130 ダークエルフの少年 ②
「実は、母さんが病気なんだ。父さんは僕が小さいときに死んじゃって、兄妹もいない。食べ物はフライングモスボールでどうにかなるけど、病気を治すにはお金が必要なんだ」
なるほど。だから火の輪潜りを見て声をかけてきたのか。
使役しているソイルバグで同じことが出来れば、金銭を稼ぐことができる。
「他に、頼れる人はいなかったのか?」
「いないよ……元々母さんと父さんは他の村から飛び出してきたから、親戚には頼れないみたいだし、何よりこの村では嫌われているんだ」
「嫌われている?」
それは、どういうことだろうか。
「うん。元々父さんもテイマーで、ナイトゲッコーを使役していたみたいなんだ。けれど、ある日事故を起こして、たくさんの人と一緒に死んじゃったんだ。それで、皆には嫌われているんだよ」
そういうことか。事故の詳細は分からないが、嫌われている理由は理解した。
だが嫌われる程度で済んでいるなら、父親にはそこまで原因が無かったのかもしれない。
モンスターのいる世界だし、偶然の事故だった可能性もある。
しかしそれでも嫌われているのは、事実と感情は別ということだろう。
金銭が無いのも嫌われていることもあり、母親が職に就くのが難しいからだろうか?
まあそれについて、俺があれこれ考えても仕方がない。
「理由は分かった。それで、母親の病気はどんな感じなんだ? もしかしたら、力になれるかもしれない」
とりあえず、母親の症状について訊く。
重病でなければ、アロマラビットで治すことができるはずだ。
「えっと、三日くらい前から熱が出て、頭痛と喉の痛みが続いてるみたいなんだ。母さんは少し寝れば良くなるって言っていたけど、全然治らないんだ!」
「なるほど……」
三日前か。おそらく、そこまで重いものではない。
それと正確には分からないが、ただの風邪ではないだろうか?
少年の焦りから、結構不味い状況を予想していた。
なので、少し拍子抜けである。
いや、父親のいない十歳ほどの子供からしたら、母親が風邪で寝込むだけでも大事件か。
不安になるのも、仕方がない。
ちなみに少年が外にいたのは、母親から側にいると移ると言われたからのようだ。
「それなら、おそらく治すことができる。よければ、案内してくれないか?」
「本当ですか!? お願いします! 母さんを助けてください!」
「ああ、わかった。だからまずは落ち着け」
「す、すみません」
そうして懇願された俺は、少年の自宅へと移動を始める。
なお道中に少年の名前を訊くと、少年はビムと名乗った。
俺も名乗っていなかったので、ついでに名乗っておく。
そしてやってきたビムの自宅だが、ボロい土壁をした小さな家である。
「母さん! 病気を治してくれる人を連れてきたよ!」
「え? それはどういうこと?」
家に入ると、二十代前半に見える女性がベッドで横になっていた。
「ジンさんって言って、テイマーについても色々教えてくれたんだ!」
ビムがそう言うので、俺は一歩前に出て説明を始める。
「冒険者でサモナーのジンだ。突然のことだが、落ち着いてくれ。怪しいのは重々承知だが、あなたの病気を治しにきた。もちろん、対価は必要ない」
俺がそう言うが、ビムの母親は警戒を解かない。むしろ、警戒を強めた。
まあ、当然だろうな。
「ジンさんというのですね? 私はこの子の母親で、ハルラ・コンロンと申します。せっかく来ていただいて悪いのですが、私はただの風邪なのでどうかお引き取りください」
「母さん何言ってるの!? ジンさんは良い人で、信頼できるんだ! 僕に盾もくれたんだよ!」
「ビムは少し黙っていなさい」
「うっ」
母親に怒られて、ビムは黙り込む。
不味いな。このままだと本当に追い出される。
だが、強硬手段に出るわけにはいかない。
ここは情に訴えて、何とか了承してもらうしかないな。
俺はそう思い、ビムの母親であるハルラの説得を始める。
「もちろんすぐに出ていくから、安心してくれ。ただ治療だけはさせてほしい。これは貴方のためではなく、ビムのためだ。ビムは、貴方のためにどうにかして薬代を稼ごうとした。見ず知らずの冒険者に、使役したモンスターの扱い方を訊いてまでだ。
確かに俺は得体のしれない冒険者かもしれないが、同じモンスターを使役する者として、ビムの力になりたいと思った。だから少しだけでいい、俺に貴方を治療させてくれ」
そう言って、俺は頭を下げた。
「母さん……」
ビムは心配そうな声色で、母親に声をかける。
しばしの間、沈黙が続いた。
だが結果としてビムの想いが通じたのか、ハルラは軽い溜息を吐くと、了承を口にする。
「はぁ……分かりました。治療の方、よろしくお願いいたします」
「母さん!」
「願いを聞き入れてくれたことに、感謝する」
許しが出たので、俺はさっそくアロマラビットを召喚した。
種族:アロマラビット
種族特性
【癒属性適性】【リラックスアロマ】
【ヒールアロマ】【リフレッシュアロマ】
エクストラ
【ユニゾンモンスター】
「キュィ!」
「わっ! なにこの子!?」
「角のない、ピンク色のホーンラビット?」
アロマラビットの登場に、二人は驚く。
「こいつはアロマラビット。人を癒すアロマを発することができるんだ」
エルフの森の浅いところでもホーンラビットを見かけたので、おそらく珍しい亜種だと思ってくれるだろう。
「へぇ。そんな凄いモンスターがいるんだ!」
「もしかして、希少種かしら?」
よし、珍しがっているが、怪しんではいないようだ。
「そんなところだ。それでさっそく、治療をさせてもらう。よし、ヒールアロマだ」
「キュイィ!」
俺が命じると、アロマラビットがヒールアロマを発動させた。
ヒールアロマは怪我の治療の他に、病気にも効果がある。
「良い匂いだわ。それに、身体が楽になっていく」
「わぁ。昨日擦りむいたところが治っていくよ!」
どうやら、これくらいの風邪程度であれば問題ないようだ。
だが念のために、他のアロマも発動させる。
まずは、状態異常を治すリフレッシュアロマだ。
「キュィー!」
「なんだか。身体が軽くなるわね」
「疲れが吹き飛んだみたいだよ!」
ふむ。これは状態異常を治す以外にも、心や身体がスッキリする感じか。
続いて、リラックスアロマを発動させた。
「キュキュイィー!」
「とても、心地いいわ……」
「僕も……」
リラックスアロマは、魔力の自然回復量を一時的に上昇させる。
また心を落ち着かせて、癒しを与えるようだ。
心が傷ついたときや、不安な時には良いかもしれない。
それと三種類のアロマを発動させたが、匂いが変に混ざって臭くなることはなかった。
本物のアロマではなく、スキルだからだろうか?
すると風邪で体力を失っていたからか、母親のハルラがいつの間にか眠っていた。
初対面の俺がいるのにもかかわらず眠ったということは、それだけアロマの効果が効いたのだろう。
「母さん!?」
「大丈夫だ。おそらく眠っているだけだろう。それと、風邪も治ったはずだ。あとは安静にして、体力が回復すれば問題ないだろう」
「本当!? ジンさん、ありがとうございます!」
それを聞いて、ビムは涙を流して喜んだ。
よほど、母親が風邪で寝込んだことが心配だったのだろう。
「それじゃあ問題も解決したし、俺は帰ることにする。夕方には村を出なければいけないからな」
「分かりました! ジンさん、本当にありがとうございました!」
そう言って素直に帰ればかっこよかったのだが、俺には情報収集という目的があった。
なので数歩進んでから立ち止まり、あたかも今偶然思い出したかのように声を出す。
「そう言えば、調べていることがあった。ビム。悪いが知っていたら教えてほしいんだが、少しいいか?」
俺は振り返って、ビムにそう言った。
「もちろんです! 僕が知っていることで良ければ、何でも訊いてください!」
「そうか。それは助かる。ダークエルフの俺が訊くのはおかしいかもしれないが、答えてくれると嬉しい――」
俺が尋ねるのは当然、あの事だ。
ダークエルフであれば、子供でもおそらく知っているだろう。
俺は気になっていた、あの事を訊く。
「――ダークエルフの神聖な儀式がどのようなものなのか、教えてくれ」
そう言って俺は、ダークエルフたちが自称ハイエルフを恨む原因になった神聖な儀式について、ビムに尋ねるのだった。




