219 沼地のダンジョン ⑰
「グォオオ!」
グインはゲヘナデモクレスがいるのにもかかわらず、ライトウェーブを放つ。
するとゲヘナデモクレスはそれを難なく、回避する。
「この駄鰐が! 我を巻き込もうとするとは、いい度胸だ! 背にその者を乗せていなければ、消し飛ばしていたところを……」
ふむ。今の攻撃は、避けるのか。
グインのライトウェーブは、ゲヘナデモクレスに一定の効果があるのかもしれない。
それが知れただけでも、ある意味収穫だな。
だが今はとりあえず、グインに注意をしておく。
「グイン、ゲヘナデモクレスを巻き込まないようにしてくれ。気持ちは分かるが、今あいつと敵対するのは不味い」
「グォッ」
グインは舌打ちをするかのように短く鳴いたが、了承してくれたみたいだ。
ここで三つ巴の混戦になるのは、避けたい。
それにこの暗闇の空間、確かデスフィールドとか聞こえたが、どのような効果があるのか不明だ。
グインたちを含めて身体に異常は無いみたいだが、ゲヘナデモクレスに有利なことは間違いないだろう。
それと感じていた他のモンスターの気配が、一切なくなった。
もしかしたら、この空間には指定した者だけを閉じ込めることができるのであろうか?
だとすれば、ゲシュタルトズンプフの生魔ドレインを封じたようなものになる。
あとは攻撃を続けて、削り切れば勝てるだろう。
元々予定していた持久戦が、実現したことになる。
それに加えて、ゲヘナデモクレスという超火力が加わった。
案外、決着は早いかもしれない。
俺がそう思っている間に、ゲシュタルトズンプフは大量のマッドウォーリアーを生み出していく。
また泥触手も、尋常な数ではない。
しかしその悉くを、ゲヘナデモクレスとグインで消し飛ばしていった。
するとゲシュタルトズンプフもこのままでは不味いと思ったのか、大技を繰り出してくる。
それは巨大な濁流であり、スキルによって生み出された為か毒々しい沼の色ではなく、茶色い泥の見た目だった。
ゲシュタルトズンプフの毒々しい色とは、全く違う。
そこには膨大な魔力が込められているのか、直感でまともに喰らうのは危ないと俺は判断した。
なので即座に俺は跳躍するとグインたちをカードに戻し、代わりにサンを召喚する。
そして、飛行しているサンの足にぶら下がった。
するとその瞬間、濁流が俺の真下を勢いよく通過していく。
これは、グインのライトシールドで防ぐのは難しそうだな。
おそらくそれで防いでいた場合、ライトシールドは破れて流されていたことだろう。
それよりも、ゲヘナデモクレスはどうなった?
俺は周囲を見渡して、ゲヘナデモクレスを探した。
「ふはは! その程度の攻撃、我の魔断壁の前では無意味と知れ!」
普通に、無事そうだな。
ゲヘナデモクレスが濁流の中から、無傷で現れる。
あの濁流で一切ダメージが無いとすれば、その魔断壁というのはかなり強力な防御スキルなのだろう。
しかしグインのライトウェーブを回避したことから、何かしらの弱点があるのかもしれない。
俺はそんな推測をしつつもグインたちを再召喚して、代わりにサンをカードに戻す。
サンを乗せるスペースは、流石にない。
グインはライトウェーブに俺たちを巻き込まないように調整しているが、実際かなり神経を使っているみたいだ。
なので負担を考えて、サンをカードに戻したのである。
「にゃにゃ」
「今のは仕方がないだろ?」
一時的にとはいえ、レフがカードに戻したことに抗議してきた。
「きゅぃっ」
「に”ゃぁ!」
「きゅぃい」
「グオオ」
するとアロマがレフに心が狭いと嘲り、争いが起きる。
そして背中で喧嘩をするなと、グインが呆れたように声を上げた。
これには、俺もグインに同意だ。
「お前ら、喧嘩はよせ。今は戦闘中だぞ」
「にゃ」
「きゅぃ……」
「分ればいい」
レフのカード化嫌いにも、困ったものだ。
「ふはは! どうだ! 我の力を見よ!」
「――!!?」
するとそんな最中、ゲヘナデモクレスが漆黒の炎を両手から噴射して、無双をしていた。
マッドウォーリアーと泥触手が、瞬く間に消えていく。
「グオオオウ!」
それに対抗心を燃やしたグインが、ライトウェーブを連発する。
「にゃあ!」
「きゅい!」
レフも攻撃に加わり、アロマもサポートを頑張った。
そこからはもう、作業となっていく。
ゲシュタルトズンプフのスキルを見る限り、ここから逆転できる手札はおそらくないだろう。
またゲシュタルトズンプフの身体が消し飛んでいくたびに、この空間が縮小されていく。
ゲヘナデモクレスが「ふはは! このフィールドもだいぶ縮小した。貴様の命も残り僅かだ!」と言っていたので間違いない。
だが生命力だけは並みはずれてるのか、ゲヘナデモクレスがいてもここからかなりの時間を要した。
けれどもそんなゲシュタルトズンプフだが、とうとう限界がやって来る。
縮小され続けた空間に、巨大な紫色の魔石が姿を現す。
まだ毒々しい色の泥は大量に残っているが、関係ない。
あの魔石を破壊すれば、終わりだろう。
するとゲヘナデモクレスが、魔石を指さしてこう言った。
「汝よ! あれを見よ! 我が見つけた。我が見つけ――」
「グォオ!」
しかしその隙を見て、グインが先にウォーターブレスで破壊してしまう。
「なっ!? こ、こんの駄鰐がぁあああ!!」
そしてゲヘナデモクレスのそんな叫びが響き渡ったかと思えば、漆黒の空間は解除されていた。
周囲はまるで、水不足でほとんど干上がった湖のような光景が広がっている。
加えて明らかに存在していなかったはずの神殿が、いつの間にか建っていた。
おそらく、あの神殿の中にダンジョンコアなどがあるのだろう。
「貴様絶対に許さんぞ! その者を降ろしてここに来い!」
「グォッ」
「貴様ぁ!」
怒りを露にするゲヘナデモクレスと、俺を盾にしてふんぞり返るグイン。
これ、大丈夫なのか?
とりあえず何かあったら不味いので、グインとついでにアロマをカードに戻しておく。
その時ちらりとカードを見たが、進化する兆しは残念ながら無かった。
「今回は助かった。次に会う時は、手伝ってほしい時か戦う時になるだろう」
「そ、そうか。我はいつでも準備はできている。汝の挑戦を待っている。待っているぞ! 明日でも、明後日でも、問題ない!」
何やら準備万端のところ悪いが、そんなに早く戦うことはできそうにない。
「いや、挑戦するのはもっと先だ。もしかしたら、数ヶ月以上先かもしれない」
「えっ……そ、そんなに先なのか? 待て、汝はもっと自分の力に自信を持った方がいい。もしかしたら、既に我を超えているかもしれんぞ。それに、多少は使える配下も無数にいるであろう」
何故かゲヘナデモクレスが俺を高く評価してくれるが、そんなことはないだろう。
「そんなことはない。先ほどの戦いを見ていたが、俺じゃあまだ届きそうにはない。挑戦はいつでもできるんだ。慌てる必要はないだろう」
「なっ……メだ。ダメだ。一ヶ月。それ以上は待たぬ。わ、我はそこまで都合の良い鎧ではないっ! もし一ヶ月経っても挑戦しないようであれば、我の方から汝を襲う! 心して準備せよ! で、でわ、さらばだ!!」
ゲヘナデモクレスはそう言い残すと、目にも留まらぬスピードで去っていった。
「……まじか」
「にゃぁ」
そう呟く俺に、なぜかレフが呆れたように見つめてくる。
「分かっている。これは俺のミスだ。指輪があるから、いつでも挑戦できるとつい思ってしまった」
「……にゃ」
「?」
レフは『主ぜんぜん分ってない』と言いたげに鳴いて、静かに俺から離れた。
ゲヘナデモクレスが怒った理由は、他にあるということだろうか?
もしかして、グインが先に魔石を破壊したことで、機嫌が悪かったのかもしれない。
それにゲヘナデモクレスは、元々味方というわけではない。
最近助けられたことが多かっただけに、つい勘違いをしてしまった。
ゲヘナデモクレスとの距離感は、もう少し緊張感をもって接しよう。
俺はそんなことを思いつつも、ゲシュタルトズンプフのカード化を行った。
よし、問題なくカード化できたな。
「ゲシュタルトズンプフ、ゲットだ」
「にゃ」




