222 沼地のダンジョン ⑳
転移した場所はそれなりに広い陸地であり、周囲には岩が詰みあがって壁となっている。
しかしそれをスワンプマンたちは、乗り越えてきたみたいだ。
数はわずか九体であるが、希少性を考えればこれでも多いのだろう。
俺はホブン・トーン・アロマを召喚すると、ギルンたちの元に向かわせる。
「っ! ジンさん! パ、パパとママが……!」
すると俺に気がついたギルンが、助けを求めるようにそう叫ぶ。
「今はどうにもできない。それよりも、ギーギルたちを守ってやれ。俺は周囲のスワンプマンどもを倒す」
「わ、分かった!」
ギルンもそれなりに戦えるみたいだし、大丈夫だろう。
それにホブンとトーンがいれば、守りは十分だ。
怪我をしていても、アロマが回復できる。
であれば俺は、スワンプマンたちの方に集中しよう。
状況が状況だが、この機会を逃すわけにはいかない。
スワンプマンたちは俺の登場に警戒を露わにしており、逃亡を考えている可能性がある。
なら、逃がさないようにこちらも数を揃えよう。
俺はルトナイとアンデッド軍団を召喚すると、陸地を囲むように展開させる。
スワンプマンは陸地だと動きが鈍いのか、逃げ場を完全に失った。
本来スワンプマンは泥沼におり、泥の体を溶かすようにして、沼地の泥と混ざって移動をするらしい。
カード化した個体から、そのような情報を得ていた。
なので陸地に上がってきたことは、スワンプマンたちにとっては失敗だったと言える。
こうして見つかっている状態では、隠密のスキルもほとんど意味をなさない。
スワンプマンたちには最早、戦うしか選択肢がないのだ。
俺はちらりとギーギルとナンナの方を見ると、ぐったりしているが意識はあるみたいである。
だが身体がやはり透けており、近いうちに消えてしまう可能性があった。
おそらくダンジョンは、崩壊する上で最初に不必要なギーギルたちを切り捨てることにしたようだ。
ダンジョンは崩壊の際少しでも長く状態を維持するために、いらない物から消していく。
それは罠や宝箱だったり、ほとんど侵入者が訪れない場所にいるモンスターだったりする。
だとすれば、バグのような存在であるギーギルとナンナが、真っ先に切り捨てられても仕方がない。
逆にこれまでダンジョンに見逃されてきた方が、運がよかったのだろう。
であればこれは思ったよりも、二人に残された時間は少ないかもしれない。
俺は追加でサン・ジョン・アンクを召喚すると、レフと共にスワンプマンを倒すことを命じる。
更に俺自身も動き、双骨牙を抜いて斬りかかった。
「!!!」
「!!」
「!?」
スワンプマンたちもストーンやサンダーで反撃してくるが、やはり戦闘はそこまで得意ではないらしい。
Cランクにしては、あまり強くはなかった。
結果として瞬く間にスワンプマンたちを狩りつくし、周囲の敵は一掃される。
ギーギルたちがいるが、俺は構わずカード化を行った。
そしてスワンプマンたちをカード化すると、俺はギーギルたちの元に駆け寄る。
「ジ、ジンさんですか……たすかりました……」
するとギーギルは、弱々しい口調でそう言った。
おそらく、話すことも困難な状態なのだろう。とても苦しそうだ。
「気にするな。それよりも、今の自分の状態は理解しているな? ダンジョンが崩壊するに際して、不必要なモンスターを消し始めているんだ」
「ジンさん! それってどういうことだよ! パパとママは、モンスターじゃない!」
俺の話を聞いて、ギルンが吠える。
対してギーギルは静かに一度目をつぶると、悟ったように語りだす。
「やはり、そうでしたか。私とナンナは、スワンプマンなのですね。分かってはいましたが、真実に目を逸らしていました。私もナンナも、これまでの人生の記憶がしっかりあるからです。
ですが深層での敗北後、私とナンナは撤退途中の中層で、一度意識を失っています。おそらくその時に死亡してしまい、スワンプマンが成り代わったのでしょう……」
全てを吐き出したギーギルは、どこか肩の荷が下りたような表情をしていた。
誰しも本当の自分は既に死亡しており、自身が偽物のモンスターであるとは、思いたくはないだろう。
ギーギルとナンナが目を逸らしてきたことを、否定することはできない。
だが、息子であるギルンは違ったみたいだ。
「な、何だよそれ! それじゃあ、ワーシは何なんだ! ワーシは、パパとママの子供だ! スワンプマンなんかじゃない!」
その真実は精神の幼いギルンにとって、到底受け入れられない内容だったみたいである。
「ギルンすまない。お前は、人族ではない。これまで隠してきたが、お前はどういう訳か人族ではなく、デミヒューマンという種族だ。人族とスワンプマンが混ざり合った、特別な存在だ……」
「う、嘘だ! ワーシはモンスターなんかじゃない! 人族、人族なんだ! う、嘘だと言ってくれよ!」
人と関わりのない沼地にいても、ギルンにとって自分が人族ということは、とても大事なことだったようだ。
あまりの事実に、真実を受け入れられないらしい。
であれば、本当かどうか俺が確認をしよう。
許可はとっていないが、俺はギルンを鑑定する。
名称:ギルン
種族:デミヒューマン
年齢:15
性別:男
種族特性
【地雷属性適性】【ストーン】【サンダー】
【再生】【隠密】
スキル
【剣適性】【水属性適性】【アイテムボックス】
するとそこにはギーギルが言っていた通り、デミヒューマンという種族が表示されていた。
種族特性も、スワンプマンの所持しているものである。
成り代わりなど一部のスキルは無いみたいだが、間違いない。
それと通常のスキルは、十歳のとき授かったスキルだろう。
三つの属性適性に、剣適性も所持している。
他にも使えるスキルが多く、将来性が高いステータスだった。
「なっ!? ジ、ジンさん、今何をした!?」
すると俺がステータスについて意識を向けていると、ギルンが鑑定されたことに気がついたみたいである。
「悪いが、勝手に鑑定させてもらった。ギルン、お前は間違いなく、デミヒューマンだ。種族特性も、スワンプマンの所持していたスキルになる。
成り代わりこそないが、お前が純粋な人族でないことは、間違いない。」
「う、嘘だ……」
俺が突きつけた事実にギルンはショックを受け、思わず後ずさった。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! だ、だってこの力は、神様が与えてくれたんだ! パパとママもそう言っていたし、スワンプマンのものじゃない!
それにスワンプマンは悪者なんだ! ずっと、ずっとそう教えられてきた! スワンプマンには気をつけろ、悪いことをしていたらスワンプマンに食べられるって……」
ギルンにとって、スワンプマンとは忌諱する存在だったのだろう。
その受け入れられない存在が自分の両親であり、更には自分も混ざりものだった。
どうしてデミヒューマンになったのかは、定かではない。
ダンジョンの誓約がバグのような形で残り、その状態で子供を作った結果という可能性もある。
ギーギルとナンナはこのことを、長年隠していたのだろう。
そしてギーギルとナンナ自身も、スワンプマンに対して思うところがあった。
故にスワンプマンを忌諱してしまうような、そんな教育をしてしまったのかもしれない。
だがその結果として、ギルンはこの事実に苦しんでいた。
そう、奇しくも両親のように、現実から目を逸らすほどに。
「そ、そうだ。パパとママは、スワンプマンに食べられたんだ。だってこんな風になるなんて、おかしい。そうに違いない! ワ、ワーシのパパとママを返せ!」
ギルンは錯乱したようにそう叫び、スワンプマン由来のサンダーを発動した。
当然その対象は、両親であるギーギルとナンナである。
消えかけているギーギルとナンナにとって、その攻撃は厳しいものだ。
直撃すれば、どうなるか分からない。
俺はその光景を見て、ゲゾルグとサンザが、タヌゥカにやられた時を思い出した。
あの頃とはもう違う。二度と、そう、二度と同じことは起こさせない。
気がつけば俺は二人を守るようにして、代わりにサンダーを受けていた。
「えっ……」
「この程度か……歯を食いしばれ」
「グエッ!?」
俺にたいしたダメージはない。だが、心がひどくざわついた。
だから俺はそう言って、ギルンの顔面を殴り飛ばす。
加減はしたがギルンは転がるようにして、地面を何度も跳ねた。
「にゃぁ……」
「きゅぃ!」
「大丈夫だ。俺は何ともない」
レフが心配そうに鳴き、アロマがヒールを発動してくれる。
他の配下たちも、それぞれ心配やギルンへの怒りを露わにしていた。
だが俺はそれを何とか収めると、ギルンを放ってギーギルとナンナに向き合う。
「ギ、ギルンは……」
「大丈夫だ。少しのびているだけだろう。それよりも、残り時間が短いのは理解しているか?」
「は、はい……私とナンナは、もうすぐ消えるでしょう。最後にこんなことになってしまったことが、心残りではありますが……」
「わ、私も……こんなことなら、ギルンに真実を教えておくべきでした……」
二人はどこか悲しそうに、そう呟いた。
まあ、ギーギルとナンナの気持ちも理解できる。
最後くらい息子に敵意を向けられずに、幸せに終わりたかったのだろう。
故にギーギルとナンナからは、このまま消えたくないという気持ちが強く伝わってきた。
であればこそ、俺はこの状況を打開できる提案を行うことにする。
「なら、俺の配下にならないか?」
「え? それは、いったい……」
「配下、ですか……?」
唐突な提案に、二人は困惑した。
だが俺は構わずに、話を続ける。
「そうだ。俺にはカード召喚術という、特別なスキルがある。それを使えば、消えることはなくなるだろう。ただし俺に使役されることになり、絶対服従することになる。
もし俺の配下になるのであれば、この手をとってくれ。そして、俺の配下になる事を強く願うんだ。決してぞんざいに扱わないことを誓おう。もちろん、ギルンについても考えがある。悪いようにはしない」
そう言って俺は、二人に手を差し出す。
するとギーギルとナンナは、お互いにしばし見つめ合ってからうなずくと、決意したように俺へと笑みを浮かべた。
「分りました。私たちはジンさんに、全てを託します。これから、どうぞよろしくお願いいたします。そして息子を、どうか助けてやってください」
代表してギーギルがそう口にすると、二人はゆっくりと俺の手に触れた。
そして二人が一瞬光り輝くと、カードとなって俺の手に収まる。
成り代わりで人族になってはいたが、カード召喚術は許容範囲だと容認してくれたみたいだ。
少し不安だったが、カード化できたことに安堵する。
そして俺は同時に、ふとこんなことを思った。
もしかしたらあのとき、ゲゾルグとサンザを救う手段があったのかもしれない。
一瞬そんなことをつい考えてしまうが、ギーギルとナンナは特殊な存在だ。
純粋な人族であった二人では、カード化することはできなかっただろう。
それに、あの時二人はタヌゥカによって殺されてしまった。
であればそもそも、俺のカード召喚術の適応範囲外だったと思われる。
俺のカード召喚術は、俺か配下が倒したモンスターか、このように自らの意思で配下に加わってくれるしか方法がない。
ならあれはどうしようもなかったと、そう割り切るしかないだろう。
過去を今更になって後悔しても、もう遅い。
終わった事実は、余程のことがなければ覆らないのだ。
故にだからこそ、今回二人を救えたことを素直に喜ぼう。
「……パ、パパとママは……も、もしかして、消えて……」
すると意識を取り戻したギルンがやって来て、静かにそう呟いた。




