1章➀
夜の湖がある近くの公園に彼女から呼び出された。漸く仕事が落ち着いて、会えると楽しみにして来たが、どうやら彼女は違うらしい。
「ごめん、もう好きじゃないの」
「は……?」
今日は彼女の誕生日だから、少しいつもより奮発して買ったネックレスが入った箱を冷たいタイルの地面に落とした。彼女はその箱を見ては申し訳なさそうな顔をしては、この言葉を切り出す。
「別れて欲しい。ううん、別れよう」
「……俺は別れたくない……けど」
泣きそうな顔になるも、涙は見せたくないため、必死で堪えるように唇を少し甘噛みする。
「ごめん、私、浮気してたの……」
「え?」
俺の涙が出そうな顔は一瞬で変わった。彼女は俺より先に涙を流しながら、俯いている。
「何それ……」
俺は徐々に高まっていた感情が、急激に冷めていくのが分かったから、大きな溜め息を吐いた。彼女は涙を拭いながら、俺を見てくる。
「仕事が忙しいのは分かってるけど、やっぱり寂しさが勝っちゃったの……」
「……分かった。もういい、さようなら」
アスファルトに落ちた箱を拾って、泣いている彼女の元から直ぐ様に立ち去った。彼女から、だいぶ遠ざかった所で、苛立ちが込み上げて、ネックレスの箱を地面に叩き付けるように落として歩いた。
「ちょっと!」
後ろから、女性の声がしたので、立ち止まり、振り返れば、その女性は叩き落とした箱を拾って、俺に近付き、渡そうとしてきた。
「大切なものじゃないんですか?」
「いや、もう要らないので」
「え、これ、絶対彼女さんとかに……」
「振られたので、もう必要ないです。あ、勿体無いとか思うのなら貰っても大丈夫です。捨てても大丈夫です、それじゃ……」
優しい女性に言いたいことだけ言って俺は女性の元から離れようとするが、女性は俺の手をぎゅっと掴み、優しく抱き締められた。
「え……?」
俺は戸惑いながら、女性を見つめていると、女性は俺の名前を呼ぶ。
「杠くん……」
目を左右に動揺させながら、女性の顔を見たいがために、優しく両手を女性の腕を掴み、身体を離し、見つめて気が付きはじめる。
「……もしかして、藤井?」
彼女はコクリと頷くので、俺は目を泳がせて、目線を逸らし、唇に指を当てて、驚いた。彼女は高校生の同級生であり、好きな人だったからだ。彼女も、とても驚いている様子で、俯いていて、目を合わせてくれない。
「……また会えるとは思わなかったな……。てっきり、遠くに居ると思って……」
「また戻ってきたの。きっと、杠くんは知らないよね……」
「……え? 何……藤井?」
彼女は顔を上げてはとても言いづらそうに口を開いては、閉じてしまう。俺は彼女を見つめながら、高校のことを思い出そうと考える。そして、気になることが一つ思い出される。
「なぁ……菊池とは……どうなった?」
彼女は閉じた唇を甘噛みして、暗い表情をし始め、やがて、口を開く。
「亡くなったの……」
「……は?」
「去年、交通事故で……」
驚きのあまり、俺は地面に崩れ落ちた。彼女は寄り添うように、俺の近くにしゃがみ込んだ。菊池とは、高校の時、とても仲が良かったからだ。次第に涙が出てくる。先程まで、彼女に振られて泣きかけたというのが、バカだと思えてしまう。
「……杠くんに伝えたかったけど、連絡先変更してたでしょ? だから……」
「……ごめん……」
泣きながら、後悔した。藤井と菊池が、両想いだと知っていたから、高校を卒業した後、距離を取りたくて、変更し、実家から一人暮らしをしたくらいだ。
「それと……菊池くんとは付き合って結婚してたの……」
「そっか……」
胸がズキズキして、返事の仕方が素っ気なくなる。と言うことは彼女は今、独り身という状況なのか、と。でも、きっと彼女は俺を見てくれない気がするので、聞きたいことをすんなり飲み込んだ。
「あ、さっきの箱、捨てていいから……」
「ううん、勿体無いから拾っておくよ」
彼女の返答に目を点になりながら、軽く頷いた。彼女は中身が気になったのか、そっと開ける。
「ネックスレス……。やっぱり捨てるのは勿体無いね」
少しだけ暗い表情が消えて、立ち上がるので、俺もつられるように立ち上がり、涙を指で拭う。
「一応、杠くんが元気そうでよかった……。良かったらだけど、連絡先交換できない?」
「……大丈夫ではあるけど……」
彼女の言葉の雰囲気に流されて、思わず、良いと言ってしまったが、片想いだった気持ちはぶり返してしまいそうで怖い。だが、同時に、願ってしまう望んでしまう。彼女に、俺の気持ちが伝わって、好きにならないだろうか……と淡い気持ちが。
「良かった。でも、まさか、こんな所で出逢うなんて」
「……うん」
相槌を打ってから、俺はスマホをジャケットのポケットから取り出し、アプリを開き、友達追加のため、QRコードのところを開き、彼女に見せる。
「これ、読み取って。漢字で杠って出ると思う」
「分かった、ちょっと待ってね」
彼女は肩にかけていたショルダーバックから、スマホを取り出し、アプリを開き、QRコードを読み取ることころを開き、近づいてきて、読み取る。
「あ、これ?」
「そう、それ」
「……よし、追加できたよ。私は、平仮名で、あんずって書いてあると思う」
ピコンと通知が来て、確かに、平仮名で、あんずと書いてあるので、追加をタップした。
「追加した」
「ありがとう。今日は遅いから、時間あるとき、ゆっくり話せないかな?」
「……振られたから、いつもよりは時間あるかな……」
彼女は苦笑いしながら、頷く。俺は彼女を見つめて、ドキドキとズキズキが止まらなかったので、スマホをポケットに仕舞って言う。
「また後日な、藤井」
「うん、またね」
軽く手を振り、俺は夜風に当たりながら歩き出したが、苦しさが込み上げて来る再会だった。
「……朝灯……」
私は見てしまったし、聞いてしまった。朝灯くんが私と別れた後、あの女といるところを。別につけたわけじゃない、帰る方向が同じだっただけだ。でも、あの女と出会ってしまったのを見て、振ったのを今更、後悔してしまいそうだった。そう、あの女がいなくなったおかげで、杠くんと付き合えていたというのに。