228 幻億の導き ②
草原? 別の場所に繋がったということか?
突然の出来事に俺は驚きつつも、周囲を見渡す。
するとそこには、先ほど部屋を出ていった女王の姿があった。
見れば、レフの姿もある。
「にゃん!」
「レフ、あれからどうなったんだ?」
「にゃにゃん」
「そういうことか」
どうやらレフもドアを出ると、そこは草原だったらしい。
また俺とリーフェが現れたのは、それから数秒も経っていないとのこと。
おそらくあのドアを抜けると、ほとんど同じ決まった時間に出るようになっていたのだろう。
とりあえず悪影響は無さそうなので、このまま女王の観察を再開することにした。
すると女王の時間軸では時がそれなりに経過しているのか、シャーリー以外にも、護衛なのか兵士が何人もいる。
「はぁ、こんなに護衛がいたら、冒険でもなんでもないわね」
「姫様、そう言わないでください。冒険者になる条件として、事前に行き先を告げて許可を得たのち、護衛を必ず付けるというのを姫様も同意したではありませんか」
近づいてみると、女王とシャーリーがそんな会話を交わしていた。
どうやら女王は、国王から冒険者になる許可を手に入れたようである。
この様子からして既に、冒険者ギルドには登録済みなのだろう。
だとすればあのギルドマスターは、ストレスから胃に穴が空いているに違いない。
部屋を出る直前に、そんな愚痴をこぼしていた気がする。
まあそのことについては、どうでもいいか。
それよりも女王がどこに行くのか気になるし、このままついていこう。
現在体が半透明で気がつかれないので、俺たちは女王の斜め後ろを歩く。
「にゃん」
「そうげ~ん!」
また青空と心地よい風が吹く草原に、レフとリーフェはとても気持ちよさそうだった。
ここは幻の世界のはずなのだが、とてもリアルである。
人や物体には触れられないけれども、風や草花の匂いは普通に感じた。
そうしてしばらく進み続けると、森の入り口に辿り着く。
「やっと着いたわね。冒険者は毎回、この森と王都を行き来しているのかしら?」
「いえ、多くの冒険者は、もっと近い狩場があるみたいですね」
長時間歩いたことに不満がある女王の言葉に、シャーリーがそう返事をする。
だがその返答に、女王は不満があるみたいだ。
「え? じゃあ何でここなのよ? 私たちもそこに行けばよかったじゃない」
「はい。当初はその予定でしたが、バイコック伯爵から人が多い場所で狩りをするのは危険ではないかと、そう進言がありました。
またウリギル男爵から、であればこの森なら人が少なく、目当てのモンスターもいると助言をただいた次第です」
「バイコック伯爵とウリギル男爵が……それは仕方がないわね」
その両名の名前を聞いた女王は、諦めたようにそう呟いた。
先ほど事前に行き先を告げて許可を得る必要があると言っていたが、その許可を出す相手がその二名なのだろうか?
まだ分からないがどちらにしても女王の反応からして、あまり強くは出れない人物たちのようだ。
そうしたやり取りの後、女王たちはここで狩りをすることを決めて、森へと入っていく。
すると森にはゴブリンがおり、女王に襲い掛かかった。
だがそれを、女王は剣を抜いて簡単にあしらっていく。
「ふんっ! ゴブリンなんて、私の相手ではないわ!」
「姫様! あまり前に出過ぎないでください!」
「大丈夫よ! こんなザコに、私を傷つけられるはずがないわ!」
確かにゴブリン程度では、女王の相手ではないみたいだ。
しかしシャーリーからしてみれば、女王がその驕り高ぶった気分から油断することを警戒している。
故に何かあってからでは遅いと考えているのか、周囲に気を張り巡らせていた。
そして護衛の兵士たちは、一度に多くのゴブリンが女王の元に行かないように、適度に間引きをしているようだ。
護衛として来ているのだとしても、余程のことがない限り大きな動きはしないみたいである。
事前に女王と何かやり取りがあって、この形に落ち着いているのかもしれない。
まあどちらにしても、女王に周囲の者たちが振り回されている感じがした。
俺が初めて出会った女王の性格とは、全く違う印象を受ける。
若い時は、かなりのお転婆姫だったということだろう。
それから順調に女王はゴブリンを倒していき、剥ぎ取りも自ら行っていく。
周囲はそれを止めるが、女王は剥ぎ取りも冒険者としては大切なことだと譲らなかった。
他にもホーンラビットなどの、低ランクモンスターも狩っていく。
女王はウィンドカッターも使えるのか、逃げ出すホーンラビットも相手ではないようだ。
そうして何事も無く時間が過ぎていくが、唐突に事件は起きる。
「ぶひぃ!」
「なっ!? オークっ!」
突然現れたオークに、護衛の一人が気がついて声を上げた。
周囲の護衛も、全員が戦闘態勢に入る。
シャーリーも女王を守るため、前に出た。
ようやく、問題が起きたか。
俺がこの光景を見せられているということは、それだけの情報を有していることになる。
果たしてあのオークは、単なるはぐれオークなのだろうか?
本来Eランクのゴブリンが頂点の森に、Dランクで全く別種のオークが現れたとなれば、それは一大事だったりする。
明らかにランクが上のモンスターが現れるのは、あまり起きる事ではない。
俺の経験からだと、それは以前依頼を受けたソイルワームの巣がそれに該当する。
だがあれは巣を作ることで、周囲の魔素濃度の環境を自分たちに合わせた形だ。
そうした特殊な生態を持つモンスターである。
でなければ、Cランクのソイルセンチピートが出産などできるはずがない。
基本的にはランクによって、過ごしやすい魔素濃度はかなり違うのだ。
ただでさえここは、Fランク~Eランクが過ごしやすい魔素濃度である。
Dランクのオークには、当然適さないだろう。
なので魔素濃度の違う場所に移動することは、本来モンスターにとってよほどのことがない限り行われない。
故にこのオークが現れたことは、それだけで異常事態なのである。
「ただのオークではないか! 私なら勝てる!」
「ひ、姫様!」
シャーリの制止を振り切って、女王は駆けた。
そしてオークに対して、スキルを発動する。
「ウィンドカッター! そして、スラッシュだ!」
「ぶひぃっ!?」
オークの悲鳴が周囲に響く。見事な魔法と斬撃スキルによって、オークは地に伏した。
「ふん、Dランクモンスターなど、私の敵ではない!」
剣を掲げ、女王が高らかに叫ぶ。
だがその驕りこそが、油断を招く。
「ぶひひ!」
「ぶぎゃぎゃ!」
「ぶっふっふ」
複数のオークが茂みの奥から現れると、棍棒を振り上げて女王の元へと走り出した。
「なっ!?」
それに対して女王は、気がつくのが一歩遅れてしまう。
「姫様ッ! シャドーバインド!」
「姫様を守れ!」
「くっ! なぜオークがこんなに!」
それに対してシャーリーが闇魔法で動きを封じ、護衛の者たちが動き始める。
シャーリーが事前に警戒をしていたことで、最悪の結果は免れた。
「くぅ! 私がオークなんぞに、負けるものかぁ!」
「ぶぎぃ!」
「ぶぎゃっ!」
「ぶべらッ!」
そして動けないオークを見て、女王が瞬く間に斬り伏せていく。
「ぶひ」
「ぶひゃっひゃ!」
「ぶぶぅ」」
しかし周囲を見ればおかわりと言わんばかりに、続々とオークがどこからともなくやって来ている。
数が多いな。これは普通じゃない。もしかして、使役されているのか?
何者かの陰謀かと思い、俺はオークに意識を向ける。
だが誰かに使役されているような、そんな印象は受けない。
サモナーやテイマーに使役されたモンスターは、その繋がりから何となく分かる。
けれども今襲撃しているオークからは、それが感じられなかった。
いや、感じられないのは、俺が普通に干渉できないからか?
そう思っているうちに、女王たちは次第に劣勢になっていく。
ん? 高々Dランクだぞ? 女王やシャーリーはともかく、護衛がなぜやられていくんだ?
見れば数人の護衛が、倒れるか逃げ出している。
残っている護衛も、実力は精々Cランク程度に見えた。
おかしい。女王の護衛ならAランク、せめてBランクレベルの実力者を、複数人護衛につけるはずだと思うのだが……。
しかしこれでは、数に押されて全滅するのも時間の問題である。
「くっ! 私は負けない! オークなんかに、負けられない!」
だがそれでも女王は、果敢にオークへと立ち向かっていく。
けれども体力は次第に落ちていき、攻撃も避け切れなくなっていった。
「っ! 姫様、お逃げください! これ以上は無理です!」
「嫌だ! 偉大な冒険者は、仲間を見捨てない! 今逃げたら、護衛の者たちが全員殺されてしまう!」
「そんなことを言っておられる場合ですか! 姫様の命あってのものです! お逃げください!」
「くどい! 私は何があろうとも、たとえこの命が尽きたとしても、仲間だけは見捨てない! お兄様なら、きっとそう言うはずだ!」
女王とシャーリーの二人だけなら、この場から逃げることはできただろう。
しかし女王は周囲の護衛たちのことを守るため、この場を離れないみたいだ。
またオークたちは倒れた護衛には興味を無くし、止めを刺さずに女王とシャーリーを狙っている。
様子からしてオークは発情しており、邪魔な男がどけば後はどうでもいいのだろう。
もしかして発情期を迎えたオークが、メスを求めて縄張りを出たのか?
それで本来あり得ないこの森に、オークの集団が現れたのかもしれない。
更にそれが運悪く働き、結果的に護衛を守れてしまっている。
故に助かる可能性がある以上、女王は引くに引けないのだろう。
しかしだからこそ、俺は二人が逃げればいいと思った。
ここで二人が逃げれば、オークたちは男の護衛など無視して、二人を追うはずだ。
見た限り、護衛に女性の姿はない。
だが二人の様子からして、オークの発情についての知識がない可能性がある。
いや知っているかもしれないが、緊急事態に際して、思考がそこへ向かないのかもしれない。
これが初めての冒険だとすれば、経験不足が原因だろう。
安全な俺の視点からではすぐに判断できるが、一瞬の隙が命取りなる状況では、それも難しい。
まあどちらにしても、このままでは不味いだろう。
見ているだけというのも、何だか嫌な気分だ。
「ご、ごしゅ、どうにか助けてあげられないの?」
「にゃぁん!」
リーフェとレフも目の前の光景に、何もできないことがつらいみたいである。
この後運よく助けが入るかもしれないし、悲惨な結果が待ち受けているかもしれない。
だが女王が女王になる以上、この状況から生き残ったのは間違いないだろう。
しかしそれが、本当の意味で無事だったのかは分からない。
そう考えると、何だか不快な気持ちが込み上げてくる。
なので俺は魔力を込めた氷塊を、思わずオークへ飛ばしてしまった。
意味のない行為。ただの気の紛らわしである。
そう思っていただけに、過ぎなかった。
「ぶひぃ!?」
「は?」
だがその氷塊は、俺の予想を超えてオークの頭部を潰す。
更にそれは当然、女王たちも気がついた。
そして女王がこちらを向くと、俺との視線が合う。
「お、お前は! それにその黒猫! もしかしてあの時いた悪の魔獣使い、ベゲゲボズンか!?」
女王はこちらを間違いなく認識して、そう驚きながらも口を開くのだった。