国が大きく絡んだこともあるが、別大陸の者たちも大勢いるからでもあった。
ちなみにその者たちのほとんどは、ゲヘナデモクレスに襲撃された者たちである。
その数は、日に日に増えていた。
当初は問題もいくつか起きていたが、それも勇者ブレイブがいたため纏まっている。
またこのままでは作戦実行日がいつまでも決まらないため、勇者ブレイブによる鶴の一声で決定された。
国境門が閉まる時期もバラバラのため、作戦実行は早急に行う必要がある。
故にブレイブが決めた日は、今から一週間後。
奇しくもそれは、ジンとゲヘナデモクレスの約束期限日と同じ日であった。
そうして決戦の日も決まったブレイブは、高台から野営地を見下ろす。
もはや勇者軍の規模は、一つの小さな町と呼べるほどだった。
非戦闘員の末端まで数えれば、軽く万を超えるだろう。
その光景を見てブレイブは、あることを思った。
自分がこの世界に転移してきた理由は、このためだったのだと。そう確信をしたのである。
また希少な転移者が三人も自分の元に集まったのも、運命だったに違いない。
ブレイブはアネス、セーラ、ヤミカを見て強くそう思う。
これまで自分は物語の主人公ではないと、口ではそう言ってきた。
しかし心の中では、物語の主人公に憧れていたのも事実である。
だからこそここまで来れば、もう自分の口から言ってもいいと、ブレイブはそう判断をした。
「俺は勇者。そして魔王を倒す男だ。仲間も俺の元に、大勢集まった。国や教会も味方についている。だからこそ、流石にこれを実現したのに否定するのは、嫌味になるよな。
そう、もしこの世界が物語であったのならば、俺こそが主人公だったのだろう。だったら、最後はハッピーエンドを掴まないとな。それに物語は終わっても、俺の人生はこの先も続いていくんだ。」
そう言ってブレイブは笑みを浮かべると、三人の仲間の元へと歩み寄る。
「勇者パーティ【ヒーロー・オブ・ザ・アース】は、魔王を倒して伝説になる! 俺と一緒に、ついて来てくれるか?」
ブレイブは込み上げる気持ちを抑えきれず、そう三人に問いかけた。
「何をいまさら言っているんだよ。当たり前だろ! あたしたちで魔王、ぶっ潰そうぜ!」
「その通りよ。勇者と聖女がそろっているのだもの、魔王は滅びる運命に決まっているわ!」
「お兄ちゃんのためなら、僕、なんでもするよ」
その返事を聞くと、ブレイブは満足したようにうなずく。
「ああ、倒そう。そして俺たちは、世界を救うんだ!」
そして勇者ブレイブ率いる勇者軍は、打倒ゲヘナデモクレス。打倒魔将ジルニクス。打倒魔王の三打倒を目指して、着々と準備を進めるのだった。
しかし、ブレイブは知らない。
城のダンジョンに、魔王は存在していないということを。
更にここにきて宝珠の存在が、すっぽりと抜け落ちていた。
故にこの作戦がたとえ上手く行ったとしても、すぐに魔王とは出会うことは通常ではありえない。
だがそれについて今更気がついたとしても、もう止まることはできないだろう。
このビッグウェーブは勇者ブレイブとて最早、止めることはできないのだから。
勇者ブレイブができるのは、この流れのままに城のダンジョンを攻略することだけである。
そして城のダンジョン、ゲヘナデモクレス、勇者ブレイブ軍の三勢力を、安全な場所から観察する者がいた。
「ひひゃひゃ、おもしれぇ~。こういうの大好物だぁ。でもよ~、俺様だけ参加できないっていうのも、つまんねぇんだよなぁ。
ひひゃ、そうだぁ。いいこと思いついたぜぇ~。これは、結果が楽しみだなぁ。ひひゃひゃ、ひひゃひゃひゃひゃ!」
誰からも届かぬ場所で、不気味な笑い声が響く。
声の主は、久方ぶりに重い腰を持ち上げた。
前任者の失敗を踏まえて、欲しいものはすぐには手に入れず、時間をかけてゆっくりと調理していたのである。
しかしこうも楽しそうな祭りが始まるのなら、その限りではない。
元々我慢するのは、あまり好きではないのだ。
「スリルとエンターテインメントは、やっぱり必要だよなぁ。安全なところから一方的に殴るのが俺様のポリシーだけどよ~。今回だけは、仕方がねぇよなぁ。」
声の主、魔王である赤い煙は、器であるアルハイドの体を動かし始める。
首をポキポキと鳴らすと、凶悪な笑みを浮かべるのであった。
そうして様々な思惑が入り混じりながら、時は一刻一刻と迫っていく。
果たしてジンは様々な脅威が迫る時間の中で、いったいどれだけの力をつけられるのであろうか。
デミゴッド、ゲヘナデモクレス、勇者、魔王が、一斉に動き出す。
これにて第六章は終了になります。
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乃神レンガ




