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16.黒い翼

「それは……あの、どういう……?」


 ジュデッカの言葉の意味を教えてくれたのは、彼ではなくシェオルだった。リヴァイアサンが目覚めた時の揺れがあった時と同じく、鼻先を宙に持ち上げて、尖った耳をしきりに四方に動かして、彼(彼女?)は何事かを感じ取ったようだ。


「城で、()()()目覚めたようですね」

玉燕(ユーイェン)はもう挨拶に来ていたが、ほかにもいるのか。うるさい奴でないと良いが」


(玉燕? ()()……!? やっぱり地獄(コキュートス)に堕ちていたのね……!)


 伝説の美女の名前を聞いて目を瞠るティルダを他所に、黒と白を纏う主従は当たり前のことのように和やかに(?)語らっている。


「危険な臭いはしないようですが、どうでしょうね……ティルダを怯えさせるような者でないのを願います」

「コキュートスで何を言っている……? 罪人が争い傷つけ合うのも責め苦のうちだ」


 ジュデッカがティルダにちらりと向けた流し目には、明らかに脅しの色が滲んでいたし、事実、ティルダは震えずにはいられなかった。寒々しい氷に閉ざされた景色よりも、コキュートスの主の冷酷な言動の方が彼女の心を芯から凍えさせる。


(何かを変えたい、とは思ったけど……!)


 どうやらティルダは、コキュートスで凍り付いていた罪人たちを解放してしまった……らしい。花が咲いて綺麗、なんて言っている場合ではなかったのかも。神代の怪物リヴァイアサンや、悪名高い(ティエン)の玉燕妃に匹敵する罪人たちが動き始めたのだとしたら。リヴァイアサンには祈りの歌が通じたけれど、人間に対してはどうだろう。ティルダは、癒す術は知っていても戦う術は教わったことがないのに。


(ううん、決めつけてはダメ……私だって罪人なんだから。会って、話してみないと……!)


 酷寒のコキュートスにも愛らしい花が咲いたのだから。ここに堕とされたからといって罪を償う機会も改心の余地もまったくないはずはない……と、思いたい。リヴァイアサンだって怒れる牙を収めてくれたのだから、人間の方が言葉が通じるだけ良い……可能性も、なくはない。


「くく……っ」


 絶望と希望と不安の間でくるくると表情を変えるティルダは、ジュデッカにとっては良い見せ物だったらしい。低い笑い声に目を上げる──ティルダの視界に黒い影が落ち、耳に大きな翼の羽ばたく音が届いた。


「俺は城に戻る。お前たちは好きに散歩なり何なりするが良い。せいぜい長く足掻いて俺の退屈を紛らわせろ」


 ()()()()()()()()()()ジュデッカは、中空で長い脚を組み、ティルダを見下ろしてせせら笑っていた。傲慢そのものの表情と態度だけど、ティルダは思わず呆けた溜息を漏らしてしまう。


「わ……!」


(天使、みたい……)


 ティルダが教えられた神の使いは、純白の翼を背に負う姿で描かれるけれど。でも、コキュートスの凍てついた荒野には、黒い翼の方が相応しいのかもしれない。漆黒の羽根は、ジュデッカが纏う服の色にも合っているし。何より、ジュデッカの容姿は神の手による彫刻のように整って美しい。だから、見蕩れてしまうのだ。


(神様にここの見張りを仰せつかったって……地獄の王だから、黒い羽根なの?)


 魔王などと名乗るから禍々しい存在にも思えてしまうけれど、ジュデッカやシェオルの言葉の端々からは、神の御前に出たことがあるのが窺える。それなら、ジュデッカも天使……なのだろうか。ティルダが漠然と思い描いていた姿よりも、ずっと傲慢で口調も態度も荒々しいけれど。


 ──でも、神の使いだと思って見上げると、翼を広げたジュデッカは文字通り神々しい美しさだ。くすんだ色のコキュートスの空を、眩しく照らすかのような。

 地上で目を瞠るティルダを振り向くこともなく、ジュデッカは黒い翼を翻して城の上階へと帰っていった。風のように駆けたシェオルとほぼ同時にリヴァイアサンの前に辿り着いていたのは、空から近づいたからだったらしい。


 ティルダが氷の上に落ちた黒い羽を眺めていると、シェオルが彼女の手を鼻先で(つつ)いて注意を惹いた。


「さて、ティルダ。行きましょうか。また私にお乗りなさい」

「いえ……大丈夫! お城は、すぐそこですし」


 シェオルは当然のように身体を低くしてティルダが乗りやすいようにしてくれるけれど、非常事態でもない今は甘える気にはなれなかった。いくら仔馬のように大きな狼とはいっても、ティルダが乗って重くないはずはないのだから。


「ふむ、ですが、少々足場が悪いものですから」

「そう、ですか……? 平野に見えますけど……」


 リヴァイアサンが暴れて地を抉ったところを除けば、コキュートスはひたすら白く滑らかな氷の平野が広がっている、ように見える。実際歩けば多少の凹凸はあるにしても、そこはティルダも死んだ身だし、足が痛むとか疲れて歩けないということはないと思うのだけど。──でも、シェオルはまたも当然のようにさらりと言った。


「いえ、城の地下牢に行こうと思っていますので。主があの有り様なものですから、手入れもろくにしていないのですよ」

「──え?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 手入れされてない地下牢? 何があるのか、何かするのか……待機待機!
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