139 崖の上の風呂
それから適当に宿をとった俺は、現在召喚転移で見晴らしのいい崖の上に来ている。
隣にはレフもおり、周囲には荒野が広がっていた。
ここなら、誰かに見られることもないだろう。
そう考えた俺は、生活魔法の土塊で銭湯をイメージしながら湯舟を作る。
魔力をよく込めているので、もはや土というより石に近い。
この強度であれば、水が漏れることもないだろう。
次に同じく生活魔法の飲水で満たしていき、火種を水の中で発動して温めていく。
魔力のごり押しで消えることを防げば、水の中でも火種は残り続ける。
そうしていい具合の温度になり、湯気が立ち込める。
また事前に、生活魔法の製作で作った桶や椅子を置く。
最後にアロマラビットを召喚して、リラックスアロマを発動させれば完璧だ。
即席の風呂の出来上がりである。
徹夜で依頼を熟し、転移者との遭遇も相まって、流石に俺も疲労していた。
そう考えたとき、ふと風呂に入りたくなったのである。
この世界に来てから、生活魔法の清潔があれば風呂など必要なかった。
しかし清潔では、風呂ほど疲労の回復効果はない。
なので時間もあったので、この機会に風呂を自作したのである。
この後夜に哨戒の依頼もあるし、もしかしたらまた転移者と出会うかもしれない。
だとすれば、今の内に疲労を回復させた方がいいだろう。
デミゴッドとはいえ、適度な休息は必要だ。
そんなこともあり俺は、装備をストレージに収納して石鹸やタオルを取り出す。
「にゃ~ん!」
「きゅいきゅい!」
するとレフとアロマラビットも、風呂に入る気満々のようだ。
何となくそんな気はしていたので、風呂の一部分の高さを上げている。
この一匹と一羽も、ゆっくりできるだろう。
他に入る者もいないので、猫と兎を湯に入れても咎める者はいない。
だが一応、体を洗ってから入れることにする。
桶で湯をかけて、順番に石鹸で洗ってやった。
おとなしく洗われたので、手間はかからない。
その後一匹と一羽を先に風呂へと入れて、自分の体を洗う。
生活魔法で洗えば一瞬だが、気分的にそれは違うと思った。
そうして体を洗い終えて、俺も湯に浸かる。
「ふぅ。悪くはないな」
「にゃーん!」
「きゅぃ!」
普通の動物と違いモンスターであるからか、レフとアロマラビットも気持ちよさそうだ。
湯船の縁に腕を置き、遠くに視線を向ける。
目の前には、どこまでも荒野が続いていた。
思えば、結構遠くまでやってきたな。
キョウヘンの村から始まり、シルダートの街、ノブモ村、ハパンナの街、そしてダークエルフのラクール村。
道中様々な事があったが、良くも悪くも全て乗り越えてきた。
そして次は、おそらく自称ハイエルフとの戦いになると思われる。
避けようと考えても、何だかんだで出会ってしまうだろう。
これは何となくだが、転移者同士が出会うのは、神などによって運命づけられている気がする。
ブラッドが死亡する時に言った資格の消失。そして殺し合う転移者たち。
最後に残った転移者は、いったいどうなるのだろうか。
神が与えた神授スキルを持っていることが、たぶん資格を有している証だと思われる。
だとすれば最後に残った転移者は、もしかして神やそれに準ずる何かになれるのだろうか?
それとも、何か特別な権利などを得るのかもしない。
可能性は、無くはないだろう。
おそらく俺と同じ考えに辿り着く転移者も、いずれ増えていく可能性があった。
これまでポイントが得られるのが転移者を倒す利点の一つだったが、それ以上の理由が生まれたことになる。
デミゴッドを選んではいるが、俺は神や権利などに今のところ興味は無い。
しかしこの予想が当たれば、今後も転移者との戦いは避けられないだろう。
今のところ出会った転移者は、大きな欲望があったり、精神的に何か問題を抱えている者ばかりだ。
故に神になれるかもしれないと知れば、必ずそうした者たちが動き出すだろう。
それと転移者にそうした者たちが多いのは、もしかしてわざとだろうか?
だとすれば、俺も精神的に何か問題を抱えている一人になる。
自分だけが正常だとは、流石に思えない。
まあ人を殺してもなんとも思わないし、自分本位に動いている自覚はあった。
他にも自分で気が付いていないだけで、俺は精神面で何らかの異常があるのかもしれない。
だがそうだとしても、今更気にしても仕方がないことだ。
俺は俺だし、これからも変わらずに歩んでいくだろう。
……変わらずに?
「にゃーん」
そう思った時、レフと目が合った。
ああ、そうだった。レフと長時間融合したせいで、精神面に多少の変化が生まれたのだったな。
今後レフ以外とも融合するかもしれないし、俺の精神も別の意味で問題を抱えていくだろう。
だがそうだとしても、窮地の際には使わざるを得ない。
そしてそれは、近いうちに訪れるだろう。
「きゅいきゅい!」
するとアロマラビットが、不意に泳いで俺の元までやってくる。
仕方が無いので、それを受け止めた。
「きゅぃー!」
アロマラビットを腕に抱くと、俺の胸に顔をすり寄せて鳴く。
「にゃぁあ!?」
対してレフがそれを見て悲鳴のような鳴き声を上げると、跳躍して俺にダイブしてくる。
危ないので、俺はそれを避けた。
「にゃぶあっ!?」
何で受け止めてくれないの!? といった風に、レフが鳴く。
「きゅふっ」
「にゃ”!?」
そしてアロマラビットがまるで勝ち誇ったかのように、短く鳴き声をあげた。
レフはそれが気にくわなかったようで、猫かきで俺に迫ってくる。
そこからアロマラビットとレフの、熾烈な争いが起こり始めた。
おいおい、風呂で暴れるなよ……。
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疲れを取るために風呂に入ったのだが、逆に疲れたな。
全てを片付け、今は宿屋のベッドで横になっている。
「にゃーん」
また当然のように、大型犬サイズになったレフが枕になっていた。
出ていく前に生活魔法で綺麗にすれば、大丈夫だろう。
ちなみに、アロマラビットはカードに戻している。
何故かあれから、レフとアロマラビットが何かと争うようになってしまった。
別に憎み合っている訳ではなく、何となくライバル意識をしている感じである。
これはたぶん、ペットが独占欲を出すようなものだと思う。
何かあれば問題なく協力するだろうし、個性と考えることにする。
それとアロマラビットだが、色々役に立っているので名前をつけた。
名前は、シンプルにアロマである。
雰囲気的にメスっぽい感じがしたので、ちょうどいい。
アロマも、与えられた名前を気に入っていた。
数少ない回復支援型のモンスターなので、これからアロマには頑張ってもらおう。
そうして、哨戒依頼の時間まで眠ろう――と思ったのだが、事態が急変し始める。
「はぁ、やっぱり、そうなるよな」
エルフの国で偵察していたフォレストバードから、重要な情報を得た。
その内容とは、自称ハイエルフの国がエルフの国へと、侵攻を開始したのである。
加えてエルフの国にある南の大村が裏切り、中央まで一直線のコースだ。
エルフの国は中央と呼ばれる首都があり、その周囲に四つの大村が直線上の東西南北に別れている。
つまり南の大村が無ければ、首都までの道を阻むのは中小の村々しかない。
またエルフの国も南の大村を重要だと考えていたはずなので、この裏切りはたまったものではないはずだ。
これは、首都陥落による短期決戦を目指しているのだろう。
だとすればこちらにボンバーが来たのは、混乱を生じさせて援軍を遅らせる目的があったのかもしれない。
それに本来ボンバーは、ラクールで暴れた後に本隊と合流するつもりだったと思われる。
ボンバーの神授スキルは、ザコ狩りや防壁などを破壊することに適しているものだ。
中央も軽く偵察したが、流石に首都だからか防壁に囲まれていた。
また中央の真ん中には塔があり、その周囲にも防壁がある。
おそらくこの塔が、重要な施設なのだろう。
ボンバーの神授スキルであるスパークボンバーがあれば、突破の難易度が大きく変わる。
だがそんなボンバーも、既にこの世にはいない。
侵攻を始めたことから、ボンバーの死はまだ伝わっていない可能性がある。
それか何らかの手段で知ったものの、今更引けないという事も考えられた。
まあどちらにしても、状況が大きく変わることには違いない。
だとすれば単純に、ここで俺の取れる選択はこの三つだろう。
1.このまま静観する。
2.エルフの国の中央へと向かう。
3.この隙に自称ハイエルフの本拠地に攻め込む。
どれを選ぶのか、時間の都合上すぐに決める必要があった。




