231 幻億の導き ⑤
新米魔王という言葉に、俺は心の中で驚いた。
すると偽アルハイドがそれを隙と見なしたのか、こちらへ突貫してくる。
凄まじい速度であり、斬りかかってくる剣に双骨牙を合わせるのがやっとだった。
「ひひゃ! すげぇな~。これを普通に受けるのか~」
「くっ!」
デミゴッドの身体能力に迫るものを感じながらも、なんとか押し返して距離をとる。
対して偽アルハイドは、楽しそうに笑みを浮かべていた。
くそっ、見た目こそ人族のアルハイドだが、中身は完全に別物という訳か。
明らかに、人族が出せる力を逸脱していた。
それか、相当効果の高いスキルを所持している可能性がある。
俺はそう考えると、次に鑑定を飛ばした。
しかし鑑定は簡単に弾かれ、いくら魔力を込めても手ごたえがない。
「ひゃは! ざんね~ん! 俺様のスキルを覗き見したいみたいだが、無駄だぜ~。俺様、その辺りのスペシャリストだからなぁ~。
でもよ~。見ようとしたことは事実だし、俺様にも見せろよ~。さっきと違って、これは確実に通るぜ~」
「っ!?」
すると一瞬にして、鑑定された感覚が体を駆け巡った。
超級鑑定妨害があるのにもかかわらず、ステータスを覗かれてしまう。
「……ひ、ひひゃひゃひゃ! そういうことか、俺様がお前の魂を読み取れなかったのは、神授スキルとかいう、ふざけたスキルを持っているからかよぉ~。
しかも種族がデミゴッドに加えて優秀なスキル、そしてよく分からない称号とかよぉ~。お前、絶対神の使徒じゃんかよぉ!」
偽アルハイドは下品な笑い声を上げながら、嬉しそうに左手の平を額に当てて天を仰ぐ。
だがそれも途端にピタリと止めると、俺を睨んでこう言った。
「でもよ~。これは厄介過ぎるだろぉ。だってお前、俺様を殺せる可能性がありそうじゃんかぁ~。
それによ~。ここは幻の世界で何が起ころうとも、未来の俺様は知ることができないときたぁ。つまり最悪俺様が負けたら、情報だけ奪われるってことじゃんかよ~」
偽アルハイドはそう判断をしたのか、驚くことに剣をしまってしまう。
「!? 何のつもりだ!」
俺がそう叫ぶが、偽アルハイドはニヤニヤするだけで何も言わない。
しかし明らかに、これ以上俺と戦う気がなさそうだった。
どうする? こちらから攻撃を仕掛けて、無理やりでも戦うか?
視線をずらすと、レフとリーフェは女王を安全なところに運び終わっていた。
これは先に意思疎通をしていた通りであり、今ならば大技も可能だろう。
相手は生半可な相手ではない、一気に畳み掛けるべきだ。
そう判断を下した俺は、カオスアーマーを発動する。
更に精鋭配下であるネームドたちと、Aランクのモンスターを三体召喚した。
その三体は、スパークタイガー、ボーンドラゴン、そして新たに名付けたバーニングライノスのグライスだ。
種族:バーニングライノス (グライス)
種族特性
【火地無属性適性】【火地属性耐性(大)】
【炎弾連射】【大噴火】【物理耐性(大)】
【チャージ】【ホーミング】【気配感知】
過剰戦力な気もするが、構わない。
これでもダメなら、ゲヘナデモクレスを召喚せざるを得ないだろう。
そしてこの中で最初に攻撃したのは、ジョンだった。
魔銃召喚で魔導ライフル銃を呼び出すと、先制の一射を飛ばす。
「クイックショットッス!」
だがその攻撃は、驚くことに偽アルハイドを素通りしてしまう。
続けて他の配下たちも攻撃を加えるが、全て透過していった。
攻撃が全く通じない。どういうことだ?
俺がその状況に困惑していると、偽アルハイドがようやく口を開く。
「無駄だぜ~。もうこの幻は消えるからよぉ。そろそろ夢から覚める時間だぜぇ~。俺様の情報は、簡単には与えねぇ。傷口の浅い今の内に切り上げるのが、最適解だぁ~。
でもよ~。それにしても、驚きだぁ。すげえなぁ。まさか、魔王の卵を従えているとか、反則だろぉ~」
すると偽アルハイドは、グインを指さしてそう言った。
「魔王の卵だと?」
俺がそう訊き返すと、偽アルハイドは一瞬迷ったような素振りを見せたが、笑みを浮かべながら語りだす。
「これについては、まぁいいか~。そいつ、イレギュラーモンスターだろぉ? イレギュラーモンスターってのはなぁ、世界のバグなんだぜぇ~。
大抵見つかり次第狩られちまうけどよぉ~。稀に超成長すると、俺様のような魔王になれる可能性があるってわけだぁ」
「なに!?」
それが本当であれば、驚きの事実である。
確かにイレギュラーモンスターには、【あらゆる隷属状況下でも、自由行動を可能とする】という効果があった。
もしかしたらこれ自体が、そのバグを引き起こす要因なのかもしれない。
思えば、イレギュラーモンスターという存在自体が異常だ。
ダンジョンについての知識をつけるほどに、そう思える。
だがそれでも、イレギュラーモンスターが魔王になるなど、聞いたことがなかった。
「信じられないみたいだなぁ? でもよ~。それも仕方が無いか~。魔王の席は決まってるしよぉ、大抵は魔王になれずに終わるんだよなぁ。たぶん席の数も少ないし、わざわざその秘密を言うやつもいないはずだよなぁ。
だが俺様はその点、本当に運がよかったぜぇ~。偶然出会った前任者が、欲しいものが無くなったとか言って、席を譲ってくれたんだからなぁ」
偽アルハイドが言う通りならば魔王というのはとても数が少なく、また成る為には前任者から譲られるか、もしくは奪うしかないのかもしれない。
そしてちょうど偽アルハイドの話が終わったころ、周囲から光の粒子が溢れ、全体が徐々に薄くなってくる。
どうやら、この幻の世界も終わってしまうようだ。
口惜しいが、これ以上何かできそうにはない。
俺がそう思った時だった。
偽アルハイドの口から赤い煙のようなものが飛び出すと、目にも留まらない速度でグインへと飛び、その体を通り抜けていく。
一見何の意味のなさそうな行為だが、俺の直感が警報を鳴らしていた。
よく分からないが、これは不味い!
すると俺の焦りが伝わったのか、偽アルハイド、いや赤い煙が笑い声を上げる。
煙の右手でこちらを指さし、黄一色の怪しく光る瞳を歪ませながら、大きな口を開いた。
「ひひゃひゃ! 俺様は単なる幻だけどよぉ、これでも魔王様だぁ。切っ掛けは与えられるんだぜぇ~。それをこの先見れないのが、とても残念だぁ。
でもよ~。これはきっと、面白いことになるぜぇ~。でもってこれを最後に――」
くっ、間に合わない!
思考を巡らせて対処法を考えようとするが、身体がやけに重い。
幻の世界が終わるせいなのか、それとも赤い煙が何かしたのかは、全くの不明だ。
誰でもいい、近くにいる者で動けるやつは、そいつを止めるんだ!
俺はとっさに、配下たちに命令を出した。
すると赤い煙がそう言って最後に何かをしようとした瞬間、そこで一匹だけ動く者がいた。
「え~い! フィアー!」
なんとそれは、リーフェである。
偶然かあるいは必然なのか、赤い煙の近くにいたリーフェが、スキル【フィアー】を発動させた。
そしてタイミング的に、赤い煙はそれを避けられない。
「は……? ぎゃあああああ!? ひぃいいい! 怖い怖いくぉわい! 寒いぃいい! 器ぁ! 俺様の器ぁ!」
するとフィアーを受けた赤い煙は、先ほどまでの余裕が嘘のように発狂しだす。
そして求めてやまない器とは、間違いなくアルハイドの体のことだろう。
俺はたとえこの幻の世界が消えるとしても、一矢報いたかった。
故にとっさに俺は、ストレージのスキルをダメもとで発動する。
「なぁあ!? カエセヨォ! オレサマノ! ウツワァ!」
「ははっ、誰が返すか!」
「キサマァ! コロス!」
結果的に物と判定されたのか、アルハイドの体は無事に収納できた。
それを見た赤い煙は、もはや言葉すらもぎこちないカタコト語になる。
「えいえい~! フィアー! フィアー! フィアー!」
「ギャアアッ!? フザケルナァ! ユルサナイ! ユルサナイ! ミライノオレサマハ、イマヨリモ、ズットツヨイ! キサマラテイドガ、ゼッタイニ、カテルモノカァ!」
すると最後、リーフェのフィアーを連続で受けた赤い煙がそう言うのと同時に、幻の世界は真っ白に包まれた。
そして気がつくと俺は、現実世界へと戻ってくる。
場所は冒険者ギルドではなく、女王の間だった。
周囲にいるのは召喚した配下たちだけであり、女王や赤い煙はいない。
一応カード化を発動してみるが、反応は無かった。
また感知系スキルなどの反応も、皆無である。
どうやら幻憶のメダルによる導きは、ここまでのようだ。
見ればメダルは、真っ二つに割れている。
おそらくもう、幻の世界に行くことはできないだろう。
とりあえず今は、このままメダルをポケットにしまっておく。
にしても、色々と凄い事実を知ってしまったな。
女王の過去はもちろんのこと、イレギュラーモンスターが魔王の卵であることもそうだ。
そしてこの大陸を支配しているのは、どう考えてもあの赤い煙だろう。
また最後に何かしようとしたみたいだが、ギリギリのところでリーフェが止めてくれた。
あれはまさに、見事なファインプレーと言える。
時間ができた時に、トーンシロップや他に甘いものをやることにしよう。
そして一応、グインに異常が無いか訊いてみる。
「グイン、身体に何か異常はないか?」
「グオォ」
「そうか。ならいいが、異変を感じたら必ず知らせてくれ」
「グォ」
特に何も感じていないみたいなので、とりあえずは様子見をするしかない。
ステータスも確認してみたが、こちらにも異常はなさそうだ。
であればもう安全そうなので、カオスアーマーを解除すると、俺はレフを除く配下たちをカードへと戻した。
「ん? これは……まあそれだけの経験になったということか」
見れば、リーフェのカードに進化の兆候が現れている。
進化には早いと一瞬思ったが、リーフェはこのところ経験を多く稼いでいた。
沼のダンジョンでは大量のペストモスキートを眠らせたし、キャリアンイーターにもフィアーの効果を通していた。
そして幻の世界ではオークの群れとも戦い、最後には自分を魔王と言っていたあの赤い煙を追い詰めている。
幻属性魔法はあの赤い煙の弱点みたいだったし、これは素直に嬉しい。
進化方法については、よく考えて行うことにしよう。
そうして一旦カードを異空間へとしまうと、何か異変を感じ取ったのか、そこへ女王たちが慌てたように駆けこんでくる。
「――! はぁ、やっぱりジン君だったのね。突然女王の間に大量の反応と共に現れるから、びっくりしたわよ」
「いきなり女王様が駆けだす故、何事かと思いましたぞ」
「ひぃひぃ、二人とも、速いよ……」
女王ならこの場所に直接転移できそうなものだが、そうとう焦っていたのか、そのまま走ってきたみたいだった。
後ろにはエンヴァーグもおり、ヴラシュも息を上げながらやってくる。
これは、ある程度説明をした方がよさそうだな。
だが俺がそう思うのと同時に、それは起きる。
俺のポケットから、二つに割れた幻憶のメダルが勢いよく飛び出して、宙に浮く。
そして瞬きもしないわずかな時間で、メダルは青白く鋭い光線を放つと、女王の胸をその光で貫いたのだった。




