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七難八苦を砕くオルタナティブ  作者: たまマヨ
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第16話 灰被りのお嬢様

一見マトモに見える人間でも、深く関わってみたら異常に感じることがある。

それは誰もが一度は経験したことのある強烈に奇妙な、それでいて不思議な感覚だろう。

遊も体験した事がある。

それは鳳叶依に対した感情だというのを彼は何度か言葉を交わすうちに気付いた。

最初のうちは凄く真面目で、少し内向的な性格なのだと思い、物腰を柔らかくしていたのだが。

深く関わるうちに化けの皮が剥がれるというのだろうか。

本性というか鳳叶依という存在の根っこが露出して行った。

まず、彼女はいつもマイペースだ。

別にこれは全く問題ないように見えるが、それは此方が迷惑を被らない程度のマイペースさだからだ。

他人に頼らず、巻き込まず、逆に他人の面倒を見る程の面倒みの良さ。

自由さを捨てて、マイペースにしたいという欲求をどこかで彼女自身がセーブしているのだろう。

だからなのかおよそ、彼女らしくもない行動をすることがある。

最初に見た目だけで判断した性格にも、彼女が顕した自由奔放さでもない第三の性格があるかのように行動することがある。

まぁ、それがマイペースさの顕れだと言われればそうかとしか遊には言えないのだが、何か違うような気がする。

こう、年齢が幾分か幼く見えるのだ。

それに甘えというか依存が強くなっている気がする。

ふとした瞬間にそれはなりを潜めるが。

なんと言おうとも、バイアスがかかるのも、人の心という物が他人からは見えない都合上、仕方のないことではある。

自己の判断基準に任せるしかないのだから。

凶悪が猫を被ろうが、聖人が灰を被ろうが一般の人には猫や灰被りにしか見えない。

本音を曝け出す事よりも、包み隠し、押し殺すことを美徳とするこの社会では中々違和感の尻尾は掴めない。

人の被った仮面は容易には剥がせないのだ。

それが本性を偽る仮面でも、前を向くために必要な仮面であっても同じことだ。

それと同じく普段の生活態度からはその地位に就くことなど到底考えられないような鳳叶依が委員長というポストに就いているのはそういうことだろう。

内面を考慮せずに、外面だけで真面目そうだからという理由でその地位に祭り上げられた。

まあ彼女はそれを気にしていないようだが、と遊は苦笑する。

そういう意味では彼女は猫を被っている。

求められる役割のために。

もし彼女が猫を被らなければ、自由奔放な迷惑人間が出来上がったことだろう。

しかし実際に迷惑人間など存在しなかった。

猫を被っていると言えば聞こえは悪いが、きちんと求められた役割をこなしているに過ぎない。

遊には、それがどれだけ大変で、才能任せで、不器用な生き方かがわかる筈もない。

何だって見ることと、実際にやるのでは難易度に雲泥の差があるのものだ。

だからこそ遊は彼女の人に頼られる生き方に憧れる。

ある意味遊とは正反対だろう。

だからこそ、その憧れは理解から最も遠い感情となる。

誰にでも頼られる人間が、遊には羨ましかった。

例えば、数学な苦手な生徒が問題を聞きに来るとする。

すると尋ねられた側の彼女はたちまち、解法を教え、共に解を導き出す。

ただ単に即座に答えを投げるだけに非ず、その生徒が何処の部分を聞きたいのかを見抜き、その求められた役割を果たす。

数学ならば、他の生徒でも解は導けただろう。

数学が得意な生徒であれば、公式を用いた解法を教えられただろう。

しかし彼女はそうではない。

解法を導き出すだけでは飽き足らず、その人が勘違いをしている部分を訂正し、誰にでもわかりやすく、思わず「あぁ、なるほど」と頷いてしまうような説明をするのだ。

表面をなぞるだけで無く、根本を答える。


「よくそんなことができるもんだなぁ。普通の人には全く出来ないだろうに」


遊の胸中はこの一言に尽きる。

その才能に嫉妬すら抱けない、憧れすら届かない。

遥か高みにいるその才人に。

何でも卒なくこなす才人は言うまでもなく、クラスの人気者だ。











その才人は彗星の如く唐突にやってくる。


「遊くん、そう言えば国語の課題はちゃんと提出しました?」


視界に叶依がひょこっと顔を覗かせ、尋ねて来る。

その発言に遊は《《この星》》が三回ぐらい滅びたような顔をして、その後自らの机に突っ伏した。

それから魂の抜けたような声で言い訳を始める。


「わ、忘れてた…昨日は数学と物理で忙しくて」

「そうですか…今日、やります?」

「…頼む」


申し訳なさそうに、項垂れる遊に気にしないでと優しく微笑みかける叶依。

そうして彼女はそれにしても、と続ける。


「そうやって遊くんが私を頼ってくれるの、何だか昔を思い出しますね」

「…そうか?そこまで昔ではないと思うけど」

「ふふふ、おじいちゃんですか?もう…結構昔のことですよ?」

「いや、こっちのセリフだが。時間の感覚がおかしくなってるじゃねぇか」

「おかしくないですよぉ?おかしいのは遊くんの方です。私は昨日の夕飯だってちゃんと言えますよ」

「いや昨日の夕飯くらいなら俺でも答えられるって…そこは3年前の夕飯とかじゃないのか?」

「あ、確かに。三年前に食べた弁当屋さんにもう一回行きたいなぁ…ぷりぷりのエビ美味しかった…」

「いや覚えてるのかよ!俺も覚えているのはあるけど、《《印象的すぎて時間の感覚がおかしくなってつい先日のことみたいに感じる》》な。なんで覚えてんの?」

「美味しかったからです!」

「もしかして、《《叶依》》ってグルメな人なのか?」

「私はグルメですよ?拘りはあまりないですけど、美味しいものは好きです!それと、こう見えても大盛り無料とかよく食べるんです!」

「さいですか…」

「幸運なことにいっぱい食べてもあんまり太らないんです!いぇーい!ピース!羨ましいでしょ!?」

「うーん、女子が羨ましいがりそうな体だな。女子の事情は知らんけれども」


そうしてあはは、と笑い合う。

楽しい。

ただそれだけだ。

楽しいからもっと話していたい。

楽しいからもっと関係を深めたい。

人間だからとか、男女とか、友達とかそういう括りを無視して、個人として認めて、互いに尊敬出来る関係。

遊が遊であるから享受できる恩恵。

互いに軽口を叩き合いながらも、全く不快にならない。

気遣いもいらなければ、ストレスもたまらない良好な関係。

遊はそんな関係を結べたことに感謝をする。

それと同時に、ふとした瞬間に空を見上げることを欠かさない。

なんでも、流れ星に願い事を言うと、それが叶うのだと言う。

未だに流れ星を見たことは無いが、もし降ってきたのならば諸手を挙げて喜ぶだろう。

これで願いが叶えられると。

そうして、夜空に軌跡を描く一時の命の星に願う。

どうかこのような関係が永遠に続きますようにと。


「もし《《叶依》》が居なかったらやばかったなぁ…成績的な意味で」


照れくさくなりながらも、感謝を込めて言う。

あなたが、あなた達が居てくれたおかげで幸せですと。

ストレートに言葉にするのは、やはり憚られるから、そうとも読み取れるようにほんのりと仄めかして。

自身でも柄にもないことを言ったと自覚して若干頬が紅くなる。


「私も、もし――遊くんがいなかったら――」


続く言葉は叶依の中に溶けて消えて、遊には聞こえなかった。

だから遊は聞き返した。


「ん?俺がなんだって?」

「こうやって楽しくおしゃべりできてないかもしれませんね」

「いやいや、それは持ち上げすぎだって」


先程とは違う理由で顔が熱くなる。

ストレートな褒め言葉に照れる遊。

興奮した状態から嬉しさのシナプスが脳を豪快なアッパーで撃ち抜く。

そのままコーナー端に追い詰められて遊は身を固くすることしか出来ない。

現状、その感情に抵抗する術がない。

それどころか徐々にKOに近づいている。

謙遜はするが、実はもっと言って欲しい。

でも素直にもっと俺を褒めろとは言えないので、そんなことはおくびにも出さず言われるようなことをしようと決意した。

誰からでも、好意と感謝を言われるような人間に。

例えなれなくとも、そんな関係を築ける人間になる努力をしようと思った。

《《このように誰にでも軽口を叩き合える関係や、性格は彼の理想であるのだろう》》。

《《夢見てしまう》》程に。


「なぁ、…あー、まぁこんなこと言うのもなんだけどさ」

「はい?」

「もし、叶依が何かに困っていたなら…力になるから、相談してくれよな」

「…はい!その時は是非頼りにさせてください」


この後、二人は休み時間中、終始笑顔を絶やさなかった。



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