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66.盗賊なりの義理と矜持

 寝台に乗せていた腰をずらして、ティルダの傍に近づいたカイが、彼女の耳もとに口を寄せた。


「ルクマーンって、大盗賊のルクマーンのことですか? ()()……?」

「え、ええ」


 彼を見張ったり拘束したりしていた盗賊も、いなくなってしまっていた。この隙に、彼女を守れる位置を確保しようとしてくれているのを察して、ティルダはできるだけさりげなく頷いた。


「その……捕まった人たちが、仲間の居場所を教えたら逃がしてやる、みたいなことを言われたらしくて。私が一緒にいた子も、盗賊団の一味だったそうなんだけど……」


 後世の人間の()()は、本人たちには不快なものかもしれない。ラーギブも、彼らにとってはもはや一味の者ではないのだろうし。ハミードたちの顔色をちらちらと窺いながら、ティルダは小声でカイに囁いた。

 大盗賊ルクマーンは有名でも、その末路まではティルダたちの時代には伝わっていなかった。盗賊たちの服や褐色の肌──遠い昔の遠い国の格好を眺めて、そしてたぶん彼らの最期を思って、カイは深々と溜息を吐いた。


(ティエン)玉燕(ユーイェン)妃といい……おとぎ話の存在に会えるなんて。さすが、地獄というか……」

「ほう、親爺の名がそこまで知られているとは嬉しいな」


 幸いにも、盗賊たちは気分を害した様子もなく笑っている。まるで、焚火を囲むかのように床に腰を下ろしたままで。その背景は、コキュートスの凍り付いた宮殿よりも、広々とした砂漠の夜が似つかわしくて。不釣り合いさに、ティルダの頭は混乱してしまう。彼らの表情だけ切り取れば、酒を酌み交わしながら自慢話にでも興じているようにしか見えないだろう。


(確かに、有名な人だけど……悪名でも、あるのに……?)


 魔王ジュデッカによると、コキュートスに堕ちる罪人は、自身の罪を承知の上で誇るような者ばかり、だとか。彼らもその例に漏れないということかもしれなかった。


「だが、勘違いしてるぞ、小僧。さっきも言ったが、親爺は裏切り者の地獄(こんなとこ)には堕ちちゃいない。ルクマーンは、そんな男じゃないんだ」


 ただ、カイに向けたハミードの眼差しは、少しだけ険があった。ルクマーンは仲間を裏切ったりしない、とは確かに言われたばかりだけど、でも、腑に落ちないことがある。


「あの、でも、ジュデッカ様もラーギブも、ルクマーンの盗賊団、って……」

「そりゃあ、俺たちの首領は親爺だからだ。本人がいようといまいと、俺らの頭は変わらねえってことだ」


 おずおずと尋ねるティルダに、ハミードは当たり前のように答えた。


 それは──そう、だろうか。それは、国だろうと軍だろうと盗賊団だろうと、頂点にいる者が不在だからといって次席の者がすぐに繰り上がることはないのだろうけど。死んだ後、それぞれ別の地獄に行ったと知っているなら、二度と会えない首領の名を戴き続けるものなのかどうか。あまりにも特殊な場合だから、判断のしようがない。


(ラーギブは、知っていたのかしら。ルクマーンはコキュートスに()()()ということを……)


 あの少年は、親代わりだったらしいルクマーンに会いたがっている風はなかった。少なくとも、表面上は。裏切ってしまった後ろめたさかもしれないけれど、そもそも会うこともできないということさえ知らなかったのだとしたら、とても悲しいことだと思う。


 ティルダとはたぶん異なる感慨で、ハミードは金色の目をどこか遠くに向けている。恐らくは時も距離も越えた彼方を見て──苦い溜息が、コキュートスの冷気で白く凍る。


「親爺は、俺たちを逃がすために名乗り出た。捕まるようなへマをした訳でもない──まあ、別の地獄に行ったんだろうが、とにかく大した人だったよ……」


 地獄に堕ちるような人は、ティルダの常識では大した人、と評することはできない。けれどもハミードがあまりにしみじみと語るものだから、口を挟むこともできなかった。盗賊たちには盗賊たちの世界があって、その理はティルダが知るものとは違うのだと、納得するしかないようだった。


 ハミードは、首を巡らせて辺りを見渡した。砂の国の灼熱ではなく、何もかも白い雪と氷に閉ざされたコキュートスにいると、やっと思い出したかのように。


「死んだばかりの時は、俺たちも頭に血が上ってた。だが、ここはどうにも寒いだろう? 目が覚めた後──頭が冷えた後は、思い出したんだよ。で、考えた。ルクマーンはどうだったか、ルクマーンならどうするか──」


 ルクマーンがどんな人物だったのか、ティルダは知らない。でも、盗賊たちの行動に、かつての首領が影響を与えていたなら。彼らが互いの裏切りを許し合えた理由も、窺える気がした。


「……仲間のために、行動する?」


 ほとんど意識せずに呟くと、ハミードは音高く膝を打った。その通り、と。見事に言い当てたのを褒めてくれたようだ。


「そうだ! 話が早いな、お姫様」

「きゃ──」


 急に立ち上がったハミードが目の前に迫って、ティルダは思わず悲鳴を上げた。さっき、強引に抱え上げられて攫われた記憶が蘇る。逃げようにも、寝台に腰掛けた体勢では身動きの余地はほとんどなかった。


(私はお姫様なんかじゃないのに……)


 訂正する暇も余裕ないし、カイの抗議も間に合いそうになかった。


「ティルダ様に、何を……!」

「そう尖るな、小僧。さっきは手荒な真似をして悪かったよ」


 ティルダの前に出ようとしたカイを軽くいなして、ハミードはにやりと笑った。


「仲間はずいぶん減っちまったが──だが、悪いことじゃない。このクソ寒い地獄から、上手いこと逃げおおせたって訳だ。あんたのお陰で」

「違います! 皆さんが、許す気持ちになったからです。私は、何も」

「教えてくれたのはあんただ。俺たちを恩知らずにさせてくれるなよ?」


 ようやく声を取り戻したティルダの前で、ハミードは腰に手をあててなぜか得意げにしている。盗賊たちも、仮の首領の言葉に揃ってうんうんと頷いている。彼らが何を仄めかしているのか──分からないでは、ないけれど。でも、信じられなかった。


「恩返しを、するとでも? ()()ルクマーンの一味が?」


 ティルダとまったく同じ疑問を、カイも抱いていたらしい。相手はコキュートスに堕ちた罪人で、歴史に悪名を刻んだ盗賊で──そもそも、恩というほどの恩があるとは思えないのに。でも、ハミードは疑わしげに目を細めるカイに、きょとんとするティルダに、重々しく頷いた。


「ルクマーンの一味だからこそ、だ。恩人に何もしなかったなんて、親爺に知られたら手を斬り落とされちまう」

「え──」

「あの、ティルダ様」


 物騒な呟きに、耳を疑い絶句するティルダよりも、カイのほうが我に返るのが早かった。盗賊たちを目の前にしては無駄な気遣いかもしれないけれど。カイはティルダの服の端をそっと引っ張って、また小声で耳元に囁いた。


「よく分からないけど……絶好の機会じゃないでしょうか」

「カイ。でも……!」


 盗賊を信用できるのかどうか。信用したとして、巻き込んで良いのか。ティルダたちがやろうとしていることは、きっと魔王の怒りを買うだろう。それを知れば、ハミードたちの気も変わるかもしれない。一瞬の間に、不安と躊躇いが幾つも脳を駆け巡るけれど──


(こうしている間にも地上がどうなっているか……!)


 それでも、結論を出すまでにかかった時間は一瞬だった。ティルダの魔力は、彼女が盗んだままにしておいて良いものではない。エステルクルーナの大地に返す方法を、どうにか見つけ出さなければならないのだ。


「あの……もしも、お願いを聞いてもらえるなら」

「そんなにおどおどするんじゃねえよ。言い出しておいてやっぱりナシだなんて、ケチなことは言わねえ」


 悪人でも盗賊でも、ハミードの言葉は力強くて頼もしかった。だから、ティルダもとんでもない図々しい強請りごとを口に出す勇気を出すことができる。


「私とカイを、玉座の間に連れて行って欲しいです。シェオルさん──あの、白い狼に、教えてもらいたいことがあるんです!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] よっしゃあ! 盗賊にだって矜持がある! どうやら伝説の大盗賊、大親分はずいぶん人情を大事にした人の様子……ここにいなさそうなのが残念だなぁ。
[一言] 盗賊には盗賊なりのルールがあったりしますよね。そうじゃないと団でいられないだろうし。 ここは上手く乗っておくほうが得策ですね!
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