227 幻億の導き ①
ここは?
謎の空間を通り抜けると、そこは変わらず冒険者ギルドの中である。
しかしよく見れば、先ほどといる人たちが変わっていた。
また一番の変化は、俺とレフの体が透けていることだろう。
するとちょうど俺が立っている場所に、人がやってくる。
ぶつかりそうなので、俺は横へと動く。
だがその時ふと思い、俺はぶつかりそうになった人の肩に軽く触れてみる。
けれども俺の手は、風を掴むようにすり抜けた。
ふむ。やはり、触れることはできないみたいだ。
この透けている体からして、幽霊のような状態と考えていいのかもしれない。
とりあえず俺は左腕に抱いているレフを降ろすと、続けて声をかけてみた。
「なあ、ちょっといいか?」
「にゃぁん!」
だがその声に答える者は、一切いない。
レフも、俺と同様みたいだ。
なるほど。俺から何かアクションを起こすことは、できないということか。
であれば、何か起きるまで待っている必要があるのかもしれない。
そう思いつつ、俺はリーフェを召喚してみる。
「出てこい」
幻属性適性を持っているので、何か役に立つかもしれない。
「なにここ~? 変な感じ~」
そして召喚したリーフェは、この空間に何か違和感があるようだった。
ちなみにリーフェも透明になっており、他人に干渉することはできないようだ。
「どんな風に変なんだ?」
「ん~。わかんないっ!」
「そうか……」
まあ俺には感じられない何かを、リーフェは感じているのだろう。
俺も全属性適性を持つが、幻属性は使ったことがない。
対してリーフェが持つのは幻属性一つであり、普段から使っている。
もしかして、熟練度的な差があるのだろうか?
であれば幻属性を持っていても、俺には感じられないのも腑に落ちる。
まあ感じられないものは仕方がないので、これに関してはリーフェに頼ろう。
何か後々になって、気がつくことがあるかもしれない。
なので俺は、このままリーフェを召喚しておくことにした。
そうして俺がこの空間に慣れてきたころ、ようやく変化が現れる。
「ここが冒険者ギルドね! そしていよいよ、この将来のSランク冒険者、魔法剣士ルミナの物語が始まるのだわ!」
すると高らかに声を上げて現れたのは、以前の幼い頃よりも成長した女王の姿だった。
長い金髪を腰まで伸ばし、意志の強そうな碧眼を輝かせている。
「姫様、やっぱりやめませんか? 昔スラム街に無断で行った時は、大事件になったじゃないですか」
そう言って次に現れたのは、シャーリーだった。
少し若いが、半透明のシャーリーとかなり近い姿である。
こちらも長い金髪と碧眼をしており、並べると女王と少し似ていた。
何となくだが、もしもの際には影武者になったとしても、簡単には相手も気がつかないかもしれない。
あと薄々思っていたが、やはりあの時スラム街にいたことは大問題になったみたいだ。
まあ普通に考えて、幼い女王が碌に護衛も連れずにスラム街に行けば、何か事件に巻き込まれてもおかしくはない。
それがあるからか、女王を監視する者が複数いた。
おそらく、あれは護衛だろう。スラム街の件があってから、こんな感じでこっそり護衛をするようになったのかもしれない。
「嫌よ。だってお兄様も同じ十五歳になってすぐ、冒険者になったのだもの。なら私にも、冒険者になる権利があるはずだわ!」
「ですがその時と今とでは、状況が違いますよ?」
「そんなのは関係ないわ! 私も冒険者になる。これはもう、決定事項なの!」
「そうですか……」
女王を止められないと判断したのか、シャーリーは諦めたように溜息を吐いた。
ふむ。あのスラム街の件から、そこそこの年数が経っているみたいだ。
それと十五歳の女王は、かなり活発でまだまだ周囲を困らせているみたいである。
とりあえず女王が冒険者登録する状況を、見ていればいいのだろうか?
今回は半透明で声も相手に届かないので、必然的にそうなる。
なので俺は女王に近づき、その様子を観察することにした。
だがこれほど近づいても気がついた様子はないので、やはり女王からも俺は見えないようである。
そのことに安堵しつつ、俺は観察に集中することにした。
すると早速動きがあるようで、女王が冒険者ギルドの受付に向かう。
当然俺とレフも、その後に続いた。
「ねえ、冒険者登録をしにきたのだけど」
「……しょ、少々お待ちください」
女王の言葉に、受付の女性は顔を青くしながら、どこかへと急いで行ってしまった。
まあこの国の王族なので、おそらく女王の顔を知っていたのだろう。
そして少しすると先ほどの受付の女性が、一人の男性を連れて戻ってきた。
「ルミナリア王女殿下、よくぞお越しくださいました。私は名をエーゲンと申しまして、この冒険者ギルドでギルドマスターをしております」
「ほう。やはり私くらいになると、ギルドマスターが自ら来てくれるのだな! もしかして、いきなり高ランク登録をしてくれるのか!」
ギルドマスターの登場に、女王は歓喜する。
だが対するギルドマスターの表情は、困り顔だった。
「いえ、そうではないのですが、ここでは大変目立ってしまいますので、どうか移動の方をして頂いても、よろしいでしょうか?」
「うむ。いいだろう。案内せよ!」
「感謝いたします」
そうしたやり取りがあり、女王たちは移動を始める。
当然俺たちも、その後をついていった。
「ごしゅ~。あの子、何か変な感じ~」
するとリーフェが女王を指さして、そんなことを言う。
「それは、幻的な意味か? それとも、態度や性格のことか?」
「う~ん。どっちも~」
その回答に、俺は思わず苦笑いをする。
十五歳でも女王の性格は、幼い頃から大きく変わってはいないみたいだ。
これは少々今の女王からすれば、まだまだ黒歴史なのかもしれない。
ここでのことは、何も無ければ見なかったことにしよう。
「そうか……で、幻的には何が変なんだ?」
「えっとね。周りよりも、あの子はなんかスゴイ!」
「スゴイ? 何が凄いんだ?」
「わかんな~い」
「わかんないのか」
「うん」
リーフェ的には、何か女王は凄いようだ。
幻としての格というか、そういうのが周囲の人物たちより質が高いのかもしれない。
まあこの世界の主目的は、女王の過去だと思われるのでそれも納得だ。
「まあ、助かった。何か気がついたら、また教えてくれ」
「は~い!」
そうしたやり取りをしつつ、俺たちは女王の後を追って二階に上がる。
どうやら、来客用の部屋に入るみたいだ。
俺たちは透き通る体を利用して、女王たちが入るのと同時に入室を果たす。
ちなみにもしかしたら壁も通り抜けられるのかもしれないが、無理だった場合困ったことになるので、それは止めておいた。
そうして俺たちが見守っている中、女王たちが席につき、会話を始める。
「さて、私はもう十五歳になった。故にお兄様のように冒険者登録をしに来たわけだが、もちろん、できるわよね?」
対してギルドマスターは、女王の言葉に冷や汗を流しながらも、ゆっくりと口を開く。
「――申し訳ございませんが、それは出来かねます。ルミナリア王女殿下に、冒険者登録はできません」
「なっ! なんだと! それはどういうことよ!?」
その返答は寝耳に水だったのか、女王は声を上げて思わず立ち上がった。
碧眼が鋭くなり、気の弱いものなら縮み上がる視線が飛ぶ。
しかしそれは想定済みだったのか、ギルドマスターも負けじと言葉を続ける。
「これにつきましては、国王様から頼まれていたことなのです。また私たちといたしましても、ルミナリア王女殿下の身を案じればこそ、頷くことはできません」
「くっ、やはり父上に止められていたのか! どうしてもだめなのか?」
「はい、国王様の許可がなければ、冒険者登録はできません」
許可が下りないことに憤りを感じたのか、女王は先ほど以上に眼力を強めると、ギルドマスターを睨む。
だがギルドマスターも長年培ってきた胆力があるのか、視線をそらさずにそれを受け止めた。
それによってわずかな間だが、時が止まったように沈黙が続く。
この光景による緊張故か、ピリついた雰囲気が周囲へと波及した。
シャーリーは困ったような表情であるが、付いてきた受付嬢は今にも泣きだしそうである。
そうして再び時が動き出したのは、先に女王が折れたからだった。
「はぁ、分かった。先に父上を説得してからにする」
「ご理解していただき、誠にありがとうございます」
女王は大きなため息を吐き、対してギルドマスターは頭を下げる。
「であれば今はここにもう用はない。シャーリー、父上の元に急ぐわよ!」
「あっ、姫様お待ちください。エーゲン様、この度はご迷惑をおかけいたしました。失礼いたします」
そうして女王とシャーリーは、そそくさと出て行ってしまった。
俺も最初はそれに続こうとしたが、直感的になんとなく、その場に足を止めてしまう。
だが女王の行方も気になるので、レフに追わせることにした。
「頼んだぞ」
「にゃぁん」
俺の指示に対して仕方がなさそうにレフは一鳴きすると、女王の後を追っていく。
これでとりあえずは、大丈夫だろう。
するとタイミングを計ったかのように、ギルドマスターが数秒の沈黙後に口を開いた。
「はぁ、アルハイド王太子殿下の影響なのだろうが、困ったものだ。私だってまさか、アルハイド王太子殿下が王座を拒否して、冒険者になるなどと口にするとは思わなかったのだ」
ギルドマスターの口から、愚痴のように言葉が漏れる。
「そうですよね。それで王族や一部の貴族の方々に疎まれて、王都にいる冒険者の数も減ってしまいましたし……」
続けて受付の女性も、ため息交じりにそう言った。
「ああ、中には冒険者などという野蛮な職業に魅入られたことで、アルハイド王太子殿下がうつけになったと言われる始末だ。
これでもし、ルミナリア王女殿下までも冒険者になってみろ、私の胃に大穴が開くことは間違いない」
ギルドマスターはうつろな瞳で、何もない壁を見つめている。おそらく既に、かなりの苦労をしているのだろう。
「国王様の許可、出なければいいですね」
「ああ。そうだな。しかし子が二人しかおられない国王様は、ルミナリア王女殿下に大変甘い。
アルハイド王太子殿下がああなってしまっただけに、溺愛ぶりが凄いという噂だ。私はなんだか、嫌な予感がしてならない……」
アルハイド王太子殿下、か。幻憶のメダルをくれた、あの青年だよな?
幼い頃から女王が冒険者にこだわっていたのは、アルハイド王太子殿下――長いからアルハイドと呼ぼう――アルハイドが関係していたのか。
もしかして女王が女王になったのは、アルハイドが王座を蹴って冒険者となったからなのだろう。
これは単に冒険者登録をしたという意味ではなく、冒険者として生計を立てて生きていくということになる。
そしてアルハイドは後に、どういう訳か国の宝物庫から色々と奪っていったらしいんだよな。
俺が会ったときは、普通に好青年だった。
なら冒険者になってから、心が荒む原因があったのだろうか?
とりあえず、現状ではまだ断定はできないな。
ギルドマスターたちも関係のない話を始めたみたいだし、俺も部屋を出て女王の後を追おう。
そう思いドアに触れると、腕がぬるっと吸い込まれる。
どうやら普通に、そのまま通り抜けられそうだった。
よし、問題は無さそうだな。そう判断を下した俺は、リーフェと共にドアの先へと足を踏み出す。
しかし冒険者ギルドのドアを抜けると、そこは廊下ではなく青々とした草原だった。




