131 神聖な儀式について知る
それから俺は、ビムから神聖な儀式について分かる限りのことを教えてもらう。
俺が神聖な儀式を知らないことに最初は戸惑っていたが、それでも教えてくれた。
まず神聖な儀式についてだが、正式には族長選定祭というらしい。
ダークエルフには族長がおり、その代替わりを決める儀式のようだ。
ちなみにこの族長が、ダークエルフ全体をまとめているとのこと。
そして族長選定祭は、族長候補数人によるトーナメントで決められる。
実力が最も高い者が、族長になるようだ。
つまり、一番強いダークエルフが族長になれる。
一見それで脳筋が族長になったら大変かと思うかもしれないが、政治については他に補佐をする者がいるようだ。
族長は象徴であり、有事の際に武力面で活躍する存在である。
これはダークエルフの歴史的な面も関係しており、一番強いダークエルフがこれまで皆を牽引してきた事にも由来するようだ。
また族長となった者が強敵を倒し、何度もダークエルフたちの窮地を救ってきたらしい。
故に族長に尊敬と憧れを持つ者が多く、ダークエルフにとっては英雄的存在なのである。
そんな族長を決める神聖な儀式が、族長選定祭という訳だ。
なのでダークエルフで知らない者は、まずいない。
これは下手に訊いたら、不味い事になっていたな。
荒野の闇の面々に訊かなくて、本当によかった。
子供のビムですら、俺が知らないことを不思議がっている。
それに当たり前過ぎて、逆にこの内容の情報収集は難しかっただろう。
ビムから訊けたのは、正に僥倖だった。
そして神聖な儀式について基本的なことは分かったので、問題となる部分を訊く。
自称ハイエルフが、神聖な儀式で問題を起こした件についてだ。
これはかなりの大事件だったらしく、ビムもその事を知っていた。
事は神聖な儀式が終わり、新たな族長が決まる直前に起きたらしい。
そこへ”ボンバー”と名乗る自称ハイエルフが、突然やってきたようだ。
ボンバーは自分が族長になると言い出し、疲労困憊の新たな族長に襲い掛かったらしい。
突然の事に新たな族長は対応しきれず、敗れてしまったようだ。
更に新たな族長の体はボンバーのスキルなのか爆発したらしく、残ったのは肉片だけだったようである。
当然周囲のダークエルフたちは怒りを露わにして、ボンバーに挑んだ。
けれどもその全てが敗れ、死亡してしまった。
だがその後、族長になれるのはダークエルフだけだと聞くと、意外にもボンバーは簡単に引き下がったらしい。
実際そこまで族長の座には、興味が無かったと思われる。
しかし副賞は貰っていくと言って、前族長の娘であるティーシャを攫ったという。
理由は今回の神聖な儀式で新たな族長になった者は、ティーシャと結婚することが決まっていたからだ。
そして去り際に、ダークエルフも平等に扱うからハイエルフの下につくように言ったらしい。
これは確かに、ダークエルフ全体が恨むのも当然だ。
また後から前族長の娘は戻ってきたらしいが、心の傷は計り知れない。
新たな族長も殺され、周囲にいた者たちもやられてしまった。
不幸中の幸いなのは、怪我を理由に引退していた前族長が生き残ったことだろう。
その時は側近たちが戦おうとする前族長を、何とか抑え込んだらしい。
しかし前族長は攫われる自身の娘の名を必死に叫び、血の涙を流していたようである。
ここまで聞くとむしろエルフ側について、自称ハイエルフと戦いそうな勢いだ。
けれども現状そうした動きは無く、先走る者もいない。
だがそれは、前族長の一声があったから落ち着いているようだ。
最も怒りで暴れてもおかしくない前族長が、耐えているのである。
しかし泣き寝入りするつもりも無く、必ず報いを受けさせると宣言したようだ。
それはダークエルフ全体に伝わり、ビムも自称ハイエルフを許さないと言っていた。
これはもう、エルフと自称ハイエルフだけの戦いではないな。
国全体を巻き込む、大きな戦いになるだろう。
思っていた以上に、やっかいなことになっている。
おそらくこのままでは、争いに巻き込まれる可能性が高い。
俺もそろそろ、選択をする時が近そうだ。
それと、自称ハイエルフの一人の情報も手に入った。
名前はボンバーで、神授スキルは爆発系だろうか?
疲労困憊とはいえ、ダークエルフで一番強い新たな族長を倒した実力者だ。
ボンバーに挑んで敗れたダークエルフたちも、その族長候補だった可能性もある。
だとすれば、俺が戦っても勝てるとは限らない。
純粋な戦闘系の神授スキルは、とてもやっかいだ。
以前倒したタヌゥカも戦闘系の神授スキルだったが、あれは育つ前に倒せただけに過ぎない。
俺のカード召喚術は、どちらかと言えば質より量である。
なので戦闘特化の転移者と戦うことになった場合、不利になる可能性があった。
幻影化や融合化もできるが、それは一時的なものである。
自称ハイエルフは複数人いるみたいだし、使いどころを見極めなければ敗れるかもしれない。
だがこのまま何もせずに逃げるというのも、何とも言えない気持ちになる。
けれどもツクロダの時のように、特攻して勝てるような相手ではおそらくない。
知れば知るほど、頭の痛くなる問題だ。
どちらにしても、今はできることをするしかない。
そうして神聖な儀式について教えてくれたビムに礼を言うと、俺は宿に戻ることにした。
ちなみに情報を貰い過ぎたと思ったので、ストレージに入れていた塩を渡している。
ダークエルフにとって塩は貴重なので、とても喜んでいた。
だがビムにしてみれば、当たり前のことを教えたに過ぎない。
なので俺は一応、神聖な儀式について訊いたことを秘密にする約束をした。
何が原因で、怪しまれるか分からないからな。
この塩についてもし母親に訊かれたら、ただの善意という事にしてもらう。
ビムは俺のお願いを了承して、何度もお礼を言っていた。
まあビムからすれば、テイマーの事を教えてもらい、母親の風邪を治し、塩までくれた人物になる。
少しおかしなことを訊いたが、恩の方が上回っているはずだ。
誰かにこのことを話すことは、おそらくないだろう。
今回の情報収集は、かなり上手く行ったな。
そしてモンスターも送還した俺は、無事に宿の個室に戻ってきた。
さて、これからどうしたものか。
依頼途中だが、既に十分な情報収集はできている。
国境門もまだ捜索中だが、あともう少しすれば見つかるはずだ。
既に荒野の西・北・南に無いことは判明している。
なので国境門があるとすれば、北西か南西だろう。
それでも見つからなければ、他の方法を探すしかない。
だがここは、いずれ見つける事を前提に考えよう。
とりあえず、今回の依頼はどちらにしてもやり切る。
途中で投げ出すのは論外だ。
それに細かい情報を、まだ得られるかもしれない。
動くとすれば、依頼完遂後だろう。
であれば、ダンジョンに行くのがいいかもしれない。
どのみち見つけた国境門が開くまで、時間ができる。
自称ハイエルフに見つかるかもしれない問題だが、それについては可能性が低いだろう。
ここまで恨まれているダークエルフの村などに来れば、向こうの方が目立つ。
俺が見つかる前に、向こうを見つける方が早いと思われる。
まあそもそも自称ハイエルフ自体が、ダークエルフの村にあまり来ない気がするが。
何となく、そんな気がする。
警戒しすぎて、動きを制限しすぎたかもしれない。
それでも現れた場合は、臨機応変に対応していくつもりだ。
直近の方針については、こんな感じでいいだろう。
結局どちらにしても、俺自身が強くなればその分安全になる。
なのでダンジョンに挑むのは、悪くない考えだ。
確か訊いたところによると、あの村のダンジョンは全十五階層らしい。
深層まで行けば、戦力になるモンスターもいるはずだ。
直接戦闘では微妙でも、搦め手で良い働きをする個体がいるかもしれない。
戦闘特化の転移者と戦うとすれば、そこが重要になる気がする。
これは、ダンジョンに行くのが楽しみだな。