前編。
誤字直しました。ありがとうございました。
王城の、自分の居住区にあるサロンにて。
月に二回の定例のお茶会の席。
気合いを入れて用意を整え、着席した婚約者と対面したわたしは、人払いをした。
これから、婚約者へとても重要な話をする。
使用人達が出て行くのを確認して――――
「婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?」
わたしは、婚約者にそう切り出した。
婚約者は目を見開いてわたしを見ている。いつもは凛々しい顔が、とても驚いている。ふふっ、そんな顔も可愛らしいわ。
「どうして、と聞いても?」
まあ、理由を聞くのは当然のことよね。
わたしがとても理不尽なことを言っているのは、自分でも充分判っているもの。
「これから話すことは、内密にしてくれる?」
「了承致しました」
婚約者は無闇に怒り出すこともなく、真剣な顔で頷いてくれた。やっぱり、頭のいい人ね。
気が重いけど、口を開く。
「……うちの王族って、詰んでると思うのよねぇ」
頬に手を当て、溜め息を吐く。
「詰んでいる、とはどういうことでしょうか?」
ぱちぱちと瞬く婚約者の瞳。
「ほら、少し前に風邪が流行ったじゃない? それでうちの王族、軒並みダウンしちゃったでしょ? そのときわたし、思ったのよね。王子が死ぬと、本気でマズいって」
つい一月程前に、国内で風邪が流行った。
その風邪自体は、一般の人には軽い症状が出る程度の、毒性の強くない風邪の筈だった。
しかし、その風邪は王族に猛威を振るった。風邪を引いた王族は、軒並みダウン。高熱と酷い頭痛とで、最低でも二日は寝込んでしまった。体力の無い年寄り連中は、一月経った今でも寝込んでいる者もいる。
王族と血の遠い貴族や平民達は、咳やくしゃみなどの軽い症状。寝込むのは、体力の無い老人や乳幼児ばかりだったという。
幸いなことに、この風邪に因る死者はあまりいない。感染の方も、落ち着いて来ているという。
まぁ、王族が軒並みダウンしちゃったから、お城は今……滞った執務の片付けに追われていて、鬼のような忙しさが続いてるんだけどね!
わたしも勿論、寝込んじゃって……回復してからは怒濤の忙しさ。この、定例のお茶会の時間を捻り出すのも、なかなか大変だったのよねぇ。治ったばかりなのにあまりの忙しさに、また体調を崩すかと思ったわ。
頑張ったわたし、偉い!
とは言え、切り出した話の内容が……
「それは、当然のことではありませんか?」
これだけじゃあ、やっぱり納得してくれないわよね……『婚約解消か白い結婚、愛人を許せ』だなんて。本っ当に気は進まないけど、話を続けましょうか。
はぁ……
「当然だけど、当然どころじゃないのよ。あなたも知っての通り。今うちの国、王位継承権を持つ男子が二人しかいないじゃない? そのうち、一人はこないだの風邪で真っ先に倒れた七十過ぎたお年寄り。これじゃあ実質、王位継承権のある男は、王子一人きりと言っても過言じゃないわ。陛下も頑張ってはいたんだけど……ほら、うちは姉妹達しかいないし。降嫁した王族の産んだ子達も、見事にみ~んな女子ばかりよ」
現国王と王太子、件の倒れたお年寄りを除くと、この国の王位継承権を持つのは王女達と、既に嫁いだ王姉、王妹の子供達の女子だけがたくさんいる。
ちなみに、他国へ嫁いだ王族がその国で産んだ王子は除外しての話、ではあるけど。
「そう言えば、そうでしたね」
「そうなの。一応ね、ここ二、三十年程で王族に連なる男子が生まれたこともあったらしいのよ? でもね、みんな早くして亡くなってしまったみたいで、誰一人として育たなかったんですって。しかも、全員が正真正銘の病死。暗殺や、政治的判断なんかは一切無いのよ。純然たる自然死」
ここまで不自然さが無いのも、逆に凄いわ。
この国では、王族男子の少なさは数十年前から問題になっていて、側室が推奨されて来た。そして妊娠が判明すると、是非とも出産してもらうべく、派閥など関係無く保護されるくらいだ。
そうして産まれたのが男子だった場合、女児の比ではなく、それはそれは大切に育てられる。ある意味、派閥を越えた一致団結ね。無論、女児が大事にされないというワケではないけれど。
王室を挙げての王族男児の保護。だというのに、皆が幼くしての病死。
この事態を鑑みるに、もうこの国の王族の男子自体が、子供特有の病に勝てない程に虚弱になっているということだと思うのよねぇ……
「驚愕の貧弱さよ」
「それはそれは、その……なんと言いましょうか……非常にマズい事態、ですね」
言葉に詰まる婚約者。
「そう。本気でマズいのよ。かなり」
無論、公表はしていないし、こんなヤバいことが公表できるワケはないんだけど。
真実、ガチで国家存亡の危機が逼迫していると言っても過言じゃないくらいに、ヤバ過ぎな状況よ!!
「虚弱極まれり、だわ。女児は育つのにね。それを鑑みて、他国に嫁いだ王族の子を引っ張って来るとしてもねぇ……ほら? 継承権やら外交やら、乗っ取りなんかもあるし。色々と厄介な問題があるでしょ? 他国にはできるだけ弱味を晒したくないし」
まぁ、調べればわかることではあるけど。他国へ気軽に助けを求めてはいけないわ。友好国だとしても、弱味を見せればすぐに付け込まれる。親切面してどんな不利な条件を突きつけられるか、わかったもんじゃないもの。
「もう本っ当、頭痛くなっちゃうわぁ」
「それで、なぜ婚約解消か白い結婚、愛人を。という話に繋がるのですか?」
「このまま男子不足が続いて行けば、直ちに王族男子を増やすか……それができなければ、女王陛下の戴冠、ということになると思うのよねぇ……」
わたし的には、女王陛下即位の一体なにが悪いんだって思うんだけど……頑なに女王即位を認めようとしない一派がいる。頭カチカチの石頭かっての。全く……嫌になっちゃうわ。
姉達は既に他国や臣下へと嫁いでいるので、国に残っている下の妹達の誰かを即位させるにしても、それは絶対に茨の道確定だもの。
そんなことになったら、妹達が可哀想じゃない。
だから、妹達より年上で、現時点で独身のわたしが即位しなきゃならない。可愛い妹達には、酷い苦労を背負わせさせたくないもの。
そして、わたしの即位後には、女王戴冠へ向けての下地作りをして行かなきゃならないと思っている。場合に拠っては、わたしの在位期間は、とても短くなるかもしれない。
敵だって増えるだろう。
こんなことに、巻き込みたくない。
「はあ、それで?」
「あのね、これはまだわたし個人の見解なんだけどね。多分、血族婚しまくりで、病なんかに弱くなってると思うワケ。ほら、実は子供を生む分、男より女の方が生物的に強いじゃない? 小さな頃の病気には、男の子の方が弱いって言うし。それで、男が産まれ難くて、産まれたとしても、凄く育ち難くなっていると思うのよ」
「成る程」
「あなたに瑕疵は無い。それは、わたしが絶対に保障するわ。でも、あなたは、わたしの……イトコじゃない。血が近過ぎるわ」
イトコであり、王妹を母に持つわたしの婚約者も、こないだの風邪で寝込んだうちの一人。
「……理解、しました。それで、どうなさるおつもりでしょうか?」
僅かな瞑目。そして、深い溜め息を吐いた婚約者が頷いた。
あぁ……頷いて、くれた。
読んでくださり、ありがとうございました。