140 自称ハイエルフに対する三つの選択
まず一つ目のこのまま静観だが、これは無しだろう。
エルフが敗北してしまった場合、次はダークエルフの番である。
もちろんエルフ国の各地を平定するのには時間がかかるだろうが、いずれ攻めてくるのは間違いない。
ボンバーの件で、宣戦布告は既にされたようなものである。
それに戦力は向こうが優勢だろうし、厳しいなら守りに入って状況を立て直すだろう。
どちらにしても、ダークエルフの敗北は濃厚だ。
その場合、静観後に俺は国境門から逃げることになると思う。
流石にその状況から逆転するのは、至難の業だ。
なのでダークエルフの今後を考えた場合、選択としてはありえない。
まあ、個人的にはこれが一番楽なのだが。
次にエルフ国の中央に向かう事についてだが、正直これも微妙だ。
援軍としていけば俺の存在が露見する可能性があるし、そもそもエルフを助ける義理は無い。
前線に出ているであろう転移者をピンポイントで襲撃できるなら、まあアリなのかもしれないが。
しかしまあそれも、リスクが高い。
周囲は敵だらけだし、仮に複数の転移者に襲われたらやられる可能性もある。
また何よりも、その後が面倒になりそうだ。
俺が援軍として一度襲撃を凌いだとしても、それで終わりでは無いだろう。
それに力が露見した二度目以降、俺の対策をされる可能性もある。
転移者同士の戦いでは、それは致命的な気がした。
そして最終的に上手くいったとして、自称ハイエルフの本拠地に攻め込む流れになるかもしれない。
だとすれば、元より三つ目の選択の方が良い気がしてきた。
中央に侵攻するにあたり、自称ハイエルフはかなりの戦力を出しているだろう。
南の大村の寝返りもあって、敵本拠地の守りは薄くなっているはずだ。
逆に今が、最大のチャンスとも言える。
これで俺が侵入を果たし、自称ハイエルフの女王を倒せば盤面はひっくり返るだろう。
だが当然自称ハイエルフの女王の近くは、守りが堅いはずだ。
何より、本人も強いはずである。
あの癖の強いボンバーや、他の転移者を従えていることもあって油断はできない。
むしろ自称ハイエルフの女王一人に、負ける可能性がある。
けれども、勝てる見込みも十分にあった。
どうしようもなくなれば、ゲヘナデモクレスの召喚という切り札もある。
この三つの中では、悪くない選択な気がしてきた。
もちろん自分の安全を考えるならば、国境門が開くまで隠れているのが正解だろう。
だがそれは、巡り巡って最終的に一番の愚策になってしまう気がした。
転移者同士がいずれ戦う可能性が高いのであれば、味方でない以上、潰せる時に潰した方がいい。
その結論に辿り着いたとき、俺はふと思った。
ああ、これが俺の異常性か。
後の障害になるのであれば、自分から潰しに行く。
とても暴力的な発想だ。
思えば、ツクロダの時もそうだった。
けれどもこうした考えは、最初からあったわけではない。
おそらくタヌゥカを放置したことにより、親しい人物を殺されたのが原因だろう。
それにたとえ友好的になっても、ブラッドのように後から面倒な事になる可能性もある。
だとすれば今後、俺が転移者と仲良くなる事はほとんど無い気がした。
そんなことを思いながら、俺は三つ目の考えを選択する。
自称ハイエルフがエルフの国に侵攻している隙をついて、敵の本拠地へと攻め込もう。
情報不足からの危険はあるが、時間は限られている。
こうしたチャンスが、またやってくるとは限らない。
俺は早速現地で待機させていたフォレストバードを数羽、自称ハイエルフの本拠地に向かわせる。
南の大村周辺にいたので、距離的には近い。
召喚転移があることから、侵入も容易いはずだ。
そう思いながら一羽と視界を共有していると、前方に巨大な木が一本見える。
ビルのように高く、神聖な印象を受けた。
あの巨大な木の付近が、自称ハイエルフの本拠地だろう。
とても分かりやすい。
元は妖精の森と呼ばれる場所だったようなので、妖精も向こうについていると思われる。
いや、妖精というが、普通にモンスターなのだろうか?
であれば、敵対した際にはカード化を試してみよう。
そうしてフォレストバードを飛ばしていると、不意にそれは起きる。
なっ!?
突如として、フォレストバードとの共有が切れた。
一瞬やられたかと思ったが、カードとして戻って来てはいない。
それに若干だが、繋がりを感じた。
つまり自称ハイエルフの本拠地周辺には、何か妨害するバリアのようなものが展開されているのかもしれない。
もしかして、侵入したことにも気が付かれたのだろうか?
だとしたら不味いな。
幸い一羽だけ、侵入する前に止めることができた。
それを元に、俺が直接行くしかない。
問題は侵入に気づかれたかもしれない事だが、それなら逆に急ぐべきだろう。
俺はそう思い残った一羽を近くの木にとまらせると、召喚転移を発動させる。
もちろん帰還用のモンスターを宿の部屋に残し、猫のサイズに戻ったレフも連れていく。
そうして俺は、自称ハイエルフの本拠地近くにやってきた。
思い切った判断を下したが、もはやここで止まる訳にはいかない。
続いて偽装を発動して、見た目をダークエルフからエルフへと変更する。
これで多少は、誤魔化せるだろう。
さて、先へと進むか。
そう思った時、何やら視線を感じた。
視線のする方には一見何もいないが、何やら小さな輪郭が薄っすらと見える。
「そこにいるのは何者だ! 出てこい!」
なので緑斬のウィンドソードに触れて、俺はそう誰何した。
「うぇっ!? こ、殺さないでぇ!!」
すると相手は怯えながらそう言って、あっさりと姿を現す。
現れたのは、身長約20cmほどの小さな少女。
腰までの長い金髪に小さなツインテールがあり、青いたれ目をしている。
服装は全体的に緑色で下はスカート。そして背中には二対計四枚の羽があった。
紛れもなく、妖精である。
当然、俺は鑑定を飛ばした。
種族:フェアリー
種族特性
【幻属性適性】【精神耐性(中)】
【スリープ】【フィアー】【幻物】
【幻変装】【飛行】【姿隠し】
中々珍しいスキルが揃っているな。
俺がそう感心していると、鑑定された事に気が付いたのかスキルを放ってくる。
「ス、スリープ! うぇ!? な、何で眠らないの!?」
状態異常耐性(特大)がある俺に、そうした攻撃が効くはずがない。
それと見た限り使うスキルは状態異常系だろうし、このまま捕まえよう。
言葉を喋る以上、もしかしたらモンスターではない可能性もあるしな。
しかしその直後、次に発動されたスキルによって思いもよらない事態に陥る。
「な、ならフィアー!」
「ぐっ!?」
その瞬間、脳内に恐怖心が湧き上がってきた。
なんだこれは!?
だが、ゲヘナデモクレスと相対した時ほどではない。
俺は気合で、その恐怖を吹き飛ばす。
「うぇ!? こ、これも効かなっ……ぐえっ!?」
妖精、フェアリーがまた何かをする前に、俺は鷲掴みにして対象を捕まえる。
「何かすれば、このまま握り潰すぞ」
「ひぎぃ!? こ、殺さないでぇ! ピェーンッ!」
俺がそう言うと、フェアリーがピエンピエンと泣き出した。
一応人の言葉を話すようだし、今は生かしておく。
これでモンスターではなく人類系だった場合、貴重な情報源が無くなってしまう。
それに自称ハイエルフの本拠地の謎について、何か知っているかもしれない。
カード化を試すのは後からでも可能だし、先に情報を訊きだそう。
しかしそれにはまず、コイツを泣き止ます必要がある。
「殺さない。殺さないから、泣き止め」
「ピエーンッ!」
だめだ。泣き止まない。というよりも、話を聞いてすらいない。
どうすればいいんだ? レフが相手をすれば泣き止むか?
そう思い、俺はフェアリーをレフに近づける。
「にゃーん!」
「ひぎぃ! た、食べられるッ!! 食べないでぇ!!」
しかしこれは逆効果に終わり、余計に泣き始めてしまった。
まずい。無駄に時間だけが奪われる。
フェアリーが喜びそうなもの、泣き止みそうなもの、何かあったか?
俺はそうして悩んだ末に、トーンから手に入れたトーンシロップの瓶を取り出す。
レフのダークネスチェインで一度持ってもらい、フタを開ける。
妖精といえば花の蜜のイメージがあるし、樹液を煮詰めた甘いシロップならどうだ?
俺は瓶の中に指をつけると、トーンシロップをすくってフェアリーの前に出す。
「いきなり悪かった。仲直りしよう。これはその贈り物だ」
「ふぇ? くんくん……良い匂いがするぅ!」
すると今度は一瞬で泣き止み、俺の指についたトーンシロップを舐め始める。
「お、おいひぃ! なにこれぇ!? お花の蜜よりもおいひぃよぉ!」
そう言ってフェアリーは、小さな口で俺の指を咥えこむ。
うわっ……。
若干ドン引きしつつも、俺はそれを見守った。
「にゃぁあ!」
それに対してレフが足元で何故か抗議しているが、今は相手をしてやれない。
「も、もっとぉ! もっとほしいよぉ!」
「あ、ああ……やってもいいが、訊きたいことがある」
「ちょうだいちょうだい! くれたら何でも話すからぁ!」
とりあえず逃げることはなさそうなので、俺はフェアリーを手から離す。
そして小さな皿を出すと、そこにトーンシロップを入れて渡した。
「ほら、これでいいか?」
「ありがとぉ!! おいひぃ!!」
トーンシロップでベタベタになりながら、フェアリーは甘味を堪能し始める。
服までべとべとだし、あとで生活魔法の清潔をかけてやろう……。
そうして数分、フェアリーがトーンシロップを口にするのを見守るのだった。




