211 沼地のダンジョン ⑨
何を言っているんだ、コイツは?
あまりの発言に対して呆気に取られていると、ギーギルが動く。
「このバカ息子! 子供を産めるのは女性だと教えたはずだろうが!」
「グエッ!?」
そう言ってギルンを殴りつけると、俺に土下座をする。
「ジンさん、本当に、本当に申し訳ありません。息子は人と会うこと自体が初めてでして、言っていいことと悪いことをよく理解していないのです。
このようなことがないように再度教育いたしますので、何卒、何卒お許しを!」
そんな必死に謝るギーギルを見て、俺は毒気が抜けた。
加えてギルンに悪意や情欲などはなく、無知ゆえの発言だと思われる。
教育はしていたみたいだが、普段使わない知識は忘れてしまったのだろう。
それに人は幼い頃に多くの人と関わることで、言っていいことや悪い事の区別を学習していく。
ギルンには、それが欠如していたのだと思われる。
まあ、中には学ばずに発言する者もいるのだが、それは置いておこう。
それに以前関わった転移者たちを思えば、ギルンはまだ可愛い方だ。
ツクロダやブラッドの方が、何倍もヤバいやつらだった。
なのでギルンの問題発言は、許そうと思う。
「分かった。許そう。人と関わってこなかったのであれば、仕方がない。今回の失敗から学んでくれれば、それでいい」
「あ、ありがとうございます! ギルン! お前も謝りなさい!」
「っ、ご、ごめんなさい」
ギルンは背も高く十代後半に見えるが、精神年齢は低いのかもしれない。
すぐに改善されるものではないし、幼い子供と接していると思うことにしよう。
それからギルンは、ナンナに連れられて俺から離れると、そこで叱られ始めた。
遠くからでも、ギルンがシュンとしているのがうかがえる。
やはり、体だけ大きな子供にしか見えない。
実は身長が高いだけで、歳はそれほどではないのだろうか?
そう思いギーギルに訊いてみると、ギルンは現在十五歳らしい。
この異世界では、成人とされることが多い年齢だ。
だとすれば、単純に精神年齢が低いだけだろう。
なんでもギルンの誕生は、二人にとって希望そのものだったとのこと。
故に二人は、ギルンをかなり甘やかしてきたみたいだ。
もちろん知識として、礼儀作法などは教えてきたらしい。
しかし結局のところ、こうして幼さを残したまま成長してしまったという。
ある意味仕方がないのかもしれないが、今後俺以外の人物と出会った際に、このままだと大変な事になりかねない。
その事を指摘しつつ、俺は最後に重要な事を口にする。
「俺はこれからこのダンジョンを攻略して、ダンジョンコアを破壊するつもりだ。もしかしたら、それでダンジョンの呪いとやらは解けるかもしれない。一応崩壊する前に、逃げる準備をしておくことを勧める」
正直黙っておくことは出来たが、ここまで来たら話しておいた方が良いと判断した。
だがもしもギーギルたちがモンスターだとすれば、ダンジョンの崩壊と共に消滅するかもしれない。
ダンジョンのモンスターとは、そういうものだ。
俺はギーギルが攻略を止めるように言ってくると、そう考えていた。
しかし、実際には違う。
「……そうですか。止めはしません。けれども、もし、もしも攻略後にギルンを見かけたら、気にかけて頂けると助かります」
ギーギルは達観したような表情で、そう口にした。
いずれダンジョンコアが破壊される可能性について、以前から覚悟が決まっていたのかもしれない。
そしてギーギルの口ぶりから、おそらくダンジョンが崩壊してもギルンが消えないことを、何かしらの理由で分かっているのだろう。
思えば本来、ギーギルとナンナがダンジョンのモンスターだとすれば、飲食をしなくても生きていける。
だがその息子であるギルンは、そうとも限らない。
あれほど物々交換を渇望していたのは、おそらくギルンのためだったのだろう。
そこには自身の息子へ向けた、無償の愛を感じる。
だから俺は、ギルンに対してこう返事をした。
「ああ、分かった。俺にできる範囲で、必ず助けよう」
「――ッ。か、感謝いたします。どうか、お願いいたします」
ギーギルは震える声でそう言って、静かに頭を下げた。
それからしばらくして、俺は三人と別れを告げる。
ギルンはもっと俺と話したかったみたいだが、諦めてもらう。
対してギーギルとナンナは、終始お礼を口にしていた。
また俺が攻略できることを見据えているのか、覚悟が決まった瞳をしている。
実力を見せたわけではないが、何か俺に感じるところがあったのだろう。
その期待に応えられるように、最善を尽くすことを決めた。
結果として、二人が消えることになるとしてもだ。
そして最後に、ギーギルは深層のボスについて教えてくれた。
ギーギルとナンナ。その所属していたパーティが壊滅して、敗走するしかなかった相手らしい。
先ほどは口にしなかった。いや、するのに何かしらの制限があったのだろう。
しかしその制限を打ち破り、ギーギルは口にした。
苦痛に表情を歪ませており、かなり無理をしたのだと思われる。
けれどもそれをあまり表に出さないようにしながら、俺に伝えてくれた。
その情報の価値は、まさに値千金と言えるだろう。
この沼地のダンジョンボスについての知識ゼロだったのであれば、もしかしたら足元をすくわれていたかもしれない。
ルーラーモスキートや、まだ倒していないこの中層のキャリアンイーターを思えば、厄介な能力を持つのは当然だろう。
なので俺は情報をくれたギーギルに深い感謝をしながら、別れを告げた。
「情報提供に感謝する。それと、また会えることを願っている」
「こちらこそ、ありがとうございました。ご武運を祈っています」
「気をつけてください。無理だと思ったら、逃げてくださいね」
「ジンさんもう行っちゃうのかよ! また会おうな!」
そうして別れの挨拶を済ませると、俺は周囲に配下を召喚してから沼地へと入る。
三人が去っていく俺の背を、見えなくなるまで見送ってくれた。
◆
「にゃぁ」
「そうだな。油断せずにいこう」
レフの鳴き声にそう返事をして、俺は沼地を進む。
目指すはこの中層のエリアボス、キャリアンイーターのいる場所だ。
既に、居場所は特定している。
召喚転移を使えば一瞬で辿り着けるが、今は気分的に自分の足で少し進みたかった。
また道中で、作戦を練りたかったというのもある。
キャリアンイーターは腐肉を吸収して強化されており、単体としてもかなり強いらしい。
それに加えて、ロットキャリアを何体も従えている。
つまり支配者が一番強く、配下も多い。
なんだか俺の状態と、似たような構造だ。
ゲヘナデモクレスという例外はいるものの、俺は配下たちよりもおそらく強い。
そして多くの配下を擁しており、集団戦も得意だ。
であれば戦い方のスタンスも、近いものがあるかもしれない。
鑑定次第ではあるものの、これは配下を鍛えるのに役に立ちそうだ。
ちなみに現在の編成は、俺・レフ・ホブン・アンク・サン・リーフェ・斥候ゾンビとなっている。
しかしエリアボスと戦うには、少し数が足りないだろう。
なのでここに、配下を追加することにした。
「出てこい」
「うきぃ!」
「ぎゃぎゃぎゃ!」
「きゅぃ!」
そう言って召喚したのは、ジョン・トーン・アロマの三体である。
ちなみにアロマは、召喚に伴い俺の腕の中に収まった。
沼に落ちれば、大きさ的に全身が沈んでしまう。
なので戦闘中は、俺の腕の中から回復魔法を飛ばすことになると思われる。
戦力としては、一先ずこんなところだろう。
足りなければ、その都度召喚していけばいい。
またトーンは移動が困難なので、もちろん最終的な移動は召喚転移を使うことにしよう。
しかしまだエリアボスの近くまで、アサシンクロウが辿り着いてはいなかった。
移動までには、もう少し時間がかかるだろう。
「きゅいぃ!」
「にゃっ!」
すると腕の中のアロマと、子猫サイズで肩にいるレフとの間で、何やら争いが起きる。
「ガァ、あーしも!」
そしてそれを見て我慢できなくなったのか、反対側の肩にアンクが止まった。
「いいなー! 私もごしゅに乗る~!」
更に羨ましがったリーフェが、俺の頭に乗る。
結果として頭部にリーフェ、左肩にレフ、右肩にアンク、腕の中にアロマという感じになった。
「きゅぃ!」
「にゃにゃ!」
「あーしが一番!」
「たーのしー」
実に騒がしい。そして流石に邪魔だ。
「お前ら、もう俺から降りろ……」
そうして、なんとか四体を俺から引きはがした。
アンクとリーフェは空を飛び、レフは縮小を解いて、嫌々沼地に浸かる。
またアロマについては、トーンが自身の木の枝を巧みに操って籠のような物を作ると、その中に座らせた。
最初から、こうすれば良かったな。
レフ・アンク・リーフェだけでも騒がしかったのに、ここへアロマが加わると大変だ。
姦しいとは、このことである。
さて、エリアボスと戦う前に、新たに召喚した配下のステータスを確認することにしよう。
ジョン・トーン・アロマにも、もちろんスキルや装備を与えている。
その結果については、以下の通りだ。




