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「星下です。川中さんからの紹介で来ました。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。丸々製薬の上月と申します。この度は我が社の治験薬モニターを引き受けてくださりありがとうございます」
上月さんは私より随分年上だが、その差を感じさせない若々しい女性だった。茶髪のポニーテールを揺らし、黒い鞄からタブレットを取り出す。
「ではまず、服用してもらう薬についてお話しますね。あ、喉乾いたら気にせず飲んでください」
彼女はティーカップを軽く持ち上げる。私の返事を確認すると、タレットを使いながら説明を始めた。
丸々製薬は強いトラウマに苦しむ患者のために、特定の記憶を消去する新薬を開発している。その過程で、服用してから二十四時間以内に起こった出来事の記憶の定着を阻害する試薬が完成した。この薬を飲むと、その日に起きた出来事が思い出せなくなる、もしくは断片的にしか覚えていない状態になるという。被験者はこの薬を好きな時に飲み、その時の効果や副作用がどれほどのものなのか知りたいのだと言われた。
上辺だけ聞けば、一般的な治験モニターの仕事内容だ。しかし、その薬の効能からはかなり強烈な印象を受けた。被験者からすればその日の出来事を無かったことにできるとも取れる。私はそんな夢のようなことが現実になる時代にいる。
次に、上月さんは副作用についても言及した。主な症状は猛烈な眠気と、倦怠感、吐き気などが考えられる。また、他の記憶に対してどのくらい影響があるかは未知数らしく、そのため一回切りで辞めても報酬の半分を保証すると約束した。
「私たちはその薬を、”リセット・サプリメント”って呼んでる」
「なるほど……」
「ごめん、難しかったかな? 未経験者だと怪しそうって先入観を持ってしまうから、経験者の方がいいかと思ったんだけど」
私は冷めた紅茶を「やってみたい」という言葉と共に流し込む。安易に乗ってはいけない気がした。だけど、辛かった記憶を消してしまいたいと、ずっと思っていた。リセット・サプリメントを飲めば少しは前を向いて生きれるのなら。
「……分かりました。その依頼、受けさせていただきます」