133 依頼の帰り道
あれから無事に、コボルトの殲滅作戦は終了した。
ちなみにCランク冒険者たちは、数匹のハイコボルトを狩ったようである。
だが群れの規模にしては、上位種が少ないことに対して頭を捻っていた。
結果として上位種が生まれる前に狩れたのだと、そう判断したようである。
また数人の冒険者から、俺は声をかけられた。
内容はだいたい、パーティに入らないかという勧誘である。
当然だが、俺は断った。
最初は先ほどの跳躍を絶賛し始めて、俺がソロかどうか探りを入れてきた感じだ。
やはり、あの跳躍は目立ったらしい。
だがまあ、モンスターをカード化する為だったので、仕方がなかった。
どうしても、直線距離で近づく必要があったのだ。
高さの実験をしていない以上、跳躍は必須だったのである。
その後は冒険者を仕切るボーボスのパーティが、コボルトを一か所に集めるように指示した。
事前にギルドから渡されていた大型のアイテムバッグに、集めたコボルトを詰めていく。
ちなみに討伐計測の腕輪は、ギルドで直接返却するようだ。
それと帰りの道中で狩ったモンスターは、計測されても無いものとして扱われるらしい。
もしコボルトが現れた場合は、基本的にボーボスのパーティが処理することになっているようだ。
まあ依頼は北の渓谷での殲滅なので、仕方がないだろう。
そして最後に北の渓谷を軽く探索して、異変が無いか調べる。
モンスターの異常発生は、見つかっていないダンジョンから溢れ出ている場合があるからだ。
しかし結果として、洞窟に数多くの幼体がいたことでその説は無くなる。
ダンジョン産のモンスターは、基本的に子供を作らないからだ。
もちろん、幼体はその場で始末することになった。
「分かっているけど、何だか、かわいそうだわ」
「うん。見た目は子犬に見えるもんね」
「だがここで始末しないと、後々面倒になる」
見つかったコボルトの幼体は、四足歩行の子犬にしか見えない。
だが、成長すれば大きな群れを作り、人々に危害を加える。
それにモンスターは、自然発生もするのだ。
ここで数を減らさなければ、群れの形成速度が上がってしまう。
なので、始末するしかない。
カード化もすることはなかった。
そうしてやるべきことを全て終えた後、俺たちはゲッコー車の元まで戻る。
北の渓谷の探索が終了したので、あとは帰るだけだ。
行のようにゲッコー車に乗ると、同時に何かが俺の膝の上に乗る。
はぁ。やっぱり我慢できなかったのか……。
俺は思わず、心の中でため息をついてしまう。
「わっ、なにその子! 可愛い!」
「コボルトの幼体とも違いますね。黒く長い毛のモンスター。思い当たりませんね」
「いつの間に召喚したんだ? というか、何で膝に?」
荒野の闇の面々が、それぞれ反応を示す。
本当は、依頼を終えた後に合流する予定だったんだがな……。
「にゃ~ん!」
そう鳴いて、俺に体をすり寄せてくる。
仕方がなく、俺はコイツを紹介することにした。
「あぁ、コイツは、レフという。普段はこうして出しているんだが、少し前まで体調が悪かったから召喚していなかったんだ。まあ、俺の相棒みたいなものだ。それと、何のモンスターかは秘密だ」
とりあえず、無難にそう言っておく。
冒険者は秘密の一つや二つはあるので、逆にそう言った方がスムーズだ。
「へぇ、レフちゃんっていうんだ。小さくて可愛いわね」
「秘密ですか。どこかのダンジョンにしかいない、希少モンスターでしょうか?」
「なるほど。相棒か。見た目は弱そうだが、戦えるのか?」
レフというよりも、どうやら猫自体知らないようだ。
確かに、この国に来てまだ一度も猫を見かけていない。
もしかして、この国には猫がいないのだろうか?
そんなことを思いながら、適当に質問へと答えていく。
またルビスがレフを抱っこしたいと言ったが、レフは意地でも俺の膝からどかなかった。
加えてレフはルビスには撫でさせたが、ギルスとダンリが撫でるのを凄く嫌がる。
手が伸びれば、その都度尻尾で叩き落とす感じだ。
以前から思っていたが、レフは男に触られるのを極端に嫌がる。
どうやらそもそもとして、俺以外に触られることに対して拒否反応があるようだ。
女や子供の場合は、仕方ないと諦めている感じである。
そしてこれまで変化のなかったゲッコー車内は、レフの話で持ちきりになった。
他のパーティの冒険者たちも気になり、話しかけてくるほどだ。
また道中の戦闘では、レフにはシャドーニードルだけを使わせる。
存在を隠せない以上、強さは誤魔化す必要があった。
ちなみにこの国に来た時にレフを見られたことに対しては、既にほとんど警戒はしていない。
仮にここまで情報が伝言ゲームのように回って来ても、元の情報から多少は変化していると思われる。
それでピンポイントにレフだと気が付く者など、ほとんどいないだろう。
もしいたとしても、対処方法をいくつか考えている。
何より、ダークエルフとエルフの関係性も考慮した上での判断だ。
なので俺は、レフを召喚することにしたのである。
最も召喚理由は、コボルトの上位種をカード化するためだった。
あの時カード化出来たのは、事前にレフがコボルトの上位種を捕まえていたからだ。
隠密と、ダークネスチェインの組み合わせである。
もちろんレフだけではなく、無数のアサシンクロウも動いていた。
結果タイミングを合わせて倒してもらい、カード化したのである。
その作戦を実行してもらう対価として、依頼後に合流する手はずとなっていた。
だがこうして、レフは我慢できずに現れた訳だが。
まあ薄々そんな気はしていたし、周囲からは受けがいいみたいなので良しとしよう。
そうして問題なくゲッコー車は進み、中間にある村まで戻ってきた。
前回同様、夕方まで待機する必要がある。
今度は帰りということもあり、荒野の闇の面々も起きているようだ。
なので四人で村へと繰り出そうと話していたのだが、それは突然起きる。
『デグル大長老国所属の【端の荒野】が離反いたしました。新国家【ラズン族長国】が樹立されます。宗主は【ダザシャ・ラズン・フィルスール】です』
「は?」
いったい、何が起きたんだ?
脳内に聞こえてきた声は、称号を与えられた時を彷彿とさせる。
周囲を見れば、荒野の闇の面々も聞こえていたようだ。
「独立? え!? 私たちエルフから独立したの!?」
「みたいだね。族長国……なのに宗主は族長の妻、ダザシャさんというのはなぜだろう?」
「というか、この声はなんだ!? どこから聞こえてくるんだ!?」
どうやら独立したことは、寝耳に水のようだ。
他のダークエルフたちも、概ね似たような反応である。
この世界には、まだ俺の知らないシステムがあったみたいだな。
だがまあ、離反からの国家樹立の機会に立ち会う方が、珍しいだろう。
気になるのは離反から樹立するまでの流れだが、何かエルフと取引でもあったのだろうか?
それともエルフとは何も取引をせずに、一方的に成し遂げたのだろうか?
前者と後者では、今後の展開が大きく変わる。
もし後者であれば、エルフの国が怒り軍を差し向けてくる可能性があるかもしれない。
そうなればダークエルフ、エルフ、自称ハイエルフの三つが争うことになる。
下手に動けばどの陣営も二勢力から狙われることになるので、動くのが難しくなるだろう。
もしかして、これを狙ったのか?
いや、まだ確証が無い。
どちらにしても、事態が大きく動きそうだな。
国境門が開くまでの間は、とりあえずダークエルフ陣営で動くことにしよう。
もちろんなるべく、動きは最小限にとどめる。
それでも何か起きる時は起きるので、その時は覚悟を決める必要があるが。
あと気になるのは、塩の問題だろう。
確かダークエルフは、エルフに塩を握られていたはずだ。
可能性としては、塩を手に入れる算段がついたのだろうか?
塩が手に入るダンジョンが、生まれたのかもしれない。
それをこの日のために、おそらく隠していたのか?
情報が少ないから、憶測しかできないな。
とりあえずはこのまま依頼を熟し、再度情報収集に努めよう。
今回は皆が突然の出来事であるようだし、情報は案外簡単に手に入るかもしれない。




