198 持て余した時間
あれから空いている倉庫の一つに案内してもらい、いらない物をストレージから出しておいた。
時間があるときに女王が軽く確認した後に、ポイントに変換するらしい。
また道中少しシャーリーと会話して知ったことだが、捕らえた五人はまだ生きているようだ。
加えてその五人についてだが、所有権を譲ってほしいとのこと。
知りたい情報は得られたので、別にもう用はない。
後から知りたい情報が出た時には、また情報を訊きだしてくれると言っていたので、そのまま引き渡すことにした。
あの五人がどのような目に遭うのか、少し気になるが訊くのは止めておく。
世の中には、知らない方がいいこともあるだろう。
ただこれから五人に対して行うことを妄想したのか、シャーリーが恍惚とした表情をしていた事が印象的だった。
おそらく幽霊系のモンスターだと思われるが、半透明なだけで頬を赤くできるのは人族と違いはない。
不思議な現象だが、そこはモンスターだし気にしても仕方がないだろう。
そうしてシャーリーは他の業務があるらしく別れ、俺は一人になった。
現状ダンジョンの外には出れず、侵入者もいない。
つまり、暇ということになる。
手に入れたスキルオーブの使い道を考えてもいいのだが、先ほど鑑定作業を終えたばかりでやる気が起きない。
いらないと処分したやる気の槍は、もしかして持っていた方がよかっただろうか?
いや、そこまで切羽詰まっているわけでないし、槍の効果も程度が知れているだろう。
鑑定のとき試しに手にしたが、ほんの少し気持ちが上向いたくらいだった。
それに手を離した瞬間に効果が切れたので、微妙だと言わざるを得ない。
だとすれば、やはりやる気の槍の処分は妥当だろう。
そういう訳で、あまり頭を使うような事はしたくない気分だ。
であれば、俺もレフのように少し散歩でもすることにしよう。
ダンジョン内であれば、基本的に行き来は制限されていない。
ダメな場所は、事前に聞いているので大丈夫だろう。
なのでそこは避けつつ、とりあえずはまだ行っていないところに向かうことにする。
裏の城下町と城は行ったことがあるし、表の城は今いる場所だ。
なら向かう先は、表の城下町だな。
このダンジョンには、表と裏が存在する。
裏は侵入者たち用のダンジョンであり、モンスターや罠などが設置されている場所だ。
対して表のダンジョンは女王たちの生活する城と、過去の状態が再現された城下町となっている。
そう、過去の状態。この王都が滅んだ以前の状態だ。
話し合いをする中で、俺はいくつかこの国の経緯を聞くことになった。
これから行く表の城下町は、女王がダンジョンの力を使って再現したらしい。
捕らえた五人もそこの牢屋にいるが、女王は当初そこに五人を入れることも渋っていた。
なら裏のダンジョンで捕らえておけばいいと思うかもしれないが、そうはいかない。
裏のダンジョンに入った者は、基本的に殺すか追い払うかの二択しかないのだ。
これは、このダンジョンに定められたルールの一つらしい。
ただ俺のように表のダンジョンへと最初に入れば、その限りではないようだ。
なので情報収集をする為に、ダンジョンの外にいた五人を表の城下町で捕らえることになったのである。
そんな表の城下町は、女王にとって大事な場所なようだ。
でなければわざわざダンジョンを複製して、表と裏に分ける必要はない。
既存の城下町と城を、そのままダンジョン化すればいいだけである。
その方が、断然コストパフォーマンスも良いはずだ。
けれども現実として、ダンジョンは裏と表に分かれている。
女王にとって、それは譲れないことだったのだろう。
そんなことを思いながら、俺は表の城にある魔法陣に乗る。
向う先はもちろん、表の城下町だ。
そうして俺は、移動した先でそれを目にする。
「これは……そういうことか」
まず目にしたのは、青色の晴天。
そう、紫色の空ではない。
また多くの人々が行きかっており、腐ってもいなければ骨でもなかった。
それはどこにでもいる、普通の生きた人族に他ならない。
会話を交わし、食料品の売買はもちろんのこと、馬車や大道芸人まで見受けられる。
まさにこれこそ王都だという、そんな活気に満ちていた。
だが、このアンデッドの蔓延る大陸で、この光景は普通ではあり得ない。
女王がアンデッドであり、静寂に包まれた表の城を思えば、その意味は自ずと導き出される。
「つまり女王はあの明るい性格でありながら、過去に捕らわれ続けているということか……」
思わず俺は、そう呟いてしまう。
よく見直せば、人々の瞳に光が無い。
また会話のパターンも似たりよったりだったり、同じ言葉が繰り返されている。
それが分れば、簡単な事だった。
この王都の活気に満ちた光景は、女王が作り出した幻想、悪く言えば人形遊びに過ぎないのだ。
それに元々、表の城下町は女王が再現したと聞いていた。
だとすればあの女王にも、隠しきれない闇があったということになる。
この城下町を維持するのに、どれだけのポイントを費やしているのだろうか。
しかしそうは思っても、俺がこのことで女王を追求することはないだろう。
どう考えても、特大の地雷だと分かり切っている。
下手に踏み込んで、良好な関係を壊す必要は無い。
これはシャーリーの時とは違い、別の意味で知らない方が良い事もあるというやつだ。
女王から話してくれるならその限りではないが、余程のことがない限り、俺から問いかけることはないだろう。
ただそれでも女王にとっては、この城下町よりも城の方が大切なようだ。
それは捕らえた五人を城ではなく、この城下町に幽閉したことからもよく分かる。
しかし女王からすれば、それも苦渋の選択だったかもしれない。
俺のように最初から仲間として引き入れるのなら問題ないようだが、敵を招くことには抵抗があるようだ。
それでも理性で抑えて受け入れたあたり、女王の器の大きさがうかがえる。
だとすれば敵を捕らえることは、女王の事を考えればあまりしない方がいいのかもしれない。
多くても、一桁に抑えるように意識をしよう。
とりあえずはそう納得をすると、俺は意識を切り替える。
まあそれについては今は置いておくとして、この表の城下町を少し歩いてみることにしよう。
久々の青い空や人々の往来というのは、何だか気分が晴れやかになる。
やはり、全体的に薄暗くどんよりとしたこの大陸にいるのは、多少なりともストレスを感じていたのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は城下町を歩く。
城門前の広場を進み大通りに出ると、そこには様々な店が建ち並んでいた。
その中の一つに入ると、店員の男性が挨拶を口にする。
「いらっしゃいませ」
細身で角刈りの中年男性は、光沢のない瞳を向けながら笑みを浮かべて、軽く頭を下げた。
「少し見させてもらうが、いいか?」
「どうぞ、ご覧くださいませ」
そう問いかけると返事が来たので、俺は店内を歩く。
買い物も普通にできるみたいであり、俺はそこでいくつかの調味料などを買い足した。
状態にも問題はなく、購入後に少し味見をしたが、十分に使えるものである。
店員は決まった文言しか口にはしなかったが、売買に影響はない。
何となく、ゲームのNPCと会話している気分になった。
守護者として稼いだ金銭の使い道、普通にあったんだな。
この大陸では死に金になると思っていたが、この表の城下町で使用することができそうだ。
でもまあそれでも、女王に投資と称して渡したことに後悔はない。
渡さずに残しておいた金銭も結構あるし、買い物への不便はないだろう。
それにできるだけ早く、ダンジョンから出られるようにしてほしかった。
あとは戦闘時の制限も、できるだけ緩和してもらいたい。
であればこれからも何かしら手に入れたら、女王にそのつどいらないものを差し出そう。
だが労働状態の改善のために報酬などを差し出すのは、はたから見たら変な事かもしれない。
まあそれについては損して得取れともいうし、そもそも俺に金銭欲は無いから問題はないだろう。
それにどの道召喚転移のためにカードを渡す相手を探す必要があるし、この関係に不満は無い。
加えて出会ったばかりだが、女王やヴラシュたちは良い者たちだ。なるべく力になってやりたいとも思う。
更にいえばNPCの店員も相まって、ゲーム的に考えれば案外面白いかもしれない。
自分の陣営の強化や出来ることを増やすために、色々と貢ぐのはゲームだとよくあることだろう。
今の状況を鑑みると、そんな気分になってくる。
なので報酬やアイテムを渡すことについては、そこまで抵抗感はない。
また俺がいなくなった後も、女王には侵入者に滅ぼされることなく活動を続けてほしかった。
そのためにこれからも出来る限り、このダンジョンへ貢献をしていこうと思う。
「にゃぁん」
「ん? なんだ、レフか」
するとそんな俺の元に、どこからともなくレフがやってくる。
どうやらレフも、この城下町を散歩していたみたいだ。
「にゃにゃん!」
「わかった。一緒に見て回ろう」
レフが俺と合流したがっていたので、そのまま連れていくことにする。
そうして俺は、レフと共に表の城下町を進んでいくのだった。




